修復象牙質は「古い象牙芽細胞が死ぬことで初めて形成される」—つまり、細胞の"死"が再生のスタートです。
修復象牙質という言葉は広く使われているが、正確な分類を把握している歯科医療従事者は意外と少ない。これは基礎知識であると同時に、臨床判断に直結する重要な概念です。
第三象牙質とは、咬耗・摩耗・う蝕・歯の切削などの外来刺激に反応して、局所的に形成される象牙質の総称である。そして刺激の強さによって、さらに2種類に分類される。
| 種類 | 形成細胞 | 誘発刺激の強さ | 構造の特徴 |
|---|---|---|---|
| 反応象牙質 | 生き残った象牙芽細胞 | 比較的弱い刺激 | 比較的規則的な象牙細管構造をもつ |
| 修復象牙質 | 新たに分化した象牙芽細胞様細胞 | 強い刺激(象牙芽細胞死後) | 不規則で象牙細管が少ないか欠如する |
反応象牙質は象牙芽細胞が生き残っているケースで形成される。つまり相対的に穏やかな刺激(初期う蝕や軽度の切削など)に対する反応です。
一方で修復象牙質は、強い刺激によって元の象牙芽細胞が死滅した後、歯髄内の前駆細胞や歯髄幹細胞から新たに象牙芽細胞様細胞が分化することで形成される。新潟大学の研究(2009年)によると、切削後わずか6時間でマクロファージや好中球が変性細胞を除去しはじめ、12時間後には局所の掃除が完了して樹状細胞が象牙質・歯髄界面に出現する。そして2日以降に新しい象牙芽細胞が配列して修復が始まる(大島 勇人, 新潟歯学会誌 39巻 2009年)。
つまり修復象牙質ということですね。これが単なる「再生」ではなく、細胞の完全入れ替えを経た「再建」であることは、臨床上の重要ポイントです。
修復象牙質は構造的に不規則なため、正常の象牙質よりも刺激遮断能は必ずしも高くない点も覚えておく必要がある。高齢者の場合、加齢による第二象牙質の蓄積と修復象牙質の添加が重なり、髄室や根管上部での形成状態が局所的かつ不規則になりやすい。これは根管治療の際に歯髄腔・根管入口部の明示を困難にし、治療難度を上げる要因になる(日本歯科医師会雑誌 2014年4月号)。これは見落としがちな点ですね。
新潟歯学会誌(2009年):大島勇人教授による歯髄修復機構の新規仮説。修復象牙質の形成過程を細胞動態で詳説しており、反応象牙質との相違を理解するための基礎資料として非常に有用。
歯が削られると象牙質が自然に修復される——それは知っていても、そのメカニズムが「OPN(オステオポンチン)というタンパク質なしでは成立しない」ことを把握している歯科医療従事者はどれほどいるでしょうか?
研究では、OPNノックアウトマウス(OPNを意図的に欠損させたマウス)を用いた実験が行われた。OPNが存在しない環境では、歯の切削後に新しい象牙芽細胞は生まれる。しかし、その細胞が象牙質の主体であるⅠ型コラーゲンを分泌できないために、修復象牙質が最終的に形成されないことが明らかになった。
OPNの役割をまとめると、次のとおりです。
これは使えそうです。この知見は将来的に、OPNを利用した修復象牙質形成の人為的促進薬(いわゆる「歯の修復を助ける創薬」)開発への道を開くものとして注目されている(新潟大学プレスリリース 2016年7月)。
象牙質が単なる「ミネラルの塊」ではなく、OPNを始めとする複数の非コラーゲン性タンパク質が緻密に制御するシステムで成り立っていることは、歯髄保護材料の選定においても参考になる視点です。特に直接覆髄材が硬組織形成を誘導するメカニズムとして「カルシウムイオン放出によるOPN系の活性化」が考えられており、材料選択の根拠を科学的に説明できるようになります。
新潟大学公式プレスリリース(2016年):「修復象牙質形成の必須因子の発見」についての発表資料。OPNの機能を喪失したノックアウトマウスの実験結果を含む、世界初の発見として発信された権威ある一次情報。
直接覆髄には水酸化カルシウムが"定番"——その認識が、治療成績の差につながっていたかもしれません。
水酸化カルシウム製剤は長年にわたり、直接覆髄および修復象牙質形成を促す覆髄材の「ゴールドスタンダード」として使用されてきた。しかし近年、ケイ酸カルシウム系セメントであるMTA(Mineral Trioxide Aggregate)の登場により、臨床成績が大きく向上している。結論は「MTA>水酸化カルシウム」です。
| 比較項目 | 水酸化カルシウム製剤 | MTAセメント |
|---|---|---|
| 硬化後の安定性 | 徐々に溶解する | 硬化後も長期安定 |
| pH(アルカリ性持続) | 溶解に伴い低下 | pH12以上を長期維持 |
| 直接覆髄3年後の成功率 | 経年的に低下する報告あり | 80%以上を維持 |
| 修復象牙質形成頻度 | 基準となるレベル | 同等かそれ以上と報告 |
| 細胞傷害性 | 比較的強い | 比較的軽度 |
