咽頭期リハビリで歯科が担う嚥下機能改善の要点

咽頭期のリハビリは「口腔ケアだけ」でOKと思っていませんか?歯科従事者が知っておくべき嚥下反射への直接アプローチ、各種訓練法の適応と実践ポイントを詳しく解説します。

咽頭期リハビリの基本と歯科従事者の実践的な役割

口腔ケアをしっかりやっていれば、咽頭期の誤嚥リスクは下がらない。


この記事のポイント
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咽頭期とは何か

嚥下の5期モデルにおける「ごっくん」の瞬間。食塊が咽頭を通過する約0.5秒の反射フェーズで、誤嚥が最も起きやすい段階です。

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歯科が直接アプローチできる理由

咽頭期は反射相で介入が難しいと誤解されがちですが、冷圧刺激・K-point刺激・シャキア訓練など、歯科チームが担える訓練が複数存在します。

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知らないと患者を守れない数字

70歳以上の高齢者の肺炎の約7割が誤嚥性肺炎。歯科からの早期介入が患者の予後を左右します。

歯科情報


咽頭期リハビリの基礎:5期モデルにおける位置づけと特徴

摂食嚥下は「先行期準備期→口腔期→咽頭期→食道期」という5つのステージで構成される、いわゆる「5期モデル」で説明されます。このモデルを提唱したのは Leopold(1983年)であり、歯科・医科問わず摂食嚥下に携わる専門職が共通言語として用いる基礎知識です。


なかでも咽頭期は、食塊が咽頭に到達した刺激をきっかけに嚥下反射が惹起され、食道入口部が開いて食塊が食道へ送り込まれるフェーズです。この咽頭通過時間はわずか約0.5秒。一瞬の間に、軟口蓋による鼻腔閉鎖・喉頭蓋による気道閉鎖・舌骨と喉頭の前上方挙上・上部食道括約筋の弛緩、という複数の動作が連続して起こります。


これほど複雑な協調運動が「反射」で行われるため、咽頭期の障害はトレーニングが難しいと思われがちです。これが間違いです。


実際には、咽頭期に対してアプローチできる間接訓練・直接訓練が複数存在し、歯科チームが実践できるものも少なくありません。また、咽頭期障害の代表的な症状として「嚥下反射惹起の遅延」があります。正常では食塊が咽頭に触れた瞬間に反射が起動しますが、遅延があると食塊がいったん咽頭に入ったあとも嚥下が始まらず、その間に気道側に流入するリスクが高まります。これを「嚥下前誤嚥」と呼びます。


70歳以上の高齢者が入院するほどの肺炎のうち、約7割が誤嚥性肺炎であることが複数の調査で報告されています(国立国際医療研究センター等)。この数字は、口腔ケアのみを提供している歯科チームにとっても、無視できない事実です。


咽頭期を理解することが基本です。




日本摂食嚥下リハビリテーション学会が公開している訓練法のまとめ(2014版)は、根拠に基づいた各種訓練法のエビデンスと対象患者が整理されており、歯科従事者の実践に直結する情報源です。


日本摂食嚥下リハビリテーション学会「訓練法のまとめ(2014版)」−シャキア訓練・バルーン法・冷圧刺激など主要な訓練法のエビデンスと方法が掲載


咽頭期リハビリの主な訓練法:間接訓練(基礎訓練)の種類と適応

咽頭期を対象とした間接訓練(食物を使わない訓練)は大きく3つのカテゴリに分けられます。①嚥下反射の惹起促通、②喉頭挙上筋群の強化、③食道入口部の拡張、です。


① 冷圧刺激法(Thermal-tactile stimulation)


凍らせた綿棒や舌圧子を用いて、前口蓋弓に冷温・触圧刺激を繰り返し加える方法です。嚥下反射が惹起しやすくなることを目的としており、嚥下反射惹起不全のある患者が主な対象となります。口腔ケアと組み合わせやすく、歯科衛生士が日常的な処置の中で取り入れやすい手技です。施術後に空嚥下を行わせることで、繰り返し嚥下反射を誘発し、嚥下関連筋群の筋力増強にもつながると言われています。


② K-point刺激法


臼後三角後縁のやや後方・内側に位置する「K-point」という部位を、軽い触圧で刺激する方法です。開口反射・咀嚼様運動・嚥下反射が誘発されます。注意すべきは、K-point刺激は延髄の脳神経核が損傷されている「真性球麻痺」では効果が得られない点です。偽性球麻痺(仮性球麻痺)が対象となります。強い力で圧迫する手技ではない点も覚えておきましょう。口を開けることが困難な患者への応用も報告されています。


③ 頭部挙上訓練(シャキア・エクササイズ)


仰臥位で肩を床につけたまま、つま先が見えるまで頭部だけを挙上し保持する訓練です。舌骨上筋群を強化し、喉頭挙上・食道入口部開大を促します。6週間の継続で食道入口部の開大径が改善したという報告があります(Shaker R, et al.)。ただし、頸椎疾患がある場合は適用を慎重に判断する必要があります。


