放射線治療と歯科における口腔ケアの重要性と対策

放射線治療を受ける患者さんの口腔内トラブルと歯科医療の役割について解説します。治療前・治療中・治療後の口腔ケアが患者のQOLにどう影響するのでしょうか?

放射線治療と歯科

放射線治療における歯科の重要性
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口腔内副作用

放射線治療は口腔粘膜炎、口腔乾燥、放射線性齲蝕、顎骨壊死などの副作用を引き起こします

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治療前の準備

治療前の歯科受診で口腔内チェック、必要な歯科処置を行うことが重要です

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継続的ケア

治療後も長期的な口腔ケアが必要で、定期的な歯科受診が推奨されます

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放射線治療による口腔内の副作用と合併症

放射線治療は、がん細胞に放射線を照射してがん細胞を死滅させる、あるいは細胞増殖を抑制する治療法です。頭頸部がんの治療において重要な役割を果たしていますが、口腔内に様々な副作用をもたらします。

 

放射線治療による主な口腔内の副作用には以下のようなものがあります。

  • 口腔粘膜炎:放射線治療の最も一般的な副作用で、治療開始後1~2週間程度で発症します。口の中の痛み、灼熱感、食事摂取困難などの症状が現れます。抗がん剤治療による口内炎と比較して、重症で長引く傾向があります。
  • 口腔乾燥(ドライマウス唾液腺が放射線の照射野に含まれると、唾液分泌機能が低下し、口腔乾燥が生じます。これにより会話や食事が困難になるだけでなく、唾液の持つ抗菌作用や自浄作用が失われることで、様々な口腔トラブルのリスクが高まります。
  • 放射線性齲蝕(むし歯):放射線治療後、わずか数週間で発症する可能性があり、非常に進行が速いのが特徴です。放射線治療を受けた患者さんの約30%は1年以内に放射線性齲蝕が生じるという調査結果があります。通常はむし歯になりにくい前歯の表側にまで発症するのが特徴的です。
  • 顎骨壊死(放射線性顎骨壊死):放射線が顎骨に照射されると、骨の血流が減少し、骨の修復能力が低下します。これにより、ちょっとしたきっかけ(特に抜歯)で顎骨が感染を起こし、壊死することがあります。重症化すると、皮膚から膿が出たり、顎の骨が折れたりする場合もあります。
  • 味覚障害:放射線による粘膜炎の発症とともに味覚も障害されます。特に塩味を感じにくくなり、濃い味を好むようになる傾向があります。
  • 開口障害:放射線照射により、顎関節周囲の筋肉や結合組織が硬くなり、口を開けにくくなることがあります。特に顎関節周囲の組織切除を伴う口腔がん、中咽頭がん手術後の放射線治療では、開口障害が強く出ることがあります。

これらの副作用は患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させるため、適切な予防策と対応が不可欠です。

 

放射線治療前の歯科受診と口腔ケアの重要性

放射線治療を開始する前に歯科を受診し、口腔内の状態を評価することは非常に重要です。治療前の適切な準備により、治療中・治療後の口腔内合併症のリスクを大幅に軽減することができます。

 

治療前の歯科受診で行うこと:

  1. 口腔内の総合的な評価
    • むし歯や歯周病の有無の確認
    • 不適合な義歯や鋭利な歯の端などの確認
    • 口腔衛生状態の評価
  2. 必要な歯科処置の実施
    • 保存困難な歯の抜歯(放射線治療後の抜歯は顎骨壊死のリスクが高いため)
    • むし歯の治療
    • 歯石除去などの歯周病治療
    • 義歯の調整
  3. 専門的口腔ケアと清掃指導
    • プロフェッショナルクリーニング
    • 患者さんの状態に合わせた口腔ケア方法の指導
    • フッ素塗布などの予防処置

放射線治療前の歯科処置で特に重要なのは、保存困難な歯の抜歯です。放射線治療後は顎骨への血流が減少し、骨の修復能力が低下するため、抜歯を行うと顎骨壊死のリスクが高まります。そのため、治療前に抜歯が必要な歯を評価し、適切に処置しておくことが重要です。

 

また、放射線治療前に患者さん自身が行うセルフケア方法を習得しておくことも大切です。治療中は口腔内の痛みなどにより、通常のケアが難しくなることがあるため、あらかじめ適切なケア方法を習得し、習慣化しておくことが推奨されます。

 

放射線治療中の口腔ケアと歯科医療の役割

放射線治療中は、口腔内の副作用が徐々に現れ始め、治療が進むにつれて症状が悪化していきます。この時期の適切な口腔ケアは、副作用の重症化を防ぎ、患者さんのQOLを維持するために非常に重要です。

