MWSTの感度は70%。あなたが「問題なし」と判定した患者の3割は、実は誤嚥しているかもしれません。
改訂水飲みテスト(Modified Water Swallowing Test:MWST)は、嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)を行う前段階として、咽頭期の機能障害を手軽にスクリーニングするための評価法です。1990年代に日本で開発され、現在は全国の歯科・医科・リハビリテーション現場で広く使われています。
特別な機器は不要です。必要なのは3mlの冷水とシリンジのみで、レントゲン室のような特定の環境を整える必要もありません。在宅訪問歯科でも、介護施設でも、ベッドサイドでもすぐに実施できる点が最大の強みです。
摂食嚥下障害は、日本人の死因第3位である肺炎、とりわけ誤嚥性肺炎との直結性が高い障害です。65歳以上の高齢者が肺炎死亡者の90%以上を占め、そのうち3〜5割が誤嚥性肺炎と関係しているとされています(栃木県歯科医師会「摂食嚥下指導マニュアル」より)。こうした背景から、歯科従事者が早期にスクリーニングを実施することの意義は非常に大きいといえます。
ただし、MWSTはあくまでも「スクリーニング」です。異常を疑ったら精密検査(VF・VE)へつなげるという流れが基本です。この役割分担を明確に理解した上で使いこなすことが、臨床精度の高い評価につながります。
参考:嚥下スクリーニング検査の詳細手順と使い方
改訂水飲みテスト(MWST)| リハビリDATA
MWSTの実施手順には、現場でよく間違われるポイントがいくつかあります。まず手順を正確に把握しましょう。
| ステップ | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| ① | シリンジで冷水3mlを計量する | 常温ではなく必ず冷水を使用 |
| ② | 逆手の指を舌骨と甲状軟骨上に置く | 触診で嚥下を確認するため |
| ③ | 口腔前庭(口腔底)にゆっくり冷水を注入し嚥下を指示 | 舌根に注ぐと誤嚥リスク上昇→評価が不正確になる |
| ④ | 嚥下の有無・むせ・呼吸変化を確認 | 頸部聴診を同時に行うと精度が上がる |
| ⑤ | 嚥下後に「エー」と発声させ湿性嗄声を確認 | 湿性嗄声があれば3点で終了 |
| ⑥ | 問題なければ追加で反復嚥下を2回指示 | 30秒以内に2回できなければ4点 |
| ⑦ | 評点4以上なら最大2回繰り返す(合計3回) | 最も悪い評点を記録する |
ステップ③は特に重要です。水を舌根に注いでしまうと、咽頭に直接流れ込んでむせが起きやすくなります。その場合、患者の本来の機能よりも点数が低く出て、不必要に精密検査に進むケースが生じます。正しくは「口腔前庭(前歯の内側・舌の下)」に注水します。
次に評価スコアの解釈です。5段階評価の意味は以下の通りです。
評点3以下は問題あり、と判断します。評点4以上でも「最大3回繰り返して最も悪い評点を採用する」というルールが大切です。つまり、1回だけうまく飲み込めた場合の偶然を除外するための手順です。これが基本です。
また、評価不能(嚥下無反応の場合)は別途記録します。その場合はとろみ水での再評価を検討し、使用したとろみ濃度・水温・体位を必ず記録します。
MWSTは便利なツールですが、過信は禁物です。カットオフ値3点における誤嚥有無の判別感度は0.70(70%)、特異度は0.88(88%)と報告されています(リハビリDATA)。
感度70%とはどういう意味でしょうか? 実際に誤嚥している患者さん10人のうち、MWSTで正確に「誤嚥あり」と検出できるのは7人だということです。残りの3人は「問題なし」という判定になってしまう計算です。野球で例えるなら、10球中3球を見落とすピッチャーのようなイメージです。
これが特に問題になるのが、「不顕性誤嚥(silent aspiration)」の患者です。不顕性誤嚥とは、誤嚥しているにもかかわらず咳やむせが起こらない状態を指します。咽頭感覚が低下した高齢者や脳卒中後の患者に多く、MWSTを実施しても評点4〜5点が出てしまうことがあります。
実際にある研究では、MWSTで誤嚥と判定された患者の中にも、フードテストやゼリーでは誤嚥しない患者が多く含まれていたことが報告されています。また、感度0.58・特異度0.72(別の測定条件)という報告もあり、検査条件や対象によって数値が変化します。
結論は「MWST単独での判断は危険」です。感度70%のスクリーニングを1種類だけ使って「安全に食べられる」と断言するのは、臨床的に大きなリスクを伴います。スクリーニング検査の性質上、「障害を疑って精密検査に進む判断材料」として使う、という位置づけを守ることが肝心です。
参考:スクリーニング検査の感度・特異度と嚥下評価の関係
当院における嚥下スクリーニング検査について | 久留米聖マリア病院
MWSTの感度70%という限界をカバーするために、複数の評価法を組み合わせることが推奨されています。歯科従事者として知っておくべき代表的な3つのスクリーニング手法と、その特性の違いを整理します。
