エコーなしでも5mL注入すれば100%成功できるブロックです。
上顎神経(maxillary nerve)は三叉神経の第2枝にあたり、蝶形骨大翼にある正円孔(foramen rotundum)を通過して翼口蓋窩(pterygopalatine fossa)へ入ります。そこから頬骨神経・翼口蓋神経などの枝を出し、眼窩下管を進んで眼窩下神経(infraorbital nerve)となり眼窩下孔から顔面に出ます。
この神経が支配する領域は非常に広く、下眼瞼・頬部・上唇・鼻翼・上顎歯・上顎歯肉・口蓋・上顎洞粘膜などを包括します。歯科・口腔外科的には「上顎の処置や手術すべてに関与する」といっても過言ではない神経です。
翼口蓋窩はこの神経のアクセスポイントとして重要な解剖学的空間です。大きさはおよそ縦2cm・横1cm程度のピーナッツほどの空間で、上顎骨の後面・蝶形骨翼状突起・口蓋骨垂直板に囲まれています。この閉じた空間に局所麻酔薬を注入すると、薬液がコンパートメント内で広がり上顎神経全域を遮断できるため、広い鎮痛範囲を得られます。これがポイントです。
翼口蓋窩には顎動脈(maxillary artery)の末梢枝も走行しており、盲目的穿刺では動脈誤穿刺のリスクが常に伴います。エコーガイド下では顎動脈の走行をリアルタイムに確認しながら穿刺できるため、安全マージンが格段に上がります。
| 上顎神経の主な支配領域 | 歯科・口腔外科との関連 |
|---|---|
| 上顎歯・上顎歯肉 | 上顎抜歯、インプラント、歯周外科 |
| 硬口蓋・軟口蓋 | 口蓋手術、口蓋裂修復術 |
| 上顎洞粘膜・頬部皮膚 | 上顎骨手術、副鼻腔手術 |
| 下眼瞼・鼻翼・上唇 | 顔面外傷、口唇裂、顎顔面手術 |
歯科麻酔に携わるうえでこの解剖を正確に把握することは必須です。翼口蓋窩を標的にすれば、上顎全体のほぼすべての感覚を一度のブロックで遮断できる点が、上顎神経ブロックの最大の強みといえます。
かつての上顎神経ブロックはランドマーク法(盲目的穿刺)が主流でした。頬骨弓下から翼口蓋窩を目指す方法ですが、この手技には一つの大きな問題がありました。穿刺経路上に顎動脈が走行している点です。
顎動脈は側頭下窩から翼口蓋窩へ走行する際、外側翼突筋の表層から深層に向かって潜り込みます。盲目的穿刺では針先が動脈のどの位置にあるかわからないまま薬液を注入するため、動脈誤穿刺・血腫形成のリスクが排除できませんでした。日本ペインクリニック学会誌(2021年)の報告でも「上顎神経ブロックは盲目的な穿刺では穿刺経路に顎動脈が存在する可能性があり、動脈誤穿刺、血腫形成の危険性がある」と明記されています。
エコーガイドを使えばどうなるか、整理しましょう。
- **顎動脈の走行をリアルタイムに確認**しながら穿刺できる
- 翼口蓋窩直近の外側板前縁という目標点まで針先位置をモニタリングできる
- 局所麻酔薬の広がり(拡散範囲)を画像でその場で確認できる
- 薬液量を必要最低限に抑えられる(成人では5mLで100%の症例に有効性が確認されている)
特に薬液量の節減は重要です。上顎骨手術などの際には術野にも局所麻酔薬を使用します。全体の総量が局所麻酔薬の極量を超えないよう管理する必要があり、エコーガイドで5mLの精密投与を確実に行えることが安全な周術期管理の基盤となります。
また、三叉神経痛の治療として上顎神経パルス高周波法(PRF)を繰り返し施行する患者では、処置を数カ月に1回のペースで複数回重ねることがあります。そのような症例では穿刺回数が増えるほど動脈誤穿刺リスクが累積するため、エコーガイドによる安全確保がより一層重要になります。X線ガイドでは放射線被曝を避けられませんが、エコーは被曝がなく繰り返し使用できる点でも優れた選択肢です。
