一般歯科医師の約7割が、破折歯を保存する方法を知りません。
歯根破折の治療において、保険が適用されるか自費になるかは、患者にとって非常に重要な判断基準です。この点を理解することで、長期的な経済負担が大きく変わります。
保険診療となるのは、破折した歯を抜歯して除去する基本的な処置だけです。これは厚生労働省の健康保険診療の適用基準により、歯を失わせてしまう処置と位置づけられています。保険による抜歯費用は一般的に1万円~2万円程度となり、3割負担の患者であれば3,000円~6,000円の自己負担です。対照的に、破折した歯を接着剤で修復し、歯を保存する治療はすべて自費診療です。
意図的再植術という特殊な方法では、抜歯した歯を口腔外で接着してから再度埋入するため、保険の「抜歯」として一部認められることがあります。このケースでは約8,000円程度の保険診療が可能です。しかし、最も予後の良い口腔内接着法(歯を抜かずに直接修復する方法)は自費診療に限定されています。
歯根破折保存治療は、最新の材料と高度な技術が必要な処置です。そのため、保険診療の制限された枠内では対応できません。
口腔内接着法の費用は、医院によって異なりますが、一般的には10~13万円(税別)です。前歯に対するマイクロスコープを用いた根管治療と根管壁穿孔閉鎖術(MTAセメント使用)を組み合わせた場合は、69,120円と32,400円の合計で約10万円を超える計算になります。
つまり、これらは全額自己負担となります。
口腔外接着再植法は、さらに複雑です。破折した歯を丁寧に抜歯し、口腔外で破折片を修復してから再埋入する方法で、21~25万円(税別)が相場です。医院によっては23~25万円に達することもあります。治療に要する時間は初診時30分、手術時間60~90分、固定除去時30分の計3回来院が必要です。
保険診療では対応できない理由は複数あります。
第一に、使用される材料です。
スーパーボンドやMTAセメントなどの生体親和性に優れた接着剤は保険適用の材料リストに含まれていません。
第二に、設備です。
マイクロスコープ、歯科用CT、ラバーダム防湿などの精密な診療環境は、保険診療では経営的に成立しません。
第三に、技術の習得期間です。
破折歯保存治療を習得している歯科医師は限定的であり、保険診療の報酬体系では人材育成が困難です。
患者の立場では、診断段階で「保険で治療できるか?」という質問をすることが大切です。医院側が明確に答えられない場合は、自費診療になる可能性が高いと判断してよいでしょう。
初診時に歯科医師が行うべき判断は、破折の程度と部位です。歯根が横に完全に破折している場合や、縦に3本以上に分断されている場合は、保存治療の適応外となる可能性があります。これらは根の湾曲が大きい、または破折から時間が経過して骨の吸収が進行している可能性があるためです。初期段階で医師が「ひび程度」「破折から間もない」と判断できた場合は、口腔内接着法の自費診療で対応できる可能性があります。
重要な点として、レントゲンだけでは破折の有無を判断できないことが挙げられます。初診で「レントゲン異常なし」と言われても、被せ物を外した際に縦のヒビが明らかになることは珍しくありません。そのため、疑わしい症状がある場合は、CTスキャンやマイクロスコープ検査を提案してくれる医院を選ぶべきです。
歯根破折の治療では、保存治療そのものに加えて、その後の補綴治療(被せ物)も保険適用の判断に影響します。
保存治療が成功した後、歯には被せ物が必要です。この被せ物が保険対応か自費対応かは、医院の判断によって異なります。多くの医院では、破折歯保存治療が自費診療であるため、その後の被せ物も自費診療に統一しています。
理由は「混合診療」の禁止ルールです。
保険診療と自費診療を同一の歯に対して行うことは原則禁止されているため、一度自費診療になると、その後のすべての治療が自費に統一されます。
ただし、選定療養という制度を活用すれば、一部のケースで保険と自費の併用が可能です。例えば、ブリッジや入れ歯の支台歯治療では、保険診療の基本的な治療に加えて、自費の特別な材料を組み合わせることが認められています。歯根破折の場合も、医院によっては類似の枠組みで対応している施設もあります。事前に「被せ物はどうなるか」を確認することが、長期的な費用計画に役立ちます。
保険適用範囲の被せ物を希望する場合は、金属クラウンやレジン前装冠が選択肢になります。これらは保険診療で1本あたり約5,000~8,000円の患者負担です。対照的に、自費診療のセラミッククラウンやジルコニアクラウンは1本あたり10~15万円程度が相場です。
歯根破折の保存治療は高額になるため、医療費控除の対象として活用することが重要です。
これにより、実質的な負担を軽減できます。
医療費控除とは、自分と家族が支払った医療費が10万円を超えた場合(年収200万円未満の場合は総所得の5%以上)、申告により所得税から控除される制度です。歯根破折保存治療は、治療を目的とした医療行為であり、審美治療ではないため、全額が医療費控除の対象になります。
例えば、口腔外接着再植法で23万円を自費で支払った場合、その全額が医療費控除の対象です。年間の医療費が10万円を超える場合、確定申告時に申告することで、所得税率に応じた還付を受けられます。年収400万円で所得税率20%の場合、23万円全体に対して4万6,000円の還付が期待できます。これは家族全員分の医療費と合算可能なため、別の家族が歯の治療を受けた場合も合わせて申告すればよいのです。
さらに、複数の年にわたって高額な治療を受ける場合は、デンタルローンを検討することも有効です。多くの医院が金利0~5%のローンを提供しており、数十万円の治療費を12~24ヶ月に分割して支払うことができます。この場合でも医療費控除は適用されるため、二重のメリットが得られます。
保険診療と自費診療の選択は、患者の経済状況と歯の価値観によって判断されるべきです。抜歯を選択した場合、その後のインプラント治療には80~100万円(1本あたり30~40万円程度)が必要になることも視野に入れて、長期的な費用計画を立てることが賢明です。つまり、初期段階の自費診療で歯を残す選択が、生涯費用として最も効率的な場合も多いのです。
参考:医療費控除について(国税庁)- https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinkoku/shotoku/kaisei/iryouhikojo/index.htm
参考:歯根破折保存治療と医療費控除(日本歯科医師会)- https://www.jda.or.jp/