歯周炎と歯科治療で予防する骨吸収と炎症

歯周炎は成人の多くが抱える口腔内の慢性炎症性疾患です。歯肉の腫れや出血から始まり、進行すると歯を支える骨が溶け、最終的には歯の喪失につながります。適切な予防と治療で歯周組織の健康を維持するには、どのような対策が効果的なのでしょうか?

歯周炎と歯科での治療法

歯周炎の基本情報
🦷
歯周炎の定義

歯周病菌による感染性炎症性疾患で、歯肉だけでなく歯槽骨など深部の歯周組織にまで炎症が及ぶ状態

📊
罹患率

30代以上の約3人に2人が歯周病と診断される

⚠️
主な症状

歯肉の腫れ・出血、歯のぐらつき、口臭、進行すると歯の喪失

kindleアンリミ

歯周炎の病態と歯肉炎との違い

歯周炎は、単なる歯肉の炎症ではなく、歯を支える組織全体に影響を及ぼす感染性炎症性疾患です。歯周病は大きく「歯肉炎」と「歯周炎」に分類されますが、両者には重要な違いがあります。

 

歯肉炎は歯肉のみに炎症が限局している状態で、適切なブラッシングや歯科医院での専門的なクリーニングにより健康な状態に戻すことができる可逆性の疾患です。主な症状としては、歯ぐきの腫れや赤み、歯磨き時の出血などが挙げられます。

 

一方、歯周炎は炎症が歯肉を超えて、歯槽骨歯根膜セメント質といった深部の歯周組織にまで及んだ状態です。歯周炎になると、歯を支える骨が溶け始め(骨吸収)、歯周ポケットが深くなり、歯のぐらつきや冷たいものがしみるなどの症状が現れます。歯周炎は不可逆性の疾患とされ、一度失われた骨組織を完全に元の状態に戻すことは困難です。

 

歯周炎の主な原因は、歯と歯ぐきの間に蓄積する「プラーク歯垢)」です。プラーク1mgあたり約10億個もの細菌が存在し、特にP. gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス)などの歯周病原菌が増殖すると、炎症性サイトカインが活性化し、歯槽骨の破壊が加速します。

 

2018年に改訂された新しい歯周病の分類では、従来の「慢性歯周炎」と「侵襲性歯周炎」の区別がなくなり、重症度とリスク因子に基づいた新たな分類体系が採用されています。

 

歯周炎の進行度と歯のぐらつきのメカニズム

歯周炎は段階的に進行する疾患であり、その進行度によって症状やリスクが異なります。歯周炎の進行度は主に歯周ポケットの深さ、骨吸収の程度、歯の動揺度によって評価されます。

 

初期段階の歯周炎では、歯肉の腫れや出血といった歯肉炎の症状に加え、わずかな骨吸収が始まります。この段階では自覚症状が少なく、定期的な歯科検診で発見されることが多いです。

 

中等度の歯周炎になると、歯周ポケットが4〜6mm程度に深くなり、歯を支える骨が30〜50%程度失われます。歯と歯の間の歯ぐきが後退し、歯が長く見えるようになる「歯肉退縮」が起こり、歯の根元が露出して知覚過敏を引き起こすこともあります。

 

重度の歯周炎では、歯周ポケットが7mm以上に深くなり、骨吸収が50%を超えます。歯のぐらつきが顕著になり、噛むときに痛みを感じるようになります。また、歯周ポケット内に膿がたまり(膿瘍)、強い口臭の原因となります。

 

歯のぐらつきが生じるメカニズムは、歯周病菌が引き起こす炎症反応によって歯槽骨の破壊が進み、歯を支える力が弱まることにあります。さらに、炎症によって歯根膜線維が破壊されると、歯の固定力が低下し、噛む力が加わるたびに歯が動くようになります。

 

歯周炎の進行には細菌感染だけでなく、免疫応答や遺伝的要因も関与しています。そのため、単に細菌を除去するだけでなく、炎症をコントロールし、歯周組織の修復を促すアプローチが必要となります。

 

歯周炎の治療法と歯科での専門的ケア

歯周炎の治療は、その進行度に応じて段階的に行われますが、いずれの段階においても「歯周基本治療」が最初に実施されます。

 

歯周基本治療の主な内容は以下の通りです。

  1. プラークコントロール指導(TBI):患者自身が行う正しいブラッシング方法や補助的清掃用具の使用法を指導します。
  2. スケーリング:歯面や歯肉縁上の歯石を除去します。
  3. ルートプレーニング:歯肉縁下の歯石除去と、細菌毒素に汚染された根面を滑沢にします。
  4. 咬合調整:過度な力がかかっている歯の咬み合わせを調整します。
  5. 暫間固定:動揺のある歯を隣接歯と連結して安定させます。

重度の歯周炎や、基本治療で改善しない場合には、以下のような歯周外科治療が検討されます。

  • フラップ手術:歯肉を切開・剥離して直視下で歯石除去や根面清掃を行います。
  • 歯周組織再生療法:エムドゲインやGem21などの生体材料を用いて、失われた歯周組織の再生を促します。
  • 歯周形成外科:歯肉の形態を整えて清掃性を高めます。

