がん治療において化学療法(抗がん剤治療)は重要な治療法の一つですが、様々な副作用を伴います。特に口腔内に現れる副作用は患者さんのQOL(生活の質)に大きく影響します。
抗がん剤治療による主な口腔内副作用には以下のようなものがあります。
これらの副作用が発生するメカニズムは複合的です。抗がん剤は急速に分裂する細胞に作用するため、口腔粘膜のような新陳代謝の早い組織にダメージを与えます。また、骨髄抑制により白血球や血小板が減少することで、免疫力の低下や出血傾向が生じます。
口内炎の発症時期は、多くの場合、抗がん剤投与後4〜7日以内に始まり、約2週間でピークを迎えます。この時期は同時に骨髄抑制による白血球減少も起こりやすく、口腔内の細菌感染リスクが高まる危険な時期でもあります。
特に注目すべきは、口腔粘膜炎の発現率の高さです。固形がんの化学療法でも約50%、造血幹細胞移植や頭頸部放射線療法では97〜98%の患者さんに発症するとの報告があります。
化学療法を開始する前に歯科を受診することは、口腔内のトラブルを予防するために非常に重要です。化学療法前の歯科受診では、主に以下の処置が行われます。
特に重要なのは、抗がん剤投与後は骨髄抑制により易感染性状態や出血傾向が生じるため、抜歯などの侵襲的処置が困難になることです。そのため、これらの処置は化学療法開始前または終了後に行うことが推奨されています。
また、義歯を使用している患者さんは、義歯の適合状態を確認し、粘膜への刺激や傷がないかチェックすることも重要です。義歯による傷は感染の入り口となる可能性があるためです。
化学療法中の患者さんに対する歯科医師による専門的口腔ケアは、治療の完遂をサポートし、QOLを維持するために重要な役割を果たします。
専門的口腔ケアの主な内容:
特筆すべきは、近年、化学療法の多くが入院せず通院で行われるようになってきており、かかりつけ歯科医院での対応機会が増加していることです。そのため、病院の歯科と地域の歯科医院との連携が重要になっています。
広島大学病院の研究では、口腔内の細菌数測定データを集計し、口腔ケアと発熱性好中球減少症(白血球・好中球減少時の感染症)との関連を調査した研究が報告されています。このように、口腔ケアが全身の感染症予防にも寄与する可能性が示唆されています。
化学療法中の患者さん自身による日常の口腔ケアは、口腔内トラブルの予防と軽減に非常に重要です。以下に具体的なケア方法をご紹介します。
基本的な口腔ケア:
特に重要なのは、口内炎が悪化した場合の対応です。痛みが強く通常の歯磨きが困難な場合は、スポンジブラシを使用して口腔内全体を優しく拭いたり、保湿剤をスポンジブラシに付けて使用するとさっぱりします。
また、毎日のセルフチェックも重要です。口内炎などの痛みや変化がないか日々確認し、異変を感じたら早めに医療機関に相談しましょう。
近年、化学療法と歯科の連携による新たなアプローチが、がん治療の予後改善に寄与する可能性が注目されています。これは単なる口腔ケアを超えた、包括的な患者サポートシステムの構築を目指すものです。
新たな連携アプローチの特徴:
特に注目すべきは、発熱性好中球減少症(FN)と口腔内細菌との関連性の研究です。広島大学病院の研究では、口腔内細菌数のモニタリングとFN発症リスクの関連を調査しており、今後の化学療法患者の感染管理に新たな視点をもたらす可能性があります。
また、国際的には「Multinational Association of Supportive Care in Cancer/International Society of Oral Oncology (MASCC/ISOO)」が口腔粘膜炎に関するエビデンスに基づいたガイドラインを発表しており、これに基づいた標準的ケアの普及も進んでいます。
日本国内では、日本歯科医師会が地域のがん拠点病院と地域の歯科診療機関の連携を推進する取り組みを行っており、今後さらに化学療法患者の口腔管理体制が充実していくことが期待されます。
化学療法終了後も、口腔内の問題や機能低下が継続することがあります。長期的な歯科フォローアップは、口腔機能の回復と維持に重要な役割を果たします。
化学療法後の主な口腔内問題:
長期的フォローアップの内容:
化学療法後の口腔機能回復には個人差があり、治療内容や患者さんの全身状態によっても異なります。そのため、個別化されたフォローアップ計画の策定が重要です。
また、化学療法を受けた患者さんは、その後の人生においても定期的な歯科検診を継続することが推奨されます。特に、二次がんのリスクがある患者さんでは、口腔がんのスクリーニングも含めた包括的な口腔管理が必要です。
長期的な歯科フォローアップは、単に口腔内の問題に対応するだけでなく、患者さんの全身的な健康維持とQOL向上に貢献する重要な医療サービスと言えるでしょう。