| 封鎖性 | 経年的な溶解により低下の可能性 | 高い封鎖性が持続 |
新潟大学の吉羽邦彦教授は、ProRoot MTAと水酸化カルシウム製剤の比較において「MTAの成功率が有意に高いこと」を文献的に整理している(新潟歯学会誌 50巻 2020年)。また直接覆髄・断髄に関する最近のランダム化比較試験でも、ProRoot MTAが有意に良好な成績を示すことが示されている。
MTA硬化体からは水酸化カルシウムが持続的に溶出し、pH12程度の強アルカリ環境が長期間維持される。これは象牙芽細胞様細胞の分化を誘導する作用と、象牙質シアロタンパク・骨シアロタンパク・アルカリフォスファターゼなどの硬組織形成関連分子の発現を亢進する作用をもたらす(吉羽 2020)。修復象牙質形成が促進されるということですね。
水酸化カルシウム製剤が細胞に対して比較的強い傷害性を示すのに対し、MTAは軽度にとどまることも培養細胞実験で確認されている点は、歯髄の長期保存の観点から見過ごせません。
国内では日本歯科保存学会が2024年版「歯髄保護の診療ガイドライン」を策定しており、MTAの臨床有用性を水酸化カルシウム製剤との比較で系統的に整理している。臨床判断の根拠を固めたい場合は、まずこのガイドラインを確認するのが一番の近道です。
日本歯科保存学会「歯髄保護の診療ガイドライン(2024年版)」:エビデンスに基づくMTAの直接覆髄・断髄への推奨をまとめた公式ガイドライン。臨床上の根拠を確認したい際に必須の資料。
深在性う蝕は「全部きれいに除去するのが正解」——そう思っていませんか?実は段階的に除去する方が、修復象牙質の形成を利用できる点で有利な場面があります。
ステップワイズエキスカベーション(段階的う蝕除去、暫間的間接覆髄法:AIPC)とは、露髄の可能性が高い深在性う蝕に対して、初回にう蝕を全て除去するのではなく、意図的に感染象牙質を一部残置し、仮封後に修復象牙質の形成を待ってから最終的な除去を行う方法です。
この術式の根拠は明確です。歯髄への刺激が続いているあいだ、歯は自発的に修復象牙質を形成し続ける。残置した感染象牙質と歯髄のあいだに修復象牙質の層が厚くなることで、最終除去時の露髄リスクを低下させられる。修復象牙質の形成を「意図的に待つ」という発想です。
日本では2008年度の診療報酬改定で「非侵襲性歯髄覆罩(AIPC)」として保険収載され、2010年度に「歯髄温存療法」と名称変更されている。「う蝕治療ガイドライン(2015)」においても、その応用が推奨されている(吉羽 2020)。
実際の臨床適応のポイントを整理すると。
一方で、初回からMTAを用いた直接覆髄(VPT:Vital Pulp Therapy)を選択する方法も近年注目されている。修復象牙質形成への直接的な誘導効果と95%前後とされる高い成功率を踏まえると、症例の炎症状態によっては即日の覆髄処置が有利な場合もある。いずれが適切かは条件が決め手です。
新橋歯科コラム:「う蝕の選択的除去」および「非選択的除去」について。第三象牙質の形成プロセスをもとに、段階的除去の適応と判断基準をわかりやすく解説している。
修復象牙質は「時間がたてば自然に形成される」——しかしその形成を阻害する要因を無視していると、歯髄保存が想定通りに進まないことがあります。
まず年齢の影響を無視できません。若年者の象牙芽細胞は活発で、修復象牙質の形成速度も速い。しかし高齢になると象牙芽細胞の分化能が低下し、修復象牙質の形成が遅延したり質が低下したりするリスクが高まる。加えて、加齢にともなう生理的第二象牙質の蓄積によって歯髄腔が狭窄しており、既に歯髄組織のボリューム自体が小さくなっていることも大きな影響を与える。歯髄幹細胞の残存数も減っているということです。
また、覆髄後の「辺縁漏洩(マイクロリーケージ)」が修復象牙質の形成を妨げる最大のリスク要因のひとつとして挙げられている。仮封の質が低く細菌の再侵入が起きれば、せっかく歯髄が修復反応を始めても炎症が持続して修復象牙質の形成が進まない。これは痛いですね。
そのほか以下のような要因が形成を阻害しうる。
歯髄が「修復象牙質を形成できるかどうか」は、歯髄の健康状態・材料の選択・術式の精度という3つの条件が揃って初めて実現する。どれか一つが崩れると、修復象牙質形成ではなく根管治療が選択肢になるという現実があります。歯髄保存の成否は術前の適応判断が最も重要、が原則です。
歯髄保存療法を行う際のリスク管理として、ラバーダム防湿による完全な術野隔離と、高精度な止血処置の確立が近年強調されている。Er:YAGレーザーを露髄面の止血と殺菌に応用することで成功率が向上するとの報告もあり(日本ヘルスケア歯科研究会誌)、こうした器械の活用も選択肢のひとつです。

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