上皮筋上皮癌の悪性度と高悪性度転化を見逃さない診断戦略

上皮筋上皮癌の悪性度はなぜ「低悪性度」と油断できないのか?局所再発率25〜36%、HRAS遺伝子変異との関係、高悪性度転化の見分け方まで、歯科口腔外科に携わる医療従事者が知っておくべき最新知見を解説します。

上皮筋上皮癌の悪性度と高悪性度転化を見逃さない診断戦略

低悪性度と分類されても、あなたが見ている腫瘍は術後1.5年で肺転移する可能性があります。


この記事の3つのポイント
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低悪性度でも局所再発率は25〜36%

上皮筋上皮癌は「低悪性度」に分類されるが、術後の局所再発は決して稀ではなく、さらに25%に遠隔転移が報告されている。

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HRAS遺伝子変異が診断の決め手になる

免疫染色だけでは確定困難な症例に、HRAS遺伝子変異(81.7%に検出)が鑑別の強力な補助診断ツールとなっている。

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高悪性度転化はKi-67とHE染色だけでは読めない

Ki-67陽性率が70%前後に達しても、HE染色で典型的な二相性構造が消失するため、遺伝子解析との組み合わせが必須となる。

歯科情報


上皮筋上皮癌の悪性度の基本:低悪性度の意味を正確に理解する

上皮筋上皮癌(Epithelial-myoepithelial carcinoma:EMC)は、1972年にDonathらによって初めて報告され、1991年のWHO唾液腺腫瘍組織分類(第2版)で正式に採用された唾液腺の悪性腫瘍です。発生頻度は全唾液腺腫瘍の0.5〜1%と比較的まれであり、好発部位は耳下腺で、全症例の大半を占めます。好発年齢は60歳前後で、半数以上が女性という疫学的特徴があります。


「低悪性度」という言葉には注意が必要です。低悪性度とは、あくまで「他の高悪性度唾液腺癌と比べて進行が緩徐」という意味であり、転移しない・再発しないという意味では一切ありません。実際、完全摘出症例での5年生存率は80〜94%、10年生存率は72〜82%と良好である一方で、25%に遠隔転移を認め、局所再発率は25〜36%という報告があります。この数字は、4人に1人が遠隔転移を起こしている計算になります。


臨床症状や画像所見が良性腫瘍に類似している点も、この疾患の診断を難しくしている要因です。MRI検査でも診断の決め手となる特異的な所見が乏しいため、術前に正確な診断がつくケースは多くありません。結果として、術後に予期せず悪性腫瘍と判明し、追加治療の検討が必要になる場面が少なくないのが現状です。


病理組織学的特徴として最も重要なのが「二相性構造」です。内層に管腔上皮細胞(ピンク色の好酸性細胞)、外層に淡明な細胞質を持つ腫瘍性筋上皮細胞が層状に配列し、この二層構造を持つことがEMCの根本的な特徴です。しかし、この二相性の割合や明瞭度は症例によって様々であり、典型的ではない像を示すケースもあるため、鑑別診断に難渋することがあります。


参考:上皮筋上皮癌の病理学的特徴と診断基準について詳しく解説されています。
上皮性筋上皮癌:病理レポートの理解 – MyPathologyReport


上皮筋上皮癌の悪性度を左右する病理組織学的な予後不良因子

上皮筋上皮癌が同じ組織型であっても、予後が大きく異なる症例が存在することは臨床的に非常に重要な知識です。予後不良に関連する病理組織学的因子として、現在いくつかの指標が報告されています。これらを把握しておくことで、術後管理や補助療法の判断に直接役立てることができます。


まず切除断端の状態が重要です。断端陰性(complete resection)の症例では予後良好な傾向が強いのに対し、断端陽性症例では術後放射線療法が強く推奨されます。顔面神経との癒着部分など、物理的に断端が取れにくい部位に腫瘍が存在する場合は、術後補助療法の計画を術前から立てておく必要があります。


次に、神経周囲浸潤(perineural invasion)と脈管侵襲(lymphovascular invasion)も重要な予後不良因子です。がん細胞が神経に沿って進展すると手術後の腫瘍再発リスクが高まり、脈管侵襲が確認された場合はリンパ節や遠隔臓器への転移リスクが上昇します。これらは免疫染色でも確認できる項目であり、病理レポートを読む際に必ず確認すべきポイントです。


