食塊形成の訓練で変わる誤嚥リスクと舌圧改善の実践法

食塊形成の訓練はなぜ摂食嚥下リハビリの核心なのか?舌圧30kPa未満が誤嚥リスクに直結する理由や、間接訓練・直接訓練の違い、歯科従事者が現場で使える実践手順を徹底解説。あなたの患者に今すぐ応用できる知識が詰まっています。

食塊形成の訓練で改善できる摂食嚥下機能と実践アプローチ

舌を前後に動かすだけの「お口の体操」では、食塊形成に必要な舌筋の筋力はほとんど上がらない。


この記事の3ポイント要約
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食塊形成は準備期と口腔期の要

咀嚼・唾液混和・舌の協調運動によって食塊は形成される。この過程が崩れると誤嚥性肺炎のリスクが直接高まる。

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舌圧30kPa未満は要注意サイン

最大舌圧が30kPa未満になると口腔機能低下症の基準に該当し、食塊形成・送り込みが困難になる。数値化して評価・訓練が必要。

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筋力増強には「抵抗をかける訓練」が必須

漫然とした口腔体操にエビデンスは乏しい。ペコぱんだ®などを用いた舌抵抗訓練を週2〜3回継続することが改善への近道。


食塊形成の訓練が必要になる「摂食嚥下5期モデル」の基礎知識

摂食嚥下の一連の流れを理解するうえで、歯科従事者が必ず押さえておくべき概念が「5期モデル」です。①先行期(認知期)、②準備期(口腔準備期)、③口腔期(口腔送り込み期)、④咽頭期、⑤食道期の5段階で構成されており、食塊形成が中心的に行われるのは②準備期と③口腔期です。


準備期では、口腔内に取り込まれた食物が歯でかみ砕かれ、舌・頬・口唇の協調運動によって唾液と混合されます。この段階を経て「飲み込める形のかたまり=食塊」が形成されます。口腔期に移行すると、舌が硬口蓋に押しつけられるように動き、約0.5秒という短時間で食塊が咽頭へ送り込まれます。いわば準備期が"成形工場"、口腔期が"出荷作業"といった関係です。


この2つのステージで起きる問題が、誤嚥・食事時間の延長・栄養不足といったリスクを生み出します。歯科的アプローチはとくに②③のステージに大きく貢献できる領域です。つまり食塊形成の訓練は、歯科従事者にとってもっとも直接的にアウトカムへ関与できる介入ポイントといえます。










ステージ 主な動作 食塊との関係
先行期 食物の認識・捕食 食物をどう扱うか判断する段階
準備期 ★ 咀嚼・唾液混和・食塊形成 食塊が作られる中心ステージ
口腔期 ★ 食塊の咽頭への送り込み 舌による推進・口腔内圧の上昇
咽頭期 嚥下反射・気道防護 食塊が食道へ移送される段階
食道期 蠕動運動による胃への移送 食道での通過完了段階


参考情報:摂食嚥下5期モデルの詳細と各ステージの障害については慶應義塾大学病院KOMPASが詳しく解説しています。


摂食嚥下障害のリハビリテーション|KOMPAS 慶應義塾大学病院


食塊形成に関わる舌・口唇・頬の機能と、歯科訓練でアプローチできる部位

食塊形成を支える主な器官は「舌」「口唇」「頬(頬筋)」「下顎(咬筋)」の4つです。これらが緊密に連携しながら、口腔内で食物のコントロールを行っています。どれか1つの機能が落ちても、食塊のまとまりが崩れ、ばらけた食物が咽頭へ流入して誤嚥リスクが上がります。


舌の役割はとくに大きく、食物を臼歯部へ送る・左右の歯牙部で砕かれた食物を集める・唾液と混ぜ食塊にまとめる・最終的に口蓋と接触して咽頭へ押し出す、という連続した作業を担います。嚥下時の舌圧(舌が口蓋を押す力)は最大舌圧計で数値化でき、この値が低下していると食塊形成・送り込みの困難を直接示す指標となります。


口唇は食物の取り込みと口腔内の気密保持を担います。口唇閉鎖力が弱いと、咀嚼中に食物がこぼれ落ちるだけでなく、口腔内圧を高められず送り込みにも影響します。頬は舌と協働して食物を臼歯部に保持し続けるという"保持壁"の役割を果たしています。これら3器官のうち、歯科従事者が最も介入しやすいのは舌機能です。


実際、研究によれば舌運動障害や筋力低下がある症例では咀嚼と食塊形成が不十分になり、口腔内に食物が残留するか、まとまりのない食塊が咽頭に流入して後続する咽頭期嚥下にも悪影響を与えることが確認されています。食塊形成の訓練は、舌を中心に各口腔器官へ適切に働きかける必要があります。


