新品のトルクレンチでも、10回のオートクレーブ滅菌で規定トルク値から10%以上ずれることがあります。
インプラント治療において、トルクレンチの精度は治療の成否に直結します。アバットメントスクリューの締め付けトルク値は、各メーカーが厳密に規定しており、たとえばストローマン製品では25 Ncm、ノーベルバイオケア製品では30〜35 Ncm、メガジェン製品では35〜40 Ncmが推奨値として定められています。
これは小さな数字に見えますが、許容誤差は非常に狭い範囲に限られます。
トルク値が不足するとスクリューが緩み、咬合圧によってインプラントが動揺します。逆に過剰なトルクをかけると、スクリュー自体が変形・破断するリスクがあります。適切なトルク管理が条件です。
問題なのは、トルクレンチは精密機器であるため、使用を続けることで内部のバネが変形・疲労し、設定値と実際の発生トルクにずれが生じることです。さらに歯科特有の事情として、オートクレーブ(高圧蒸気滅菌)による熱ストレスが繰り返しかかるため、通常の工業用トルクレンチよりも精度変化が早く起こる可能性があります。
実際に、歯科用トルクレンチは滅菌サイクルの繰り返しにより精度が変動することが複数の専門資料で指摘されています。定期校正の推奨頻度は6〜12ヶ月に1回とされており、これは工業用途の「年1回」より短いサイクルです。
つまり校正は必要です。それも、「なんとなく年1回」ではなく、滅菌回数や使用頻度を考慮した管理が求められます。
参考:インプラント治療に特化したトルクレンチの管理と校正の重要性について詳しくまとめられています。
インプラントにおけるトルクレンチの使い方と適正トルク値 - 海岸歯科クリニック
校正料金は依頼先によって大きく異なります。これが意外と知られていない点です。
主な依頼先と料金の目安を整理すると、以下のようになります。
| 依頼先 | 料金目安(税込) | 特徴 |
|---|---|---|
| 専門校正センター(旭テクノ等) | 7,700円〜(13,200円:501〜1000N・m) | 全メーカー対応・納品時送料無料 |
| メーカー直送(KTC) | 6,000円〜(証明書は別途+6,600円) | 純正校正・修理も同時対応 |
| メーカー直送(東日製作所) | 購入価格比率で算出 | 証明書は別途2,200円 |
| 北陸計装(地域校正業者) | 5,700円〜 | 校正証明書・トレーサビリティ体系図込み |
| 第三者JCSS登録機関 | 10,000円〜 | 国際通用の校正証明書が得られる |
⚠️ 価格帯だけを見て選ぶのは危険です。
校正料金の差は「証明書のランク」に直結しています。安い校正でも精度確認自体はできますが、ISO認証を受けた歯科医院や複数機関が関係する医療機関では、JCSS登録事業者による校正証明書が求められるケースもあります。
KTCのプレセット型トルクレンチを例にすると、校正・調整だけで6,000円〜、そこに校正証明書の発行を加えると合計で約12,000円〜になります。専門校正センターではこれが7,700円〜でまとめて対応される場合もあり、複数本をまとめて依頼するとトータルコストを抑えられます。
1日850回使用する工業用途では約6ヶ月ごとの校正が推奨されています。歯科用途であれば使用頻度はそれより低くても、滅菌のサイクルを加味すると年2回程度の確認が安全な目安と考えられます。
料金だけで決めず、証明書の内容と依頼先の対応範囲を確認するのが原則です。
参考:KTCの公式サポートページ。トルクレンチの修理・校正・証明書発行の料金が一覧で確認できます。
校正を依頼すると発行される「校正証明書」には、大きく2種類があります。一般校正証明書とJCSS校正証明書です。
一般校正証明書は、依頼先の業者が自社基準で計測・調整を行い、その結果を証明するものです。広く普及しており、多くの歯科クリニックがこのレベルで管理しています。
JCSS(Japan Calibration Service System)校正証明書は、計量法に基づく国家認定制度に登録された事業者のみが発行できます。国際相互承認(MRA)にも対応しており、JCSS標章が入った証明書は「トレーサビリティが国際的に証明された」ことを意味します。
これは意外ですね。
一般歯科クリニックであれば、通常は一般校正証明書で十分です。ただし、ISO 13485(医療機器の品質マネジメント)の認証を取得している施設や、大学病院・研究機関と連携している場合は、JCSSレベルの証明書を求められることがあります。
