一般的な歯列矯正は自費診療が原則です。不正咬合は病気とは認識されておらず、健康保険の対象にはなりません。しかし特定の条件に該当すれば、保険診療での治療が可能になる例外的なケースが存在します。
この例外的な適用にはいくつかの厳密な条件があり、すべての歯科医院で対応できるわけではありません。患者さんが保険適用の対象かどうかを判断するためには、専門的な知識が必要です。大人の不正咬合治療における保険診療の仕組みを理解することは、患者さんの経済的負担を大きく減らせる重要な要素になります。
日本臨床矯正歯科医会の公式情報では、保険適用となる条件について詳しく説明されています。
顎変形症とは、顎の骨格の形や大きさ、位置に異常があり、矯正治療だけでは改善できない状態を指します。この場合、保険診療で外科矯正(手術と矯正を組み合わせた治療)が可能になります。
成人患者さんの顎変形症治療では、術前矯正に2~3年、外科手術、そして術後矯正に1年前後が必要となり、トータルで約5年程度の治療期間が見込まれます。通常の矯正治療が2年前後で完了するのと比べると、大幅に長い治療期間が特徴です。
これが基本です。
手術は全身麻酔下で行われ、下顎の位置を改善する場合は下顎枝矢状分割術(SSRO)などが選択されます。1~2週間程度の入院が必要になるため、患者さんには仕事や学業の調整が不可欠です。手術後は顎間固定という処置により、一時的に口が開かなくなり、流動食のみの食事になります。
つまり顎変形症は治療期間も長く、入院・手術という大きな負担があります。
保険診療での自己負担額は、通常3割負担で30万円前後となることが多く、自費診療の100万円以上と比べると経済的メリットは大きいです。ただし手術費用と入院費も別途かかるため、事前に医療機関に確認することが重要になります。
The White Dentalの反対咬合治療に関する詳細解説では、治療の流れと費用についてわかりやすく説明されています。
大人になっても永久歯が生えてこない永久歯萌出不全は、特定の条件で保険適用の対象になります。ただし「3本以上の永久歯が生えていない」という数字だけでは不十分です。
保険適用の条件は、前歯(正面から左右3本目まで)または小臼歯(4・5番目)が3本以上埋伏している状態で、かつ埋伏歯開窓術という歯茎を切開して歯を引っ張り出す手術が必要な場合に限定されています。単に歯が生えていないだけでは対象にならないことが重要です。
この治療では、まず口腔外科で埋伏歯開窓術を行い、歯を露出させます。その後、矯正治療で歯を正しい位置に誘導していくという流れになります。手術と矯正を組み合わせた治療となるため、一般的な矯正治療より複雑な治療計画が必要になります。
なお、虫歯や歯周病で失った歯、親知らずの欠損は対象歯には含まれません。あくまで生まれつき生えない歯に限定されています。
つまり永久歯萌出不全の保険適用は「埋伏歯開窓術を必要とする」という条件が鍵になります。
厚生労働大臣が定める先天性疾患に起因する不正咬合も、保険診療の対象になります。2024年6月現在、この対象疾患は53種類あります。その中で最も代表的なものは唇顎口蓋裂(しんがくこうがいれつ)です。
唇顎口蓋裂は、生まれつき唇や上顎が割れている状態を指します。このような先天的な奇形がある場合、必然的に噛み合わせに異常が生じます。他には、ゴールデンハー症候群、鎖骨頭蓋骨異形成、筋ジストロフィー、ダウン症候群なども対象に含まれています。
これらの疾患の診断を受けている患者さんであれば、その原因となっている不正咬合の治療は保険診療の対象になります。疾患そのものの治療と同時に、矯正治療も医学的必要性が認められるためです。
これらの治療が保険対象となるかどうかは、患者さん本人が疾患を持っているかどうかで判断されます。疾患の有無については医学的な診断が必要になるため、まずは医科での診断確認が前提になります。
赤羽矯正歯科の解説では、厚生労働大臣が定める疾患の一覧も掲載されており、参考になります。
保険適用される条件に当てはまっていても、すべての歯科医院で保険診療が受けられるわけではありません。厚生労働大臣が定める施設基準を満たし、地方厚生局長に届け出た指定医療機関でのみ保険診療が可能です。
指定医療機関の要件には、矯正歯科治療に十分な経験を有する専任の歯科医師が1名以上配置されていること、常勤の歯科医師が1名以上配置されていること、治療に必要な専用施設と機器が整備されていることなどが定められています。さらに顎変形症の治療の場合は、口腔外科のある病院との連携体制が整備されていることが必須条件です。
つまり指定医療機関の条件は厳格です。
一般的な歯科医院では保険診療の対象外となる場合があります。患者さんが保険適用を希望する場合は、事前にその医院が指定医療機関であるかどうかを確認することが非常に重要です。医院のホームページで施設基準について記載があるか、または直接電話で問い合わせることをお勧めします。
もし指定医療機関でない場合でも、指定医療機関への紹介という形で治療を受けることができる場合もあります。患者さんの治療費負担を最小限にするためにも、医療機関選択の段階での確認が重要になります。
保険適用の対象にならない一般的な不正咬合治療でも、医療費控除の対象になる場合があります。これは節税の観点から患者さんに大きなメリットをもたらす制度です。
医療費控除の対象になる条件は、治療の目的が「美容目的」ではなく「治療目的」であることです。具体的には、噛み合わせの改善、発音障害の改善、咀嚼機能の回復などが治療目的として認められれば、自費診療の矯正治療でも医療費控除の対象になります。一方、単なる見た目の改善だけを目的とした矯正治療は控除対象外です。
医療費控除は、1年間に支払った医療費が10万円(または所得の5%)を超えた場合に、その超過分に対して所得税の控除を受けられる制度です。矯正治療費が100万円の場合、控除対象額は100万円-10万円=90万円となり、年収によって異なりますが、およそ15~30万円程度の税金還付が期待できます。
医療費控除を受けるには、治療費の領収書、通院時の交通費の領収書、税務署への確定申告書類が必要です。診療所での医療費の目的と性質を、患者さんが税務署に説明する必要があります。
医療費控除は知らないと損する制度です。
患者さんに対して、保険診療の対象でない場合でも医療費控除の可能性があることを説明することで、治療費の実質負担を大幅に軽減できることをお伝えください。確定申告時期(2月16日~3月15日)に税務署に申告することが必須になります。
国税庁の公式ページでは、医療費控除の対象となる歯の治療費について具体例が挙げられています。
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