 

治療開始~1週間目(約10Gy照射時):
この時期はまだ口腔内の変化はほとんど見られません。治療前に指導された口腔ケア方法を継続して行うことが重要です。

 

治療2~3週間目(20~30Gy照射時):
口腔乾燥や口腔粘膜炎が徐々に現れ始める時期です。

 

  • うがいや保湿をこまめに行う(1日8~10回程度)
  • 粘膜への刺激が少ない、ヘッドが小さく柔らかめの歯ブラシを使用する
  • 痛みが出てきた場合は医師に相談する

治療4~6週間目(40~60Gy照射時):
口腔粘膜炎による痛みが最も強くなる時期です。

 

  • 痛み止めを適切に活用する(医師と相談)
  • うがいや保湿を継続する
  • 可能な範囲で口腔ケアを継続する

放射線治療中の歯科医療の役割:

  1. 定期的な口腔内評価
    • 粘膜炎の程度の評価
    • 口腔乾燥の程度の評価
    • 二次感染(カンジダ症など)の有無の確認
  2. 症状緩和のための処置
    • 粘膜保護剤の処方(アズレンなどの軟膏塗布)
    • 局所麻酔入りの含嗽剤の処方
    • トローチ製剤の使用
  3. 口腔ケア方法の調整
    • 症状に合わせたケア方法の変更
    • 痛みが強い場合の代替ケア方法の指導

放射線治療中は、特に口腔粘膜炎による痛みが食事摂取を困難にすることがあります。そのため、近年では胃瘻を造設し、口からの食物摂取をなるべく避ける方法が一般的になっています。これにより、治療中の栄養摂取を確保しつつ、口腔内への刺激を最小限に抑えることができます。

 

放射線治療後の長期的な口腔管理と放射線性齲蝕対策

放射線治療が終了しても、口腔内の副作用は長期間にわたって持続することがあります。特に唾液腺が照射野に含まれていた場合、唾液分泌機能の回復は限定的であり、口腔乾燥は永続的な問題となる可能性があります。

 

放射線治療後の主な口腔内問題:

  1. 放射線性齲蝕(むし歯)

    放射線治療後の唾液減少により、唾液の持つ歯の再石灰化作用が低下し、短期間に急激に歯の脱灰が進みます。「放射線齲蝕」と呼ばれるこの状態は、通常のむし歯と比較して進行が非常に速く、特徴的な部位(前歯の表側など)に発生します。

     

  2. 放射線性顎骨壊死

    放射線治療後は、顎骨の血流が減少し、骨の修復能力が低下します。特に下顎臼歯部で65Gy以上照射された後に抜歯を行うと、顎骨壊死の発生率が高くなります。一度発症すると治療が難しく、重症化すると皮膚から膿が出たり、顎の骨が折れたりする可能性があります。

     

放射線性齲蝕の予防策:

  • 徹底した口腔衛生管理
  • 毎日の丁寧な歯磨き
  • デンタルフロスや歯間ブラシの使用
  • フッ化物の積極的な利用
  • フッ素入り歯磨き剤の使用
  • フッ素洗口の実施(アルコールを含まないものを選択)
  • 歯科医院でのフッ素塗布
  • マウスピース型トレーを用いたフッ素製品の利用
  • 唾液の代替策
  • 水分をこまめに摂取し、口に含む
  • シュガーフリーのガムを噛む
  • 人工唾液の利用
  • 食生活の管理
  • 糖分の摂取制限
  • 頻回な食事を避ける
  • 糖類が豊富な栄養剤の摂取に注意

放射線性顎骨壊死の予防策:

  • 抜歯を避ける
  • 定期的な歯科受診による早期のむし歯・歯周病の発見と治療
  • 予防的な口腔ケアの徹底
  • 義歯の適切な管理
  • 定期的な調整
  • 粘膜への過度な圧迫を避ける
  • 口腔外傷の予防
  • 鋭利な食べ物の摂取に注意
  • 硬い食べ物を避ける

放射線治療後は、3~6ヶ月ごとの定期的な歯科受診が推奨されます。これにより、早期のむし歯発見や適切な予防処置が可能となり、抜歯などの侵襲的な処置を避けることができます。

 

放射線治療における歯科技工士の役割とスペーサー製作

放射線治療の現場では、歯科医師だけでなく、歯科技工士も重要な役割を担っています。特に頭頸部がんの放射線治療において、歯科技工士が製作するスペーサーは治療の精度と安全性を高める上で不可欠な装置となっています。

 

スペーサーの役割と重要性:

