歯髄神経の線維が伝える痛みの種類と臨床への応用

歯髄神経の線維にはAδ線維とC線維の2種類があり、それぞれ異なる痛みを伝えます。その特性を正しく理解することで、診査・診断の精度はどう変わるのでしょうか?

歯髄神経の線維が伝える痛みの種類と臨床への応用

歯髄が壊死していても、EPT(電気歯髄診)で陽性反応が出て「生きている」と誤診する場合があります。


この記事の3つのポイント
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歯髄神経線維の2種類と役割

Aδ線維とC線維は伝導速度・痛みの質・分布部位がまったく異なります。この違いを把握することが、正確な歯髄診断の出発点です。

EPT(電気歯髄診)の落とし穴

電気刺激に反応するのは主にAδ線維です。C線維は低酸素状態でも機能するため、壊死歯でも反応が出ることがあります。

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神経線維と加齢・臨床応用

加齢による歯髄の石灰化や線維変性は、神経線維の機能を変化させます。高齢患者の診査では特別な配慮が必要です。


歯髄神経線維の基本構造:Aδ線維とC線維の分布と役割

歯髄に分布する神経線維は、大きく2種類に分類されます。有髄神経であるAδ線維(エーデルタ線維)と、無髄神経であるC線維です。この2種類の神経線維は、分布部位・伝導速度・痛みの性質がそれぞれ異なります。


Aδ線維は、歯髄と象牙質の境界付近(歯髄象牙境)に近い浅い部分に主に分布しています。一部の線維は象牙細管内にも侵入しており、最長で象牙細管内へ約200μmほど入り込むことが確認されています。ハガキの厚みが約0.2mm(200μm)ですから、神経線維が入り込む深さとほぼ同じです。伝導速度が速く、冷水刺激や電気刺激に対して素早く反応します。患者が「ズキンッ」「キーン」と表現する鋭い一過性の痛みを脳に伝えるのが、このAδ線維の役割です。つまり知覚過敏の鋭い痛みが基本です。


一方、C線維は歯髄の深部に神経終末を置いています。伝導速度が遅く、「じわじわ」「ズキズキ」と持続する鈍い痛みを伝えます。虫歯が歯髄に近づいたときや、急性化膿性歯髄炎で感じるような「拍動性で耐え難い痛み」は、主にC線維が関与しています。組織障害を起こす強い刺激や、内因性の発痛物質(ブラジキニン・プロスタグランジンなど)によって活発に反応するのが特徴です。


項目 Aδ線維 C線維
髄鞘(ミエリン) 有(有髄) 無(無髄)
伝導速度 速い(5〜30m/秒) 遅い(0.5〜2m/秒)
分布部位 歯髄象牙境近傍・象牙細管内 歯髄深部
痛みの性質 鋭い・一過性 鈍い・持続性
反応する刺激 冷水・電気刺激 発痛物質・強い組織障害


両線維の自由神経終末はそれぞれ「侵害受容器」として機能し、受け取った電気信号を三叉神経→脳幹三叉神経核群→視床→大脳皮質という経路で伝達します。脳が「痛い!」と認識するのは、この回路の最終地点においてです。


参考:歯髄線維(Aδ線維・C線維)の概要は歯科専門データベースでも整理されています。


OralStudio歯科辞書「歯髄線維」Aδ線維・C線維の解説


歯髄神経線維と象牙細管の関係:動水力学説と知覚過敏への影響

象牙質には「象牙細管」と呼ばれる微細な管が無数に走っています。直径はわずか0.8〜2.2マイクロメートル(1マイクロメートルは1mmの1/1000)と、人の毛髪(約70マイクロメートル)に比べて圧倒的に細い管です。この象牙細管の中には組織液が満たされており、歯髄神経のAδ線維の一部がここに侵入していることが確認されています。


歯がしみる際のメカニズムとして最も有力視されているのが「動水力学説(Brännström説)」です。冷水・熱刺激・酸味・甘み・乾燥などの外的刺激が象牙細管の開口部に当たると、細管内の組織液が急激に移動します。この液体の移動が歯髄象牙境付近のAδ線維の自由神経終末を直接刺激し、「キーン」という一過性の鋭い痛みとして認識されます。


ここで重要なのは、象牙質の外層や中層には神経線維が到達していないという点です。発痛物質を象牙質に直接置いても痛みが生じないことからも、「象牙質自体が痛みを感じている」のではなく、「象牙細管内の液体移動が神経を刺激している」という動水力学説が支持されています。意外ですね。


この仕組みを理解していると、知覚過敏治療の選択肢が明確になります。治療の目的は主に次の3点です。


- 象牙細管の封鎖(シュウ酸系・グルタルアルデヒド系・アパタイト系薬剤の塗布)
- 象牙質浸透性の低下(象牙細管内液量を減らして液体移動を抑制)
- 歯髄神経の興奮性の抑制(カリウムイオンを含む薬剤でAδ線維を鈍麻)


