内側翼突筋の起始停止と作用・臨床応用を深掘り

内側翼突筋の起始停止・神経支配・咬筋とのスリング構造まで詳しく解説。歯科臨床で見落としがちな関連痛や伝達麻酔との関係も押さえておきたいポイントとは?

内側翼突筋の起始停止と作用・臨床応用を徹底解説

内側翼突筋のトリガーポイントが原因なのに、歯が痛いと感じて抜歯してしまう患者が実在します。


この記事のポイント3選
🦷
起始は「深頭」と「浅頭」の2頭構造

内側翼突筋は蝶形骨翼突窩(深頭)と上顎結節・口蓋骨錐体突起(浅頭)の2か所から起始する。教科書の「翼突窩のみ」は簡略表現であることを押さえよう。

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咬筋と「スリング」を形成する協力筋

内側翼突筋と咬筋は下顎枝を挟んで内外から同じベクトルで作用し、強力な挙上スリングを構成する。下顎の安定に直結する関係性だ。

⚠️
伝達麻酔・関連痛との臨床的接点

下顎孔伝達麻酔の刺入経路は翼突下顎隙で、内側翼突筋の前縁が重要なランドマークになる。また筋・筋膜性疼痛の関連痛として「歯痛」を呈することがある。


内側翼突筋の起始停止の正確な理解――深頭・浅頭の2頭構造

内側翼突筋(medial pterygoid muscle)は咀嚼筋の1つで、下顎枝の内側面を覆うように走行する厚みのある四辺形の筋肉です。多くの国家試験テキストでは起始を「蝶形骨翼突窩」と簡潔に記載していますが、実際にはこの筋は深頭(large deep head)と浅頭(small superficial head)の2頭構造をとります。これは意外と見落とされているポイントです。


深頭の起始は蝶形骨翼状突起外側板の内側面で、筋の大部分(bulk)を占めます。一方浅頭の起始は上顎結節(maxillary tuberosity)および口蓋骨の錐体突起(pyramidal process of palatine bone)です。両頭は合流し、後下方に向かい、下顎骨内面の翼突筋粗面(pterygoid tuberosity)――具体的には下顎角付近の内側面・下顎枝後下部――に強い腱性板を介して停止します。


つまり基本です。


| 項目 | 内容 |
|------|------|
| 🔵 深頭(起始) | 蝶形骨翼状突起外側板の内側面(翼突窩) |
| 🟠 浅頭(起始) | 上顎結節 + 口蓋骨の錐体突起 |
| 🟢 停止 | 下顎骨内面の翼突筋粗面(下顎角内側・下顎枝後下部) |
| 🟣 神経支配 | 下顎神経(V3)本幹から直接分岐する内側翼突筋神経 |
| 🔴 血管 | 顎動脈の枝、翼突筋枝 / 翼突筋静脈叢 |


「翼突窩から起始」という表現は大まかには正しいのですが、2頭構造を意識することで後述の臨床応用(感染症の波及経路や手術時の解剖)への理解がぐっと深まります。なお停止部の腱性板は咬筋の停止と結合して「スリング(筋輪)」を形成しますが、これは次節で詳しく述べます。


口腔解剖学の教科書レベルの確認は基本が大切です。


OralStudio 歯科辞書「内側翼突筋」― 起始停止・神経支配の整理に役立つ用語解説ページ


内側翼突筋の神経支配――他の咀嚼筋と異なる"幹"分岐の特徴

内側翼突筋を支配する内側翼突筋神経(nerve to medial pterygoid)は、下顎神経(V3)が卵円孔を出た直後、前枝・後枝に分かれる前の「幹(main trunk)」から分岐します。これは他の咀嚼筋――咬筋神経・深側頭神経・外側翼突筋神経――が下顎神経前枝から分岐するのと対照的です。


この違いが臨床的に重要なのは、下顎孔伝達麻酔(IANB)の際に理由があります。下歯槽神経ブロックは翼突下顎隙(pterygomandibular space)――下顎枝と内側翼突筋の間にある疎性結合組織の隙間――に麻酔薬を注入しますが、内側翼突筋神経は幹から分岐しているため、翼突下顎隙での麻酔が内側翼突筋の運動を一部遮断することがあります。これが伝達麻酔後の短時間の「噛みにくさ」として患者に現れることがあります。


また内側翼突筋神経は、鼓膜張筋(tensor tympani)と口蓋帆張筋(tensor veli palatini)への神経枝も出します。これが意外ですね。つまりブラキシズムなどで内側翼突筋が過活動状態になると、鼓膜張筋への神経の連鎖的な影響から耳の閉塞感・耳鳴りが生じるケースの解剖学的背景になりえます。顎関節症患者が耳症状を訴える際、この神経経路を思い浮かべておくと鑑別に役立ちます。


神経支配の枝分かれが基本です。


クインテッセンス出版「異事増殖大事典」内側翼突筋 ― 神経支配・協力筋関係の解説ページ


内側翼突筋と咬筋が作る「スリング構造」――下顎枝を挟む協力筋の臨床的意義

内側翼突筋と咬筋は作用方向がほぼ同一で、互いに協力筋の関係にあります。英語文献(Wikipedia: Medial pterygoid muscle)では「咬筋との共通腱性スリング(common tendinous sling)」と明記しており、この2筋が下顎枝を内外から挟み込むように停止することで、強力な下顎挙上機構を構成しています。


このスリング構造は顎変形症手術(Le Fort I + SSRO など)の設計に直接影響します。咬筋と内側翼突筋のスリングの「内側」で骨切りを行う矢状分割骨切り術(SSRO)は、スリングを温存しながら下顎骨の位置を変えるため術後の安定性が高いとされています。一方でスリングの外側・下方で骨切りを行うと、スリングの牽引力が骨片の転位を引き起こすリスクがあります。これは使えそうです。


