準備期の嚥下と口腔ケアで誤嚥を防ぐ方法

摂食嚥下の「準備期」は、食塊形成と咀嚼が行われる歯科にとって最重要ステージです。義歯不適合や残存歯数の減少が嚥下全体を崩すと知っていますか?

準備期の嚥下と口腔ケアが誤嚥性肺炎を防ぐ

義歯が合っていない患者さんは、準備期だけでなく咽頭期喉頭挙上まで低下します。


この記事の3つのポイント
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準備期の役割を正しく理解する

準備期は単なる「咀嚼の段階」ではなく、食塊形成・口唇閉鎖・唾液混和など多機能が連動する複雑なステージ。ここの障害が連鎖的に嚥下全体を崩します。

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義歯・咬合支持と嚥下機能の深い関係

臼歯部の咬合支持が失われると喉頭挙上が低下し、誤嚥リスクが高まります。歯科治療が準備期を超えて咽頭期の回復にも直結することを知ることが重要です。

歯科従事者が実践できる評価と介入

日常の口腔ケアの中でRSSTや口腔内観察を組み合わせ、準備期の問題を早期に発見する手順を解説。多職種連携につなげるための具体的なアプローチを紹介します。

歯科情報


準備期とは何か:嚥下5期モデルの中での位置づけ


摂食嚥下のプロセスは「先行期→準備期→口腔期→咽頭期→食道期」の5段階で構成されており、これを「嚥下5期モデル」と呼びます。このうち準備期(咀嚼期)は、口腔内に取り込んだ食物を咀嚼して食塊を形成するまでの段階を指します。つまり「飲み込める形に整える」プロセス全体が準備期に凝縮されています。


準備期のメインは"噛む"ことです。具体的には、①前歯と口唇で食物を口腔内に取り込む、②舌が臼歯部へ食物を運ぶ、③上下顎の歯と頬・舌が連動して食物を粉砕・すりつぶす、④唾液と混合して飲み込みやすい「食塊」を形成する、という4つのステップが連続して行われます。


この段階の特徴として、咀嚼は随意運動であるという点が挙げられます。意識的にコントロールできる段階であるため、口腔内の器質的問題(義歯不適合・動揺歯・残存歯数の低下)が直接影響を及ぼしやすい時期でもあります。


もう一つ重要な知識が「プロセスモデル」です。古典的な5期モデルでは準備期と口腔期を切り分けて説明しますが、固形物を咀嚼する場合、咀嚼中にすでに食塊の一部が喉頭蓋谷へ送り込まれ始めることがわかっています。これがPalmerらにより提唱されたプロセスモデルの考え方です。意外ですね。つまり、固形物の嚥下においては準備期と口腔期は厳密には並行して進むため、準備期の障害が口腔期にも直接連鎖します。


歯科従事者として準備期を捉える際は、「咀嚼さえできれば問題ない」という認識から一歩踏み込み、「食塊形成の質が後続のステージ全体に影響する」という視点を持つことが基本です。



参考:日本摂食嚥下リハビリテーション学会 eラーニング「摂食嚥下各期の障害」では、固形物の食塊形成が喉頭蓋谷で行われるプロセスモデルについて詳しく解説されています。


摂食嚥下各期の障害 | 日本摂食嚥下リハビリテーション学会


準備期の嚥下障害:歯科的問題が引き起こす4つのリスク

準備期に起こる障害は、その原因によって大きく「器質的障害」と「機能的障害」に分けられます。歯科従事者として特に把握しておくべきは器質的障害、すなわち歯や義歯の問題です。


まず義歯の不適合です。義歯が合っていないと、下顎の固定が不安定になります。咀嚼には下顎骨がしっかり固定された状態で舌骨上筋群が働く必要があるため、不適合義歯はそれだけで食塊形成の効率を著しく下げます。義歯が必要なのに装着していない状態(無歯顎のまま放置)も同様です。


次に、動揺歯の問題です。歯周病などにより動揺している歯が存在すると、咬合力が均等に発揮できず、咀嚼効率が低下します。患者さん自身は「なんとか噛めている」と感じていても、実際には食塊が粗雑な状態のまま咽頭に送り込まれているケースが少なくありません。