校正証明書には有効期限も関係します。東日製作所の製品を例にすると、製品に添付の校正証明書は「使用開始日から1年間」が有効期間の目安です。使用開始日を記入する欄を空白にしたまま保管しているクリニックも多いですが、これは管理上のリスクになります。
証明書の保管期間は原則3年間です。再発行は別途手数料が必要になるため、発行後は適切に保管しましょう。
校正後の書類管理が不安な場合は、校正センターや機器管理システムのサービスを利用することで一元管理が可能になります。確認するのは、証明書の発行形式と保管年数の2点だけです。
参考:JCSSとは何か、一般校正との違いを図解でわかりやすく解説しています。
参考:TONEの校正証明書の構成内容(トレーサビリティ体系図の見方)が詳しく解説されています。
校正の依頼先は主に3つのルートがあります。それぞれに向き・不向きがあります。
① メーカーへの直接依頼(メーカー送り)
使用しているトルクレンチのメーカーに直接送付する方法です。KTC、東日製作所、TONEなど主要メーカーはすべて校正・修理サービスを提供しています。
メリットは、純正の基準で調整を受けられること、修理が必要な場合にそのまま対応してもらえることです。デメリットとしては、費用がやや高め・納期が長くなりやすい点があります。KTCの場合、校正のみで6,000円〜、証明書を含めると12,000円以上になるケースもあります。
② 専門校正センター(第三者機関)への依頼
旭テクノ校正センターや北陸計装のような専門校正センターへの依頼です。全メーカー対応・リーズナブルな料金・短納期(通常3営業日)が特徴です。
旭テクノ校正センターは7,700円〜(税込)で全メーカー対応しており、納品時の送料は先方負担です。最短1営業日の特急対応もオプションで選べます(+4,400円)。複数本をまとめて依頼する場合に特に費用対効果が高くなります。
③ JCSS登録機関への依頼
国家認定を受けたJCSS登録機関(横河計測、ミツトヨなど)への依頼です。費用は10,000円〜と高めですが、ISO認証施設や研究機関との連携がある場合には必要になります。
これは使えそうです。
歯科クリニックの多くには③は必要ありません。①か②で目的は十分果たせます。選ぶ基準を1点だけ覚えておけばOKです。それは「校正証明書・トレーサビリティ体系図が料金に含まれているか」です。含まれていない場合、別途2,000〜6,000円が加算されます。
参考:東日製作所の校正・修理の定価表と証明書の費用が確認できます。
参考:旭テクノ校正センターのトルクレンチ校正料金と他社比較が掲載されています。
ここまで料金や依頼先を解説してきましたが、実際の歯科現場で最も見落とされているのは「校正のタイミング管理」です。
多くのクリニックでは、トルクレンチの校正を「なんとなく年1回」で済ませているか、あるいは前回の校正から何ヶ月経ったか把握していないケースが少なくありません。
問題はここです。
インプラント用トルクレンチは、工業用と違い「使用頻度が低いから精度が維持される」とは言えない側面があります。オートクレーブによる繰り返しの熱サイクルは、使用回数に関わらず金属内部の応力を変化させます。月1〜2回しか使わないクリニックでも、滅菌サイクルが多ければ精度低下のリスクは工業用と同等かそれ以上になることがあります。
また、「新品だから校正不要」と考えているケースも注意が必要です。製品に付属している校正証明書は、工場出荷時の状態を保証するものです。使用開始後の維持を保証するものではありません。東日製作所の基準では、使用開始日から1年が証明書の有効期間とされています。
では、どう管理するか。実用的な対策は次の3点を記録するだけです。
- 🗓 最後の校正日(年月)
- 🔁 それ以降の滅菌回数の目安
- 📋 校正証明書の保管場所
これらをクリニックの器具台帳や電子カルテの備品管理欄に記録する習慣をつけるだけで、適切なタイミングでの依頼が可能になります。管理ソフトや医療機器管理アプリと組み合わせると、リマインダー機能で自動的に通知を受けられるため、確認する手間を大幅に省けます。
校正の費用は1本あたり5,700〜12,000円程度です。しかし、トルク管理ミスによるインプラント脱落や再治療が発生した場合の損失は、患者への補償・再手術コスト・信頼低下を含めると比較にならない大きさになります。
校正コストは「機器のメンテナンス費用」ではなく、「インプラント治療の安全管理コスト」として捉えることが重要です。
参考:TONEのコラム。トルクレンチの使用上の注意点・保管方法・校正の必要性についてわかりやすく解説されています。
第51回目「トルクレンチ使用上の注意点と保管方法編」|TONEサポート情報