熱可塑性プレートで作ったスプリントは、長期使用で咬合が崩れる可能性があります。
スタビライゼーションスプリントとは、顎関節症(TMD:Temporomandibular Disorders)に対する可逆的保存療法として最も頻繁に用いられる口腔内装置です。片顎の咬合面全部を被覆し、対合する歯列と接触する面がほぼフラットになるよう設計します。つまり「全歯列接触型スプリント」が基本です。
🦷 主な適応症例
成人集団の40〜75%が顎関節症の他覚症状を持つとされていますが、実際に治療を要するのは約5%程度と報告されています(日本補綴歯科学会テクニカルアプレイザル)。スプリントはその中でも第一選択に位置づけられており、一般開業医における顎関節症患者の約60%に適用できるとされています。
装着様式は上顎型と下顎型の2種類があります。文献上のエビデンスは上顎型に多く集まっていますが、日本補綴歯科学会の合意形成では「上顎型・下顎型どちらを用いてよい」という推奨が出ています。13施設中10施設が主に上顎型を使用しているというデータがあるため、迷う場合は上顎型を選択するのが無難です。
スプリントは「一次療法」として使われるものです。症状が軽快しても再発する可能性があり、必要に応じて二次療法への移行を検討します。この前提を患者に説明しておくことが、後のトラブル防止につながります。
参考:日本補綴歯科学会によるスタビライゼーションスプリントのデザインおよび作製方法に関する詳細な指針
『一般的な開業歯科医における顎関節症初期治療としてのスタビライゼーションスプリント』テクニカルアプレイザル|日本補綴歯科学会
作製の流れはチェアサイド(臨床側)とラボサイド(技工側)に分かれます。まずチェアサイドで行う手順を整理しましょう。
① 印象採得
日本補綴歯科学会のガイドラインでは、既製トレーとアルジネート印象材による単純印象で十分とされています。シリコーン印象のほうが精度は高いですが、一般開業医における初期治療という観点では、コスト面・手技の簡便さからアルジネートが現実的です。上下顎の印象を採得した後、硬石膏で作業模型を製作します。
② 咬合採得
咬合採得の下顎位は「習慣性咬合位(咬頭嵌合位)」で行うことが推奨されています。意外なポイントがここにあります。「下顎位を誘導して中心位を使うべき」という考えは広く浸透していますが、ガイドラインでは「初期治療では習慣性咬合位での採得でよい」とされており、むしろ誘導して中心位を使うことは推奨しないという合意が得られています。咬合採得材料はワックス系またはシリコーン系が一般的です。
中心位採得は推奨しない、が基本です。
③ フェイスボウトランスファー
フェイスボウトランスファーを行った咬合器上で咬合挙上量を設定することが望ましいとされています。外耳孔上縁と眼下窩孔を基準に頭蓋に対する上顎の位置を確定し、咬合器にトランスファーします。これにより、咬合器上で正確な咬合挙上が可能になります。
参考:スプリントの作製方法と調整手順を解説した臨床向けコンテンツ
ラボサイドの作製手順について詳しく解説します。ここでの材料選択が、長期的な使用品質に直結します。
推奨材料
| 材料 | 特徴 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 加熱重合レジン | 変形が少なく、精密な咬合調整が可能 | ◎ |
| 流し込みレジン | 流動性があり模型への適合が良好 | ◎ |
| 光重合型レジン | 操作性が良く、ポーラシティが少ない | ◎ |
| 熱可塑性プレート(吸引成型) | 経時的変形が生じやすく正確な調整が困難 | △(短期のみ) |
熱可塑性プレートは簡便さから多くの開業医で使われています。ただしガイドラインでは、「短期使用以外では望ましくない」と明記されています。理由は、経時的な変形が生じやすく正確な咬合調整が困難になるからです。長期治療を想定する場合は、加熱重合レジンなどへの切り替えが必要です。
ワックスアップと埋没の手順
重合と研磨
加熱重合レジンを使用する場合、フラスコをお湯の中で約1時間かけて100℃まで温めて重合させます。重合後はバーやエバンスを使い、石膏溶解液でスプリントを掘り出し、バリやアンダーカット部を除去します。表面は滑沢になるまで丁寧に研磨します。研磨が不十分だと細菌の付着リスクが上がるため、仕上げを省略しないことが大切です。
