毛先が開いた歯ブラシでスクラビングすると、プラーク除去率が約40%も低下します。
スクラビング法とは、歯ブラシの毛先を歯面に対して直角(90度)に当て、5mm程度(歯1〜2本分)の幅で小刻みに往復振動させて磨くブラッシング法です。「スクラブ(Scrub)=ゴシゴシこする」という語源のとおり、毛先を歯と歯茎の境目に垂直に押し当てて、歯間部や歯頸部のプラークをかき出すことが目的になります。
操作の習得が比較的容易で、清掃効率が高いため、子どもから高齢者まで幅広い患者層に指導できる汎用性の高いブラッシング法です。日本歯周病学会をはじめとする複数の学術機関でも、歯面清掃を主目的とした代表的な手技として紹介されています。
ただし、前提として歯ブラシ単体で除去できるプラークは口腔内全体の約58〜70%にとどまることを抑えておく必要があります。これはつまり、スクラビング法を完璧に実施したとしても、歯間部や隣接面には必ずプラークが残り続けるということです。この残り4割の磨き残しが蓄積すると、歯周病や虫歯のリスクが急上昇します。
歯ブラシ単体では限界があるということですね。
スクラビング法の手順を正確に整理すると、以下のようになります。
| 部位 | 毛先の当て方 | 動かし方 |
|---|---|---|
| 頬側(外側) | 歯面に直角(90度) | 5mm幅で小刻みに20回往復 |
| 咬合面(噛み合わせ面) | 溝に垂直に押し込む | 小刻みに20回往復 |
| 舌側(内側) | 歯面に約45度 | 小刻みに20回往復 |
| 前歯の舌側 | 歯ブラシを縦にして毛先を当てる | 1歯ずつ上下に20回振動 |
| 最後臼歯の遠心面 | 歯ブラシのつま先を遠心面に強く押し込む | 20回往復 |
舌側では45度当てが基本です。
頬側と舌側で角度が違う点は、患者指導でも見落とされやすいポイントです。特に前歯の舌側は歯ブラシを縦にする必要があり、この手技の理解が不十分なまま指導されているケースが現場では少なくありません。部位別の当て方の違いを患者に分かりやすく伝えることが、TBIの精度を高める第一歩になります。
日本歯周病学会が公開しているブラッシング指導の基準は、以下のリンクで確認できます。歯科従事者向けの正式な手技の解説が掲載されており、患者指導の根拠資料としても活用できます。
スクラビング法を含む複数のブラッシング法の手技と適応を専門的に解説したページです。
正しいブラッシング方法をご存知ですか?セルフケアの質を高める – 日本歯周病学会
スクラビング法で最大のプラーク除去効果を発揮するには、歯ブラシの形状・素材・サイズの選択が非常に重要です。結論から言うと、スクラビング法に適した歯ブラシの条件は「ストレート毛・コンパクトヘッド・普通(M)の硬さ」の3点です。
まず毛先の形状について確認します。毛束の植え方がギザギザしているタイプや、毛先の長さがランダムなもの(山切りカットなど)は、スクラビング法に向いていません。歯面に均等な圧力がかかりにくく、特定の部位に集中してブラッシング圧がかかるため、歯肉への局所的なダメージにつながります。ストレートに植えられた毛束のものを選ぶのが原則です。
ヘッドのサイズは、患者自身の歯2〜3本分が目安とされています。日本人成人の前歯1本あたりの幅は約7〜8mm程度なので、2〜3本分はおよそ14〜24mm程度のコンパクトヘッドが適切です。ヘッドが大きいと奥歯に届きにくく、操作性が下がります。一方で極端に小さいと歯面への接触面積が減り、1回のストロークで磨ける範囲が狭くなるため、清掃効率が低下します。
毛の硬さについては「普通(M)」が基本です。これが原則です。