参考情報:舌の評価方法やトレーニング方法の詳細は以下が参考になります。


摂食嚥下における舌の役割と評価・トレーニングの方法|e-oral.jp


食塊形成の訓練「間接訓練」の種類と正しい実施手順

摂食嚥下の訓練は大きく「間接訓練(基礎訓練)」と「直接訓練(摂食訓練)」に分かれます。間接訓練は食物を使わない訓練です。誤嚥リスクが高い患者や、口腔機能向上を目的とする予防的介入に用いられます。


間接訓練の代表的な種類は次のとおりです。



  • 🔵 嚥下体操(藤島式など):首・肩・胸郭のリラクゼーションと口腔器官のウォーミングアップ。毎食前1〜2分が目安。

  • 🔵 口唇・舌・頬の訓練:他動運動・自動運動・抵抗運動の3段階で実施。舌の突出・側方・挙上・後退運動を組み合わせる。

  • 🔵 舌抵抗訓練(舌圧子・ペコぱんだ®):舌に外部から抵抗を加えて筋力増強を図る。最大舌圧の60〜80%の力を目標に。

  • 🔵 口唇閉鎖訓練:パタカラ®やボタンプル法などで口輪筋を強化する。口腔内圧の維持に直結する。

  • 🔵 開口訓練:最大開口を10秒保持→10秒休息を5回1セット、1日2セット。舌骨上筋群の筋力強化が目的。


ここで重要なのが、嚥下体操やパタカラ体操を「やっておけば大丈夫」と考えてしまうことへの注意点です。舌を前後に動かしたり、グルグル回したりするだけの運動では、舌筋の筋力を増強させることはかなり難しいと専門家も明言しています(e-oral.jp, 広島国際大学・福岡達之准教授)。筋力増強には「抵抗をかけた運動」が不可欠です。


間接訓練を実施する際の流れとしては、まず口腔内を清潔に保ってから(口腔ケア実施後)行うことが基本です。乾燥した口腔内で運動を行うと粘膜を傷つけるリスクがあります。次に、リラクゼーションを図ってから運動に移行し、鏡を使って患者自身が視覚フィードバックできる環境を整えると効果が高まります。鏡は重要です。


食塊形成の訓練「直接訓練」と食形態調整の実践ポイント

直接訓練は、実際に食物を使って嚥下機能を高める訓練です。誤嚥のリスクを伴うため、嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)などで重症度を評価したうえで適応を判断します。食塊形成が困難な患者に対しては、直接訓練の中でも食物の性状・形態の調整が特に重要になります。


食塊形成が可能な患者向けには、食物選択の条件として「咀嚼時に離水が少なく凝集性が保たれるもの」(日本摂食嚥下リハビリテーション学会・訓練法のまとめ2014版)を選ぶことが推奨されています。ばらけやすい食物は咽頭での残留や誤嚥の原因になりやすいため、適切な形態への調整が求められます。


食形態に関して、嚥下開始食としてよく使われるのがゼリー・ヨーグルト・ムース状のものです。咽頭期の障害が主体の患者ではとろみのついたペースト状のものが向いており、口腔準備期・口腔期の障害(=食塊形成困難)が主体の患者には、逆にさらさらのスープ類が口腔に頼らず咽頭へ流れやすいとされています。


また、直接訓練の実践上のポイントとして次の点が挙げられます。



  • 🟢 一口量の管理:小さいスプーン(約3cc)で一口量を物理的に制限する。

  • 🟢 交互嚥下:固形物とゼリーなど異なる形態を交互に摂取させることで、咽頭残留のクリアを促す。

  • 🟢 複数回嚥下(反復嚥下):1回の嚥下で食塊が残留した場合、空嚥下を2〜3回行って残留を除去する。

  • 🟢 姿勢管理(Chin down法):顎を軽く引くことで気道防護と咽頭内腔の確保を同時に行う。


スライス型ゼリー丸のみ法は、食塊形成そのものが困難な患者に対し、あらかじめスライス状に切ったゼリーを丸のみ形式で嚥下させる方法です。口腔内で食塊を作れなくても安全に嚥下の練習ができるため、重度障害ケースで有効です。これは使えそうです。


食事時間が30分以上かかり、摂取量が7割を下回る状態が続く場合は、形態・介助方法・体位のいずれかを見直す目安とされています(慶應義塾大学病院KOMPAS)。歯科従事者がこうした直接訓練にも積極的に関与することで、摂食嚥下チームの中核的役割を担えます。


