セメント固定を選んだインプラントの約81%で、インプラント周囲炎の兆候が確認されています。
インプラント治療は、顎骨内に埋入するフィクスチャー(インプラント体)、その上に連結するアバットメント、そして実際に咀嚼機能を担う上部構造(クラウン)の3パーツで構成されています。「セメント固定」と「スクリュー固定」という用語は、このうちアバットメントと上部構造をどのように連結するかを指しています。
つまり固定法の選択は補綴設計全体の方向性を左右します。
スクリュー固定の仕組みは、チタン合金製のスクリュー(ネジ)をアバットメントと上部構造の中心を貫通する形で締結するものです。上部構造の咬合面または舌側面にはアクセスホールと呼ばれる小さな孔が開いており、そこからスクリュードライバーを挿入して締め付けます。締め付け完了後は、コンポジットレジンでアクセスホールを封鎖します。各メーカーの推奨トルクはおよそ25〜35 Ncm(ニュートンセンチメートル)に設定されており、これを厳守することがスクリューの緩みや破折防止に直結します。ちなみに自動車のホイールナットの締め付けトルクが約100 Ncmであることを考えると、インプラントのスクリューがいかに精密・繊細かがわかります。
セメント固定は、アバットメントの上から上部構造をキャップのように被せ、歯科用セメントで接着する方法です。天然歯への補綴処置と感覚が近く、アクセスホールが存在しないため咬合面がすっきりした形態になります。固定力はセメントの種類によって異なり、仮着セメントから本着セメントまで幅広く選択できます。
| 比較項目 | スクリュー固定 | セメント固定 |
|---|---|---|
| 固定手段 | チタン合金スクリュー | 歯科用セメント |
| アクセスホール | あり(レジン封鎖) | なし |
| 可撤性(外せるか) | あり(術者可撤) | 基本なし |
| 審美性 | やや劣る(孔がある) | 優れる |
| 余剰セメントリスク | なし | あり |
| 再治療のしやすさ | 容易 | 困難(再製が必要な場合多) |
両者の構造の違いを正確に把握しておくことが、症例ごとの適切な選択につながります。これが選択の起点です。
セメント固定の最大のメリットは、審美性と角度補正の自由度にあります。インプラント埋入角度が理想軸から大きくずれていても、カスタムアバットメントの形態調整とセメント固定を組み合わせることで、自然な歯冠形態を再現しやすい利点があります。前歯部など患者が外観を強く意識する部位では、アクセスホールが存在しないセメント固定が審美的に有利なケースも少なくありません。
ただし、この利便性の裏側には見過ごしがちな重大なリスクが潜んでいます。余剰セメントの問題です。
上部構造を装着する際、アバットメントマージン付近に押し出されたセメントが、歯肉縁下(インプラント周囲溝の深い部分)に流れ込む現象が起きます。インプラントには天然歯のような歯根膜線維がないため、余剰セメントが歯肉縁下に入り込むのを物理的に防ぐ構造がありません。この状態で放置されたセメントはバイオフィルム形成の足場となり、インプラント周囲炎(インプラント版の歯周病)を誘発します。
数字で言うと深刻です。米国テキサス大学サンアントニオ校のThomas G. Wilson Jr.が2009年に発表した研究(J Periodontol 2009;80:1388-92)によると、インプラント周囲炎の兆候を示す症例の81%で余剰セメントの残留が確認されました。一方、炎症のないインプラントでは残留セメントは認められなかったと報告されています。この研究は歯科界に大きな衝撃を与えました。
インプラント周囲炎の進行速度は天然歯の歯周病の10〜20倍とも言われており、早期に気づかないまま骨吸収が進行するケースも報告されています。痛いですね。
セメント固定を選択する場合には、以下のリスク管理が推奨されます。
事前トリミング法とマイクロスコープ下での確認が、セメント固定での余剰セメント問題の現実的な対策です。
参考:余剰セメントとインプラント周囲炎の関連を報告した最初期の国内向け解説記事
スクリュー固定の最大の強みは術者可撤性、すなわち「必要なときに取り外せる」ことです。定期メンテナンス時にアクセスホールを開け、スクリューを緩めるだけで上部構造を取り外して洗浄・確認・再調整ができます。これは天然歯支持の固定性補綴物には不可能な利点です。
可撤性があることで、スクリューが緩むという問題も逆に安全装置として機能します。過度な咬合力がかかった際、インプラント体や顎骨が破損する前に「スクリューが緩む」ことで力を逃がせます。スクリューが緩んだ場合はトルクレンチで再締結するだけで対応でき、部品の再製が不要です。一方セメント固定でアバットメントスクリューが緩むと、上部構造を壊さなければ取り外しができず、再製が必要になるケースも多くあります。これは大きなコスト差につながります。
余剰セメントのリスクがゼロな点も、長期的なインプラント生存率を高める観点から重要です。インプラント周囲炎の主要原因のひとつを構造的に排除できるのは、スクリュー固定の本質的な優位点です。
従来、スクリュー固定には「インプラント軸が傾いている症例では使えない」というデメリットがありました。アクセスホールが前歯の唇面や臼歯の頬側に出てしまうと、審美性が著しく損なわれるためです。しかしこの問題は、角度付きスクリューチャネル(ASC:Angulated Screw Channel)技術の登場で大きく改善されました。ASCはインプラント長軸から最大25°の角度でアクセスホールの向きを変えられる機構で、ノーベルバイオケア社やストローマン社など複数の主要メーカーが対応製品を提供しています。