壊死組織の存在、筋上皮細胞の高度な核異型・多形性も予後不良と関連するとされています。Ki-67陽性率が高い症例では細胞増殖能が亢進しており、より慎重なフォローアップが必要です。実際に報告された症例では、Ki-67陽性率が5〜15%程度の典型的なEMCに対し、高悪性度転化症例ではKi-67陽性率が70%前後にまで上昇していたことが確認されています。


腫瘍の大きさ(6.3cmを超えると予後不良とされる)、年齢(75.6歳超)、被膜外浸潤の有無、リンパ節転移・遠隔転移の有無なども予後に関わる臨床因子として報告されています。同じ「上皮筋上皮癌」でも、これらの因子が重なるほど管理の難易度が上がります。これらの因子が複数確認された場合は要注意です。


上皮筋上皮癌の悪性度が急変する:高悪性度転化(High-grade transformation)の実態

高悪性度転化(High-grade transformation)は、既存の低悪性癌が二次的に高悪性化した癌腫を生じる現象であり、近年注目が集まっています。上皮筋上皮癌においても、この高悪性度転化の報告が複数あり、歯科口腔外科・頭頸部外科の現場では認識が不可欠なテーマとなっています。


高悪性度転化した上皮筋上皮癌の特徴は、HE染色で通常のEMCに見られる典型的な二相性構造が失われていることです。腫瘍細胞は非定型的・多形性が強くなり、核分裂像(mitosis)や壊死(necrosis)が目立つようになります。病理学的に「悪性度の高い唾液腺癌」と判断されても、組織型が特定できないケースが生じます。意外ですね。


このような診断困難例に対して、近年注目されているのがHRAS遺伝子変異の検索です。2019年にUranoらが報告した多施設研究によると、上皮筋上皮癌の81.7%にHRAS遺伝子変異が認められました。一方で、腺様嚢胞癌多形腺腫、基底細胞腺腫、基底細胞腺癌、筋上皮癌ではHRAS遺伝子変異が認められないことも明確になっています。つまりHRAS変異の検出はEMCに高い特異性を持ちます。


実際の症例として報告された64歳男性の例では、右耳前部腫瘍の急速な増大と顔面神経麻痺を伴い、画像では45mmの境界不明瞭な腫瘤が確認されました。PET-CTではSUVmaxが13.11と高い集積を示しており、高い悪性度が疑われましたが、HE染色・免疫染色のみでは最終診断が困難でした。Sanger法によるHRAS遺伝子解析でQ61K変異が確認されたことによって、はじめて高悪性度転化した上皮筋上皮癌として疑診するにいたっています。


この事例が示す実践的な教訓は明確です。診断に難渋する高悪性度唾液腺癌に遭遇した場合、免疫染色で二相性構造の痕跡が疑われるならば、HRAS遺伝子解析を行うことが診断の突破口になりえます。病理組織診断に関わる歯科口腔外科医・病理専門医には、遺伝子パネル検査の活用という選択肢を常に念頭に置いておくことが求められます。


参考:HRAS遺伝子変異を認め高悪性度転化した上皮筋上皮癌の報告症例と詳細な病理組織所見が掲載されています。


上皮筋上皮癌の悪性度を正確に捉える免疫染色と鑑別診断のポイント

上皮筋上皮癌の確定診断には、病理組織学的所見と免疫組織化学染色(IHC)の組み合わせが不可欠です。免疫染色では二相性腺管の各成分が異なるマーカーに陽性を示す点が、診断の根拠となります。


管腔上皮細胞側では、PanCytokeratin(CK AE1/AE3)、CK7、EMAが陽性を示します。外層の筋上皮細胞側ではS100タンパク、SOX10、p63、p40、α-SMA(平滑筋アクチン)、筋肉特異的アクチンが陽性となります。DOG-1も腫瘍辺縁の細胞質・細胞膜に陽性を示すとされています。これらのマーカーが二相性に陽性となることを確認することが、EMC診断の原則です。