ただし例外もあります。汚れがひどい患者には「かため(H)」で軽く磨くと短時間でプラーク除去ができます。逆に、歯肉炎が強く出血しやすい患者や、ブラッシング圧のコントロールが苦手な患者には「やわらかめ(S)」を指示するのが適切です。歯肉の炎症が落ち着いてきたら、普通の硬さに戻していきます。
以下の点を指導時に患者へ伝えるとよいでしょう。
歯ブラシの交換タイミングについても見過ごせない事実があります。毛先が開いた状態の歯ブラシは、新品に比べてプラーク除去率が約40%低下するというデータがあります。コンビニや薬局で売られている市販の歯ブラシの多くは、適正な力(100〜200g程度)で使用すれば1.5〜2か月使えますが、強い力で磨いている患者では1〜2週間で毛先が開いてしまう場合があります。毛先が開いているイコール強く磨きすぎているサインとして捉え、ブラッシング圧の確認に活用できます。
スクラビング法は「誰でも使える万能な磨き方」というイメージを持たれがちです。しかし実際には、適用を誤ると深刻な口腔内ダメージをもたらすリスクがあります。歯科従事者として、そのデメリットを正確に把握しておくことが患者管理の質を左右します。
最も代表的なリスクが「楔状欠損(NCCL:Non-Carious Cervical Lesion)」です。楔状欠損とは、歯と歯肉の境目(歯頸部)がV字状にえぐれるように削れていく症状を指します。強い横方向のブラッシング圧が歯頸部に繰り返し加わることで、エナメル質と象牙質が徐々に摩耗して起こります。初期は無症状ですが、進行すると知覚過敏が現れ、最終的に歯の強度低下・破折リスクまで高まります。治療にはコンポジットレジン充填が必要になるため、患者の経済的負担も発生します。
これは使えそうな情報ですね。
また「歯肉退縮」も重大なリスクです。特に歯周病があって歯肉が炎症状態にある患者では、スクラビング法による横向きの機械的刺激が歯肉の退縮を加速させます。歯肉退縮が起きると露出した根面にプラークが付着しやすくなり、根面う蝕(根の虫歯)のリスクも同時に高まるという悪循環に陥ります。
さらに、スクラビング法のストロークが大きすぎた場合、毛先が歯周ポケットの奥にプラークを「押し込む」方向に働く可能性があるという指摘も専門家の間ではなされています。これはバス法が歯周ポケット入り口のプラークを「かき出す」動作と根本的に異なる点です。
以下に、歯周病の進行度別の対応をまとめます。
| 口腔内の状態 | スクラビング法の適否 | 推奨対応 |
|---|---|---|
| 健康な歯肉 | ✅ 適応あり | 普通の硬さでスクラビング法を実施 |
| 軽度歯肉炎 | ⚠️ 条件付き適応 | 軟毛+弱い圧で実施。バス法との併用も検討 |
| 中度〜重度歯周炎 | ❌ 基本的に推奨しない | バス法を優先。スクラビングは歯面の軽拭き程度に限定 |
| 楔状欠損あり | ❌ リスク高 | 軟毛へ変更し、ブラッシング圧を必ず再確認 |
歯周病患者への画一的な指導は禁物です。
適切なブラッシング圧の目安は100〜200gとされており、これは鉛筆で文字を書く程度の力感に相当します。手のひらで秤に歯ブラシを押し付けたとき、数字が「100〜200」を超えないくらいの加減です。患者にこの感覚を掴んでもらうために、実際に体重計や感圧センサーを使った視覚的な確認を取り入れているクリニックも増えています。
スクラビング法で磨き残しが発生しやすい部位は、どこか特定されています。歯の裏側(特に下前歯舌側)・最後臼歯の遠心面・歯並びが乱れた部位の3カ所が特に難しいとされています。この3カ所を意識するだけで、磨き残しの質が大きく変わります。
下前歯の舌側は、歯ブラシのヘッドが大きいとそもそも毛先が届かないことが多く、コンパクトヘッドの歯ブラシを縦にして毛先を1歯ずつ押し当て、細かく上下に振動させるのが正解です。意識しないと歯ブラシが横に寝てしまい、歯の表面を滑っているだけになります。