  1. 照射位置の再現性確保

    放射線治療は通常、必要量の放射線を複数回に分けて照射します。毎回の照射で同じ位置に正確に放射線を当てることが重要ですが、口を開けた状態で同じ位置をキープすることは困難です。スペーサーは上下一体型のマウスピースとして機能し、シェル(固定具)と組み合わせることで、毎回の照射における位置の再現性を確保します。

     

  2. 正常組織の保護

    放射線治療では、腫瘍に必要な線量を照射しつつ、周囲の正常組織への被ばくを最小限に抑えることが重要です。スペーサーは放射線を当てたくない組織(舌など)を避ける役割も果たします。例えば、上顎に放射線を照射する場合は舌を下方に圧排する形態、右側に照射する場合は舌を左側に避ける形態など、患者さんごとに最適な設計がなされます。

     

スペーサー製作のプロセス:

  1. 患者さんの口腔内の印象採得

    正確なスペーサーを製作するために、まず患者さんの口腔内の印象を採取します。

     

  2. 患者さん固有の条件に合わせた設計

    腫瘍の位置や照射計画に基づき、どの組織を保護する必要があるかを考慮して設計します。

     

  3. 試行錯誤による調整

    一般的なマウスピースとは異なる形態のため、患者さんの快適性と機能性を両立させるために、試行錯誤しながら調整を行います。

     

  4. シェル製作との連携

    製作したスペーサーを装着した状態で、放射線科においてシェル(お面のような固定具)が製作されます。

     

歯科技工士が製作するスペーサーは、単なる固定具以上の意味を持つことがあります。治療を終えた患者さんの中には「一緒に治療を頑張った証だから」とスペーサーを記念として持ち帰りたいと希望する方もいます。このような患者さんの思いは、スペーサー製作に携わる歯科技工士にとって大きなやりがいとなっています。

 

放射線治療における歯科技工士の役割は、治療の精度向上だけでなく、患者さんの安全と快適さを確保する上でも重要です。歯科技工の技術が、このような形で最先端のがん治療に活かされていることは、歯科医療の多様な可能性を示しています。

 

放射線治療と口腔ケアの最新研究動向

放射線治療に伴う口腔内合併症の予防と管理は、患者のQOL向上のために重要な研究分野となっています。近年の研究では、より効果的な予防法や新たな治療アプローチが模索されています。

 

口腔粘膜炎に関する最新研究:
低出力レーザー療法(LLLT)が口腔粘膜炎の予防と治療に効果的であるという研究結果が報告されています。LLLTは細胞の修復を促進し、炎症を軽減する効果があり、放射線治療中の患者の口腔粘膜炎の重症度を低減することが示されています。

 

また、特定のプロバイオティクスの摂取が口腔粘膜炎の発症リスクを低減する可能性も研究されています。腸内細菌叢の改善が全身の炎症反応に影響を与え、口腔粘膜炎の症状緩和につながるという仮説が検証されています。

 

放射線性齲蝕の予防に関する新たなアプローチ:
バイオアクティブガラスを含む歯科材料が、放射線性齲蝕の予防に有効である可能性が研究されています。これらの材料はカルシウムとリン酸イオンを放出し、歯の再石灰化を促進する効果があります。

 

また、ナノハイドロキシアパタイトを含む歯磨き剤が、従来のフッ素製品と併用することで、放射線治療後の歯の脱灰を効果的に防ぐことができるという研究結果も報告されています。

 

唾液腺機能の保護と回復:
放射線治療による唾液腺障害を軽減するために、強度変調放射線治療(IMRT)や陽子線治療などの高精度放射線治療技術の活用が進んでいます。これらの技術により、唾液腺への放射線量を低減しつつ、腫瘍に十分な線量を照射することが可能になります。

 

また、幹細胞治療や遺伝子治療による唾液腺機能の回復に関する研究も進められています。動物実験では、放射線障害を受けた唾液腺に幹細胞を移植することで、唾液分泌機能が部分的に回復することが示されています。

 

顎骨壊死の予防と治療:
高気圧酸素療法(HBO)が放射線性顎骨壊死の予防と治療に有効であるという研究結果が蓄積されています。HBOは組織の酸素化を改善し、血管新生を促進することで、放射線障害を受けた骨組織の治癒を助ける効果があります。

 

また、骨形成タンパク質(BMP)やその他の成長因子を用いた再生医療アプローチも研究されています。これらの生理活性物質は骨の修復と再生を促進する効果があり、顎骨壊死の治療に応用できる可能性があります。

 

これらの最新研究は、放射線治療を受ける患者さんの口腔内合併症を軽減し、QOLを向上させるための新たな選択肢を提供する可能性を秘めています。今後の臨床応用に向けて、さらなる研究の進展が期待されています。