モリタの「MSコートHysブロックジェル」を例にとると、カリウムイオンとフッ素イオンが細管内に浸透し、興奮したAδ線維を鈍麻させる仕組みです。加えてMSポリマーが象牙細管を物理的に封鎖します。知覚過敏症の患者に対し、どの薬剤を選ぶかは「どの機序で抑制するか」から逆算するのが原則です。


参考:動水力学説と象牙細管の関係、および知覚過敏治療の選択肢についての詳細。


国立みんなの歯医者「動水力学説と歯の痛みのメカニズム」


歯髄神経線維とEPT(電気歯髄診):C線維の特性が招く診断の落とし穴

歯髄の生死を判定する代表的な診査法として、EPT(電気歯髄診:Electric Pulp Test)があります。歯に微弱な電気刺激を与えて反応を見るこの検査では、主にAδ線維が刺激されます。冷水刺激も同様に、歯髄象牙境近傍に分布するAδ線維を介した反応を確認するものです。


ここに、歯科従事者が知っておくべき重要な落とし穴があります。C線維は低酸素状態でも機能するという特性を持っています。通常、神経が生きているためには血流が必要です。歯髄壊死が起きると血流は失われ、酸素も届かなくなります。しかし、C線維は低酸素環境下でも反応を維持することがあるのです。


これが意味するのは、歯髄壊死が起きているにもかかわらず、EPTや温熱刺激に対してC線維が反応を示し、「陽性」と判定されてしまう可能性があるということです。EPT単体では歯髄壊死の見落としが起きるリスクがあるということですね。


実際の歯髄診断では、EPTの結果だけを絶対視するのは危険です。複数の検査を組み合わせることが原則です。


- 🔍 電気歯髄診(EPT):Aδ線維への電気刺激で反応を確認
- 🌡️ 温度診(冷診・温熱診):冷診でAδ線維、温熱診でC線維への反応を確認
- 📷 X線検査(レントゲン):根尖病変・根尖部の透過像の有無を確認
- 👁️ 視診・打診・触診:歯の変色、打診痛、瘻孔(フィステル)の有無を確認


「EPTで反応があったから生活歯」という判断は単純すぎます。特に外傷歯(転倒・衝突などで歯をぶつけた症例)では、数か月後に遅発性の歯髄壊死が起こることが知られており、初診後も定期的な追跡検査が不可欠です。1週間後→1か月後→3か月後を目安にフォローアップし、複数の診査を組み合わせた総合判断が診断精度を上げます。


参考:歯髄電気診とC線維の特性に関する詳細な解説。


ハートフル歯科「歯髄電気診とC線維の特性」


歯髄神経線維と加齢変化:高齢患者の診査で見落とされやすいポイント

歯髄は「閉じた空間に存在する軟組織」であり、加齢とともに少しずつ変化していきます。この変化は歯髄神経線維の機能にも影響を与えます。高齢患者への対応が増えている現代の歯科臨床では、避けては通れない知識です。


加齢に伴い、歯髄では次のような変化が起きることが知られています。


- 象牙芽細胞が継続的に第二(生理的)象牙質を添加し、歯髄腔が狭くなる
- 加齢や慢性的な外来刺激(咬耗・酸蝕・修復処置など)に応じて、第三象牙質(修復象牙質)が形成される
- 歯髄組織内の細胞成分が減少し、線維成分が相対的に増加する(線維化)
- 根管内での石灰化が進み、根尖孔付近の象牙質が透明化する
- 神経線維数が加齢とともに減少し、神経終末の密度が低下する


これらの変化が重なることで、高齢患者では歯髄の反応が著しく低下することがあります。特にAδ線維の終末密度が下がると、冷水刺激やEPTへの反応が鈍くなります。歯髄が生きていても「無反応」に見えてしまうことがあるのです。


高齢患者の診査に注意が必要です。若年患者と同じ基準でEPT陰性=壊死と判断するのは危険です。根管内の石灰化が進んでいる症例では、根管治療そのものも技術的に難しくなります。石灰化した根管では本来の根管の走行が追いにくく、穿孔(パーフォレーション)のリスクが高まります。予防・管理の観点からは、成人期から歯髄の状態を記録・追跡しておくことが、後の根管治療リスクを下げることにつながります。


また、加齢変化による歯髄の機能低下は、修復処置後の痛み評価にも影響します。高齢患者は「術後に痛みがなかった」からといって歯髄への影響がゼロとは言えません。定期的なX線検査と合わせた総合的なモニタリングが重要です。


