お口ぽかんのある子どもは、年齢が上がるほど自然には治りにくくなる。
口腔機能発達不全症とは、18歳未満の小児において、先天的な器質的疾患がないにもかかわらず、「食べる」「話す」「呼吸する」といった口腔機能の発達が遅れているか、誤った機能が習慣化している状態のことを指します。2018年4月から保険適用となった比較的新しい病名で、近年、歯科医院での早期発見・早期介入がますます重要視されています。
特に注目すべきは、口唇閉鎖不全(いわゆる「お口ぽかん」)です。新潟大学などの研究チームが3〜12歳の子どもを対象に行った大規模疫学調査によると、口唇閉鎖不全の有病率は30.7%に上ることが報告されています(日本歯科医師会「歯の学校」参照)。約3人に1人という割合は、日本国内の小児人口に換算すると約400万人に相当するとも言われています。
つまり、歯科医院に来院する子どもの3分の1近くがこの状態にある、ということです。
さらに重要なのは、口唇閉鎖不全は年齢とともに有病率が増加するという点です。鹿児島大学病院小児歯科の研究では、「お口ぽかんは積極的に対応するべき歯科疾患であり、自然に改善することが期待しにくい習癖」であることが示されています。成長すれば自然に治ると思っている保護者も多いですが、それは誤解です。
「お口ぽかん」が放置されると、以下のようなリスクが連鎖的に発生します。
これらのリスクを未然に防ぐことが、口唇閉鎖訓練の本質的な目的です。
参考:日本歯科医師会「歯の学校」お口ぽかんの有病率30.7%のデータ
https://www.jda.or.jp/hanogakko/vol80/number.html
口唇閉鎖訓練を始める前に欠かせないのが、口唇閉鎖力の定量的な評価です。歯科臨床で広く使われているのが「りっぷるくん(松風)」や「リットレメーターMedical(オーラルアカデミー)」といった専用の測定器です。
測定の仕組みはシンプルです。「りっぷるボタン」と呼ばれる小さなボタンを前歯と口唇の間に挟んで口を閉じてもらい、ボタンに付いた糸を本体で引っ張り、ボタンが外れた瞬間の力がニュートン(N)単位で表示されます。測定中はLED光を鼻下点に当てて引っ張る方向を安定させることで、測定誤差を最小限に抑えます。
年齢・性別ごとの口唇閉鎖力の平均値(りっぷるくん)は以下の通りです。
| 年齢 | 男児 平均値(N) | 男児 -1SD(N) | 女児 平均値(N) | 女児 -1SD(N) |
|---|---|---|---|---|
| 3歳 | 3.7 | 2.1 | 3.5 | 1.9 |
| 4歳 | 5.1 | 3.0 | 4.8 | 2.8 |
| 5歳 | 6.5 | 4.1 | 6.1 | 3.8 |
| 6歳 | 8.4 | 5.5 | 7.1 | 4.6 |
| 7歳 | 9.9 | 6.6 | 7.8 | 5.1 |
| 8歳 | 9.8 | 6.5 | 8.0 | 5.0 |
| 10歳 | 9.1 | 5.7 | 7.7 | 4.6 |
| 12歳 | 10.1 | 6.9 | 9.2 | 6.1 |
| 15歳 | 13.4 | 10.5 | 12.0 | 9.6 |
出典:日本歯科医学会「口腔機能発達不全症に関する基本的な考え方」(令和6年3月)
この数値を見ると、6歳男児の平均は8.4Nです。これはだいたいコップ1杯の水(約200g=約2N)を4杯分引っ張る力に相当するイメージです。歯科関係者がよく使う目安として「最低6N・目標10N」という表現があります。この数値を下回り、かつ安静時や摂食時に口唇閉鎖が認められない場合、口唇閉鎖力不足と診断します。
診断のポイントがここです。数値が -1SD 未満というだけでなく、口呼吸・安静時開口などの臨床所見をあわせて確認することが診断の要件です。数値単独での判断は不十分です。
参考:GC「口腔機能発達不全症の診断・保険算定・検査・訓練方法」
https://www.gcdental.co.jp/product/oralfunction/flow_pediatrics.html
口唇閉鎖訓練の方法はさまざまありますが、大きく「器具を使わない体操」と「器具を使ったトレーニング」に分けられます。子どもの年齢や理解度、モチベーションに合わせて選択することが、継続率の向上につながります。
器具を使わない体操:あいうべ体操
鹿児島大学病院小児歯科の稲田絵美講師らの研究グループ(2023年・国際学術雑誌『Archives of Oral Biology』掲載)では、3〜4歳の幼児123名に「あいうべ体操」を1年間・毎朝36セット実施した結果を対照群と比較しました。その結果、体操群は口唇閉鎖力がより大きく増加し、下唇の突出感も改善したことが示されています。