これは使えそうです。
以前であればセメント固定を選ばざるを得なかった傾斜埋入症例の多くで、ASCを活用したスクリュー固定への移行が可能になりました。前歯部のインプラントでも、アクセスホールを舌側や咬合面寄りに誘導できれば、患者の審美的不満を最小化しながらスクリュー固定のメリットを享受できます。
スクリュー固定のデメリットとしては、以下が挙げられます。
スクリュー固定は可撤性とリスク管理の面で優れますが、精密な技工・臨床技術が前提です。
参考:世界的なインプラント治療ガイドラインにおけるスクリュー固定とセメント固定の比較
スクリュー固定式 vs. セメント固定式 | FOR.org(国際骨結合学会)
固定法の選択に「どちらが絶対に正しい」という答えはありません。症例条件・患者背景・術者の技術力・メーカー対応状況などを総合的に判断することが求められます。ただし、近年の学術的トレンドは明確にスクリュー固定優位へと移行しています。
臨床での選択基準を整理すると、以下のようになります。
🔩 スクリュー固定が第一選択となる場面
🧪 セメント固定が選択肢となる場面
結論はスクリュー固定を第一選択とし、審美・スペース上の制約がある場合にセメント固定を検討する流れが原則です。
セメント固定を採用する場合に求められる対策として、余剰セメント除去精度の向上が最重要です。マイクロスコープを用いた精密な除去と、X線造影性のあるセメント選択が必須となります。この2点を院内プロトコルとして確立している歯科医院と、セメントをそのまま流し込んでいる医院では、長期予後に大きな差が生まれます。
参考:日本歯周病学会による歯周病患者へのインプラント治療指針(エビデンス2018)
歯周病患者における口腔インプラント治療指針およびエビデンス2018 | 日本歯周病学会(PDF)
歯科インプラント補綴の世界では、ここ10年でスクリュー固定回帰の流れが明確になっています。かつて主流だったセメント固定から、スクリュー固定へとトレンドが移行している背景には複数の要因があります。
まず科学的根拠の蓄積です。前述のWilson Jr.(2009)の研究以降、余剰セメントとインプラント周囲炎の因果関係を支持する論文が相次いで発表されました。日本歯周病学会誌(2022年)においても、セメント固定方式は技術的合併症が少ない一方でスクリュー固定方式の約81%に余剰セメントとインプラント周囲炎の兆候の関連が見られたと報告されています。これが意外ですね。
次に、デジタルテクノロジーの普及です。CAD/CAMによる高精度上部構造の製作が一般化したことで、スクリュー固定に必要なパッシブフィット(受動的適合)の精度が上がり、術者の技工的ハードルが下がりました。チェアサイドでのデジタルスキャンと技工所のデジタル製作が連携することで、スクリュー固定のコストパフォーマンスも改善しています。
さらにASC技術の普及も大きいです。インプラント長軸に最大25°の角度補正ができる角度付きスクリューチャネルにより、「前歯部はセメント固定しかない」という従来の常識が崩れつつあります。ノーベルバイオケア社のASCアバットメントやストローマン社のアングルソリューションなど、複数のメーカーが製品を展開しており、臨床での選択肢が広がっています。
今後の展望として、インプラント周囲炎の予防重視の観点から、スクリュー固定を標準プロトコルとし、セメント固定は例外的な選択という位置づけへと変化していく可能性が高いです。歯科医師・歯科衛生士がこの流れを理解し、患者説明・補綴計画立案に反映させることが求められます。
余剰セメントリスクを完全に排除するスクリュー固定が標準になることは、長期的な患者アウトカムの改善につながるという点で、歯科医療全体にとってメリットが大きいといえます。
参考:日本口腔インプラント学会誌の系統的レビュー(インプラント周囲疾患リスク因子の検討)
多くの教科書や比較記事では「セメント固定かスクリュー固定か」という二項対立で議論が終わりますが、実臨床ではもう一段階深い問題があります。それは「セメント固定を選択した場合のプロトコルが、医院ごとに大きく異なる」という現実です。
同じセメント固定という方法を選んでも、余剰セメントの管理精度によって、その後のインプラント周囲炎発症リスクは大幅に変わります。患者が「セメント固定にした」という事実よりも、「どのプロトコルでセメント固定が行われたか」のほうが長期予後に直結するのです。
具体的に差が出るポイントを挙げます。
これらのプロトコルを院内で明文化・標準化できているかどうかが、セメント固定を扱う医院の「隠れた実力差」になっています。患者は補綴物の見た目や費用には注目しますが、このようなプロセス管理の細部まで評価できません。歯科従事者側がこの差を自覚し、プロトコルの質を向上させることが、患者の長期的な口腔健康を守ることに直結します。
スクリュー固定に移行する前段階として、セメント固定の院内プロトコルを見直すことも有益な選択肢です。どちらの方法を選ぶにせよ、エビデンスに基づく管理プロセスを持つことが歯科医療の質を決定づけます。
セメント管理の精度こそが、固定法選択以上に予後を左右する隠れた要因です。
参考:インプラント周囲炎に対する考え方と対応(J-Stage 学術論文)

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