3つ目が残存歯数の減少です。85歳以上では平均残存歯数が14〜14.5本まで低下するとされており(厚生労働省歯科疾患実態調査)、残存歯数が少ないほど咀嚼能力が落ちて食塊が大きいまま咽頭へ送られやすくなります。大きな食塊は喉頭蓋で気道を塞ぎきれないリスクを高め、誤嚥に直結します。


4つ目が口腔乾燥です。準備期において唾液は食物と混合されて食塊を軟化させる役割を持ちますが、薬剤(抗コリン薬など)や加齢によって唾液分泌量が低下すると、食塊がまとまりにくくなります。口腔内が乾燥したまま食事を始めると、食物が口腔内にバラバラに広がって食塊形成に支障をきたします。これは注意すれば大丈夫です。食前の口腔ケアで口腔粘膜を湿潤させることが有効な対応策になります。


また、機能的障害(舌や頬筋の運動障害)が加わると状況はさらに深刻になります。頬の運動不良があると食物が歯の外側に溜まってしまい、咀嚼面上に食物を維持できなくなります。脳血管障害後の患者では、口唇閉鎖障害により咀嚼中に食物が口外にこぼれ出るケースも多く見られます。つまり準備期の障害は原因が複数重複するということですね。



参考:栃木県歯科医師会発行の「摂食嚥下指導マニュアル」では、準備期における下顎運動・舌運動・咬合の役割と障害パターンが詳細に解説されています。


摂食嚥下指導マニュアル(改訂版)|栃木県歯科医師会


咬合支持が失われると嚥下全体が崩れる:準備期を超えた歯科の役割

歯科従事者が見落としがちな重要な事実があります。準備期(咀嚼期)の改善は、咀嚼機能を回復させるだけにとどまらず、咽頭期の喉頭挙上機能にも大きく影響するということです。


嚥下時の喉頭挙上は、上下顎の歯が噛み合って下顎骨が固定された状態で起こる舌骨上筋群の収縮によって引き起こされます。つまり、臼歯部の咬合支持があることが、喉頭挙上の力学的な前提条件になっているのです。健常人では喉頭挙上量(のどぼとけの移動量)は1.5〜2cmとされており、1cm以下は異常とみなされます。無歯顎状態では咬合支持が完全に失われるため、喉頭挙上が不十分になり、誤嚥リスクが上昇することが報告されています。


これは非常に重要なポイントです。義歯を作製または調整して咬合支持を回復させることは、単に「噛みやすくする」ことではなく、「咽頭期での誤嚥防止機能を高める」ことでもあります。歯科治療が摂食嚥下リハビリテーションの一部として機能するとはこういうことです。


さらに、J-Stageに掲載された「脳血管障害を有する無歯顎摂食嚥下障害患者に対する義歯作製の影響」に関する研究では、補綴治療によって咀嚼機能が改善し、咽頭通過時間が短縮したことが報告されています。咽頭通過時間の延長は誤嚥リスクを高める因子であるため、義歯調整・補綴治療が嚥下の安全性向上に直結することが数値で確認されています。これは使えそうです。


また2024年に改訂された「嚥下障害診療ガイドライン2024年版」(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会編)でも、CQ5として「義歯や口腔内装置は嚥下機能改善に有効か?」が取り上げられており、歯の欠損がある症例では摂食嚥下の準備期である咀嚼機能が低下し、口腔期や咽頭期にも影響が出ることが明記されています。多職種が参照するガイドラインに歯科治療の嚥下改善効果が収載された意味は大きいです。


| 咬合支持の状態 | 喉頭挙上への影響 | 誤嚥リスク |
|---|---|---|
| 自歯20本以上 | 舌骨上筋群が効率よく収縮 | 低い |
| 臼歯部欠損あり(未補綴) | 下顎固定が不安定・喉頭挙上量が低下 | 中〜高い |
| 無歯顎(義歯未装着) | 喉頭挙上が顕著に不十分 | 高い |
| 義歯装着(適合良好) | 咬合支持が回復・喉頭挙上が改善 | 低減 |



参考:日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会編「嚥下障害診療ガイドライン2024年版」では、義歯・口腔内装置の嚥下機能改善効果に関するCQが収録されています。