これが基本的な間接訓練の3本柱です。




バルーン拡張法(バルーン法)


球状バルーンのカテーテルを口腔または鼻腔から挿入し、食道入口部を機械的に拡張する方法です。球麻痺など、食道入口部の開大不全(輪状咽頭嚥下障害)がある症例に対して用いられます。空気量は3〜4ccから始め、患者の耐性に応じて調整します。侵襲性が比較的低く、在宅や外来でも実施可能なことから、歯科チームが訪問診療時に活用できる場面があります。




摂食嚥下における咽頭期と口腔ケアの関係性について、言語聴覚士の視点から解説したコラムです。唾液処理能力を口腔ケア時に観察する具体的な方法も紹介されています。


口腔ケアマウスピュア「摂食嚥下における咽頭期と口腔ケアの関係性」−口腔ケア時の唾液処理能力の観察ポイントと咽頭期機能低下の気づき方


咽頭期リハビリの直接訓練:姿勢調整・代償手技と歯科での実践ポイント

食物を用いた直接訓練(摂食訓練)においても、咽頭期へのアプローチが含まれます。特に歯科従事者が押さえておくべきポイントは、「姿勢」と「代償手技」の2点です。


頸部回旋法(横向き嚥下)


嚥下時に顔を麻痺側へ向けることで、その側の咽頭を狭め、健側から食塊を通過させる手技です。片側の咽頭麻痺がある患者に有効で、梨状窩への残留を減少させる効果があります。食事介助時に歯科衛生士が関わる場面でも、この姿勢の声かけが患者の安全に直結します。


Chin down(頸部屈曲位)


顎を軽く引いた姿勢で嚥下させる方法です。咽頭腔の後壁への食塊の偏りを防ぎ、喉頭への侵入を物理的に減らします。高齢者施設での食事介助時に最も広く活用されている代償手技のひとつです。食形態の選定と合わせて行うことで効果が高まります。


努力嚥下(エフォートフル・スワロー)


嚥下時に全力で意識的に飲み込む手技です。舌根部と咽頭壁の接触圧が高まるため、咽頭の食塊クリアランスが向上します。咽頭残留が多い患者・舌根後退が不十分な患者に適用されます。口腔期から咽頭期にわたって効果を発揮するため、使い勝手の良い手技です。


これは使えそうです。




一方、代償手技はあくまでその場での誤嚥を防ぐための「その場しのぎ」であることも理解しておく必要があります。根本的な機能改善を目指すには、先に述べた間接訓練と組み合わせることが原則です。


また、2018年の診療報酬改定以降、「摂食機能療法」の算定において歯科医師や歯科衛生士の積極的な関与が求められるようになりました。義歯などの補綴処置だけでなく、PAP(舌接触補助床)・PLP(軟口蓋挙上装置)のような口腔内装置が咽頭期へ間接的に作用することも歯科ならではの強みです。口腔内装置の装着は歯科医師の業務独占であり、他職種から強く求められる場面でもあります。


姿勢と手技を組み合わせることが条件です。


咽頭期リハビリの評価:頸部聴診法とスクリーニングテストの活用

訓練を始める前に、まず患者の咽頭期機能を「評価」することが不可欠です。嚥下造影(VF)や嚥下内視鏡(VE)がゴールドスタンダードとされていますが、歯科診療室や訪問現場では毎回の実施が難しい場合がほとんどです。だからこそ、簡易スクリーニング法の精度を上げることが重要になります。


頸部聴診法


聴診器を喉仏の側面(正中部を避けた左右)に当てて、嚥下音・呼吸音の異常を聴取する方法です。咽頭への唾液や食物の残留があると、呼吸音が湿性に変化し「ゴロゴロ」した音が聴こえます。侵襲ゼロで実施でき、ベッドサイドでも口腔ケア中でも使えます。まずは自身や健常者の嚥下音を聴き、正常を耳で覚えることが上達の近道です。


RSST(反復唾液嚥下テスト


30秒間に唾液嚥下を何回できるかを測定します。3回未満の場合は摂食嚥下機能の低下を疑います。口腔ケアの前後に実施するだけで、咽頭期機能の大まかな変化をモニタリングできます。道具も不要で、所要時間はたった30秒です。


MWST(改訂水飲みテスト


冷水3mlを口腔底に注入し、嚥下させる方法です。嚥下できるか、むせるか、湿性嗄声が出るかなどを5段階で評価します。プロフィールデータとして記録し、リハビリ経過の指標に使います。


意外ですね。30秒のテストが日常の口腔ケアに組み込める評価ツールになるというのは。




口腔ケア時の観察で「咽頭に唾液が貯留していそう」「ゴロゴロした呼吸音がある」と気づいた場合は、速やかに担当医や言語聴覚士への連携が必要です。歯科衛生士が毎回の口腔ケアで意識的に評価を行うことで、誤嚥リスクの早期発見につながります。




