閉口筋と開口筋の構造・機能・臨床への活かし方

閉口筋と開口筋の役割を正確に理解していますか?咀嚼・嚥下・顎関節症治療に直結する筋の構造と臨床的な注意点を、歯科従事者向けに詳しく解説。あなたの日常診療に即役立つ知識とは?

閉口筋と開口筋の構造・機能・臨床への活かし方

咀嚼筋の分類は「知っているつもり」で、実は閉口筋にも開口筋の働きをする筋がある。


この記事のポイント3つ
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閉口筋・開口筋の分類と役割

咬筋・側頭筋・内側翼突筋は閉口筋。舌骨上筋群(顎二腹筋・顎舌骨筋・オトガイ舌骨筋・茎突舌骨筋)が開口を担うが、外側翼突筋だけは両方に関与する唯一の咀嚼筋。

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筋バランスが崩れると顎関節症・嚥下障害へ直結

閉口筋の過活動(ブラキシズム)は外側翼突筋の機能亢進を誘発し、顎関節症を悪化させる。一方、開口筋(舌骨上筋群)の弱化はサルコペニア性嚥下障害のリスク因子となる。

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臨床で見落とされがちなポイント

外側翼突筋の口腔内触診は57%程度の個体にしか確実に届かず、信頼性に限界がある。神経支配の違い(三叉神経・顔面神経・舌下神経)も、症状評価の精度を左右する重要な知識。


閉口筋と開口筋の基本分類:咀嚼筋の全体像


まず、閉口筋と開口筋の定義を整理しておきます。咀嚼筋とは、下顎骨の運動(開閉口・前後・左右移動)に関与する筋群の総称です。これらは大きく「閉口筋」と「開口筋」の2グループに分類されます。


閉口筋に分類されるのは、咬筋側頭筋内側翼突筋外側翼突筋上頭の4筋(上頭)です。対して開口筋には、顎舌骨筋オトガイ舌骨筋顎二腹筋・茎突舌骨筋の4筋(舌骨上筋群)と、外側翼突筋下頭が含まれます。


ここが最初の重要ポイントです。外側翼突筋は「咀嚼筋の一員=閉口筋」と丸暗記している方が多いですが、実際には上頭と下頭で機能が正反対です。上頭は閉口・関節円板の位置制御に関与し、下頭は下顎を前下方に引いて開口を補助します。つまり外側翼突筋は、咀嚼筋4筋の中で唯一、開口に関与する特殊な筋です。


以下に主要な筋の起始・停止・神経支配をまとめます。


分類 筋名 主な作用 支配神経
閉口筋 咬筋 下顎挙上・前方移動 三叉神経V3(咬筋神経)
閉口筋 側頭筋 下顎挙上・後方引き 三叉神経V3(深側頭神経)
閉口筋 内側翼突筋 下顎挙上・側方運動補助 三叉神経V3(内側翼突筋神経)
閉口筋(上頭)/開口筋(下頭) 外側翼突筋 上頭:閉口・円板制御、下頭:開口・前方牽引 三叉神経V3(外側翼突筋神経)
開口筋 顎舌骨筋 開口補助・嚥下時舌骨前方牽引 三叉神経V3(顎舌骨筋神経)
開口筋 オトガイ舌骨筋 開口補助・嚥下時舌骨前方牽引 舌下神経(XII)
開口筋 顎二腹筋 開口補助・嚥下時舌骨挙上 前腹:三叉神経V3、後腹:顔面神経(VII)
開口筋 茎突舌骨筋 開口補助・嚥下時舌骨挙上 顔面神経(VII)


神経支配は丸暗記するのではなく、「V3支配=主に閉口筋+開口の一部」「VII支配=顎二腹筋後腹・茎突舌骨筋」「XII支配=オトガイ舌骨筋のみ」という構造として覚えるのが原則です。この分類が頭に入っていると、神経障害の場面で筋症状の説明に迷わなくなります。