スプリントの厚さは臼歯部で1.5〜2mmが原則です。
スプリントの厚みは、臼歯部の中心窩から対合歯機能咬頭との咬合接触部において1.5〜2mmが目安です。切歯部の上下間距離(前歯切端間距離)は概ね3〜5mmを目安にします。これは「はがきの厚み」が約0.2mmですから、その約10〜15倍の厚みに相当するイメージです。咬合挙上量が安静空隙量を大きく超えないよう設計することが前提で、これを超えると咬筋疲労を引き起こすリスクがあります。
スプリントが完成したら、装着時の咬合調整が最重要ステップになります。ここを丁寧に行うかどうかで治療成績が大きく変わります。
咬合接触のポイント
側方ガイドの付与
下顎の側方滑走運動時には、「犬歯誘導」または「グループファンクション」を付与することが推奨されています。どちらが優れているかについては現時点で明確な結論は出ていませんが、九州大学の研究では犬歯誘導のほうが筋活動の抑制効果がやや高いというデータも報告されています。平衡側臼歯部は下顎偏心位によって離開することが望ましいとされています。
厳しいところですね。
調整時の患者の姿勢には要注意
咬合調整は「座位」で行うのが原則です。仰臥位(水平位)のみで行うと、重力の影響で下顎が後方に誘導されてしまい、臨床症状を悪化させる可能性があります。13施設中ほぼすべてが座位で調整を行っているというデータがあり、ガイドラインもこれを支持しています。座位で調整するだけで防げるリスクがあるため、体位の確認を怠らないようにすることが重要です。
大幅な調整が必要な場合
スプリントの咬合面の均等接触が得られていない場合、小範囲であれば即時重合レジンを咬合面に築盛し、患者に咬合させて余剰なレジンを削除する方法が有効です。広い範囲にわたる場合は光重合レジンのほうが効率的です。なお、調整間隔は原則2週間とされています(3日〜1週間での来院が必要なケースもあります)。
参考:咬合調整の手順と保険算定に関する実践的な解説
簡単なスプリントの作製・調整方法と保険点数の算定|岸本歯科
スプリントを装着した後のプロトコールと、算定上の注意点を整理します。
装着プロトコール
基本的に「夜間装着」が原則です。24時間の連続使用は咬合位の変化や歯の移動が生じる可能性があるため推奨されません。日本顎関節学会の2023年改訂版ガイドラインでも、「睡眠時に用いること」が推奨事項として明記されています。
いいことですね。
管理・清掃方法
スプリントは可撤性義歯に準じた取り扱いが基本です。
マウスガード全利用者のうち、洗浄剤を使用しているのは4分の1以下という調査があります。「歯科医師・歯科衛生士に推奨されなかった」という理由が主な原因として挙げられています。装着指導の際に1言添えるだけで、患者のコンプライアンスが向上します。
保険算定の確認ポイント
スタビライゼーションスプリント(アクリルレジン製・全歯列接触型)の保険算定は以下を確認してください。
| 区分 | 点数 | 内容 |
|---|---|---|
| 口腔内装置1 | 1,500点 | アクリルレジン製・咬合採得・調整料算定可 |
| 口腔内装置2 | 800点 | バイト必要・調整料算定可・咬合採得は算定不可 |
| 口腔内装置3 | 650点 | 熱可塑性シート製・調整料・咬合採得とも算定不可 |
顎関節症の治療目的で使用する場合は「口腔内装置2または3のみ」と規定されています。歯ぎしり目的であれば口腔内装置1〜3どれでも算定が可能です。算定区分を誤ると返戻・指導の対象になるため、用途と病名を正確に記録することが不可欠です。
また、施設基準を満たした医療機関では、スタビライゼーションスプリントを装着している患者に対し「歯科口腔リハビリテーション料2(54点)」を月1回算定できます(2023年改訂版ガイドラインより)。
参考:日本顎関節学会が公開している最新の初期治療診療ガイドライン(2023年改訂版)
顎関節症初期治療診療ガイドライン2023改訂版|一般社団法人日本顎関節学会
参考:スプリントの用途・種類別の保険算定と調整料の実務解説
保険算定とルール29 マウスピース|医療法人社団 歯科育英会(note)