パタカラ体操だけ続けても、舌圧が低いと誤嚥リスクは下がらない。
歯科臨床において「リハビリ訓練」という言葉は広い意味を持ちます。摂食嚥下リハビリに限っても、その訓練の種類は非常に多岐にわたります。
まず大きな分類として知っておきたいのが、間接訓練(基礎訓練)と直接訓練(摂食訓練)の2種類です。間接訓練は食物を一切使わずに行う訓練で、口唇・舌・咽頭などの器官に直接働きかけて筋力や運動機能を高めます。直接訓練は実際に食物を使いながら嚥下動作を練習するもので、食塊の性状や量、食事姿勢の調整を組み合わせて実施します。これが基本です。
さらに歯科領域では、口腔筋機能療法(MFT)や構音訓練といった独自の訓練領域が加わります。MFTは舌・口唇・頬の筋バランスを正常化する訓練で、小児から成人まで幅広い患者に対応します。一方、構音訓練は発音に関わる器官の運動能力を高めるもので、舌切除後や脳血管疾患後遺症の患者に有効です。つまり、歯科でのリハビリ訓練は「食べる」「飲み込む」「話す」という3つの機能すべてを対象とする幅広い分野なのです。
下表に、主要なリハビリ訓練の種類をまとめます。
| 訓練カテゴリ | 代表的な訓練名 | 主なターゲット機能 |
|---|---|---|
| 間接訓練 | パタカラ体操・嚥下体操・舌抵抗運動・ブローイング・アイスマッサージ・頭部挙上訓練など | 舌・口唇・咽頭の筋力・嚥下反射誘発 |
| 直接訓練 | 食形態調整・姿勢指導・交互嚥下・二回嚥下 | 安全な経口摂取の再獲得 |
| 口腔筋機能療法(MFT) | 舌位置訓練・口唇閉鎖訓練・舌圧トレーニング | 口腔筋バランス・歯並びへの影響予防 |
| 構音訓練 | 発音練習・舌運動訓練・口腔体操 | 発語・コミュニケーション機能 |
| 補助器具による訓練 | PAP(舌接触補助床)・パラタルリフト・開口訓練器 | 器質的欠損の代償・開口力の維持 |
これらを「全部やる」のではなく、患者の口腔機能評価の結果に基づいて必要な訓練を選択することが原則です。
参考:日本摂食嚥下リハビリテーション学会による訓練法まとめ(間接訓練の実施根拠や手順が整理されています)
日本摂食嚥下リハビリテーション学会 訓練法のまとめ2014版(PDF)
間接訓練は誤嚥リスクの高い患者でも安全に行えるため、歯科衛生士が主導しやすい訓練です。代表的なものを押さえておきましょう。
① 嚥下体操(藤島式)は食前に行う全身ウォームアップで、頸部・肩・胸郭の可動域確保から始め、口唇・舌・頬の運動、「パパパ・ラララ・カカカ」の発音訓練、そして呼吸訓練までを一連のセットで実施します。所要時間は約5分です。筋肉のリラクゼーションを先に行ってから運動訓練に入る流れが重要で、冷えた筋肉に急に負荷をかけると効果が落ちます。
② 舌抵抗運動(舌圧トレーニング)は、舌圧測定器などで舌圧値を確認したうえで行うのが理想です。舌圧子やスプーンで舌に抵抗を加えながら、舌を上顎方向に強く押し上げます。舌圧の基準値は成人で約30 kPa以上とされており、これを下回る場合は食塊を咽頭に送り込む力が不足しているサインです。「むせは少ないのに栄養が取れない」という患者に舌圧低下が隠れていることは少なくありません。これは要注意です。
③ アイスマッサージ(嚥下反射誘発訓練)は、凍らせた綿棒や専用スティックで軟口蓋・口蓋弓・咽頭後壁を軽くマッサージし、嚥下反射を引き起こしやすくする訓練です。脳血管疾患後遺症の患者で嚥下反射が遅延している場合に特に有効で、15秒ほど冷刺激を与えた後に空嚥下を促します。
④ ブローイング訓練は、ペットボトルに入れた水をストローで静かに長く吹く練習です。唇を閉じる力と呼吸筋の協調性を高めます。口唇閉鎖が弱い患者は食べ物をこぼしやすく、口腔内で気圧を作り出せないため嚥下力そのものにも影響します。これは意外なつながりです。
