根面う蝕の特徴と環状進行・進行抑制の基礎知識

根面う蝕はなぜ環状に広がり、歯頸部を一周してしまうのか?その特徴や活動性・非活動性の判定法、フッ化物を活用した非切削マネジメントまで、歯科従事者が押さえておくべき知識を詳解。あなたは正しく診断・対応できていますか?

根面う蝕の特徴・環状進行・診断と進行抑制

根面う蝕が「環状」に進行すると、歯冠が健全なまま根元だけポキッと折れることがある。


根面う蝕の特徴と環状進行:3つのポイント
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セメント質の臨界pHはpH6.4

エナメル質(pH5.5)より高いpHで脱灰が始まるため、食事のたびに根面が酸にさらされやすく、歯冠部より虫歯になりやすい。

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環状進行による破折リスク

歯頸部全周に脱灰が広がると歯根が著しく脆弱化し、咀嚼や歯ぎしりなど日常の外力で突然破折する危険性が高まる。

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活動性・非活動性の正確な判定が鍵

触診で「soft(軟)→活動性」「leathery(なめし革様)→移行期」「hard(硬)→非活動性」と判定し、削らない非切削マネジメントの方針を決める。


根面う蝕とは:歯冠う蝕との決定的な違い


根面う蝕とは、歯肉退縮によって口腔内に露出した歯根面(セメント質・象牙質)に生じるう蝕のことです。歯冠部を覆うエナメル質は重量比で95〜97%が無機質(ハイドロキシアパタイト)であるのに対し、セメント質は無機質45〜55%・有機質45〜55%と半々の構成になっています。


この差が根面う蝕を特別なものにしています。エナメル質が溶け出す臨界pHはおよそ5.5ですが、セメント質・象牙質では約pH6.4。つまり、ほんのわずかに酸性に傾いただけで脱灰が始まります。炭酸飲料(pH約2〜3)でなくても、飲食後すぐにプラーク下pHがその値を超えることは珍しくありません。


根面う蝕の進行は、単純な無機質の酸脱灰に加え、コラーゲンなどの有機成分のタンパク分解も同時に起こります。そのため治癒機転も複雑で、歯冠う蝕と同じ基準でリスクを判断すると見誤ることがあります。


根面はエナメル質よりはるかに脆弱です。


J-STAGEに掲載された福島正義らの論文(日歯保存誌62(2):92〜98,2019)では「歯冠う蝕のリスク診断で低リスクと判定された患者でも根面う蝕には罹患しうる」と明記されています。歯冠部の過去のう蝕歴だけで患者のう蝕リスクを評価していると、根面への見逃しにつながる可能性があります。つまり歯冠う蝕と根面う蝕は別物と考えることが原則です。


根面う蝕は古来より存在しており、縄文時代・古墳時代の日本人の歯にも確認されている「古代型う蝕」です。歯冠う蝕が現代特有の食生活と結びついた「現代型う蝕」だとすれば、根面う蝕はある意味で普遍的・本来的なう蝕の姿であり、歯科医療従事者が改めて向き合うべき疾患です。


根面う蝕の疫学的データとして、有病率は全体の約49.3%に上り、年齢とともに増加して70歳代で約65%、80歳代では約70%に達することが報告されています(すぎもと歯科院内データ)。また、日本歯科保存学会の資料では、30歳代〜80歳代の年齢調整有病率は41.8%、60歳以上に限定すると59.9%という数字も示されています(小峰ら,根面う蝕重症度と歯周病重症度の関連性調査研究)。50代では約2人に1人に根面う蝕があると言われており、けっして高齢者だけの問題ではありません。


以下の参考リンクでは、根面う蝕の疫学的背景と歯冠う蝕との病態比較が詳しく解説されています。


根面う蝕の環状進行メカニズムと破折リスク

根面う蝕の最大の特徴の一つが「環状進行(環状う蝕)」です。歯頸部(歯冠と歯根の境目付近)はプラークが停滞しやすい解剖学的構造になっています。そのため脱灰が側方(水平方向)に広がり、歯頸部を取り巻くようにぐるりと一周するかたちで軟化が生じます。