最後臼歯の遠心面は構造上、最も磨き残しが起こりやすい部位です。口を大きく開けて、歯ブラシのつま先(ヘッドの先端部)を歯の後ろ面に強めに押し込んで20回振動させるのがポイントになります。通常のスクラビング法のストロークとは方向が異なるため、ここは別の手技として意識させる必要があります。
磨き順は必ず一定にすることが原則です。
磨き順の一例として「下の左奥歯外側→前歯外側→右奥歯外側→内側を折り返して戻る→上顎も同様→咬合面」という一筆書きのルーティンを患者に覚えさせると、磨き漏れが減ります。人間の習慣行動は順番が決まっているほど自動化しやすいため、ルーティン化は患者のモチベーション維持にも効果的です。
また、「ながら磨き」はスクラビング法の天敵です。テレビを見ながら・スマートフォンを操作しながらのブラッシングは、注意が分散して力が入りすぎる傾向があり、歯肉退縮や楔状欠損の原因になります。磨きやすい部位ばかり集中して磨き、難しい部位が後回しになるという磨き残しパターンも助長するため、TBIでは「ながら磨き厳禁」を明確に伝える必要があります。
磨き残しを視覚的に確認するには、プラーク染色液(染め出し液)を活用した「染め出し検査」が最も効果的です。患者に染め出し液を使ってもらい、鏡で自分の磨き残しの場所を目視確認させると、抽象的な指導よりも格段に行動変容につながります。これが原則です。
スクラビング法を完璧に習得しても、歯間部は構造上、歯ブラシの毛先が届きません。歯と歯の接触している部分(隣接面)に至っては、どれほど精度の高いブラッシング法も物理的に到達できないのです。この盲点を埋めるのが、歯間ブラシとデンタルフロスの役割です。
歯ブラシ単体でのプラーク除去率は約58〜70%とされており、残りの30〜40%は歯間部に集中しています。歯間ブラシやフロスを併用することで、プラーク除去率は大幅に改善します。口腔内の総プラーク量が減れば、歯周病や虫歯のリスクが下がるのはもちろん、口臭の軽減にもつながります。
歯間ブラシとフロスの使い分けについては以下が基準になります。
補助器具のサイズ選択は患者ごとに異なります。歯間ブラシは歯間スペースに対して細すぎると清掃効率が落ち、太すぎると歯肉を傷めます。SSS・SS・S・M・L・LLとサイズ展開があるため、TBIの中で患者の口腔内を実際に確認しながら適切なサイズを指定するのがベストです。
歯科衛生士が行うTBI(Tooth Brushing Instruction)の実際と、染め出しを用いた患者指導の方法について詳しく解説されているページです。
現役歯科医師に聞く!ブラッシング指導(TBI)とは? – デンタルプラザ
重要なのは「補助器具を使うべき場面を患者が自分で判断できる状態にすること」です。歯科医院での指導が終わった後も、患者がセルフケアを継続できるかどうかが予防歯科の成否を左右します。「歯ブラシで全体を磨いた後、歯間ブラシかフロスで隣接面をケアして終了する」という2ステップを習慣化させることが、TBI指導の最終ゴールです。
厚生労働省のデータによると、成人の約8割が何らかの歯周病またはその予備軍(歯肉炎)であるとされています。日本人の40代では約8割が歯周病を抱えているという統計は、スクラビング法の正確な指導がいかに重要かを物語っています。毎日磨いているのに歯周病が進行しているという患者の多くは、スクラビング法と補助器具の併用ができていないことが大きな原因です。これが条件です。
スクラビング法を正しく習得し、歯ブラシの選び方・補助器具との組み合わせ・適切なブラッシング圧を患者一人ひとりに合わせて指導することが、歯科従事者に求められる専門性の核心といえます。