「磨けていないところを正直に伝えれば伝えるほど、患者さんのやる気が下がります。」
TBI(Tooth Brushing Instruction)とは、歯科医師や歯科衛生士が患者一人ひとりの口腔内状態に合わせて、正しい歯磨き方法を指導する専門的なプロセスです。その目的は、虫歯・歯周病の予防と、患者自身が長期的にセルフケアを継続できるようにすることにあります。
多くの歯科衛生士が「苦手意識」を持つのが、初診時のTBIです。患者さんの磨き残しを染め出しで確認した後、つい「ここが磨けていませんね」と直接指摘してしまうケースは少なくありません。しかし、これが逆効果になることが現場でも多く報告されています。
まず褒めることが基本です。
どんなにブラッシングが苦手な患者さんでも、必ず磨けている部分はあります。その部分を最初に言葉で伝えることが、信頼関係の土台になります。以下のような例文が初診時に有効です。
つまり、できていないことを指摘するのではなく「もっとよくなる伝え方」を選ぶのが原則です。
また、初診時に一度に多くの情報を伝えすぎることも避けるべきです。人が一度の会話で記憶・実践できる新しい行動には限界があり、「今日はこの1点だけ覚えて帰ってください」と絞ることが、次回のリコール時の改善率を高める鍵になります。これは意外ですね。
歯科衛生士の業務記録の指針(日本歯科衛生士会、2024年)では、TBI実施時にPCR値(プラーク付着率)を記録することが推奨されています。初診時のPCR値と次回来院時のPCR値を比較することで、指導の効果を数値で評価でき、患者さんへのフィードバックにも活用できます。
日本歯科衛生士会「歯科衛生士の業務記録に関する指針」(2024年)- TBI実施時のPCR記録方法と記載例が確認できます
ブラッシング指導の核心は、患者さんの口腔内の状態に合ったブラッシング法を伝えることです。臨床でよく使われるのが「バス法」と「スクラビング法」の2種類です。患者さんへわかりやすく説明するための例文を紹介します。
バス法の説明例文(歯周病・歯肉炎がある方向け)
バス法は、歯ブラシの毛先を歯と歯ぐきの境目に45度の角度で当て、歯周ポケットに毛先を軽く差し込みながら細かく振動させる磨き方です。ポケット内のプラークを取り除くのに適しています。
バス法は角度の意識が非常に重要です。大きく動かすと毛先がポケットから外れてしまい、プラーク除去の効果がほとんど得られません。これが条件です。
スクラビング法の説明例文(比較的健康な歯肉の方・子ども向け)
スクラビング法は、歯ブラシを歯面に対して垂直に当てて、横に小刻みに動かす磨き方です。動きがシンプルで習得しやすく、子どもから高齢者まで幅広く使えます。
通常の歯ブラシだけで落とせるプラークはおよそ60〜70%と言われています。フロスや歯間ブラシを併用することで、除去率は80%程度まで高まります。この数字を患者さんに伝えると、補助ツール使用のモチベーションにつながります。これは使えそうです。
患者さんが「バス法かスクラビング法かどちらが正しいですか?」と質問することがあります。回答例は「どちらも正しいのですが、○○さんの歯ぐきの状態には○○法のほうが合っています」というように、「あなたの口腔内に合った選択」として伝えると納得感が高まります。
日本歯周病学会「歯周治療のガイドライン2022」- ブラッシング指導における患者評価と適切な指導法の選択基準が記載されています
患者さんの年齢や背景によって、効果的な言葉がけは大きく変わります。ここでは現場で使いやすい例文を、年代別・症状別に整理します。
🧒 小児患者(4〜10歳)・保護者向け例文
子どもへのブラッシング指導では、保護者への声かけも同時に行うことが重要です。子ども本人には「できたことを褒める」言葉がけが定着を促します。
👨 成人患者(20〜50代)向け例文
成人患者では、生活習慣との関連や将来の健康リスクを具体的に伝えることで動機付けになります。
👴 高齢患者(65歳以上)向け例文
高齢者では加齢による歯肉退縮や認知機能の低下も考慮が必要です。指導内容はシンプルに絞り、1回ごとに1点だけ伝えることが鉄則です。