イメージとしては、木の幹を丸ごとカミキリムシが食べ進めていくような状態です。表面から見ると「根元がちょっと黒い」程度に見えても、内部では歯頸部全周にわたって軟化が起きていることがあります。


この状態になると歯頸部が著しく脆弱化します。


その結果、咀嚼・嚥下・歯ぎしりなど日常的な外力によって、歯冠部がまるごと根から折れてしまうことがあります。外見上は歯冠が健全に見えていても、根元が環状に侵されていれば「ある日突然折れる」という事態が起こりえます。歯肉縁下に根面う蝕が及んでいたり、歯を取り囲むように進行していたりすると、う蝕の辺縁や深度が視診・触診だけでは非常に把握しづらくなります。


日本歯科保存学会のガイドライン(2022年)でも「根面う蝕は歯肉縁下や歯を取り囲むように進行し、修復操作が難しいだけでなく、不用意に切削すると歯質を過剰に切削することになりかえって歯の破折リスクを高める」と指摘されています。環状う蝕への対応は、削ることが必ずしも正解ではないということです。


また、環状う蝕に至った歯を誤嚥する危険性も見逃せません。特に要介護・高齢患者では、嚙み合わせの外力で脆弱化した歯が破折し、その欠片を気づかないまま飲み込んでしまうリスクがあります。環状に進行した根面う蝕を早期に発見することが、抜歯・誤嚥リスクの回避に直結します。これは使えそうです。


以下の参考リンクには、環状う蝕を含む根面う蝕の臨床的特徴と修復の困難さが具体的に記述されています。


根面う蝕の活動性・非活動性の判定法

根面う蝕の臨床管理において、「削るかどうか」を決める前に必ず行わなければならないのが、活動性・非活動性の判定です。根面う蝕はエックス線検査が有効なのは隣接面のみで、それ以外の多くの病変は視診と触診によって診断します。


判定の指標は大きく3つ、すなわち「色調」「表面性状(つやあり・なし)」「硬さ」です。


色調については、活動性病変は淡黄色〜淡褐色、非活動性病変は暗褐色〜黒色を示すことが多いとされています。黒い病変が必ずしも活動性とは限らず、むしろ黒く硬化している場合は非活動性であることが多い点は注意が必要です。意外ですね。


硬さの判定は触診で行い、国際的に3段階に分類されています。
























硬さ(英語) 活動性の判定 臨床的特徴
Soft(軟らかい) ✅ 活動性 プローブが容易に刺さり粘つく感触。プラークが付着していることが多い。
Leathery(なめし革様) ⚠️ 活動性または非活動性 中程度の圧で挿入でき、引き抜くときに抵抗感がある移行期の状態。
Hard(硬い) 🔵 非活動性 周囲の健全歯質と同程度の硬さ。病変の進行は停止していると判断。


ここで一点、臨床上の落とし穴があります。先端の鋭利な探針でプロービングすると、初期の活動性根面う蝕でも表層が破壊され、そこから細菌感染が深部に広がるリスクがあります。そのためガイドライン(2022年)でも、根面の触診にはCPIプローブ(先端径0.5mm)の使用が推奨されています。


鋭利な探針の安易な使用はダメです。


触診の際は、日本歯科保存学会の「根面う蝕の診療ガイドライン(2022年版)」が示す基準に沿って、CPI プローブまたは歯周プローブで「実質欠損の深さ」「プロービング時の感触」を評価し、活動性・非活動性の区分を明確にしたうえで、非切削(フッ化物応用)か修復かを判断することが推奨されています。


以下の参考リンクには、根面う蝕の診断基準と活動性判定の詳細が記載されています。


初期根面う蝕の管理に関する基本的な考え方(日本歯科医師会)


根面う蝕のリスク因子と高齢者特有の注意点

根面う蝕の発生には、「歯質・細菌・食事・歯肉退縮」の4要素が必要です。歯根面が露出しない限り根面う蝕は起こらないため、若年者や20歳未満にはほぼみられない成人特有のう蝕です。


歯肉退縮の原因としては、歯周病・加齢・不適切なブラッシング圧が代表的です。近年は電動歯ブラシの誤った使用による医原性退縮も問題になっており、指導時には実際の使用状況を目で確認することが求められます。


