触診法で血圧を測ると、聴診法より約10mmHg低く出るため治療続行の判断を誤るリスクがあります。
歯科臨床の現場では、自動血圧計が広く普及している一方で、緊急時や測定補助として触診法による血圧の概況把握が依然として重要な役割を担っています。触診法とは、マンシェットを用いて橈骨動脈(手首の親指側の動脈)の拍動を指で触れながら収縮期血圧の目安を得る方法のことです。
医療現場では、触れることができる動脈の部位ごとに収縮期血圧の目安が決まっています。
| 触れる動脈の部位 | 収縮期血圧の目安 |
|---|---|
| 橈骨動脈(手首)が触れる | 80mmHg 以上 |
| 大腿動脈(鼠径部)が触れる | 70mmHg 以上 |
| 総頸動脈(首)が触れる | 60mmHg 以上 |
| 総頸動脈も触れない | 60mmHg 未満(危険域) |
橈骨動脈が手首で触れていれば、少なくとも収縮期血圧は80mmHg以上であると判断できます。全身的偶発症が発生して著しい血圧低下が疑われる場合、橈骨動脈が触知できなくなった時点で「80mmHg未満の可能性がある」と即座に気づくことができます。これは歯科治療中の緊急対応において非常に実践的な知識です。
重要な点が1つあります。触診法では収縮期血圧の目安しか得られず、拡張期血圧の測定はできません。拡張期血圧は高血圧の診断基準(90mmHg以上)にも深く関わっているため、治療の可否判断には必ず聴診法または自動血圧計による正式な測定が必要です。
加えて、触診法は聴診法と比較して収縮期血圧が約10mmHg低く測定される傾向があります。これは見落とせない誤差です。たとえば触診法で「170mmHg程度」と感じた値が、聴診法では180mmHgに達している可能性があります。触診はあくまで「事前の目安」として位置づけ、治療の中止判断は必ず正確な測定値をもとに行うことが原則です。
血圧測定(触診法)の手順・注意点 / ナース専科 看護用語集(触診法と聴診法の誤差10mmHgについて詳述)
触診法は手順を正確に踏まなければ、誤差がさらに大きくなります。手順を整理しておきましょう。
まずマンシェットを肘窩(肘の内側)から1〜2cm中枢側に巻きます。このとき、マンシェットの中のゴム嚢(空気で膨らむ部分)の中央が上腕動脈の真上に来るようにすることが重要です。指2本が入る程度の締め付けが適切で、強く巻きすぎると血圧が低く、弱く巻きすぎると高く測定されます。
次に橈骨動脈(手首の親指側)に人差し指・中指・薬指の3本を当てます。3本の指を使うのが基本です。そのまま70mmHgまで加圧したら、10mmHgずつ段階的に加圧を続け、脈が触れなくなった時点からさらに20〜30mmHg加圧します。その後、1秒間に2mmHgずつゆっくり減圧し、再び脈が触れた時点の値を収縮期血圧の目安とします。
⚠️ 触診法は「収縮期血圧の目安」を得るための予備測定という位置づけです。これをもとに聴診法で加圧目標を決める(触診法で得た値+30〜40mmHg)ことで、コロトコフ音が始まる前から加圧しすぎるリスクを減らせます。
また、血圧測定中はマンシェットを心臓と同じ高さに保つことも欠かせません。歯科用チェアユニットはバックレストの傾斜があるため、患者さんの肘が心臓より低くなりやすい状況があります。必要に応じてタオルなどを肘の下に置くことで、測定誤差を防ぐことができます。
測定に際しては注意すべき禁忌部位もあります。血液透析用の内シャントが入っている腕へのマンシェット巻き付けはシャント閉塞のリスクがあるため避けます。乳がん手術後など腋窩リンパ節切除の既往がある場合は、同側での測定でリンパ浮腫を悪化させる可能性があるため、反対側で測定します。測定前に必ず問診で確認することが大切です。
歯科衛生士に必要とされる医科の知識 第1回 バイタルサイン / デンタルプラザ(マンシェットの正しい巻き方・測定時の注意点について詳述)
血圧の目安が把握できたら、次に「どの値で治療を進めるか・中止するか」の判断基準を整理しておく必要があります。これが歯科臨床における安全管理の核心です。
日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」および有病者歯科治療のガイドラインをもとにすると、歯科臨床における血圧の対応基準は以下のようにまとめられます。
| 血圧分類 | 収縮期 / 拡張期 | 歯科での対応目安 |
|---|---|---|
| 正常血圧 | 120未満 / 80未満 | 通常通り治療可能 |
| Ⅰ度高血圧 | 140〜159 / 90〜99 | 一般的な処置は可能。状態観察を継続 |
| Ⅱ度高血圧 | 160〜179 / 100〜109 | 出血を伴う観血的処置(抜歯等)は原則控える |
| Ⅲ度高血圧 | 180以上 / 110以上 | 緊急処置以外は治療中止・内科紹介優先 |
収縮期血圧180mmHg以上は、脳卒中リスクが正常血圧者の約8.5倍になると報告されています。これはコンビニエンスストア3〜4店分が入るような東京ドーム1棟分の規模と言えばイメージしにくいかもしれませんが、「正常な人の8倍以上の危険度」と考えると、いかに深刻な状態かわかります。中止ラインに達している患者は、当日の応急処置のみにとどめ、速やかに内科受診を勧めることが必要です。