最近では、FMD(フルマウスディスインフェクション)という治療法も注目されています。これは一回の来院で抗生物質の投与と同時に、口腔内全体(歯、舌、頬粘膜など)の徹底的なクリーニングを行い、歯周病菌とその住処を一掃する方法です。

 

治療後は定期的なメインテナンス(SPT:サポーティブペリオドンタルセラピー)が不可欠です。3〜6ヶ月ごとの専門的な歯面清掃と歯周組織の検査により、歯周炎の再発を防ぎます。

 

日本歯周病学会による歯周治療のガイドライン

歯周炎と全身疾患の関連性

近年の研究により、歯周炎は単なる口腔内の問題ではなく、全身の健康状態と密接に関連していることが明らかになっています。歯周病原菌やその毒素、炎症性物質が血流に乗って全身を巡ることで、様々な疾患のリスク因子となる可能性があります。

 

特に注目されているのが、以下の全身疾患との関連です。

  1. 心血管疾患:歯周病原菌が血管内皮に炎症を引き起こし、動脈硬化を促進する可能性があります。広島大学の研究では、歯周病原菌の一種であるP. gingivalisが心房細動(不整脈)に関与していることが示されました。
  2. 糖尿病:歯周炎と糖尿病は双方向性の関係にあり、歯周炎が糖尿病を悪化させ、逆に糖尿病も歯周炎を悪化させるという悪循環を形成します。歯周炎治療によりHbA1c値(血糖コントロールの指標)が改善するという報告もあります。
  3. 早産・低体重児出産:妊娠中の歯周炎が早産や低体重児出産のリスクを高める可能性があります。
  4. 呼吸器疾患:口腔内の細菌が誤嚥により肺に入り込み、肺炎などの呼吸器疾患を引き起こす可能性があります。
  5. 認知症:歯周病原菌が血液脳関門を通過し、脳内で炎症を引き起こすことで、アルツハイマー病などの認知症リスクを高める可能性が指摘されています。

これらの関連性から、歯周炎の予防・治療は口腔内の健康だけでなく、全身の健康維持にも重要であることがわかります。特に糖尿病や心疾患などの基礎疾患を持つ患者では、歯周炎の管理が疾患コントロールの一環として位置づけられるようになってきています。

 

広島大学による歯周病と心房細動の関連性研究

歯周炎の予防と歯科衛生士の役割

歯周炎は一度進行すると完全な回復が難しい疾患であるため、予防が非常に重要です。効果的な歯周炎予防には以下の5つの要素が重要です。

  1. 毎日の適切な歯磨き

    歯周炎予防の基本は、プラークコントロールです。正しいブラッシング方法を身につけることが重要です。

     

  • 軽い力で小刻みに動かす
  • 1か所につき10〜20回程度磨く
  • 歯と歯ぐきの境目(歯頸部)を重点的に
  • 歯間ブラシやフロスで歯間部の清掃も行う
  1. 定期的な歯科受診と専門的クリーニング

    自己ケアだけでは取り除けない歯石は、定期的な歯科受診で除去する必要があります。3〜6ヶ月ごとの専門的機械的歯面清掃(PMTC)が推奨されています。

     

  2. 禁煙

    喫煙は歯周炎の最大のリスク因子の一つです。喫煙者は非喫煙者に比べて歯周炎のリスクが2〜8倍高くなるとされています。また、喫煙は歯周治療の効果も低下させます。

     

  3. 免疫力を高める生活習慣

    十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動は免疫力を高め、歯周炎に対する抵抗力を向上させます。特にビタミンCやDは歯周組織の健康維持に重要です。

     

  4. 全身の健康管理

    糖尿病などの全身疾患のコントロールも歯周炎予防には重要です。特に血糖コントロールが不良な場合、歯周炎のリスクと重症度が高まります。

     

歯科衛生士は歯周炎の予防と管理において中心的な役割を果たします。具体的には以下のような業務を担当します。

  • 個々の患者に合わせたブラッシング指導
  • 専門的な歯面清掃(PMTC)の実施
  • 歯周組織検査(プロービング)による歯周状態の評価
  • 生活習慣指導(禁煙支援、食事指導など)
  • 患者教育と動機づけ

歯科衛生士による定期的なメインテナンスを受けている患者は、そうでない患者に比べて歯の喪失リスクが大幅に低下することが研究で示されています。特に、重度の歯周炎患者では、専門的なケアの重要性がより高まります。

 

歯科医師と歯科衛生士が連携し、「歯周病菌」と「噛み合わせ(力)」の両面からアプローチすることで、より効果的な歯周炎の予防と管理が可能になります。歯科医師が矯正治療やインプラントで「力」をコントロールし、歯科衛生士がクリーニングで「歯周病菌」をコントロールするという総合的なアプローチが理想的です。

 

歯科衛生士による歯周病予防管理の効果に関する研究