リスク評価で見落としやすいのが、唾液分泌量の低下です。


健常者の安静時唾液流量は0.5〜0.7ml/分とされますが、加齢や服薬(抗コリン薬・降圧薬・向精神薬など)の影響で0.1ml/分以下になることがあります。唾液には、再石灰化促進・緩衝・抗菌の3つの防御機能があるため、その低下は根面う蝕リスクを飛躍的に高めます。複数の薬剤を服用している患者(ポリファーマシー状態)では、薬剤性口腔乾燥症のリスクを把握したうえでリスク管理を行うことが重要です。


下記は根面う蝕ハイリスク患者の代表的なチェックポイントです。



  • 🦷 過去1年間に2か所以上の新たなう蝕が発生している

  • 🦷 根面う蝕の既往歴がある(再発率が高い)

  • 🦷 多数歯にわたる歯根面の露出がある

  • 💊 口腔乾燥を引き起こす薬剤を服用中(3剤以上の服薬)

  • 🏥 要介護状態・認知機能の低下があり、セルフケアが困難

  • 🔬 フッ化物の使用が不十分である(1,000ppm未満の歯磨剤使用)


高齢患者特有の注意点として、歯髄腔の生理的狭窄があります。加齢に伴い象牙質が緩やかに沈積するため、う蝕が歯髄腔に接近していても痛みを感じない「不顕性経過」をとることが多くなります。根面う蝕では元々歯髄から根面までの距離が短いにもかかわらず、この疼痛閾値の上昇によって患者本人が気づかないまま重症化しやすい状態が作られます。


痛みがないのに重症という逆説が基本です。


また、認知症患者では口腔清掃への関心が低下し、プロフェッショナルケアも開口拒否により困難になることがあります。そのような患者に多発性根面う蝕が生じると、次々と残根化して短期間のうちに咬合崩壊に至ることもあります。在宅・施設ケアに携わるチームとの連携が、根面う蝕管理において欠かせない視点です。


環状う蝕を含む根面う蝕への非切削マネジメント

根面う蝕の治療において、現代の標準的な考え方はMID(Minimal Intervention Dentistry:最小限の侵襲による歯科治療)の理念に基づいています。特に初期・浅い活動性根面う蝕では、まず非切削でのマネジメント(再石灰化療法)が推奨されます。


日本歯科保存学会「根面う蝕の診療ガイドライン(2022年)」では、フッ化物配合歯磨剤とフッ化物配合洗口剤の併用が「強く推奨(推奨する)」とされています。具体的には1,100ppmF以上の歯磨剤を基本とし、ハイリスク患者には5,000ppmFの高濃度フッ化物歯磨剤の使用が提案されています(セルフケアできる患者の場合)。


欠損の深さが0.5mm(CPIプローブ先端径)未満であれば、フッ化物による再石灰化が期待できる段階です。この段階を見逃さずに介入することが、環状進行を防ぐ最大の鍵になります。


環状う蝕にまで進行してしまった場合の修復は、歯科臨床の中でも技術的難易度がとりわけ高い処置です。歯頸部全周に及ぶ環状う蝕の直接修復は、視野の確保・防湿・辺縁適合のすべてが困難になり、過剰切削・辺縁漏洩・二次う蝕のリスクが重なります。修復技法も未だ確立されておらず、術者の技術依存度が高い状態が続いています。


修復が困難な場合の選択肢として有力なのが、38%フッ化ジアンミン銀(商品名:サホライド)の応用です。



  • 💧 作用機序:銀イオンが有機質タンパクと結合(タンパク銀形成)→抗菌・プラーク抑制効果。フッ化物イオンが無機質に作用→リン酸銀・フッ化カルシウム生成→軟化象牙質の再石灰化・象牙細管封鎖。