まず反復唾液嚥下テスト(RSST)は、30秒間に何回唾液を嚥下できるかを計測する方法です。のど仏(甲状軟骨)に指をあてて、触診で嚥下回数を数えます。評価基準は30秒間に3回未満で「嚥下障害の可能性あり」です。水や食べ物を使わないため、重度の嚥下障害のある患者にも安全に実施できます。これは大きなメリットです。
次にフードテスト(FT)は、ティースプーン1杯程度(約4g)のプリンやゼリーを嚥下してもらい、嚥下後の口腔内残留と誤嚥の有無を確認する検査です。MWSTで見逃されやすい「口腔内残留」の評価に強みを持ちます。特にMWSTと組み合わせることで、準備期〜咽頭期をより広くカバーできます。これは使えそうです。
そして頸部聴診法は、嚥下時の咽頭部に聴診器を当て、嚥下音・呼吸音の異常を聴取する方法です。MWST実施時に同時に行うことで、湿性嗄声では捉えにくい微細な嚥下異常を音として捉えることができます。ただし、判定に習熟が必要です。
| 評価法 | 評価対象 | 感度 | 特異度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| RSST | 咽頭期・嚥下反射誘発 | 0.98 | 0.66 | 水・食物不要。重度でも実施可能 |
| MWST | 咽頭期・誤嚥リスク | 0.70 | 0.88 | 3ml冷水。不顕性誤嚥に弱い |
| フードテスト | 口腔期〜咽頭期・残留 | 0.72 | 0.62 | 口腔残留の評価に強い |
臨床フローとして推奨されるのは「RSST→MWST→フードテスト」の順に段階を上げていくアプローチです。まず唾液で安全性を確認し、次に少量の冷水、そして食物へと負荷を増やしていく流れが基本です。患者の覚醒状態が不良な場合は、無理に実施せず「評価不能」として記録することも重要な判断です。
参考:嚥下評価の段階的フローチャートと各検査の詳細
摂食嚥下障害の評価2019 | 日本摂食嚥下リハビリテーション学会
長年MWSTを実施していても、知らず知らずのうちに評価精度を下げる習慣がついてしまうことがあります。歯科従事者が実際に起こしやすいエラーパターンを確認しましょう。
最も多いエラーは「注水位置の誤り」です。舌背や舌根付近に水を注いでしまうと、水が咽頭に流れ込む速度が早くなりむせが誘発されやすくなります。これは患者の本来の能力よりも低い評点を出す原因になります。口腔底(前歯裏の舌の下)にゆっくり注水することが正しいやり方です。
次に多いのが「4点以上でも1回で終了してしまう」ミスです。評点4以上が出た場合は、合計3回まで繰り返し実施して最も悪い評点を採用しなければなりません。1回だけうまくいったケースを「問題なし」と判断してしまうと、偶然の成功を見逃さないという検査設計の目的が損なわれます。最低点を評点とするのが原則です。
また「常温の水を使ってしまう」ケースも見られます。MWSTで使うのは必ず「冷水」です。冷たい刺激が嚥下反射を誘発しやすくするという生理学的な根拠があります。常温水を使うと嚥下反射が起こりにくくなり、評価の感度が下がります。
そして「覚醒状態の確認を省く」ことも重大なリスクです。患者の覚醒状態が不良な場合にスクリーニングを実施すると、本来の嚥下機能より著しく悪い結果が出るだけでなく、実施中の誤嚥リスクが跳ね上がります。摂食嚥下機能は覚醒状態に非常に大きく左右されます。評価前に必ず覚醒状態を確認し、「今日はテストを実施しない」という判断も臨床の一部です。
参考:評価エラーを防ぐための嚥下スクリーニングの実施指針
嚥下障害があるかどうか評価する方法 | IPSG包括歯科医療研究会
MWSTを「やって終わり」にしてしまうと、その情報は宝の持ち腐れになります。評価結果をどう次の支援に結びつけるかが、歯科従事者としての真価を発揮する部分です。
まず評点3以下の患者に対しては、口腔ケアの内容を見直すことが最優先です。嚥下機能が低下している患者は、口腔内に細菌や残渣が蓄積しやすく、それが誤嚥された際に誤嚥性肺炎の原因になります。日本摂食嚥下リハビリテーション学会の指針でも、嚥下スクリーニングと口腔衛生管理は一体として扱うべきとされています。具体的には、食後の口腔清掃徹底、含嗽困難な患者へのスポンジブラシや吸引器付きブラシの使用、口腔乾燥の改善が重要な介入ポイントです。
次に食形態の選択です。MWSTの評点に応じた食形態の目安を以下に示します。
ただし、MWSTの結果だけで食形態を決定することは避けるべきです。前述の通り感度70%の検査であり、患者の日々の体調・疲労・薬剤の影響でも評点は変動します。評価はあくまで「その日・その時点」のスナップショットであることを忘れずに、定期的な再評価と多職種連携が不可欠です。
嚥下機能と密接に関係するのが、歯科的な咬合支持の問題でもあります。臼歯部の咬合支持がしっかりしていると、舌骨上筋群の収縮が効率よく起こり喉頭挙上が改善します。義歯の不具合や歯の欠損は嚥下機能低下に直結します。口腔機能管理と嚥下評価を組み合わせることで、より包括的なアプローチが実現します。これが歯科従事者ならではの強みです。
参考:嚥下機能と咬合支持・口腔機能管理の関係
摂食嚥下指導マニュアル改訂版 | 栃木県歯科医師会
十分な情報が揃いました。記事を作成します。