慶應義塾大学病院が公開している摂食嚥下障害のリハビリテーション解説ページです。5期モデルの各フェーズにおける障害の特徴と治療方針が整理されています。


慶應義塾大学病院KOMPAS「摂食嚥下障害のリハビリテーション」−5期モデル別の障害特徴と治療法の概要


咽頭期リハビリと口腔ケアの連動:歯科衛生士が担う独自の役割

「咽頭期のリハビリは言語聴覚士(ST)の仕事」という認識が現場に根強くあります。これが落とし穴です。


歯科衛生士は週1〜数回、患者の口腔内に直接触れる機会があります。この接触頻度は、実は言語聴覚士よりも多いケースが少なくありません。口腔ケアの時間を「評価・記録・刺激訓練」の機会として組み立てることで、咽頭期機能の変化に最も早く気づける職種になれます。


具体的にできることは3点あります。


まず「唾液処理の観察」です。口腔ケア前に咽頭から湿性の呼吸音がないか、頸部聴診で確認します。次に「冷圧刺激の実施」です。口腔清掃前または後に、凍らせた綿棒で前口蓋弓を数回刺激し、空嚥下を促します。これは嚥下反射の惹起訓練として機能します。最後に「記録と連携」です。RSSTの回数・湿性嗄声の有無・口腔ケア中のむせなどを記録し、定期的にSTや担当医に共有することで、チーム全体の介入精度が上がります。


チームで記録・共有が原則です。




また、歯科衛生士が行う専門的口腔ケアを週1〜2回実施したグループは、実施しなかったグループと比べて肺炎の発症率が約39%、死亡率が約53%低下したという報告(米山武義氏の調査)があります。口腔内細菌の量を減らすことが、咽頭期において誤嚥した際の肺炎リスクそのものを下げるわけです。


つまり、口腔ケアで菌を減らしながら、同時に咽頭期機能を訓練・評価するという二刀流が、歯科衛生士にしかできない介入スタイルです。




歯科衛生士の摂食嚥下リハビリテーションにおける役割を体系的に解説した書籍のサンプルPDFです。間接訓練から直接訓練まで歯科衛生士目線で整理されています。


わかば社「歯科衛生士と摂食嚥下リハビリテーション」(サンプル)−間接訓練の安全な実施方法と歯科衛生士の関与のあり方が詳述


咽頭期リハビリの独自視点:補綴処置と咽頭期機能の見落とされやすい連動性

咽頭期のリハビリを語るとき、訓練法だけに目が向きがちです。しかし義歯をはじめとする補綴処置が、咽頭期にどれほど影響を与えるかは、あまり語られません。


食塊形成とは、咀嚼した食物を舌・頬・顎の協調運動でひとかたまりにする作業のことです。この時、舌尖は「切歯乳頭から上顎前歯舌側」、舌側縁は「上顎臼歯部舌側歯頸部付近」に固定されます。前歯部に補綴処置がされていないと舌が前方に突出し、臼歯部が欠損したままでは舌の側縁が側方に張り出してしまいます。これでは食塊がまとまらず、バラバラのまま咽頭に送り込まれることになります。咽頭への「バラバラ食塊」の流入は、そのまま咽頭残留・誤嚥のリスクに直結します。


義歯は咀嚼のためだけではありません。




さらに、PLP(軟口蓋挙上装置)は、鼻咽腔閉鎖不全による嚥下時の鼻腔逆流を防ぐとともに、咽頭圧の形成を補助します。咽頭通過には咽頭収縮筋の収縮による適切な咽頭圧が必要ですが、鼻腔側に圧が逃げてしまうと食塊が食道方向にうまく送り込めません。PLPはこれを補う代償的アプローチです。


PAP(舌接触補助床)は、舌挙上力が低下した症例において口蓋部に厚みを加え、舌と口蓋の接触面積を補完します。口腔移送機能の改善が咽頭への食塊送り込みをスムーズにし、結果として咽頭期への負担を減らします。PAP使用により舌運動自体が促通されて機能改善が得られた症例も報告されており、代償的アプローチが直接的な機能回復につながるケースもあります(松本歯科大学 蓜島弘之先生の報告、2023年)。


口腔内装置の装着は歯科医師の業務独占であり、チーム医療において他職種から最も期待される役割のひとつです。補綴処置の精度が咽頭期のリハビリ効果を左右する、という視点を持つことが、歯科従事者の本当の強みにつながります。




松本歯科大学の蓜島弘之先生による、訪問歯科診療における摂食嚥下リハビリテーションと補綴処置の関係を論じた依頼論文です。PLP・PAPの適応と作成方法が詳述されています。


日本補綴歯科学会誌「歯科訪問診療における摂食嚥下リハビリテーション─補綴的処置の重要性─」(蓜島弘之, 2023)−PLP・PAPの適応と作成法、咽頭期への補綴的介入の具体的解説