複数回嚥下を「高齢者の老化現象」と片付けると、回復可能な患者を見逃します。
通常、健常な成人が食物や液体を飲み込む際は、1回の嚥下動作で咽頭から食道へと食塊が送り込まれます。これを「1回嚥下」と呼び、嚥下機能が正常に保たれている状態のベースラインです。
一方、複数回嚥下(ふくすうかいえんげ)とは、1つの食塊を飲み込むために嚥下反射を2回以上繰り返す状態を指します。つまり1回では喉を通りきらず、再度飲み込み動作が起きます。
これは単なる「癖」ではありません。健常な若年者でも粘性の高い食品(餅やカステラなど)を摂取する際に起こりますが、問題となるのは通常なら1回で飲み込める食形態でも複数回必要になるケースです。臨床的に問題視されるのは、このパターンが常態化している場合です。
複数回嚥下は、反復唾液嚥下テスト(RSST)でも観察されることがあります。30秒間に嚥下を繰り返させるRSSTで、1回ごとの嚥下動作に時間がかかったり、空嚥下が困難になっている場合は、嚥下機能低下のサインとして捉えるべきです。
口腔機能低下症の診断基準(日本歯科医学会 2018年)においても、「嚥下機能の低下」は7つの評価項目の1つとして明確に位置づけられています。複数回嚥下はその初期サインである可能性が高く、早期発見が重要です。
複数回嚥下の原因は多岐にわたります。大きく「口腔・咽頭の器質的・機能的問題」と「全身疾患・神経筋疾患」に分類できます。
歯科臨床で特に注目すべきは、口腔機能の低下が直接の引き金になるケースです。舌の筋力(舌圧)が低下すると、食塊を形成して咽頭へ送り込む「口腔送り込み相」が障害されます。健常成人の舌圧の基準値は30kPa以上とされていますが、舌圧が20kPa以下になると食塊の咽頭への送り込みが不完全になり、複数回嚥下が出現しやすくなります。
口腔乾燥(ドライマウス)も見過ごせない原因の一つです。唾液には食塊をまとめる「潤滑剤」としての役割があり、唾液分泌量が1日1.0mL/分未満(安静時唾液で0.1mL/分未満)に低下すると、食塊の形成が困難になり嚥下回数が増加します。
義歯の不適合や咬合高径の低下も重要な原因です。義歯が合っていないと咀嚼効率が著しく落ち、食塊が十分に細かくならないまま嚥下しようとするため、複数回嚥下が誘発されます。これは見逃されがちな歯科由来の原因です。
神経筋疾患の側面では、パーキンソン病・脳卒中後遺症・筋萎縮性側索硬化症(ALS)などが嚥下関連筋の協調運動を障害し、複数回嚥下を引き起こします。また、加齢に伴うサルコペニア(骨格筋量・機能の低下)が嚥下筋にも波及するオーラルフレイルとの関連も、近年の研究で注目されています。
つまり原因は一つではありません。歯科由来・全身由来の両面から評価するアプローチが基本です。
| 分類 | 主な原因 | 歯科での対応可否 |
|---|---|---|
| 口腔機能低下 | 舌圧低下・口腔乾燥・咀嚼力低下 | ◎ 直接対応可能 |
| 補綴・咬合問題 | 義歯不適合・咬合高径の低下 | ◎ 直接対応可能 |
| 加齢・フレイル | 嚥下筋のサルコペニア・オーラルフレイル | ○ 口腔機能訓練で補助 |
| 神経筋疾患 | パーキンソン病・脳卒中後遺症・ALS | △ 医科連携が必要 |
| 薬剤性 | 抗コリン薬・利尿薬による口腔乾燥 | △ 情報共有・対症ケア |
嚥下障害のスクリーニングは、高度な機器がなくても歯科外来で実施できます。重要なのは、ルーティンの問診・視診に嚥下関連の視点を組み込むことです。
まず問診では「食事中にむせることがありますか」「食べ物が喉に残る感じがしますか」「飲み込みに時間がかかるようになりましたか」などを確認します。これらの訴えが1項目でも「はい」なら、スクリーニング検査に進む判断基準となります。
視診では、舌の萎縮・表面の亀裂・口腔粘膜の乾燥度・残存歯数と咬合状態を確認します。特に舌の萎縮がある場合は、舌圧低下が疑われ複数回嚥下のリスクが高まります。
スクリーニングの代表的な方法として以下があります。
これらのツールは特別な機器がなくても実施できます。スクリーニングが習慣になると、複数回嚥下を早期に発見できます。
口腔機能低下症の管理料(B000-4の2など)の算定を行っている医院では、嚥下機能スクリーニングはすでに診療フローに組み込まれているはずです。まだ算定していない場合は、この機会に体制整備を検討する価値があります。
複数回嚥下は「飲み込みづらい」という機能上の問題にとどまらず、誤嚥性肺炎の発症リスクと直結しています。この点を理解しておくことは、歯科従事者が多職種連携を主導するうえで不可欠です。
複数回嚥下が起きているということは、1回の嚥下で気道が十分に保護されていない可能性があります。嚥下の際、声門が閉鎖して気道を守るタイミングと、食塊が通過するタイミングのズレが生じると、食塊や咽頭残留物が気管へ流入します。これが誤嚥です。
