知覚過敏歯の開放象牙細管数は、非知覚過敏歯の約8倍にのぼります。あなたが「軽度だから」と様子を見た歯でも、その時点ですでに正常の8倍もの刺激通路が開いているかもしれません。
象牙細管(Dentinal tubule)とは、象牙質全体に走行する極めて細い管状構造です。歯髄側から放射状にエナメル質・セメント質境界に向かって伸びており、その直径は0.8〜2.2マイクロメートルとされています。わかりやすくいえば、ヒトの髪の毛(約80μm)の40分の1ほどの細さです。
この管の中には「象牙芽細胞の突起」と「細管内組織液(象牙質液)」が充填されており、常に歯髄側から外側に向かって微量の液体が流れています。管の密度は歯髄側ほど高く、エナメル質寄りに向かうほど粗になるという特徴もあります。
象牙細管は歯の「補給路」であり、歯髄から象牙質全体に栄養を届けるために不可欠な構造です。しかしその役割ゆえに、象牙細管が外部に開口してしまうと、外界からの刺激が直接歯髄神経に届くルートになってしまいます。これが知覚過敏の根本です。
一点注意が必要なのは、象牙細管は顕微鏡なしでは確認できないほど微細だという点です。視診や単純なプロービングだけでは、象牙細管の開口状態を直接評価することはできません。つまり、「見た目は大丈夫そう」でも内部では多数の細管が開口している可能性があります。
| 部位 | 象牙細管の密度(本/mm²)の目安 |
|---|---|
| 歯髄側(内層) | 約45,000〜60,000本 |
| エナメル質側(外層) | 約15,000〜20,000本 |
| 知覚過敏歯の開放管数 | 非知覚過敏歯の約8倍 |
この数値が示すように、知覚過敏が発症した歯では通常歯とは比較にならないほど多くの管が外部に開口しています。
第1回 象牙細管(ぞうげ・さいかん)の話 | 日本歯内療法学会
象牙質知覚過敏の発痛メカニズムには複数の学説がありますが、現在最も広く支持されているのが「動水力学説(Hydrodynamic Theory)」です。1960年代にBrännströmらが提唱したこの説は、その後の多くの臨床研究によって裏付けられています。
動水力学説の概要は次のとおりです。
こうした液体移動が起こると、象牙質と歯髄の境界付近に分布するAδ神経線維の自由神経終末が物理的に興奮し、鋭い電撃様の痛みが発生します。この痛みが「短く鋭い一過性」を示す理由は、刺激が取り除かれると組織液が元の位置に戻るからです。
動水力学説が鍵ということですね。
ここで見落とされがちな点があります。動水力学説は「メインの説明」であって、唯一の説ではありません。現在の主流は「多元的発症説」であり、動水力学説に加えて①象牙芽細胞そのものが受容器として働く説、②象牙質内の神経終末が直接反応する説の3つを複合的に捉えるアプローチが推奨されています。
この多元的な発症機序を理解していることが、臨床での治療選択精度を高めます。「封鎖すれば終わり」ではなく、神経の過敏化まで視野に入れた対処が求められます。
象牙細管が口腔内に露出するためには、本来それを覆っているエナメル質・セメント質・歯肉のいずれかが失われる必要があります。臨床でよく見られる原因を整理すると、以下の5つに分類できます。
まず最も頻度が高いのが歯肉退縮です。歯周病の進行や、強すぎるブラッシング(適正値は150〜200g)による機械的刺激で歯肉が下がり、セメント質に覆われていた歯根面の象牙質が露出します。150〜200gというのは、毛先が少し当たる程度の、驚くほど軽い力です。「しっかり磨いている」患者さんの多くが、実はこの適正圧を超えています。
次に酸蝕症が問題になります。コーラ・炭酸水・柑橘系ジュース・スポーツドリンクなど、pH5.5以下の酸性飲料が歯面に繰り返し接触するとエナメル質が化学的に溶解します。意外なことに、市販の歯みがき剤の中にもpH5.5を下回る製品が存在することが報告されています。これは使えそうな情報ですね。
3つ目は咬耗・摩耗です。歯ぎしり(ブラキシズム)、食いしばり(クレンチング)、硬い食品の咀嚼などによる機械的損耗がエナメル質を削り、象牙質を露出させます。
4つ目は歯科処置後の変化です。クラウン・ブリッジの支台歯形成、ホワイトニング薬剤による刺激など、歯科的介入が一時的に知覚過敏を引き起こすことがあります。処置後しばらくは象牙細管が一時的に開口状態になりやすいことを、患者さんに事前説明するのが大切です。
5つ目として、くさび状欠損(NCCL:非う蝕性歯頸部歯質欠損)があります。歯頸部に生じる楔形の欠損は、強いブラッシングによる摩耗と酸蝕の複合によって起こりやすく、この部位では象牙細管が直接開口した状態になります。
これら複数の原因が重複して起こることが多く、臨床では「Tooth Wear(歯の損耗)」として一元的に捉える考え方が近年注目されています。
「歯がしみる」という主訴は、知覚過敏だけでなく虫歯・歯髄炎・歯根破折・根尖性歯周炎など、複数の疾患で起こり得ます。「知覚過敏だろう」と安易に処置に入ることは、診断の失敗につながります。鑑別診断が最初のステップです。
知覚過敏の典型的な症状の特徴は次のとおりです。
一方、歯髄炎では持続痛・自発痛・夜間痛が現れ、30秒以上の痛みが続くことが診断の目安になります。根管治療後の歯に「しみる」訴えがある場合も注意が必要で、神経を除去した歯が本来しみるはずはないため、根尖性歯周炎などの合併を疑うことが原則です。