  • 📋 術式:乾燥した歯面に薬液を染み込ませた小綿球またはミニブラシで3〜4分塗布し水洗。これを2〜7日間隔で3回繰り返す。以後3〜6カ月ごとに経過観察。

  • ⚠️ デメリット:塗布したう蝕部位が黒変する(ステイン)。事前に患者・家族への説明と同意が必須。


ランダム化比較試験(Zhang ら,2013)では、38%フッ化ジアンミン銀を塗布することで根面う蝕の発症が有意に抑制され、進行停止効果が確認されました。ガイドラインでも同薬の使用は「活動性根面う蝕の進行抑制に推奨(推奨する)」と位置づけられています。


黒染を「欠点」と捉える視点は見直す必要があります。病変部位が黒く浮かび上がることで、患者本人・家族・介護職員がう蝕の位置を視覚的に認識でき、清掃の重点部位を共有しやすくなるという「Early detection のツール」としての側面が注目されています。これを「Black on white効果」と呼びます。


以下の参考リンクには、非切削マネジメントの最新エビデンスと具体的な推奨が掲載されています。


根面う蝕の診療ガイドライン-非切削でのマネジメント(日本歯科保存学会,2022年)


歯科衛生士が担う根面う蝕の予防的介入と独自視点:SPT期のモニタリング設計

根面う蝕の予防において、歯科衛生士の役割は単なるブラッシング指導にとどまりません。特に見落とされがちなのが、SPT(支持療法)期における「根面の定期的モニタリング設計」です。歯周治療が終了し、いわゆる「安定期」に入った患者こそ根面う蝕ハイリスク状態になっていることを認識しなければなりません。歯周治療によって歯肉退縮が固定化し、露出した根面に一定のプラークが停滞し続ける状態が生まれるからです。


SPT移行後こそ根面う蝕への警戒が必要です。


具体的な介入として押さえておきたいのが以下の3点です。



  • 📌 根面の定期モニタリング(3〜4か月ごと):CPIプローブによる触診で硬さの変化を記録し、soft→leathery→hardへの推移を経時的に追う。変色・実質欠損の深さも記録に残す。

  • 📌 フッ化物の局所塗布とセルフケア指導:フッ化物局所塗布(フッ化ナトリウム0.05%洗口液の毎日使用、または高濃度NaFバーニッシュの3〜6か月ごとの塗布)と、1,450ppmF以上配合歯磨剤の使用を積極的に指導する。フッ化第一スズ(SnF₂)配合製品は歯周ポケット内への抗菌効果も期待でき、根面う蝕と歯周病の二重リスクを抱える患者に特に有用です。

  • 📌 隣接面根面の専用ケア指導:根面う蝕は隣接面歯頸部からの発生頻度がとりわけ高い。歯間ブラシのサイズ選定と挿入角度の確認を、鏡を使って患者と一緒に行うことが効果的。サイズが小さいと根面にブラシが届かず清掃不足になりやすく、逆に大きすぎると歯肉退縮を助長します。


また、電動歯ブラシを使用している患者には実際の使用シーンを確認することが求められます。近年では電動歯ブラシの不適切な押しつけによる歯頸部の機械的摩耗(NCCL:非う蝕性歯頸部欠損)が根面う蝕の温床になっているケースが増えています。NCCLはくさび状欠損を形成し、プラーク停滞のポケットになるため、う蝕が生じると進行が速くなります。


プロフェッショナルケアの手技として注意したいのが、超音波スケーラーと研磨剤の選択です。露出した根面は象牙質が軟化している場合があり、超音波スケーラーの積極的な根面への直接適用は控え、水噴射による洗浄を主体とすることが望ましいとされています。また、粗い研磨剤を使ったポリッシングは根面を傷つけ、プラーク再付着を促進する可能性があるため、低研磨性のペーストを選択することが基本です。


根面う蝕の予防は1回の指導で終わらない継続的なプロセスです。患者が無理なく続けられるセルフケアの設計と、定期的なモニタリングを通じた早期介入の組み合わせが、環状進行を未然に防ぐ実践的な戦略になります。


以下の参考リンクでは、歯科衛生士向けのう蝕予防管理テキストブックに根面う蝕の評価・管理の詳細が記載されています。


歯科衛生士のう蝕予防管理テキストブック(日本う蝕学会認定歯科衛生士テキスト)




根面う蝕の診療ガイドライン: 非切削でのマネジメント