Ⅱ度高血圧(160〜179mmHg)については、「抜歯などの観血処置は中止するが、虫歯治療(非観血的処置)は可能」という段階的な判断が一般的です。ただし局所麻酔薬にはアドレナリン(血管収縮薬)が含まれているものが多く、麻酔注射の直後に血圧がさらに上昇することが知られています。Ⅱ度高血圧の患者では麻酔後の血圧モニタリングが特に重要です。
これが基本的な判断基準です。触診で「脈が弱い・橈骨動脈が触れにくい」と感じた際は低血圧域の可能性があります。歯科治療後に血管迷走神経反射(いわゆるショック状態)が起きた場合、橈骨動脈が触れるかどうかを確認することが迅速な状態判断に直結します。
虫歯治療できない高血圧・できる高血圧の血圧段階別の対応基準 / 医療法人社団AD歯科(血圧段階別の歯科治療判断について詳述)
歯科治療の場では、患者さんが緊張・不安・痛みなどのストレスを感じやすい環境にあります。このストレスが交感神経を亢進させ、内因性カテコラミンの放出を引き起こし、血圧を急激に上昇させます。これが「白衣高血圧(白衣現象)」と呼ばれる状態です。
白衣高血圧は普段から血圧が高い人だけに起きるわけではありません。普段は正常血圧であっても、歯科医院のチェアに座った瞬間や麻酔注射の前後に血圧が跳ね上がるケースがあります。だからこそ、来院のたびに治療前に血圧を測定することが重要です。
長崎大学病院口腔管理センターで行われた調査では、研修歯科医が担当した患者411人のうち血圧測定を行った372人を分析した結果、**61%にあたる228人が高血圧域の数値を示した**ことが明らかになっています。さらに、そのうち約14%(52人)は自覚のない潜在的高血圧症の疑いがある患者でした。意外ですね。
この数字が示すことは大きいです。歯科に来院する患者の多くが高血圧リスクを抱えており、しかも自分では気づいていない可能性があるということです。治療前の血圧測定は、単に「治療可否の判断」にとどまらず、**患者の全身疾患を発見して内科受診につなげる医科歯科連携の入り口**にもなっています。
また、Ⅲ度高血圧(収縮期180mmHg以上)に該当した患者でも、家庭血圧は正常域だったために内科受診を拒否したケースが報告されています。この場合、「普段は普通」という患者自身の認識と、来院時の実測値が大きくかけ離れることがあります。触診で脈の強さや緊張感の異常を感じ取り、必ず血圧計で正確に確認する姿勢が現場スタッフに求められます。
歯科治療中の血圧変動リスクを下げる対策として、表面麻酔の使用、笑気吸入鎮静法、静脈内鎮静法などが有効です。患者の緊張を最小限に抑えることが、血管迷走神経反射や過換気症候群などの全身的偶発症の予防にもつながります。
歯科受診患者における潜在的高血圧症の実態調査 / 日本総合歯科学会誌(長崎大学病院の調査データに基づく高血圧実態の論文)
バイタルサインの測定は、治療前のルーティンにとどまらず、**治療中の変化を逐次キャッチするためのスキル**として活用できます。ここでは、教科書的な説明にはあまり登場しない実践的な視点をまとめます。
歯科治療中に最も頻発する全身的偶発症は「血管迷走神経反射」です。局所麻酔後に最も多く発生し、前駆症状として顔面蒼白・冷汗・悪心などが現れ、進行すると血圧低下と徐脈が同時に起きます。このとき橈骨動脈を素早く触診することで、「脈が触れるか(80mmHg以上か)」を数秒で確認できます。血圧計を取り出して装着する時間がない緊急局面でも、触診のスキルが状況判断を支えます。
もう1つ知っておきたいのは、過換気症候群の際にはバイタルサインの変化が複合的に現れるという点です。呼吸数が増加し、頻脈になる一方で、血圧は必ずしも著明に低下するわけではありません。触診で脈拍のリズムに不整があるかどうかを同時に確認することで、不整脈との鑑別にも役立ちます。
さらに、血管迷走神経反射への対応として「水平仰臥位から下肢を30cm程度挙上する」という処置があります。これにより下肢からの静脈還流が増加し、心拍出量が増加して回復が速まります。体感的には「枕を1枚分(高さ10cmほど、はがきの横幅くらい)持ち上げる距離の3倍」のイメージです。この処置を行いながら橈骨動脈を触診し続けることで、血圧回復の経過をリアルタイムで把握できます。
歯科診療室では、チェアユニットのそばにパルスオキシメーターを常備し、血圧計とセットで使用することが「歯科外来診療医療安全対策加算」の施設基準としても定められています。触診はこれらの機器を補完する技術として位置づけ、モニタリングの精度を上げる意識を持つことが重要です。これは使えそうです。
日常的に脈拍触診を習慣化しておくと、患者さんの状態変化に気づくスピードが格段に上がります。「脈が普段より速い」「触れ方が弱くなった」という感覚的な変化を素早く察知できるようになることが、偶発症の重篤化を防ぐ第一歩です。
歯科衛生士も知っておきたい全身管理の基本 / 日本ヘルスケア歯科学会誌(血管迷走神経反射・過換気症候群など偶発症の対処法まで詳述した学術論文)
Now I have enough research data. Let me compile the article.