参考:日本ペインクリニック学会誌(2021年)「微小血管減圧術後に再発した三叉神経痛に超音波ガイド下でパルス高周波法を施行した症例」では、エコーガイド下での上顎神経PRFにより血腫形成なく安全に施行できたことが報告されています。
J-STAGE:日本ペインクリニック学会誌 28巻8号(三叉神経痛・上顎神経パルス高周波法の症例報告)
エコーガイドが必要な理由は「使うと上手くなる」ではなく「使わないと防げないリスクがある」という認識が基本です。
エコーガイド下上顎神経ブロックの代表的な手技が、2012年にNaderらが報告した**suprazygomatic approach(頬骨弓上アプローチ)**です。その後、日本でも「頬骨弓下アプローチ」として手術麻酔・ペインクリニック両領域で普及が進んでいます。
手技の流れは次のとおりです。
**【プローブの当て方】**
リニアプローブを頬骨弓の直下に置き、頭蓋底側をのぞき込むようにビームをやや上方へ傾けます。このポジションで上顎骨の上顎結節(maxillary tuberosity)と蝶形骨翼状突起外側板(lateral pterygoid plate)が描出されます。この2つの骨の交点の奥が翼口蓋窩です。
**【穿刺の開始点と経路】**
穿刺開始点は頬骨の前頭突起と頬骨弓の交点付近です。この直下は側頭筋のみが走行する側頭窩という安全なスペースで、穿刺の入り口として適しています。針はout-of-plane法で進め、側頭筋→外側翼突筋の順に層を越えながら翼口蓋窩直近の外側板前縁を目標に刺入します。
**【顎動脈の回避】**
外側翼突筋の表層には顎動脈が走行しています。この動脈は腹側(前方)ほど深い位置を通るため、針先が翼口蓋窩に近づくにつれ動脈との位置関係が変化します。エコー画像で動脈を確認しながら少しずつ進め、試験注入(生理食塩液1~2mL)を行って薬液の広がりを確認してから本注入に移ります。
**【局所麻酔薬の投与】**
成人の場合、0.375%ロピバカイン 10mL(37.5mg)を両側翼口蓋窩に投与した報告があります(日歯麻誌 2026年)。ある研究では5mLの投与で100%の症例に有効性が確認されており、薬液量は最小5mLから実施可能です。少量で確実なブロックが得られることが条件です。
穿刺難易度については、専門トレーニングを受けた術者が5〜10例ほど経験を積めば、安全に施行できるレベルになるとされています。決して特殊技能に限定された手技ではなく、継続的なトレーニングで習得可能です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 使用プローブ | リニアプローブ(高解像度) |
| 穿刺方法 | out-of-plane法(交差法) |
| 目標点 | 翼口蓋窩直近・外側板前縁 |
| 局所麻酔薬量(成人) | 5〜10mL(0.375%ロピバカインなど) |
| 習熟目安 | 5〜10例の穿刺経験 |
参考:上顎神経ブロック頬骨弓下アプローチの解剖・描出・穿刺手技について詳細な解説があります。
上顎神経ブロック suprazygomatic approach の解説記事(麻酔科医ブログ)
上顎神経ブロックの適応範囲は歯科・口腔外科の現場において予想以上に広いです。まず代表的な適応を整理しましょう。
- 上顎骨手術(上顎骨切り術・上顎骨形成術)
- 上顎洞手術・副鼻腔手術(上顎洞以外も含む)
- 口蓋裂修復術(cleft palate surgery)
- 上顎歯・上顎骨への広範な抜歯
- 上口唇・頬部・下眼瞼の手術
- 顎矯正手術(Le Fort I型骨切り術を含む)
2023年に改訂されたPROSPECT(Procedure Specific Postoperative Pain Management)ガイドラインでは、suprazygomatic approachによる上顎神経ブロックが**口蓋裂手術の術後鎮痛法として推奨(Recommend)**されました。これは単なる経験則ではなく、エビデンスに基づく推奨です。意外ですね。