「あ・い・う・べ」の順に口を動かし、最後に舌を前に突き出す一連の運動を1セットとするシンプルな体操です。幼稚園や保育園で集団的に実施できる点が強みで、特別な器具も費用も不要です。
器具を使ったトレーニング①:りっぷるボタン
検査に使用するりっぷるボタンは、そのまま口輪筋のトレーニング器具としても使用できます。前歯と口唇の間にボタンを挟み、ボタンが抜けないよう口を閉じたまま保持する練習です。施設内での訓練は歯科医師または歯科衛生士の立ち会いのもとで行うことが推奨されています。
器具を使ったトレーニング②:ポカンX
近年、小児患者の間で注目されているのが「ポカンX(株式会社キーワン)」です。前歯と口唇の間に軽く挟んで留めておくだけでよく、子どもが遊びながら口輪筋を鍛えられる設計が特徴です。🎯 継続のしやすさという点では、特に幼児〜小学生低学年に向いています。
その他のトレーニング
家庭でのトレーニングは継続性が最大の課題です。診察時には保護者にも目的と効果を丁寧に説明し、"毎朝の習慣"として組み込むよう促すことが重要です。
参考:鹿児島大学「子どもの"お口ぽかん"に対するお口の体操の効果を明らかに」
https://www.kagoshima-u.ac.jp/topics/2023/09/post-2088.html
口腔機能発達不全症は2018年4月から保険適用となり、その後の診療報酬改定でも関連する算定項目が整備・拡充されてきました。2024年度改定でも指導・訓練に関する保険収載が強化されています。正確な算定知識は、患者へのサービス向上と医院の収益安定に直結します。
主な算定項目と点数
初回検査月に全検査を実施した場合の合計は、口腔管理体制強化加算なしで492点、加算ありで542点となります(歯リハ3を月2回実施した場合)。
算定の際は「小児口腔機能管理料は歯科疾患管理料(または歯科特定疾患療養管理料)を算定する場合に算定可能」という条件に注意が必要です。また、対象年齢は原則15歳未満ですが、15歳の誕生日以前から管理を開始している場合は18歳未満の間は算定継続が可能です。
実際の算定の場面では、日本歯科医学会が公表している「口腔機能発達不全症に関する基本的な考え方」(令和6年3月改訂版)のチェックリストを活用して診断根拠を明確にしておくことが重要です。これが算定の正当性を支える記録となります。
参考:令和8年度歯科診療報酬改定ポイント(シラネ)
https://www.shirane-dental.co.jp/2026kaitei
口唇閉鎖訓練は有効な介入手段ですが、すべてのお口ぽかんのケースで同じアプローチが通用するわけではありません。これは多くの現場で見落とされがちな重要な視点です。
鹿児島大学の研究でも明示されているように、「お口ぽかんに対しては、鼻づまりや極端な歯並びの異常がある場合を除き、口唇閉鎖力を強くさせるための体操を優先して行う」とされています。言い換えれば、鼻閉や著しい不正咬合が背景にある場合は、先に原因を取り除く必要があります。
鼻閉が主因のケースでは、口腔周囲筋をいくら鍛えても、鼻での呼吸が物理的に難しい状態が続く限り、口唇閉鎖を維持することはできません。このような患者には耳鼻咽喉科への連携・紹介が必要になる場合があります。
また、上顎前突(出っ歯)が高度で口唇が物理的に届かないケースや、口蓋扁桃肥大(山本分類2度以上)がある場合も、訓練だけでは限界があります。扁桃肥大については、睡眠時のいびきの有無も問診項目に含まれているため、見逃さないようにすることが大切です。
鼻閉・扁桃肥大・高度な不正咬合がある場合の対応フローとして参考にできるのが、「まず原因解消→次に口唇閉鎖訓練」という順序です。訓練の効果が出ていない患者に対しては、この観点から再評価することで、適切な連携先につなぐことができます。
もう一つの落とし穴は、「訓練を始めたことで安心してしまい、定期評価が途切れる」という問題です。りっぷるくんによる定量評価は3か月に1回が算定上限ですが、実際の訓練効果の確認と保護者へのフィードバックは毎月の管理の中で継続的に行うことが推奨されています。数値の変化を見える化することで、患者・保護者のモチベーション維持にもなります。
つまり、訓練の継続と定期評価がセットで機能するということです。
参考:口唇閉鎖不全症の評価と対応(one-shika.com)
https://www.one-shika.com/口唇閉鎖不全症(ポカン口)とは