歯科治療において抗菌薬は、細菌感染症に対して効果的な治療手段として広く使用されています。抗菌薬は細菌の増殖を抑制したり、死滅させたりする働きを持ち、歯性感染症の治療において重要な役割を果たしています。しかし、その使用には適切な判断と選択が求められます。
抗菌薬の効果判定の目安は3日とされており、効果が見られない場合は外科的消炎処置の追加や他剤への変更を検討する必要があります。また、米国歯周病学会によると、歯性感染症における抗菌薬の投与期間はおおよそ8日間程度が適切とされています。
歯科治療における抗菌薬の使用は、「治療的な使用」と「予防的な使用」の2つに大別されます。すでに歯性感染症が発症している場合の治療的使用は有効ですが、予防的な使用については慎重な判断が必要です。実際、抗菌薬適正使用のためのガイドラインでは、持病がない患者の通常の抜歯には予防抗菌薬の使用は推奨されていません。
歯科で一般的に処方される抗菌薬には、ペニシリン系、セフェム系、マクロライド系、クリンダマイシン系、ニューキノロン系などがあります。これらは口腔内の感染症の原因となる細菌に対して効果的に作用します。
歯性感染症の主な起炎菌は以下のとおりです。
これらの細菌に最も効果的な抗菌薬として、ペニシリン系抗菌薬が第一選択薬となっています。特にアモキシシリン(商品名:サワシリン等)が推奨されています。
比較的軽度から中等度の歯性感染症では、起炎菌をレンサ球菌と想定してアモキシシリンが選択されます。一方、重度の歯性感染症の場合は、嫌気性菌の検出頻度が高く、βラクタマーゼ産生率も高いため、βラクタマーゼ阻害剤配合のペニシリン系抗菌薬が選択されることがあります。
ペニシリンアレルギーがある患者に対しては、クリンダマイシン(商品名:ダラシン)やマクロライド系のアジスロマイシン(商品名:ジスロマック)が代替薬として選択されます。ただし、ペニシリンアレルギーの患者の約15%は、セフェム系抗菌薬にもアレルギーを有するため注意が必要です。
歯科で使用される主な抗菌薬の系統別特徴と副作用について詳しく見ていきましょう。
1. ペニシリン系
2. セフェム系
3. マクロライド系
4. キノロン系(ニューキノロン系)
5. テトラサイクリン系
これらの抗菌薬は比較的副作用が少ない薬剤ですが、薬の種類によっては下痢、吐き気、胃の痛みといった症状が起こる場合があります。また、極めてまれなケースではありますが、皮膚粘膜眼症候群や肝障害、大腸炎、血液障害、不整脈などの重い副作用の報告もあります。身体に異常を感じた際には服用を中止し、すみやかに医師に相談することが重要です。
歯性感染症は、歯や歯周組織に細菌が感染することで発症する疾患です。主な症状として、痛み、腫れ、発熱などが挙げられます。抗菌薬はこれらの症状を緩和するために使用されますが、その効果は感染の原因や重症度によって異なります。
歯性感染症の治療において重要なのは、抗菌薬だけに頼るのではなく、感染源の除去や外科的処置を適切に行うことです。例えば、根の病気(根尖性歯周炎)の場合、抗菌薬を服用するだけでは完全に治癒することはありません。なぜなら、神経が死んでいる歯の根の中には血管がなく、抗菌薬が十分な濃度で到達できないからです。
このような場合、抗菌薬は一時的に症状を緩和するだけであり、根本的な治療には根管治療(歯の神経の治療)が必要となります。根管治療では、根の中の細菌や細菌の栄養源となる物質を直接除去することで感染を制御します。
一方、膿瘍を形成している症例では、まず切開などの消炎処置を行った後に抗菌薬の投与を行うことが効果的です。また、口腔カンジダ症のような真菌感染症に対しては、抗菌薬ではなく抗真菌薬(ミコナゾール、イトラコナゾールなど)が使用されます。
抗菌薬の効果を最大限に引き出すためには、処方された用法・用量を守り、指示された期間内に服用を完了することが重要です。途中で服用をやめると、細菌を完全に退治できず、残った細菌から耐性菌が生まれる可能性があります。
抗菌薬の不適切な使用は、薬剤耐性菌の出現という深刻な問題を引き起こす可能性があります。薬剤耐性菌とは、抗菌薬が効かなくなった細菌のことで、これらが増加すると将来的に感染症の治療が困難になる恐れがあります。
世界保健機関(WHO)も薬剤耐性菌の問題について警告を発しており、抗菌薬の適正使用の重要性が国際的に認識されています。歯科領域においても、不必要な抗菌薬の処方を避け、適切な症例に適切な抗菌薬を選択することが求められています。
抗菌薬の適正使用のためのポイントは以下の通りです。
特に歯科領域では、第三世代セフェム系抗菌薬が多く処方される傾向がありましたが、近年はガイドラインに基づき、ペニシリン系抗菌薬を第一選択とする動きが広がっています。これは、歯性感染症の主な起炎菌に対する効果と、不必要に広域スペクトラムの抗菌薬を使用しないという観点から推奨されています。
抗菌薬の開発には莫大な時間と費用がかかるため、新薬の開発は容易ではありません。そのため、現在ある抗菌薬を適切に使用し、その効果を長く維持することが重要です。歯科医師と患者の双方が抗菌薬の適正使用について理解し、協力することが求められています。
歯科治療で抗菌薬が処方された場合、患者さんが知っておくべき注意点をまとめました。
1. 服用方法と期間
2. 副作用と対処法
3. 薬の相互作用
4. 特別な注意が必要な方
5. 抗菌薬が効かない場合
抗菌薬は適切に使用すれば非常に有効な治療薬ですが、不適切な使用は耐性菌の出現や副作用のリスクを高めます。疑問や不安がある場合は、自己判断せずに歯科医師や薬剤師に相談することが大切です。また、過去に薬によるアレルギー反応があった場合は、必ず医療従事者に伝えてください。
歯科治療における抗菌薬の使用は、患者さんの全身状態や感染症の重症度、アレルギー歴などを考慮して慎重に判断されます。適切な抗菌薬治療を受けるためにも、自身の健康状態や服用中の薬について正確に伝えることが重要です。
日本歯科医師会による歯科で処方される抗菌薬の詳細解説
AMR臨床リファレンスセンターによる歯科における抗菌薬適正使用の取り組み