参考:加齢による象牙質・歯髄複合体の変化と、修復象牙質形成について。


日本歯科医師会「加齢による歯の数・形の変化」高齢者の歯根部象牙質変化


歯髄神経線維の痛み伝達と三叉神経:歯痛錯誤が起きるメカニズム

歯の痛みは孤立した知覚ではありません。痛み信号は三叉神経を介して脳幹へ伝わりますが、この過程で「痛みの場所を脳が間違える」現象が起きることがあります。これが歯痛錯誤(referred dental pain)です。


歯髄のAδ線維・C線維から発した電気信号は、三叉神経の第2枝(上顎神経)・第3枝(下顎神経)を経由して脳幹の三叉神経脊髄路核に集まります。問題は、ここで複数の歯・組織からの痛覚情報が「同じ神経核」で処理されることです。三叉神経の分岐点近くでは上顎枝(V2)と下顎枝(V3)の痛覚信号が同一の中枢処理領域に集約されるため、「下の歯が悪いのに上の歯が痛い」「奥歯の炎症なのに耳が痛い」という現象が生じます。


この歯痛錯誤は、歯科臨床において誤った歯への処置(神経処置・抜歯など)が行われるリスクに直結します。患者が「この歯が痛い」と指摘する部位と、実際の原因歯が一致しない場合があるのです。


歯痛錯誤の鑑別には、次の点が有効とされています。


- 患者が示す部位の歯のみに限定せず、隣接歯・対合歯も含めた診査を実施する
- 各歯のEPT・冷温度診を丁寧に比較し、反応のズレを確認する
- 三叉神経痛・筋筋膜性歯痛・帯状疱疹(水痘・帯状疱疹ウイルス)など、歯以外の原因を除外する


実際に、上顎大臼歯歯周病として処置していたにもかかわらず、数日後に三叉神経第2枝領域の顔面皮膚に水疱が出現して帯状疱疹と判明した症例も報告されています。「痛みがある=その歯が原因」という短絡的な判断は、患者に不必要な処置を受けさせる危険性があります。


また、歯髄痛は放散しやすいという特性もあります。下顎大臼歯の歯髄炎が側頭部・耳・頸部にまで放散することがあるのは、三叉神経脊髄路核と頸部脊髄の上部との間に機能的なつながりがあるためです。歯痛錯誤が原因で最終的に抜歯まで行われてしまった事例も少なくありません。神経線維の特性を理解することは、こうした無駄な処置を防ぐための根拠になります。


参考:歯痛錯誤(放散痛)の歯科臨床での診断と対応について。


深澤歯科「痛みがある歯と実際に問題がある歯が違う?歯痛錯誤について解説」


歯髄神経線維の独自視点:ラシュコフ神経叢が根管治療の「痛み」を左右する理由

歯髄の神経線維が歯冠部で形成する「ラシュコフの神経叢(象牙芽細胞下神経叢)」は、根管治療の臨床において意外なほど重要な役割を持っています。この神経叢は、象牙芽細胞層の直下(ワイルの層)に神経線維が密集して形成されたネットワークです。ここから個々の線維が象牙前質・象牙細管に向かって伸びていきます。


このラシュコフ神経叢が密集しているのは歯冠部であり、根尖部では線維密度が相対的に低くなっています。根管治療の際に「麻酔が十分に効いていない」ように感じる症例では、歯冠部に密集したAδ線維の終末が局所麻酔薬の浸透不足によって残存刺激を感じ続けていることがあります。これは基本です。


特に注意が必要なのは、急性化膿性歯髄炎(急性増悪した不可逆性歯髄炎)の症例です。炎症が進むと歯髄組織内のpHが低下(酸性化)します。局所麻酔薬のリドカイン塩酸塩は、酸性環境下では非解離型(活性型)への変換効率が低下するため、麻酔が効きにくくなります。これが炎症歯での「なかなか麻酔が効かない」現象の主要因の一つです。


この問題に対するアプローチとして、いくつかの方法が歯科臨床で採用されています。


- 髄腔内麻酔(イントラプルパー麻酔):歯髄腔に直接薬液を注入し、中枢に近い部位のC線維を確実に遮断する
- 骨膜下浸潤麻酔または下顎孔伝達麻酔の追加:浸潤麻酔の効果が不十分な場合の補助手段
- 抗炎症療法後の処置:可能であれば炎症を落ち着かせてからの根管処置がより確実


ラシュコフ神経叢の存在は、「歯の神経を取るだけ」という単純な手術に思える根管治療の背後に、精緻な神経解剖学的知識が不可欠であることを示しています。この知識は麻酔の効果判定と追加麻酔の判断にも直接役立ちます。


参考:ラシュコフの神経叢と歯髄神経の分布構造について。


池下阿部歯科「歯の神経を取る際の痛みとラシュコフ神経叢の構造」