⑤ 頭部挙上訓練(シャキア法)は、仰臥位で肩をつけたまま足先を見るように頭部だけを持ち上げる運動です。舌骨上筋群と喉頭挙上筋群を強化し、食道入口部(食道括約筋)の開大を促します。1回30秒保持を3回、毎日継続するのが推奨プロトコルです。咽頭残留の多い患者や、食道入口が開きにくい患者に有効で、これだけで誤嚥のリスクが大幅に下がることもあります。
参考:健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)による嚥下障害の基礎訓練まとめ(各訓練の図解とエビデンスが整理されています)
嚥下障害のリハビリテーション(基礎訓練)|健康長寿ネット
直接訓練は「食べることで嚥下機能を再獲得する」ことを目標としますが、誤嚥や窒息のリスクを常に伴います。安全に実施するためには、患者の嚥下機能評価が前提条件です。
まず食物形態の選択が重要です。嚥下機能が低下しているほど、食物はより均質で、べたつかず、口腔内でまとまりやすいものを選びます。具体的には、液体にはとろみ調整剤を使用して粘度を確保し、でんぷんや繊維質の多い野菜・パンのような「まとまりにくいもの」は避けます。食形態の分類には日本摂食嚥下リハビリテーション学会が定める「嚥下調整食分類2021」が広く使われており、コード0(嚥下訓練食品)からコード4(軟飯・軟菜)まで5段階に整理されています。
次に姿勢の指導です。食事中の姿勢は誤嚥の発生率に直結します。最も重要なのは頸部前屈(顎引き姿勢)で、顎を1〜2センチ引くことで咽頭後壁と喉頭蓋の距離が縮まり、食塊が気管に入りにくくなります。片麻痺のある患者には健側を下にした横向き姿勢(側臥位)も有効です。食事中の姿勢が崩れると嚥下機能が最大30%程度低下することが報告されており、姿勢管理は軽視できません。訓練ですね。
補助テクニックとして特に臨床で活用されるのが二回嚥下と交互嚥下です。二回嚥下は、1口分を飲み込んだ後にもう一度空嚥下を行い、咽頭残留を減らす方法です。交互嚥下は固形食と水分を交互に摂取することで、水分が残留した食物を流し込む効果を狙います。どちらも器具不要で、患者・介護者に指導しやすい点がメリットです。
直接訓練を開始する際の注意点として、歯科衛生士が単独で判断せず、歯科医師や必要に応じて言語聴覚士・主治医と実施体制を整えることが必須です。とくに「むせが頻繁」「発熱を繰り返している」「体重が急激に減少している」といったサインがある場合は、精密な嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)への連携を積極的に提案するのが適切な対応です。
参考:慶應義塾大学病院KOMPASによる摂食嚥下リハビリの解説(間接・直接訓練の使い分けと注意点が詳しく記載されています)
摂食嚥下障害のリハビリテーション|慶應義塾大学病院 KOMPAS
摂食嚥下訓練だけがリハビリ訓練ではありません。歯科領域で特に注目されるのが、口腔筋機能療法(MFT)と構音訓練です。
MFTは、口唇・舌・頬・軟口蓋などの筋肉の機能的バランスを改善するための訓練法で、小児の口腔機能発達不全症から成人の口腔機能低下症まで対応します。舌圧の低下、口唇閉鎖力の低下、異常嚥下癖(舌突出嚥下)などに対してアプローチし、歯並びや咬合にも間接的に好影響を与えます。具体的な訓練メニューとしては、舌を口蓋に吸い上げる「スポットポジション訓練」、ガムを使った咀嚼側交替訓練、口唇を閉じて鼻呼吸を維持するための閉口訓練などが挙げられます。これは使えそうです。
MFTで使用するマウスピース型口腔筋機能矯正装置(リップバンパーなど)は、唇の力弱さが顕著な患者や放射線治療後の口腔機能障害患者にも活用されます。1日に2回、各5分程度のトレーニングを継続することで、口唇筋力の向上と食べこぼしや唾液の漏れの軽減が期待できます。