嚥下障害診療ガイドライン2024年版|日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会


歯科従事者が日常の口腔ケアで行う準備期の評価と観察ポイント

準備期の問題を早期に発見するためには、精密検査ではなく日常の口腔ケアの場を活用することが現実的です。口腔ケアを実施するタイミングは、準備期の問題に気づく絶好の機会です。


まず義歯の確認から始めます。義歯装着者には、義歯の安定性・適合状態を毎回の口腔ケア時にチェックする習慣を持ちましょう。義歯がずれやすい・総義歯が外れやすいなどの訴えがあれば、咬合支持の低下が疑われます。義歯が合っていないと感じたら、その情報を歯科医師に即時フィードバックすることが重要です。


次に動揺歯の確認です。歯周病が進行していると、動揺している歯が咀嚼の際に痛みや不安定感を生じさせます。患者が特定の側でしか噛まない(偏側咀嚼)、噛む際に顔をしかめるなどのサインに注目してください。偏側咀嚼が続くと舌・頬の筋が非対称に使われ、食塊形成のバランスが崩れます。


食後の口腔内残留物の観察も見逃せません。食後に口腔ケアを行う際、歯肉と頬粘膜の間(頬袋)や舌下部に食物残留が多い場合は、頬筋・舌の運動機能の低下を示している可能性があります。これは準備期から口腔期にかけての障害サインです。


さらに、口腔乾燥の程度を確認します。口腔内が著しく乾燥している患者では、食塊形成が困難になっています。口腔ケア前に保湿剤を使用して口腔粘膜を湿潤させることが、食事前の準備期を助ける直接的な介入になります。


簡易的な嚥下評価として、反復唾液嚥下テスト(RSST)の活用も検討する価値があります。RSSITは30秒間に空嚥下を繰り返してもらい、3回未満の場合に嚥下障害の可能性ありと判定するシンプルなスクリーニング法です。道具が不要で、口腔ケア実施者が誰でも実施できます。これが一番手軽です。スクリーニングで気になる結果が出た場合は、言語聴覚士や医師への連携を検討しましょう。


| 観察項目 | 確認方法 | 気になるサイン |
|---|---|---|
| 義歯の適合 | 義歯を揺すって確認 | ぐらつく・外れやすい |
| 動揺歯の有無 | 歯を1本ずつ触診 | 動揺歯が複数・咀嚼時の痛み |
| 食物残留 | 食後の頬袋・舌下観察 | 頬袋・舌下に大量残留 |
| 口腔乾燥 | 粘膜の湿潤・唾液の糸引き | 口腔粘膜がパサパサ・唾液が泡状 |
| 簡易嚥下評価 | RSST(30秒・空嚥下回数) | 3回未満 |



参考:mouthpureコラム「摂食嚥下における準備期と口腔ケアの関係性」(言語聴覚士:髙橋浩平先生)では、日常の口腔ケアと準備期観察の結びつきが実践的に説明されています。


摂食嚥下における準備期と口腔ケアの関係性|mouthpure


準備期の嚥下リハビリテーション:歯科が担う間接訓練と食形態の選定

準備期の障害に対する歯科からのアプローチは、大きく「間接訓練」と「食形態の調整」に分けられます。どちらも歯科医師・歯科衛生士が直接介入または多職種と連携して行える重要な役割です。


間接訓練として最初に取り組むべきは、口腔周囲筋の運動訓練です。口唇閉鎖力の強化には「パ行の発声練習」「頬を膨らませる・すぼめる動作」が有効で、1日3〜5分程度を目安に継続することが勧められます。舌の運動訓練としては、舌を上顎に押し付ける動作(舌圧訓練)が準備期の食塊形成だけでなく、口腔期の送り込みにも効果を発揮します。舌圧の正常値は20kPa以上とされており、この値を下回ると嚥下障害のリスクが上昇することが複数の研究で報告されています。


咀嚼訓練も準備期に特化した直接的な介入です。ガムや咀嚼訓練用デバイスを用いた反復咀嚼動作を実施することで、咀嚼筋・舌骨上筋群の筋力が維持・向上します。臼歯部の咬合支持を回復させてから訓練を行うことで、より効果が高まります。筋力が条件です。