特に歯科麻酔の現場で注目されているのが、**NSAIDsやアセトアミノフェンへのアレルギーがある患者**への応用です。日歯麻誌(2026年)の症例報告では、アセトアミノフェンとロキソプロフェンナトリウムにアレルギーを持つ80歳女性に対して、超音波ガイド下上顎神経ブロックを施行した結果、オピオイド鎮痛薬を一切使用せずに術後疼痛をコントロールできたことが報告されています。
つまり上顎神経ブロックとエコーの組み合わせは、「通常の鎮痛薬が使えない患者の受け皿」としても機能します。高齢患者でオピオイドによる術後せん妄が懸念される場合にも有力な選択肢となります。せん妄リスクの高い患者では特に重要です。
また、顔面や顎骨の手術では術後悪心嘔吐(PONV)の発生率が高いという特徴があります。エコーガイド下上顎神経ブロックでオピオイドフリーの管理を実現することでPONVを予防し、早期の経口摂取開始・早期離床につなげられます。
エコーガイド下上顎神経ブロックは「ガイドさえあれば安全」という誤解が生まれやすいです。実際には、いくつかのつまずきポイントが存在します。
**📌 画像描出の困難ケース**
翼口蓋窩は顔面の深部に位置し、超音波ビームが届きにくい角度を取ることがあります。特に顔の丸みが強い患者や肥満例では、プローブ位置の微妙な調整が成功のカギを握ります。超音波画像の描出困難によって手技の難易度が大きく上昇することがあるため、解剖学的知識に加えてエコー装置の操作習熟が欠かせません。
**📌 out-of-plane法における針先の見失い**
このブロックでは針をエコー画面に対して交差するように刺入するout-of-plane(交差法)を用います。この方法は針先がエコー画像で点状にしか映らないため、非常に見えにくい状態になります。針先か組織のアーチファクトかを区別するために、生理食塩液1〜2mLを試験注入し、液体の広がりで針先位置を確認するテクニックが実用的です。これは必須です。
**📌 局所麻酔薬中毒のリスク管理**
口腔顔面外科の手術では術野への局所麻酔薬(リドカイン含有アドレナリン液など)が追加使用されるケースが多いです。エコーガイド下ブロックで使用したロピバカイン量と、術野投与分の合計が最大用量(ロピバカイン:3.0mg/kgまたは200mg)を超えないよう、術前の計画段階で薬液量を確定させておく必要があります。体重41kgの患者ならロピバカインの安全上限は約123mgになります。薬剤量管理が条件です。
**📌 高齢・多疾患合併患者でのリスク評価**
NSAIDsやアセトアミノフェンが使えない患者ほど、エコーガイド下上顎神経ブロックの恩恵が大きい反面、合併症リスクも高い傾向があります。術前に血液凝固能・基礎疾患・常用薬(抗血小板薬・抗凝固薬)を確認し、禁忌がないかを必ずチェックしてから手技に臨むことが原則です。
日本歯科麻酔学会誌(2022年)の後ろ向き研究では、超音波ガイド下下顎神経ブロックおよび上顎神経ブロックの合併症は少ないことが示されており、専門トレーニングを受けた麻酔科医が施行すれば安全性の高い手技であるとされています。ただし「合併症が少ない=ゼロリスク」ではなく、施術者の技量と解剖学的知識が安全担保の核になります。
参考:超音波ガイド下上顎神経ブロック・舌咽神経ブロックによる顔面領域手術の術後鎮痛管理の実際(日歯麻誌 2026年 54巻1号)
J-STAGE:日本歯科麻酔学会誌 54巻1号 p.25-28(2026年)顔面領域手術での超音波ガイド下上顎神経ブロック・舌咽神経ブロックの症例報告
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