参考:咀嚼筋の起始・停止・神経支配の詳細(rehatora.net)
咀嚼筋(そしゃくきん)の種類と役割について – rehatora.net


閉口筋の臨床的役割:咬筋・側頭筋・内側翼突筋の違いを知る

閉口筋の中でも、それぞれの筋は担う役割が微妙に異なります。ここを混同したまま診療に臨むと、触診や筋緊張の評価がずれます。


咬筋は「最大咬合力を生み出す筋」です。単純な下顎挙上に最も大きな力を発揮し、咬合時に頬の外側から容易に触知できます。成人の最大咬合力は平均で男性が約580N(約59kgf相当)、女性が約450N(約46kgf相当)とされており、この力の大半を咬筋が担っています。イメージとしては、50kgfとは中学生1人分の体重が奥歯に集中することに相当します。これだけの力が持続的に歯や顎関節にかかり続ける食いしばり(クレンチング)が、いかに組織への負荷になるかがわかります。


側頭筋はこめかみを覆う扇形の筋で、挙上だけでなく後方線維が下顎を後方へ引く役割も持ちます。つまり、咬筋が「閉じる」担当なら側頭筋は「閉じて後方に安定させる」担当です。ブラキシズム患者で側頭筋の後部に強い圧痛が出やすいのはこのためで、この部位の緊張は頭痛の誘発にも関与します。


内側翼突筋は下顎の内側(下顎角内面)に停止し、咬筋と下顎枝を内外から挟んで側方運動を補助します。これが原則です。咬筋と内側翼突筋はいわば「下顎枝をサンドイッチする構造」で、この二筋が協調して強い咬合力を生み出します。


筋名 最も関与する動き 圧痛が出やすい位置 臨床的注目場面
咬筋 下顎挙上(最大咬合力) 下顎角~頬骨弓下縁 ブラキシズム、咬筋肥大、顎関節症Ⅰ型
側頭筋 下顎挙上+後方安定 こめかみ(前・中・後部) 慢性頭痛、後方参照痛、食いしばり
内側翼突筋 下顎挙上+側方補助 口腔内・下顎角内側 開口制限、翼突下顎ひだ周囲の炎症


三筋ともブラキシズムで過活動になります。慢性的な閉口筋の緊張が持続すると、関節腔内圧が上昇して顎関節痛や関節円板の前方転位を引き起こすことが報告されています。診療中に「頭痛・肩こりを繰り返すが原因不明」と訴える患者には、閉口筋の筋緊張を一度評価することを検討してみてください。


参考:ブラキシズムと閉口筋活動の関係(日本歯科医師会 テーマパーク8020)
歯ぎしり(ブラキシズム)と顎関節・閉口筋活動 – テーマパーク8020


開口筋の構造と機能:舌骨上筋群が担う開口・嚥下の二重役割

開口筋の中心となるのは舌骨上筋群で、顎舌骨筋・オトガイ舌骨筋・顎二腹筋・茎突舌骨筋の4筋をまとめてそう呼びます。これらは嚥下に直結する筋群でもあり、開口と嚥下という2つの機能をこなすことが特徴です。


舌骨上筋群の機能はシンプルな二場面で整理できます。①舌骨が固定された状態で収縮すると、下顎を下方に引いて「開口」します。②下顎が固定された状態で収縮すると、舌骨を前上方へ引き上げて「嚥下時の喉頭挙上・食道入口部開大」を起こします。この二重機能が重要です。


各筋の特徴を押さえておきましょう。


- 🔶 顎舌骨筋:下顎骨の顎舌骨筋線から舌骨体・顎舌骨筋縫線に停止。フラットな筋板状で口腔底を形成します。V3支配。


- 🔶 オトガイ舌骨筋:下顎骨のオトガイ棘から舌骨体前面に停止。舌下神経(XII)支配という点が、他の舌骨上筋群と異なります。


- 🔶 顎二腹筋:前腹はV3支配、後腹は顔面神経(VII)支配。中間腱を介して舌骨上部に停止します。1つの筋で2つの異なる神経に支配される珍しい構造です。


- 🔶 茎突舌骨筋:顔面神経(VII)支配。側頭骨の茎状突起から舌骨体に向かい、嚥下時に舌骨を後上方へ引く役割も持ちます。


開口筋が正常に機能するためには、舌骨下筋群(胸骨舌骨筋・肩甲舌骨筋など)が舌骨を固定する必要があります。これが「アンカー」として働かないと、いくら舌骨上筋が収縮しても下顎は下がらず、開口も嚥下もうまく機能しません。開口の問題を筋単独で評価せず、舌骨周囲の連動システム全体で捉えることが基本です。


