間接訓練を「食べられない患者への準備運動」と思っているなら、訓練の効果を半分以下にしている可能性があります。
間接訓練とは、食物や液体を一切使わずに嚥下関連筋の機能を改善する訓練法の総称です。対になる概念は「直接訓練」で、こちらは実際に食物を口に入れて行います。なぜ食物なしで訓練するのか。それは、誤嚥リスクが高い段階でも安全に介入できるからです。
嚥下のプロセスは大きく「口腔期・咽頭期・食道期」の3段階に分かれますが、舌はそのうち口腔期と咽頭期の両方に深く関与しています。食塊形成・移送・咽頭への送り込みのすべてに舌が関わるため、舌機能の低下は即座に誤嚥や窒息リスクの上昇につながります。
間接訓練の主な目的は以下の3点です。
つまり、間接訓練は「直接訓練を安全に始めるための準備」だけでなく、それ自体が独立した治療介入です。この視点が基本です。
歯科医や歯科衛生士が摂食嚥下リハビリに参加する場面では、医科リハと連携しながら口腔機能に特化したアプローチを担当することが多くなっています。口腔内の細かな解剖を把握しているという強みを、間接訓練に最大限に活かせる立場といえます。
間接訓練には多くの手技が存在しますが、歯科臨床でよく用いられる代表的なものを整理します。実施する前に、それぞれの目的と対象筋を明確にしておくことが重要です。
① 舌抵抗訓練(Tongue Resistance Exercise)
舌圧子やスプーンを舌に当て、患者が舌で押し返す動作を繰り返す訓練です。舌の筋力(特に舌骨上筋群)を強化します。1セット10回×3セットが標準的な実施例ですが、患者の疲労度に応じて調整します。
舌圧計(例:JMS舌圧測定器)を用いると訓練前後の舌圧値を数値で記録でき、効果の可視化と患者のモチベーション維持に有効です。正常成人の舌圧は概ね30kPa前後とされており、20kPa未満では摂食嚥下障害のリスクが高まるとされています。
② Masako法(Masako Maneuver)
舌を軽く前歯で噛んだ状態で空嚥下を行う手技です。舌根部の後方運動を制限することで、代償的に咽頭後壁の前方運動が増強されます。咽頭収縮力の低下した患者に有効とされており、Fujiu & Logemann(1996年)が報告した手法です。
ただし、頸椎疾患のある患者や舌の可動域制限がある患者には慎重な適応判断が必要です。これは禁忌に準じる注意事項です。
③ アイスマッサージ(Thermal-Tactile Stimulation)
冷たいアイス綿棒で前口蓋弓を刺激し、嚥下反射の誘発を促す方法です。嚥下反射の遅延や減弱がある患者、特に脳卒中後の患者に広く用いられます。1セット5〜10回の刺激を食事前に行うことで、その後の嚥下反射の反応性が高まるという報告があります。
感覚刺激が主目的であるため、痛みや不快感がないことを必ず確認しながら進めます。これは必須です。
④ 口唇・頬筋訓練
舌だけでなく口唇・頬のトーヌスが食塊保持に直接影響するため、口唇閉鎖力や頬筋の収縮力を高める訓練も間接訓練の一環として位置づけられます。
「パタカラ」は評価と訓練が同時にできます。これは使えそうです。
どんな患者に間接訓練を行うべきか、そしてどんな状態では行うべきでないか。この判断を誤ると、訓練が患者を傷つけるリスクになります。
間接訓練の適応となるのは主に以下のような状態です。
一方、禁忌または慎重適応となるケースも明確に把握しておく必要があります。
禁忌の確認が条件です。
実際の臨床では、スクリーニングとして反復唾液嚥下テスト(RSST)や改訂水飲みテスト(MWST)、さらには舌圧測定を組み合わせることで、訓練の開始可否と優先すべき訓練内容を判断します。RSSTexecuting30秒間に3回未満の嚥下しか確認できない場合は、間接訓練から介入を始めることが推奨されています。
参考:日本摂食嚥下リハビリテーション学会が公開している評価・訓練ガイドラインは、臨床判断の根拠として活用できます。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会 摂食嚥下リハビリテーションの実践ガイドライン
「訓練しています」だけでは不十分です。効果を客観的に数値で示すことが、チーム医療での説得力と患者への説明責任につながります。
歯科臨床で使いやすい主要な評価指標を整理します。
これらを初回評価時と1か月後・3か月後に繰り返し測定することで、訓練の有効性を定量的に追跡できます。記録が根拠になります。
特に舌圧測定は、近年の研究で摂食嚥下機能との相関が強いことが示されており、日本老年歯科医学会の診療ガイドライン改訂でも重視されるようになっています。舌圧測定器は比較的安価(数万円台)で導入できるため、一般歯科クリニックでも実装しやすい評価ツールです。
オーラルディアドコキネシスは機器が不要で、ストップウォッチと記録用紙があれば実施できます。コストゼロで始められる評価法として有用です。
病院内のリハビリと違い、訪問歯科の現場では器具も時間も限られています。しかし在宅患者こそ、継続的な間接訓練の介入が最も効果を発揮するフィールドとも言えます。
訪問歯科における間接訓練の実態として、ST(言語聴覚士)が介入していない在宅患者の割合は非常に高く、地方部では嚥下専門職が月1回も関与できないケースが珍しくありません。このような状況では、月に複数回訪問できる歯科衛生士が実質的な嚥下訓練の担い手になっています。
在宅・訪問環境での実践ポイントは以下の通りです。
継続が結果を作ります。
自主訓練の定着率を上げるには、患者・家族が「なぜこの動作をするのか」を理解していることが重要です。「舌を前に出すのは、食べ物を喉に送る力を作るため」という平易な言葉での説明が、訓練の継続率を高めます。歯科衛生士が患者教育の窓口として機能することで、誤嚥性肺炎による再入院のリスク低減に直接貢献できます。
誤嚥性肺炎の医療費は1入院あたり平均50万円を超えるというデータもあり、予防的介入としての間接訓練の経済的意義は非常に大きいといえます。
在宅訪問での嚥下評価・訓練プロトコルの参考として、厚生労働省の「口腔機能低下症に関する情報」も実践の根拠として活用できます。