また咀嚼力(咬合力)という観点からも、この2筋の協調は重要です。内側翼突筋単独の筋束密度は咬筋より疎であり(OralStudio歯科辞書)、挙上力そのものは咬筋に劣ります。しかしスリングとして一体化して機能することで、下顎骨を均等に保持し、偏心的な側方力に対する安定性を補っています。


- 🦷 咬筋:下顎枝の外側に停止 → 咬合力の主力担当
- 🦷 内側翼突筋:下顎枝の内側に停止 → 側方安定・前突補助
- 🔗 2筋で形成するスリング:下顎を均等に保持し顎関節を安定させる


さらに内側翼突筋は一側が単独収縮した場合、下顎を対側に偏位させます。たとえば右の内側翼突筋だけが収縮すると、下顎は左に引かれます。これは片側性の顎のずれ・ズレ咬合を評価するうえで重要な観点です。スリング構造が基本です。


内側翼突筋の関連痛と非歯原性歯痛――起始停止を知るからこそ見える落とし穴

内側翼突筋のトリガーポイントは下顎臼歯部の歯痛・耳痛・咽喉部の違和感として関連痛を生じることが知られています。「歯が痛い」と訴えて来院した患者に対し歯科的な異常が見つからない場合、筋・筋膜性疼痛(歯科領域では非歯原性歯痛:筋筋膜性歯痛)が原因である可能性があります。


痛いですね。しかし歯に問題がないのに歯痛として感じてしまうのは、痛みの発生部位(疼痛発生部位)と感じる部位(疼痛感受部位)が乖離する「関連痛」のメカニズムによるものです。咬筋や内側翼突筋のトリガーポイントを圧迫すると、歯痛が再現(referred pain reproduction)されることがあり、これが鑑別診断のカギになります。


実際に、内側翼突筋のトリガーポイントが原因なのに歯痛と誤診され、必要のない抜歯や歯内療法が行われてしまうケースは少なくありません(日本口腔顔面痛学会の非歯原性歯痛診療ガイドライン)。歯科従事者として起始停止と走行を正確に知ることは、関連痛の発生パターンを予測するうえで直接役立ちます。


起始停止から走行を把握することが原則です。以下のように内側翼突筋のトリガーポイントと関連痛の発生部位を整理しておくと、臨床に役立ちます。


| 💢 トリガーポイント発生部位 | 🔴 主な関連痛・症状 |
|--------------------------|-------------------|
| 内側翼突筋全般(翼突窩側) | 下顎大臼歯の歯痛様疼痛 |
| 下顎角付近(停止部近傍) | 耳痛、耳の奥の違和感 |
| 筋全体の過活動状態 | 開口障害、咽喉の詰まり感 |


内側翼突筋は体表から触知できませんが、口腔内からはその前縁を触れることができます。奥歯の頬側から奥にゆっくり指を入れ、翼突下顎縫線の手前あたりを圧迫したとき、患者が訴えている歯痛が再現されれば筋・筋膜性疼痛を疑う根拠になります。これは日常臨床で使えそうです。


日本口腔顔面痛学会「非歯原性歯痛の診療ガイドライン 改訂版」― 筋筋膜性歯痛の診断基準・鑑別法の詳細


内側翼突筋と伝達麻酔・翼突下顎隙――起始停止が左右する針の行方

下顎孔伝達麻酔(下顎孔ブロック、IANB)は下顎臼歯部の治療で必須の手技ですが、その刺入点と経路は内側翼突筋の解剖を熟知していることが前提となります。刺入点は翼突下顎隙の前方部、すなわち内側翼突筋の前縁外側と側頭筋腱内側の間にあたる間隙が標準とされています。


翼突下顎隙は「下顎枝内側面と内側翼突筋の間」に広がる疎性結合組織の空間で、舌神経と下歯槽神経が並走して下行しています。内側翼突筋の起始・停止・走行を知らないと、針先の深さや角度を誤りやすく、以下のような偶発症リスクが高まります。


- ⚠️ 血腫形成:翼突筋静脈叢(pterygoid plexus)への誤刺で生じやすい
- ⚠️ 開口障害:内側翼突筋などの咀嚼筋損傷・血腫による炎症性開口障害
- ⚠️ 注射針の迷入:口腔領域の破折注射針迷入の9割が下顎孔伝達麻酔時とされる(東京歯科大学紀要)


特に注射針の迷入は、「折り曲げた状態で刺入する」「根元近くまで刺入する」といった不適切な手技で発生しやすく、内側翼突筋内への迷入例も複数報告されています(CiNii:内側翼突筋に迷入した破折注射針と破折歯科用探針の2症例)。迷入針の摘出は全身麻酔下でのナビゲーションガイド手術が必要になることもあり、患者への精神的・身体的・経済的負担は非常に大きくなります。注意が必要です。


針先は常に「翼突下顎隙のどのあたりにあるか」を意識することが原則です。内側翼突筋の前縁を口腔内から触知し、翼突下顎縫線(pterygomandibular raphe)を視覚的に確認しながら刺入することで、術者のランドマーク認識精度を高めることができます。日常の解剖の再確認が条件です。


また感染症の観点からも、内側翼突筋と翼突下顎隙は重要です。下顎智歯(下顎第三大臼歯)周囲炎が深部に波及する際の主要な経路の一つが翼突下顎隙であり、放置すると咽頭後隙・縦隔へ波及して致命的な深頸部感染症(Ludwig's angina など)に発展するリスクがあります。起始停止の把握は単なる暗記ではなく、感染経路の理解と直結しています。