誤嚥性肺炎は、日本における死因の第6位(2022年 厚生労働省人口動態統計)に位置し、高齢者においては特に深刻な合併症です。75歳以上の肺炎の約70〜80%が誤嚥性肺炎と推計されており、その多くは口腔内細菌が肺に到達することで発症します。
これは重大な数字ですね。
口腔ケアの質が誤嚥性肺炎のリスクを下げるというエビデンスも蓄積されています。米山武義氏らの研究(1999年)では、特別養護老人ホームの入居者に対して口腔ケアを実施したグループは、非実施グループと比べて肺炎発症率が約40%低下したという結果が示されています。
複数回嚥下を早期に発見し、口腔機能管理・口腔ケアを適切に行うことは、誤嚥性肺炎の1次予防につながります。歯科が担う役割の大きさがここにあります。
厚生労働省:令和4年人口動態統計(確定数)死因順位・誤嚥性肺炎の統計データ
複数回嚥下の原因が口腔機能や補綴に起因している場合、歯科からの直接的なアプローチが有効です。介入の方向性は「原因別の対処」が基本です。
義歯調整・補綴治療
義歯の不適合は、咀嚼機能の低下を通じて複数回嚥下を引き起こします。義歯の咬合高径・維持力・安定性を再評価し、必要であれば義歯新製または裏装(リライン)を行います。咬合高径が適切に回復すると、舌の位置関係が改善され、口腔送り込み相がスムーズになる例が報告されています。
義歯調整は見落とされやすいアプローチです。
口腔機能訓練(嚥下訓練)
舌圧が低下している患者には、舌抵抗運動(舌を口蓋に押し付けてスティックで抵抗を加える)や、パタカラ発声訓練が有効です。パタカラ訓練では、「パ」が口唇閉鎖、「タ」が舌前方、「カ」が舌後方、「ラ」が舌尖の動きを鍛え、嚥下関連筋全体のコーディネーションを高めます。
1日30回×3セットを目安にした舌抵抗訓練を12週間実施したグループで、舌圧が平均7kPa以上改善したという報告もあります(Robbins et al., 2007)。訓練の効果は出ます。
口腔乾燥への対応
薬剤性口腔乾燥の場合は、処方医と情報共有のうえ対症療法を行います。人工唾液(サリベート®など)や保湿ジェルの使用、十分な水分摂取の指導、唾液腺マッサージなどが選択肢になります。嚥下の潤滑剤としての唾液を補うことで、複数回嚥下の頻度を軽減できる場合があります。
多職種連携の重要性
神経疾患や全身疾患が背景にある場合は、言語聴覚士(ST)・管理栄養士・内科・神経内科への紹介が必要です。特にSTとの連携では、嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)の結果をもとに、より精密な機能評価と訓練計画が立てられます。
歯科が「嚥下障害の入口」として機能するためには、他職種への紹介ルートをあらかじめ構築しておくことが条件です。
日本歯科医師会:口腔機能低下症に関する情報・診断基準・管理に関する公式ページ
複数回嚥下の原因として「加齢」や「神経疾患」はよく挙げられますが、薬剤性口腔乾燥と咬合崩壊の組み合わせが複数回嚥下を加速させているケースは、臨床の現場でも見落とされがちです。
高齢患者の多くは複数の薬剤を服用しています。厚生労働省の調査によると、75歳以上の約4割が5種類以上の薬剤を服用しており(いわゆるポリファーマシー)、その中には抗コリン作用を持つ薬剤(抗ヒスタミン薬・三環系抗うつ薬・過活動膀胱治療薬など)が含まれることが多くあります。これらは唾液分泌を抑制します。
唾液が減ります。これが問題の起点です。
唾液が減少すると、食塊の形成が困難になるだけでなく、粘膜が乾燥して嚥下時の摩擦が増大します。それに加えて、咬合高径の低下(多数歯欠損・義歯の経年劣化)が重なると、食塊の咀嚼が不十分なまま嚥下を試みることになり、複数回嚥下が慢性的に発生します。
この「薬剤性乾燥×咬合崩壊」という組み合わせは、どちらか一方だけ対処しても改善が限定的になりやすい点が特徴です。例えば義歯を調整しても唾液が少なければ義歯床下の潤滑が不足し、食塊形成への影響が残ります。逆に保湿ケアだけ行っても咬合が崩壊していれば咀嚼効率が上がりません。
対応の順序としては、まず薬剤リストを確認して口腔乾燥に関与する薬剤を特定し(かかりつけ医・薬剤師と連携)、次に義歯・咬合の状態を評価する流れが実践的です。患者の薬剤情報はお薬手帳で確認できるため、初診時からの情報収集を習慣にすることが重要です。
この視点を持つことで、通常の嚥下指導だけでは改善しない患者の「なぜ改善しないのか」に気づけるようになります。これは使える視点です。
国立長寿医療研究センター:高齢者のポリファーマシーと薬剤性口腔乾燥に関する資料