食形態の選定は、現在の準備期機能に合わせた重要な対応です。日本摂食嚥下リハビリテーション学会が策定した「嚥下調整食2021」では、食形態をコード0〜4で分類しており、準備期に障害がある場合はコード2以上(舌でつぶせる・歯ぐきでつぶせる程度)を目安に選定します。ただし、「軟らかい食事なら誰でも安全」ではありません。食形態が柔らかすぎるとバラバラになりやすく、むしろ食塊形成が難しくなるケースがあるので注意が必要です。


| 訓練の種類 | 主な方法 | 対象となる準備期の問題 |
|---|---|---|
| 口唇閉鎖訓練 | パ行発声・頬の膨らませ動作 | 口唇閉鎖不全・食物のこぼれ |
| 舌圧訓練 | 舌を口蓋に押し付ける動作 | 食塊形成不全・送り込み障害 |
| 咀嚼訓練 | ガム・訓練デバイスでの反復咀嚼 | 咀嚼筋・舌骨上筋群の筋力低下 |
| 義歯・補綴治療 | 不適合義歯の修理・新義歯作製 | 咬合支持の喪失・喉頭挙上低下 |
| 食形態調整 | 嚥下調整食コードに基づく選定 | 食塊形成困難・誤嚥リスク |


また、「舌接触補助装置(PAP:Palatal Augmentation Prosthesis)」は、舌の運動障害がある患者に対して口蓋を低くすることで舌と口蓋の接触を補助する装置です。口腔癌術後や舌機能障害を持つ患者の準備期〜口腔期の機能を補うことが可能で、歯科的アプローチとして注目されています。



参考:栃木県歯科医師会「摂食嚥下指導マニュアル」では間接・直接訓練の手順が図解付きで詳述されています。


摂食嚥下指導マニュアル(改訂版)|栃木県歯科医師会


【独自視点】「準備期だけ診る」では遅い:嚥下ケアを先行期から始めるべき理由

ここまで準備期の機能と障害、歯科的介入について解説してきましたが、実は「準備期に問題が現れた時点ではすでに対応が後手に回っている」可能性があります。これが見落とされがちな視点です。


準備期の障害が顕在化する前段階として、先行期(認知期)の問題が潜伏していることがあります。先行期は食物を目や鼻で認識し、どのくらいの大きさで・どれくらいの速さで口に運ぶかを判断する段階です。ここで適切な判断ができていないと、大きすぎる塊を一度に口に入れる、あるいは固形物と液体を区別しないまま口に運ぶといった行動が起こります。結果として準備期の負担が過大になり、食塊形成が追いつかずに口腔期・咽頭期の問題へ発展します。


歯科的観点から先行期に関与できる場面は意外にもあります。食事前の口腔ケアで口腔内を清潔・湿潤にすることは、唾液腺への刺激となり、食事前の消化準備(先行期の反射性唾液分泌)を促します。また、口腔ケア中に患者との会話を通じて「最近食事の時にむせることが増えた」「硬いものが食べにくくなった」などの変化を聴取することで、先行期〜準備期の問題を早期にキャッチできます。


認知症患者では先行期障害が准備期障害と複雑に絡み合います。食物を見ても反応しない・スプーンを口に近づけても開口しないという状態は、先行期の高次脳機能障害が根底にある場合があります。このような患者の準備期介入を単独で行っても効果が限定的になるため、医師・言語聴覚士・介護職との多職種連携の中で先行期からの包括的アプローチが必要です。


嚥下ケアにおいて歯科従事者が担う役割は「準備期の口腔環境を整えること」だけではありません。先行期からの観察・情報収集・口腔内の整備が連鎖的に嚥下安全性を高めるという視点を持つことで、歯科の介入がより予防的・包括的になります。「口を診る」から「食べることを支える」へという発想の転換が、これからの歯科従事者に求められている姿勢です。


65歳以上の高齢者において、オーラルフレイル(口腔機能の虚弱)の有病率はある研究では39.3%にのぼるとされており、地域在住の高齢者の4割近くが口腔機能低下のリスクを抱えていることになります。これは無視できない数字です。この現状を前に、歯科従事者が先行期〜準備期を通じた包括的な嚥下ケアに積極的に関与することの意義は、これまで以上に大きくなっています。



参考:国立長寿医療研究センター(2023年度)の研究報告では、地域在住高齢者のオーラルフレイル有病率が約39%に達することが示されています。


ロコモ・フレイル外来に関する総括研究報告(2023年度)|国立長寿医療研究センター




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