構音訓練は、発音に関わる器官(舌・口唇・軟口蓋・声帯など)の運動能力を高める訓練です。嚥下と構音は同じ器官を共有しているため、発音訓練を行うことで嚥下に必要な筋力も同時に鍛えられます。代表的な訓練には「パ・タ・カ・ラ」を素早く繰り返すオーラルディアドコキネシス(ODK)訓練があり、1秒あたりの発音回数を測定することで訓練効果の評価にも使えます。正常値はおよそ1秒に6回以上とされており、これを下回る場合は舌・口唇の筋力低下を示しています。
補助器具を活用した訓練も見逃せません。舌接触補助床(PAP)は舌切除後の患者が食塊を口蓋に押しつける動作をサポートするシリコン製の装置で、嚥下機能だけでなく発音の改善にも有効です。パラタルリフト(軟口蓋挙上装置)は神経疾患などで軟口蓋の挙上が困難な患者に用い、鼻咽腔閉鎖を補助して開鼻声や鼻漏れを改善します。これらは歯科医師が製作・調整を行い、歯科衛生士が管理・指導を担う分野です。
参考:日本歯科医師会 口腔リハビリテーション 発語リハビリの解説(パタカラ体操の正しい実施方法と目的が記載されています)
口腔リハビリテーション 発語のリハビリ|今日から始める口腔ケア
訓練の種類を知っているだけでは臨床での価値は半分です。患者の状態を適切に評価し、訓練の結果を数値で記録し、診療報酬に結びつけてはじめて「歯科衛生士がリハビリ訓練を主導している」と言えます。
評価の基本は、2018年に保険収載された口腔機能低下症の7項目検査です。具体的には、①口腔衛生状態、②口腔乾燥(唾液分泌量)、③咬合力、④舌口唇運動機能(ODK検査)、⑤低舌圧(舌圧測定)、⑥咀嚼機能(グミ咀嚼テスト)、⑦嚥下機能(反復唾液嚥下テスト:RSST)の7項目です。このうち3項目以上に異常が認められると口腔機能低下症と診断され、継続的な管理と訓練の実施が保険算定の対象となります。
ODK検査は「パ」「タ」「カ」の音を5秒間にできるだけ多く発音してもらい、1秒あたりの回数を算出します。正常範囲は各音ともに1秒あたり6回以上が目安です。舌圧測定では、専用の舌圧計を用いて30 kPa未満であれば低舌圧として評価します。反復唾液嚥下テスト(RSST)は30秒間の空嚥下回数を数え、3回未満であれば嚥下機能の低下が疑われます。これらの検査は時間・コストともに小さく、DHが毎回の診療で取り組める現実的な評価法です。
診療報酬の面では、口腔機能低下症に基づいた歯科口腔リハビリテーション料3(2024年改定で新設)や摂食機能療法(30分以上で185点、30分未満で130点)が主な算定対象となります。摂食機能療法は治療開始から3か月以内は毎日算定可能で、3か月を超えた場合は月4回まで算定できます。これらを適切に記録・算定できているかどうかで、医院の年間収益に数十万円の差が出ることも珍しくありません。
リハビリ訓練は「患者の口を動かすだけ」ではなく、評価・計画・実施・記録・算定という一連のサイクルで成立します。そのサイクルを歯科衛生士が主体的に回せるようになることが、これからの歯科臨床で最も求められるスキルの一つです。DHが主導する時代と言えます。
訓練の種類を網羅的に知り、患者ごとの評価に基づいて適切な訓練を選び、継続的に効果を数値で確認する。そうした実践の積み重ねが、患者の「最期まで自分の口で食べる」という願いを支える力となります。
参考:e-dentist.co.jp による歯科衛生士向け摂食嚥下リハビリと診療報酬の詳細解説(各算定項目の要件と実践手順が詳しく記載されています)
高齢化社会の必須スキル「摂食嚥下リハビリテーション」と歯科衛生士|e-dentist.co.jp
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