高齢患者では過度なブラッシング圧(磨きすぎ)も問題になります。歯根面への過剰なブラッシングは、根面う蝕の原因になるばかりか、露出した象牙質を傷つける可能性があります。「軽い力で当てるだけでプラークは落ちる」という事実を伝えることが予防につながります。
口頭だけのブラッシング指導には限界があります。患者さんが「自分で体験して気づく」仕組みを作ることが、長期的な定着につながります。そのための最も有効なツールが「染め出し液」を使った可視化指導です。
染め出しを使った指導の流れと例文
まず、患者さんに磨き残しを自覚させる前に、こんな問いかけから始めます。
その後、口頭だけでアドバイスします。手を添えてはいけません。「歯と歯ぐきの際にブラシを当てていただくとよりいいと思います」のように、自分で磨かせながら毛先が炎症部位に当たるよう誘導します。炎症部位にブラシが当たれば自然と出血が起きます。
これが基本です。
自分で磨いて初めて出血した体験は、患者さんの意識を大きく変えます。「歯科衛生士が磨くと出血する」という誤解を防ぎ、「自分の磨き方が足りなかった」という正しい認識につながります。
染め出し後のPCR記録と次回への引き継ぎ例文
数値を共有して「見える成果」を作ることは、患者さんの継続的なモチベーションに大きく影響します。痛いですね、と感じる点数を提示するよりも、改善した点を先に伝えてから課題に触れる構成が理想的です。
日本歯周病学会「periobook」- ブラッシングの目的とプラーク除去の根拠が詳細に解説されています
どんなに丁寧な言葉がけを準備しても、「なぜか患者さんに伝わらない」と感じることがあります。その背景には、指導の「タイミング」と「患者の心理的準備」のズレがある場合が多いです。
新人の歯科衛生士がよく陥るのは、患者さんの「聞く準備」ができていない段階で、正確な情報を正確に伝えようとするパターンです。患者さんは「治療が終わった安心感」の中にいることが多く、そのタイミングで口腔ケアの課題を告げられると、情報が記憶に残りにくくなります。
「聞く準備」を作るための入り口例文
指導に入る前に、まず患者さんの生活習慣や自覚症状を引き出す「質問ファースト」の対話が有効です。
これらの問いかけは「患者さん自身が自分の口腔内に関心を向けるスイッチ」になります。意外ですね。ベテランの歯科衛生士が初診でも患者さんの心を開くのが早い理由のひとつは、「伝える前に聴いている」からです。
指導ではなく「提案」の言葉遣い
「○○しなければなりません」「○○するべきです」という指導口調は、受け取る側に心理的なプレッシャーを与えます。同じ内容でも、言い方を変えるだけで受け取り方が大きく変わります。
| 指導口調(避けたい例) | 提案口調(使いたい例) |
|---|---|
| 「フロスを毎日使わないといけません」 | 「フロスを寝る前に1回試してみませんか?」 |
| 「この磨き方は間違っています」 | 「この磨き方に少し加えると、もっとよくなりますよ」 |
| 「歯間ブラシを使うべきです」 | 「歯間ブラシを使うと、ここの汚れが取れやすくなりますよ」 |
| 「毎食後磨いてください」 | 「特に寝る前だけでも丁寧に磨いてみてください」 |
いいことですね。小さな言葉の変化が、患者さんの行動変容の速さに直結します。
また、一度に伝える指導ポイントは最大でも「2点まで」を目安にするとよいでしょう。ベテランの歯科衛生士の多くは「今日はこの1つだけ覚えて帰ってください」という「スモールステップ方式」を意識的に使っています。これは何回かに分けて伝えることで、患者さんが「できた」体験を積み重ねられるからです。
患者さんから「どうすれば上手に磨けますか?」という積極的な質問が出始めたら、行動変容が始まっているサインです。その質問に丁寧に答えることで、さらにブラッシング技術が定着していきます。
患者さんのモチベーションが上がるまで、プレッシャーをかけずに関わり続けることが、長期的なリコール率の向上にも直結します。実際、定期健診を受ける患者の割合は令和4年歯科疾患実態調査で約58%にとどまっています。8割以上の歯科医院が「リコール率の低さ」を課題としている中で、日頃のTBIの質と関係性づくりが医院の信頼につながります。
日本歯科医師会「8020達成者率61.5%」プレスリリース(2025年)- 8020達成率・定期受診率の最新統計データが確認できます