鑑別に役立つ検査として、以下の順序で実施することが推奨されます。
1. 問診(痛みの性質・持続時間・誘発刺激の確認)
2. 視診(マイクロスコープによる歯頸部・咬合面の観察)
3. 探針検査(歯頸部のNCC L・楔状欠損の確認)
4. 温度刺激テスト(冷水・冷風による誘発試験)
5. 打診(根尖性病変の関与を確認)
6. デジタルレントゲン(内部構造・根尖病変の確認)
神奈川県歯科医師会の資料によれば、症状が一過性でも「重症・難治性のものもある」ため、症状の程度にかかわらず丁寧な診断フローを踏むことが大切です。
知覚過敏の治療には大きく3つのアプローチがあります。これは「どれを選んでもよい」というわけではなく、①知覚鈍麻 → ②組織液凝固 → ③象牙細管封鎖 の順序を守ることが、治療の成功率を高める上で重要です。
順序を守ることが条件です。
この順序を逆にしてしまうと、封鎖材の上に鈍麻処置をすることになり、効果が限定的になるリスクがあります。「薬が効かない」という事態を回避するためにも、順番を守った上でステップアップするのが基本的な考え方です。
ステップ1:知覚の鈍麻
硝酸カリウム(KNO₃)などの成分が配合された知覚過敏抑制材を用いて、神経線維や象牙芽細胞の感覚を鈍麻させます。患者さんへのホームケアとして、硝酸カリウム配合の知覚過敏用歯磨き粉(シュミテクトなど)を薦めることも、このステップに相当します。効果発現まで2〜4週間程度の継続使用が必要という点も、患者への事前説明が大切です。
ステップ2:組織液の凝固
グルタルアルデヒドやHEMA(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)などを含む薬剤を使用し、象牙細管内の組織液を凝固させることで液体の移動を抑制します。この凝固により動水力学的な発痛機序そのものを遮断できます。
ステップ3:象牙細管の封鎖
薬剤(硝酸銀・フッ化物など)により析出させた結晶物、またはレジン系・グラスアイオノマー系材料などで象牙細管口を物理的に閉鎖します。近年はレーザー照射(炭酸ガスレーザー・Nd:YAGレーザーなど)による封鎖も注目されており、即効性が高く、症例によっては薬剤処置では対応が難しい難治例にも有効です。
| 治療ステップ | 主な薬剤・材料 | 作用機序 |
|---|---|---|
| ①知覚鈍麻 | 硝酸カリウム | 神経の興奮伝達を抑制 |
| ②組織液凝固 | グルタルアルデヒド・HEMA | 細管内液の凝固で液体移動を遮断 |
| ③細管封鎖 | フッ化物・グラスアイオノマー・レーザー | 開口部の物理的閉鎖 |
重症例や歯肉退縮が著しい場合には、歯肉移植術(結合組織移植)による根本的な原因除去も適応となります。治療の選択肢が「封鎖材だけ」に偏っていると、難治例の解決が遠のきます。
臨床での処置が適切であっても、患者さんのセルフケア行動が改善されなければ知覚過敏は再発します。再発が多い原因の一つは、患者指導の抜け漏れです。ここでは実務に直結する指導のポイントを整理します。
ブラッシング圧の具体的な伝え方
適正なブラッシング圧は150〜200gとされています。「軽く」と言うだけでは伝わりません。患者さんへの説明には「歯ブラシの毛先を歯に当てたとき、毛先が広がらない程度」「ペンを軽く持つ感覚」という具体的なイメージを伝えることが有効です。スケールを用いたブラッシング圧の確認を行うクリニックもあります。
酸性飲食物と摂取タイミング
コーラ・スポーツドリンク・柑橘系ジュースなどはpH3〜4程度のものが多く、エナメル質の脱灰基準であるpH5.5を大きく下回ります。問題なのは「摂取した直後に歯磨きをすること」で、酸で軟化したエナメル質を磨耗させるリスクがあります。酸性飲料の摂取後は最低30分待ってからブラッシングするよう指導するのが原則です。これだけで覚えておけばOKです。
さらに、白ワインやドレッシング・ポン酢なども同様に注意が必要です。意外なことに、市販の一部歯磨き粉もpH5.5を下回る可能性があることが報告されています。使用している製品のpHを確認する習慣を、患者さんに伝える価値があります。
知覚過敏用歯磨き粉の正しい使い方
「知覚過敏用の歯磨き粉を使っているのにしみる」という訴えは少なくありません。多くの場合、使い方に問題があります。知覚過敏用歯磨き粉(シュミテクト・ポリデントなど、硝酸カリウムや乳酸アルミニウム配合)は、ブラッシング後に吐き出しをなるべく少なくして成分を歯面に残す「塗布する感覚」での使用が効果的です。効果発現には継続使用が必要であることも伝えます。
再発防止のための定期管理
唾液中のカルシウム・リンが自然に象牙細管を封鎖する「自然治癒」のメカニズムも存在しますが、口呼吸・酸性飲料の習慣的摂取・強いブラッシングなどが続くとこの自然封鎖が阻害されます。定期検診でのフォローとブラッシング再評価を通じて、再開口を予防することが長期的な症状コントロールの鍵です。
長期症例から見る知覚過敏患者さんへの対応 | サンスター歯科衛生士コラム
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