参考:舌骨上筋群の開口・嚥下における二重機能(東京歯科大学)
摂食・嚥下障害を理解するための解剖 – 東京歯科大学学術リポジトリ(PDF)


外側翼突筋の二面性:閉口筋でも開口筋でもある特殊な咀嚼筋

外側翼突筋は、咀嚼筋の中で最も臨床的に「誤解されやすい筋」の一つです。まず構造から確認します。


外側翼突筋は上頭と下頭の2層構造になっています。上頭は蝶形骨大翼(側頭下稜)から起始し、関節円板および下顎頭頸部に停止します。下頭は翼状突起外側板から起始し、下顎骨の関節突起(下顎頭頸部)に停止します。


機能の違いは次の通りです。下頭は両側収縮で下顎を前方・下方へ牽引し、開口を補助します。片側収縮では下顎を反対側へ動かす側方運動をもたらします。上頭は下顎が後退するときに活動し、関節円板が後方へズレないよう位置をコントロールします。つまり上頭と下頭の活動は「相反性」で、互いの活動時期はほぼ重複しないことが筋電図研究で明らかにされています。


臨床的に見落とせないのは「触診の限界」です。外側翼突筋は口腔内触診の定番の筋ですが、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)での解剖学的検討によれば、口腔内触診で実際に外側翼突筋下頭に圧力が届く個体は44例中25例、約57%に過ぎませんでした。残り43%では内側翼突筋や周辺組織への圧迫にとどまり、外側翼突筋には届いていないと報告されています。圧痛があったとしても、それが外側翼突筋由来かを確定することは難しいということです。


さらにこの筋は「自己受容機構が不完全」という指摘があります。多くの筋は過度な収縮を自己感知して弛緩しますが、外側翼突筋ではその機能が不十分なため、閉口筋(挙上筋)が過活動になった状態が続くと外側翼突筋の機能亢進が誘発され、それが弛緩できずに持続してしまいます。これが「挙上筋の緊張を緩和すれば顎関節症状が改善する」という臨床的事実の背景にある筋生理学的な説明です。


💡 外側翼突筋を診るときの実践ポイントとして、口腔内触診単独での評価に依存しすぎないことが重要です。下顎の前方偏位・開口偏位・関節雑音などの動的所見と組み合わせて総合的に評価することを習慣にしてください。


参考:外側翼突筋の機能と臨床的意義(東京科学大学 歯科補綴学講座)
第13回 外側翼突筋の話 – 東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)


閉口筋と開口筋のバランス破綻が招く臨床問題:顎関節症・嚥下障害・頭痛との接点

閉口筋と開口筋は、単体ではなく「バランスのとれた拮抗関係」として機能します。どちらかの過活動・弱化が起きると、咀嚼・嚥下・発音に連鎖的な問題が生じます。


閉口筋の過活動(ブラキシズム)が引き起こす問題


閉口筋が慢性的に過活動の状態になると、以下のような連鎖が起きます。


- 咬筋・側頭筋の筋緊張・肥大 → 慢性頭痛・耳前部痛
- 関節腔内圧の亢進 → 関節円板の前方転位
- 外側翼突筋への過負荷 → 機能亢進・弛緩不全
- 歯の摩耗歯根破折リスクの上昇


ブラキシズムとは、睡眠中または覚醒中に無意識の咀嚼筋活動が繰り返される習癖です。閉口筋活動が睡眠中に持続することで顎関節への負荷が累積し、「起床時の顎の疲労感・鈍痛」「臼歯の咬合面の摩耗」といった症状に繋がります。


