酸性フッ素塗布剤(APF)をインプラント患者に使うと、チタン体が腐食して数年後に撤去を余儀なくされることがあります。
インプラント体の材料として、現在もっとも広く使われているのが純チタンです。純チタンはグレード1からグレード4に分類され、数字が大きくなるほど強度が増します。歯科インプラントに採用されることが多いのはグレード2〜4で、特にグレード4は強度と生体親和性のバランスに優れているため、ストローマン社をはじめとする世界的なインプラントメーカーが採用しています。
純チタンの最大の特性は、表面に自然形成される数nmの酸化チタン(TiO₂)膜にあります。この極薄の酸化膜が、生体組織との親和性を支える要となっています。つまり、チタンそのものが「優しい」のではなく、酸化膜が盾になっているということです。
体内に埋入されたチタンは、骨と直接結合する「オッセオインテグレーション」と呼ばれる現象を起こします。これはスウェーデンのブローネマルク教授が1952年に偶然発見した現象で、ラットの脛骨に埋め込んだチタン製の観察器具が外せなくなったことに気づいたのが始まりとされています。意外ですね。
骨結合にかかる目安期間は、上顎で約5カ月、下顎で約3カ月前後が一般的です。下顎は骨密度が高いため治癒が速く、上顎は骨質が軟らかい傾向があるために期間が長くなります。純チタンは骨との馴染みが最も自然で、オッセオインテグレーションが安定して得られるため、今もインプラント体の材料のスタンダードとして位置づけられています。
生体親和性が条件です。
| 純チタングレード | 酸素(O)含有量 | 特性 |
|---|---|---|
| グレード1 | 最低 | 最も軟らかい・強度低め |
| グレード2 | 低 | バランス型・広く使用 |
| グレード3 | 中 | 中程度の強度 |
| グレード4 | 高 | 最も硬い・インプラントに最適 |
チタン合金は、純チタンにアルミニウム(Al)や他の金属を加えることで強度を大幅に高めた材料です。代表格は「Ti-6Al-4V」で、チタン90%・アルミニウム6%・バナジウム4%を含む合金です。純チタンと比べて引張強度は約1.7倍、耐力は約3.8倍に達します。
ただし、Ti-6Al-4Vに含まれるバナジウム(V)の生体への影響を懸念する声が研究者の間で出てきました。これが条件です。その懸念を受けて開発されたのが「Ti-6Al-7Nb」で、バナジウムの代わりにニオブを使用した合金です。現在、歯科鋳造用として市販されている合金はTi-6Al-7Nbが主流になっています。
チタン合金の強みは骨質の悪い部位や細径インプラントへの応用です。例えば、隣在歯との距離が近く、通常径のフィクスチャーを埋入できない箇所では、細径でも高強度を確保できるチタン合金が力を発揮します。
一方で、純チタンに比べて生体親和性がやや低下するというデメリットもあります。混ぜる金属によっては骨との結合力も低下する傾向が報告されています。これは使えそうです。強度を取るか生体親和性を取るか、ケースバイケースの判断が求められる場面が少なくありません。
歯科医従事者として押さえておきたいポイントをまとめると。
- Ti-6Al-4V:高強度だが、バナジウムの生体影響が懸念されるため使用は限定的
- Ti-6Al-7Nb:現在の歯科鋳造用合金のメインストリーム。ニオブ置換で安全性を向上
- 純チタン(CP Ti):骨との結合に優れ、アレルギーリスクも最低水準。フィクスチャーの主流
ジルコニアインプラントは、金属を一切含まないセラミック系の材料です。化学式はZrO₂(二酸化ジルコニウム)で、融点が2,700℃という耐熱性セラミックスとしても知られています。歯科分野でインプラント体材料として注目・研究が本格化したのは2000年代からで、歴史としてはまだ20年余りです。
ジルコニアの最大のメリットは、完全なメタルフリーであることです。チタンは金属アレルギーの発症率が非常に低い素材ですが、ゼロではありません。チタンアレルギーのリスクがある患者に対して、ジルコニアインプラントは有力な代替選択肢となります。
審美面でも優位性があります。チタンは金属色のため、歯肉が薄い前歯部などではチタンの色が透過し、歯肉が暗く見えることがあります。ジルコニアは白く透明感があるため、天然歯周組織との調和が良く、前歯部の高い審美ニーズに応えやすい素材です。
ただし注意が必要な点もあります。
- ジルコニアはチタンより硬いため、加工の自由度がやや低い
- ワンピース構造のものが多く、プロトコルが制限される場面がある
- 長期的な臨床データが純チタンと比べるとまだ少ない
チタンとジルコニアを比較すると次のようになります。
| 項目 | 純チタン | ジルコニア |
|---|---|---|
| 金属アレルギー | ごく低リスク | リスクなし(非金属) |
| 骨結合 | 実績豊富 | 良好(データ蓄積中) |
| 審美性 | やや劣る(前歯部) | 天然歯に近い |
| 耐久性 | 高い | 非常に高い |
| 臨床実績 | 数十年 | 約20年 |
インプラント体の材料の性能を最大限に引き出すのが表面処理です。同じ純チタンでも、表面処理の方法によって骨結合のスピードが大きく変わります。これは骨結合が条件です。
現在の主な表面処理には以下の種類があります。
- 機械研磨(マシンド)表面:初期の表面処理で、滑らかな仕上げ。骨結合にやや時間がかかる
- サンドブラスト処理(ブラスト):砂粒を高速噴射して表面に微細な凹凸をつくる。骨が引っかかりやすくなる