ただし、すべての症例で全マーカーが教科書通りに陽性となるわけではありません。症例によっては典型的でない染色パターンを示すことがあり、それがさらに診断を複雑にします。鑑別すべき主要な疾患として、腺様嚢胞癌(篩状型)、多形腺腫、基底細胞腺腫・腺癌、筋上皮腫・筋上皮癌、粘表皮癌、明細胞癌などが挙げられます。


腺様嚢胞癌との鑑別は特に重要です。両者とも二相性構造を持ちますが、上皮筋上皮癌では腺様嚢胞癌に比べて筋上皮細胞の核がやや大きく、細顆粒状でやや明るいクロマチンを呈します。また、腺様嚢胞癌で特徴的な大小不同を示す球状物質(硝子球)の多数出現がEMCでは通常みられない点が鑑別の根拠となります。さらに遺伝子レベルでは、腺様嚢胞癌に特徴的なMYB遺伝子再構成はEMCでは認められないことが補助診断として活用できます。


多形腺腫との鑑別では、上皮筋上皮癌は多形腺腫で見られる粘液腫様間質(myxoid stroma)を欠くこと、さまざまな形態を示す腫瘍性筋上皮細胞がみられず単調な出現パターンを示す点が鑑別の参考になります。細胞診レベルでも、これらの鑑別所見を意識した観察が診断精度向上につながります。


参考:唾液腺腫瘍の主要な細胞診断アルゴリズムが解説されており、上皮筋上皮癌の位置づけを体系的に理解できます。
症例1 唾液腺 解説(信州大学医学部附属病院 臨床検査部)


上皮筋上皮癌の悪性度に応じた治療方針と術後管理の実際:歯科口腔外科医が知るべき独自視点

上皮筋上皮癌の基本的な治療は外科的完全切除であり、手術により断端陰性が確保できた症例では予後が比較的良好です。この点は各ガイドラインでも一致しています。術後補助療法(放射線療法・化学放射線療法)については、現時点で標準治療としての明確なコンセンサスが確立されておらず、症例ごとの対応が求められます。


再発に対しては放射線治療が推奨されています。高リスク唾液腺癌に対する放射線単独療法の有用性は認められているものの、化学療法を併用することによって全生存期間を改善するという十分なエビデンスはないという報告があります。ただし高悪性度転化例では、予防的頸部郭清後の放射線療法(化学療法との併用を含む)が選択肢となります。


歯科口腔外科医の視点から特に重要なのは、小唾液腺発生のEMCへの対応です。EMCは耳下腺に主発生しますが、口蓋・舌根・口底などの小唾液腺にも発生することが報告されています。口腔内の硬口蓋や軟口蓋に発見される腫瘤の中にも、EMCが含まれ得ます。小唾液腺発生のEMCは、視診・触診では単なる良性腫瘍と区別がつきにくいことが多く、生検や画像精査なしに経過観察だけを続けることにはリスクを伴います。


実際の術前インフォームドコンセントの観点でも重要な点があります。EMCは術前に良性腫瘍として評価されていても、術後病理で悪性と判明するケースが報告されており、その場合に補助療法が必要となる可能性を患者に事前に説明しておくことが、トラブル回避の観点から欠かせません。術後の経過観察計画は断端状況・脈管侵襲・神経周囲浸潤などの病理結果をふまえて個別に設定することが原則です。


遠隔転移症例(多くは肺転移)の治療についても一定の報告があります。気管支鏡下焼灼術や肺部分切除、補助化学療法、放射線療法のいずれを選択しても5年生存率は80%と比較的高い値が報告されており、遠隔転移が確認された時点で即座に予後絶望とはならない疾患です。


高悪性度転化例や再発例では、Foundation Medicine社のFoundationOne CDxなどのがんゲノムプロファイリング検査の活用が治療方針決定に有用な場合があります。HRAS Q61R変異やEGFR遺伝子増幅などの情報が得られることで、がん専門病院での追加治療選択肢の検討につながります。遺伝子検査が治療の扉を開く時代になっています。


参考:EMC3症例の詳細な臨床経過、術後管理の実際、および術後再発の予後不良因子についての考察が記載されています。