開口筋(舌骨上筋群)の弱化が招く問題


舌骨上筋群の筋力低下は、嚥下障害のリスク因子として近年注目されています。東京医科歯科大学(現・東京科学大学)の研究では、高齢者を対象とした調査で「開口力の低下が嚥下障害のリスク因子」になることが明らかにされています。


舌骨上筋群が弱化すると、嚥下時の喉頭挙上が不十分になり、食道入口部の開大が妨げられます。結果として誤嚥・咽頭残留のリスクが上昇します。またサルコペニア(加齢性筋肉減少)は四肢の筋だけでなく、口腔・咽頭の嚥下関連筋にも同様に影響します。男性高齢者では特にサルコペニアによる開口筋の弱化が起きやすいとされています。


閉口筋・開口筋のバランスを臨床の視点で整理すると下表のようになります。


状態 影響が出る機能 具体的な症状・リスク
閉口筋の過活動(食いしばり・ブラキシズム) 咬合・顎関節 顎関節症、頭痛、歯の摩耗、外側翼突筋機能亢進
閉口筋の弱化(神経損傷・廃用) 咀嚼 咬合力低下、咀嚼困難、栄養摂取不足
開口筋(舌骨上筋群)の過緊張 嚥下・開口 開口制限、舌骨の位置異常
開口筋(舌骨上筋群)の弱化 嚥下・開口 誤嚥リスク上昇、咽頭残留、オーラルフレイル


これは使えそうです。閉口筋と開口筋を「咀嚼だけ」で評価するのではなく、嚥下・全身の筋骨格系とセットで捉えることが、現代の歯科臨床に求められる視点です。


参考:開口力と嚥下障害の関連(東京科学大学 プレスリリース)
「開口力と嚥下障害の関連を解明」– 東京医科歯科大学(東京科学大学)プレスリリース


【独自視点】閉口筋・開口筋の評価を「静的」から「動的」に切り替える意義

多くの教科書では、閉口筋・開口筋の評価は「触診による圧痛の有無」と「最大開口量の測定(指3本=約40mm以上が正常)」を中心に説明されています。ただし、これだけでは見落とす問題があります。それは「動的な筋バランスの崩れ」です。


たとえば、安静時の最大開口量が40mmあっても、繰り返し開閉口させたときに開口量が徐々に減少する、あるいは開口経路が偏位し始める場合があります。これは閉口筋と開口筋の拮抗バランスが動的に崩れているサインです。静的な1回の開口量測定ではこれを検出できません。


臨床での実践として、以下の「動的評価の3視点」が役立ちます。


- 🔍 開口経路の観察:下顎が一側へ偏位しながら開口していないか。S字運動や偏位が見られれば、左右の外側翼突筋下頭の活動不均衡を疑う。


- 🔍 繰り返し開閉口による変化:5〜10回の開閉口を行わせた後に開口量や偏位が増減するか。疲労性変化は筋性障害を示唆する。


- 🔍 嚥下時の舌骨の動き:舌骨の挙上が不十分・非対称でないかを触診で確認する。開口筋(舌骨上筋群)の弱化を嚥下機能と連動して評価できる。


顎関節症の診療ガイドライン(2020年版)でも、顎関節症の評価には下顎運動・筋電図・咬合力などの複合的な検査を推奨しています。歯科衛生士であれば、チェアサイドで開口経路と嚥下観察を行うだけでも、担当患者の筋バランスの異常を早期にスクリーニングできます。


さらに視野を広げると、閉口筋・開口筋の不均衡は「姿勢」とも連動しています。前傾頭位(いわゆる「スマホ首」)は舌骨下筋群を緊張させ、舌骨上筋群の開口・嚥下機能を間接的に妨げることが指摘されています。患者の頭頸部姿勢も合わせて観察する習慣が、診療の質を一段高めます。


参考:顎口腔機能評価のガイドライン(2016年改訂版・日本スポーツ歯科医学会)
顎口腔機能評価のガイドライン 2016年改訂版(PDF) – 日本スポーツ歯科医学会




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