- SLA(サンドブラスト+酸エッチング):ブラストの後に酸で処理。骨結合が約6週間に短縮されることで知られるストローマン社の主力技術
- HAコーティング(ハイドロキシアパタイトコーティング):骨の主成分であるHAを表面にコーティング。骨伝導能が高く、初期の骨形成を促進
SLAの場合、処理後の表面積は機械研磨と比べて大きく増加し、骨芽細胞との接触面積を拡大することで骨結合を促進します。骨が薄い部位や骨量が少ない症例では、表面処理の選択が治療成否を左右するといっても過言ではありません。
HAコーティングには注意点もあります。プラズマ溶射によるHAコーティングは、組成が不均一になりやすく、HA皮膜が溶出するリスクも報告されています。そのため、長期的な安定性の観点から、HAコーティングよりもSLAを選択するメーカーが増えています。
臨床的に重要なポイントとして、表面処理は「骨量が十分ある症例」では効果の差が出にくいですが、「骨量が少ない・骨質が悪い」症例ではSLAやHAコーティングなどの高性能表面処理が骨結合率を大きく改善します。骨移植を要するケースほど、材料と表面処理の組み合わせを意識した選択が求められます。
参考情報:口腔インプラントの表面処理技術に関する学術的知見は以下のリソースが詳しいです。
多くの歯科医従事者が「チタンは腐食に強い」と認識しています。それは基本的には正しい。ところが、酸性環境下でフッ素が存在すると、チタンの酸化膜が溶解し腐食が起こります。痛いですね。
2016年、フッ素研究会の発表では「9,000ppm以上の高濃度フッ素を含有するフッ素塗布剤(APF:酸性フッ素リン酸溶液)では著しいチタンの腐食が認められ、pHと溶存酸素濃度が低い口腔内環境ではさらに腐食が進む」と報告されました。
フッ素濃度1,000ppmの場合、純チタンはpH4.7以下で腐食することが確認されています。砂糖の多い飲食物を摂取してから30分以内は、口腔内pHが4.3程度まで低下することが知られています。炭酸飲料(pH2.0〜)や食酢(pH2.4〜)摂取直後にフッ素含有歯磨剤を使用した場合、歯肉縁下や歯周ポケット内など低酸素環境では、通常よりも腐食リスクが上がります。
九州大学大学院の研究グループ(中川雅晴ら)の報告によると、プラーク(バイオフィルム)が付着したチタン表面にフッ素含有歯磨剤を繰り返し使用した実験では、肉眼では確認できない微細な腐食孔がSEM(走査型電子顕微鏡)で観察されました。この腐食孔が長期間累積すると、表面が粗糙化してプラークや細菌の付着を助長し、インプラント周囲炎のリスクを高めます。
歯科医院で使用するAPFは、フッ素濃度が約9,000ppm・pH2.5前後です。この濃度と酸性度は、接触するだけでチタンの腐食が生じるレベルとされています。インプラント体が口腔内にある患者へのAPF使用は避けるか、インプラント埋入部に触れないようにブラッシングを行うよう患者指導することが推奨されます。
歯科衛生士・歯科医師がフッ素塗布の際に注意すべき点は次のとおりです。
- インプラント装着患者へのAPF(酸性フッ素リン酸溶液)塗布は原則避ける
- 中性フッ化ナトリウム(NaF)製品はリスクが低く、インプラント患者にも比較的安全
- 1,500ppm以下のフッ化物濃度の歯磨剤は、口腔内で唾液に希釈されるためリスクは低い
- 患者への指導時は「フッ素入り歯磨き粉は使えない」ではなく「種類と濃度を選ぶ」と伝える
フッ素製品の選択が条件です。
参考情報:チタンのフッ素腐食に関する基礎研究については、以下の論文が詳しく解説しています。
インプラント体の材料に関する議論は「何が優れているか」に集中しがちです。しかし臨床の現場では、「なぜその材料を選ぶか」という選択フローこそが成否を分けます。材料より選択フローが原則です。
材料選択で失敗するケースの多くは、次の3つのポイントを見落としていることにあります。
①患者の口腔内環境と全身状態の確認が不足している
チタンアレルギーの発症率は非常に低いですが、パッチテストや問診で事前確認することが患者と術者双方のリスクを下げます。特に他の金属アレルギーを持つ患者や自己免疫疾患のある患者では、オッセオインテグレーション不全の可能性も念頭に置く必要があります。
②骨量・骨質の評価と表面処理の連動が甘い
骨密度が低いD3〜D4骨質の部位に対して、単に「信頼しているメーカー」の標準インプラントを選ぶだけでは不十分です。骨量が少ない場合はHAコーティングや親水性SLAなど、骨伝導・骨誘導を高める表面処理を持つインプラント体を積極的に選択することが結合率の改善につながります。
③患者の生活習慣・ケア習慣を材料選択に反映していない
例えば、喫煙習慣がある患者は骨結合が遅延するリスクがあります。また、酸性飲料の多飲習慣がある患者には、フッ素含有製品の使用指導が特に重要になります。インプラント体の材料が何であれ、患者の生活環境がオッセオインテグレーションの質を決定づける場面は少なくありません。
これは使えそうです。つまり、インプラント体の材料の知識は「知っているだけ」では不十分で、患者ごとの条件に応じて体系的に活用する「運用知識」として持つことが、臨床アウトカムの質を上げる鍵です。
歯科医従事者として材料選択の判断フローを持つことで、インプラント周囲炎リスクの低減・再治療コストの削減・患者満足度の向上という三つのメリットを同時に得やすくなります。インプラント体の材料学は、暗記の対象ではなく、日々の臨床に直結する実践知識として位置づけることが大切です。
参考情報:インプラント体の材料と骨質評価に関する総括的な情報は、日本口腔インプラント学会の資料が参考になります。