参考情報:日本摂食嚥下リハビリテーション学会が定める訓練法の詳細は以下のPDFで確認できます。


訓練法のまとめ(2014版)|日本摂食嚥下リハビリテーション学会


食塊形成の訓練効果を高める「舌圧測定」の活用と口腔機能低下症への対応

食塊形成の訓練を行ううえで、その効果を客観的に評価・追跡するために非常に有効なのが「舌圧測定」です。口腔内に挿入したバルーン状プローブを舌で押しつぶして得られる最大舌圧(単位:kPa)を計測する検査で、結果が数値で得られるため、患者本人や家族への説明にも使いやすいツールです。


最大舌圧の目安として重要な数値を整理すると以下のようになります。



  • 🔴 30kPa未満:口腔機能低下症の「低舌圧」判定基準。食塊形成・送り込みへの影響が懸念されます。

  • 🟡 約20〜30kPa:何らかの調整食(ソフト食・ムース食など)が必要になる目安とされています。

  • 🟠 20kPa未満:サルコペニア性摂食嚥下障害のカットオフ値。より積極的な介入が必要な水準です。

  • 🟢 30kPa以上:ほぼ常食摂取が可能な目安。維持・向上のために継続的な訓練が推奨されます。


舌圧は加齢とともに低下するだけでなく、低栄養・サルコペニア・脳卒中・パーキンソン病などでも急激に低下します。60歳以降は男女ともに顕著な低下が見られるというデータもあります(Utanohara et al., Dysphagia, 2008)。舌圧が低いほど食形態の制限が厳しくなり、それが食事の楽しみを奪い、低栄養や体力低下へとつながる悪循環を引き起こします。


訓練法として具体的に有効なのは、舌圧測定器のバルーンプローブを使ったレジスタンストレーニングです。最大舌圧の60〜80%の力で3秒間の等尺性収縮を行い、10回を1セット、1日3セット、週2〜3回を継続します。舌圧測定器がない環境では、「ペコぱんだ®(JMS社)」を使って同等の負荷をかけることが可能です。ペコぱんだ®はやわらかさ(負荷強度)が段階別に設定されており、患者の舌の力に合わせた選択ができます。


口腔機能低下症は2018年に保険収載された疾患名であり、低舌圧を含む7項目中3項目以上に該当した場合に診断されます。診断後の「口腔機能管理」として訓練・指導の算定が可能なため、歯科医院としての収益構造にも組み込める仕組みが整っています。舌圧検査は3か月に1回を限度として算定できます(保険点数:D012 舌圧検査)。


参考情報:口腔機能低下症の診断基準・保険点数・治療の流れを確認したい方はこちら。


口腔機能低下症 保険診療における検査と診断|一般社団法人 日本老年歯科医学会


歯科従事者が見落としがちな「食塊形成の訓練」と誤嚥性肺炎予防の関係

誤嚥性肺炎は、日本人の死因の上位に位置し続けている深刻な疾患です。「食塊がまとまらないまま咽頭へ流入する」という状況が、気道に食物が侵入する誤嚥を誘発し、肺炎へとつながります。食塊形成の訓練は、単なる口腔機能向上だけでなく、誤嚥性肺炎予防という重大なアウトカムに直結しています。


多くの現場でよく行われる「食前の口腔ケア→嚥下体操→食事」という流れ自体は正しい方向性です。専門的な口腔ケアは高齢者の誤嚥性肺炎発生率を有意に低下させることが複数の研究で報告されています(慶應義塾大学病院KOMPAS)。しかし口腔ケアだけでは不十分で、食塊を作る筋力そのものが低下している患者には筋力増強訓練をセットで行わなければ根本的な改善には至りません。


不顕性誤嚥(むせを伴わない誤嚥)への注意も必要です。食塊形成が不十分でばらけた食物が咽頭に送り込まれた場合、刺激が弱いために咳嗽反射が起こらずに気道へ流入することがあります。外見上は「きれいに食べている」ように見えても、誤嚥が起きている可能性があります。これは注意が必要ですね。


歯科衛生士の役割はここで一層重要になります。歯科衛生士は、舌圧測定・口腔器官の機能評価・間接訓練の実施・患者および家族への指導を担うことができます。摂食嚥下チームの中で歯科衛生士が食塊形成の訓練を継続的に支援することが、長期的な誤嚥性肺炎予防の基盤になります。


日常の診療に食塊形成の訓練を組み込む際、まず着手しやすいのは「舌圧の測定で現状把握→患者に合った負荷強度のペコぱんだ®を選択→毎回の訪問や来院時に進捗を確認」という流れです。継続こそが条件です。訓練の効果は通常、数週間〜数か月単位で現れるため、短期間で結果が出なくても継続して評価することが重要です。


参考情報:誤嚥性肺炎の歯科的予防における口腔ケアと摂食嚥下機能維持の関係について詳しく解説しています。


誤嚥性肺炎の歯科的予防:口腔ケアと摂食嚥下機能の維持が鍵