抗生物質を飲んでも親知らずの腫れと痛みが引かないのは、実は膿を出さずに薬だけでは根治できない場合が多いためです。
智歯周囲炎は親知らずの周囲に炎症が起こり、膿が蓄積する疾患です。この状態で抗生物質を飲んでも症状が改善しないケースが多いのは、薬の届き方に大きな問題があるためです。
膿が溜まっている部位では、患部内圧が上昇して局所の血流が悪化します。血流が悪くなると、経口投与した抗生物質が患部に十分に到達しにくくなるのです。医学用語で「薬剤の局所到達性の低下」と呼ばれるこの現象が、薬の効果を著しく制限しています。つまり、どんなに強い抗生物質を飲んでも、薬が膿の中心部に届かなければ効果は期待できません。
さらに重要なのは、抗生物質は膿そのものを除去できないという点です。膿は白血球が細菌と戦った結果生じる死滅組織や老廃物の集合体です。
これは基本が基本です。
すでに形成された膿瘍内の死滅組織や炎症産物は、抗生物質では溶かして消すことができません。医学的には膿の除去には、歯科医院での外科的処置、すなわちドレナージ(切開排膿)が不可欠とされています。
智歯周囲炎は進行の程度によって段階が分かれており、段階によって抗生物質の効果が大きく異なります。初期段階では薬の効果がある程度見込めても、炎症が進むにつれて医学的に有効性が低下していきます。
軽度の段階では、歯茎が腫れて軽い痛みがある程度です。この時点で抗生物質を使えば、2~3日で症状が改善することが多いです。抗生物質は第一選択としてセフェム系(フロモックスなど)またはペニシリン系(サワシリンなど)が使われ、約95%以上の効果率が報告されています。ただし、重要なのはこの段階でも、抗生物質だけで「完治」するわけではないということです。そのため医師の判断では、並行して歯科処置(洗浄など)が行われます。
中度段階では、歯茎の腫れが顕著になり、膿の形成が始まります。頬全体の腫脹や開口困難が見られることもあります。この段階では抗生物質の効果が中程度に低下し始めます。患部の患部内圧上昇により薬の到達が難しくなるためです。医学的には切開排膿などの外科的処置と抗生物質の併用が標準的な治療になります。外科処置がなければ、薬を飲んでも症状が消えにくく、繰り返し再発することが多いです。
重度段階では、顎全体が腫脹し、発熱やリンパ節腫大を伴います。口が開きにくくなる開口困難や、嚥下困難も起こることがあります。この段階では抗生物質だけでの治療はほぼ無効で、点滴による抗菌薬投与や入院治療が必要になることもあります。骨髄炎や顎骨炎に進行するリスクもあり、医学的には重篤な感染症として対応します。
医学的に認められている事実として、膿が溜まっている場合に抗生物質のみで治療することはほぼ不可能です。日本歯周病学会の治療ガイドラインでは、膿瘍に対して「外科的排膿を行わずに抗生物質のみで治療することは、極めてまれな治療法であり、好ましくない」と明記されています。
ドレナージ(切開排膿)は、膿が溜まっている部位を切開して、内部の膿を物理的に排出する処置です。これにより患部内圧が低下し、血流が改善されます。血流が回復すれば、その後に投与する抗生物質が患部に到達しやすくなり、薬の効果が大幅に向上します。医学的には、外科処置と抗生物質の併用で初めて効果的な治療が成立するとされています。
膿が排出されると、感染源となっている細菌の量も同時に減少します。細菌数が減れば、抗生物質が対抗する細菌の数も少なくなり、より確実な殺菌効果が期待できます。実際の臨床データでは、ドレナージを行った患者は行わなかった患者と比べて、治癒期間が大幅に短縮されることが報告されています。
抗生物質が効かないもう一つの重要な理由が、薬剤耐性菌(耐性菌)の存在です。同じ抗生物質を繰り返し使用したり、不完全な治療を続けたりすると、その薬に対する耐性を持つ細菌が生じます。医学的には薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)は世界的な問題として認識されています。
智歯周囲炎の原因菌は、通常は複数の嫌気性菌と好気性菌の混合感染です。この複数の菌種に対応するため、歯科では第一選択薬として広スペクトラム抗生物質が使われます。ただし、不適切な用量や期間での使用により、特定の菌が耐性化し、次回の感染時にその薬が効かなくなることがあります。このため、医学的には細菌培養検査により、実際に感染している菌を特定し、その菌に有効な抗菌薬を選ぶことが推奨されています。
多くの歯科医院では経験的に抗生物質を選択していますが、培養検査を実施してから薬を決める方がより科学的です。培養検査により感染菌を特定すれば、効果的な薬の選択が可能になり、耐性菌の出現を抑えることができます。これは患者さんにとってもメリットが大きく、治療期間の短縮や治療効果の向上につながります。
重要な事実として、智歯周囲炎は一度発症すると再発しやすい疾患です。抗生物質で一時的に症状を抑えても、根本的な原因である親知らずが存在する限り、炎症は繰り返し起こります。医学的には、何度も再発する智歯周囲炎に対しては、抜歯が唯一の根治法とされています。
親知らずが腫れている急性期には抜歯はできません。血流が悪く麻酔が効きにくくなる上、出血が止まりにくくなるためです。医学的な原則として、まず抗生物質と消炎処置で急性炎症を鎮静化させた後、炎症が完全に引いた段階で抜歯を行います。
このプロセスには通常、1~2週間必要です。
医科歯科連携も重要な考慮事項です。糖尿病や免疫不全疾患を持つ患者では、感染症の進行が通常より早く、合併症のリスクが高まります。このような場合、医師と歯科医師が患者情報を共有し、リスク管理を行うことが医学的に推奨されています。感染が顎骨や周囲組織に波及する可能性がある場合は、高次医療機関での治療が必要になることもあります。
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参考資料(歯科医師向け):
日本歯周病学会「歯周病患者における抗菌薬適正使用のガイドライン2020」
歯周膿瘍への治療アプローチと抗菌薬の適切な使用期間、ドレナージ併用の必要性が詳述されています。
厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版(案)歯科編」
智歯周囲炎を含む歯科感染症における抗菌薬選択と耐性菌対策の標準指針が記載されています。
急性感染症におけるドレナージの必要性と効果
外科的排膿がなぜ抗生物質と併用すべきか、医学的根拠が説明されています。