HE染色だけでは診断しきれない口腔病変で、適切な抗体を選ばないと数万円の再検査費用が発生することがあります。
免疫組織化学染色(Immunohistochemistry:IHC)とは、抗原抗体反応を利用して組織・細胞内の特定タンパクを可視化する染色技術です。通常の光学顕微鏡では見えない分子情報を「色」に変換するため、HE染色だけでは確定診断が難しい口腔病変の補助診断として、歯科領域でも非常に重要な位置を占めています。
IHCの「種類」を整理するには、3つの視点を持つことが基本です。①発色方法の違い(酵素抗体法か蛍光抗体法か)、②使用する抗体の数(直接法か間接法か)、③感度をどう高めるか(ABC法・LSAB法・ポリマー法)、この3軸で分類すると体系的に頭に入ります。つまり「種類」とは一言で言えません。
まず発色方法の観点から説明します。**酵素抗体法**は、抗体に結合した酵素が基質に反応して発色させる方法です。代表的な酵素はペルオキシダーゼ(POD)とアルカリホスファターゼ(ALP)の2種類で、PODの基質にはDAB(ジアミノベンジジン)またはAEC(アミノエチルカルバゾール)が使われます。DABを用いると茶褐色の永久標本が得られ、通常の光学顕微鏡で観察できます。一方、**蛍光抗体法**は蛍光色素で標識した抗体を用い、蛍光顕微鏡で観察します。複数抗原の同時検出が得意ですが、永久標本にはなりません。
| 方法 | 発色剤 | 発色色 | 永久標本 | 使用顕微鏡 |
|---|---|---|---|---|
| 酵素抗体法(DAB) | POD+DAB | 茶褐色 | ○ | 光学顕微鏡 |
| 酵素抗体法(AEC) | POD+AEC | 赤色 | ✕ | 光学顕微鏡 |
| 蛍光抗体法 | FITC・Cy3など | 緑〜赤 | ✕ | 蛍光顕微鏡 |
歯科病理の日常的な外注検査では酵素抗体法(DABを用いたポリマー法)が主流です。これは使いやすく確実です。
酵素抗体法を実施する際の重要な注意点として、組織内に元から存在する「内因性酵素」を事前に除去する必要があります。PODを使うなら過酸化水素水で内因性ペルオキシダーゼを、ALPを使うならレバミソールで内因性アルカリホスファターゼをそれぞれブロックします。この手順を省略すると、目的の抗原以外の部位まで発色してしまい、染色結果が信頼できなくなります。内因性酵素の除去は必須です。
参考:歯科病理領域での免疫組織化学染色の代表画像(口腔病理学会アトラス)
日本口腔病理学会 口腔病理基本画像アトラス|免疫組織化学的染色
2つ目の分類軸は、抗体の使用数による「直接法」と「間接法」の区別です。これは感度と特異度に直接影響するため、検査結果の解釈にも関係します。意外ですね。
**直接法**は、標識物質(酵素や蛍光色素)が結合した一次抗体を抗原に直接反応させる方法です。工程が少なく操作が簡便で特異度が高い反面、シグナルが弱く感度が低いという欠点があります。蛍光抗体法では直接法が選ばれることが多いです。
**間接法**は、標識なしの一次抗体で抗原を捕捉した後、標識付きの二次抗体をさらに反応させる方法です。1つの一次抗体に複数の二次抗体が結合できるため、シグナルが増幅されます。感度が高くなる一方、非特異的反応のリスクも増えます。間接法が感度の向上の基本です。
3つ目の分類軸が「感度をさらに高める手法」です。実際の病理検査現場では以下の方法が使われます。
感度の順番を整理すると、「直接法<間接法<ABC法<LSAB法<ポリマー法<CSA法」の順に高感度になります。つまりポリマー法が現場の標準です。
なお、内因性ビオチンの除去が必要なABC法・LSAB法に比べ、ポリマー法はその手順が不要なため操作ミスが起きにくいというメリットがあります。歯科医院から外注に出す際も、検査機関が採用している方法がポリマー法であれば安定した結果が期待できます。
| 方法 | 感度 | 内因性ビオチン除去 | 現在の普及度 |
|---|---|---|---|
| 直接法 | 低い | 不要 | 蛍光染色などで利用 |
| 間接法 | 中 | 不要 | 基本手法として利用 |
| ABC法 | 高い | 必要 | やや減少 |
| LSAB法 | 高い | 必要 | 一部で利用 |
| ポリマー法 | 非常に高い | 不要 | 現在の主流 ✅ |
参考:免疫染色の原理・種類について体系的に解説されたサイト
免疫染色の原理|酵素・蛍光抗体法、直接法、間接法、ABC法(ぜぶらブログ)
免疫組織化学染色は、どの抗体(マーカー)を選ぶかによって得られる情報がまったく変わります。歯科・口腔外科領域で遭遇頻度の高い病変に対応した主要マーカーを整理しておくと、病理報告書の読み解きや依頼時の抗体指定に役立ちます。
まず細胞の「種別」を同定するための**細胞骨格タンパク系マーカー**が基盤となります。**サイトケラチン(CK)**は上皮細胞の構造タンパクに対する抗体で、口腔扁平上皮癌の診断確認やリンパ節転移の評価に用いられます。CK(AE1/AE3)はほぼ全ての上皮細胞に反応するため、「癌かどうか」を判断する場面で最初に使われます。**ビメンチン**は非上皮細胞(間葉系)に発現し、肉腫の鑑別に有用です。**α-SMA(αスムースマッスルアクチン)**は平滑筋細胞に発現し、口腔内の血管腫(静脈性血管腫など)の評価で使われます。
次に**腫瘍の悪性度・増殖能の評価**に使うマーカーです。
**鑑別診断に有用なマーカー**としては、以下が特に口腔病変に関連します。
参考:病理診断でよく使われる免疫染色マーカーの詳細解説
医学界新聞プラス|知っておきたい免疫染色の基礎 第1回(医学書院)
歯科臨床においてIHCを最大限に活用するには、「どの病変にどの抗体を使うか」という実践的な対応を知ることが重要です。これは使えそうです。
**口腔扁平上皮癌(OSCC)**の診断では、まずHE染色で上皮細胞の異型を確認し、診断が難しいケースでCK(AE1/AE3)で上皮性腫瘍であることを確認します。悪性度評価にはKi-67の陽性率計測とp53のびまん性核陽性の有無が参考になります。研究レベルでは、p53・p16・Ki-67・CK17を組み合わせた「免疫プロファイルサブタイプ分類」が口腔扁平上皮癌の予後予測に応用されています。Ki-67が条件です。また、中咽頭扁平上皮癌ではHPV関連腫瘍かどうかの評価にp16免疫染色が有用で、陽性の場合はHPV関連腫瘍として予後が良好であることが示唆されます。
**口腔粘膜疾患(天疱瘡・類天疱瘡)**の確定診断では、蛍光抗体法による直接法と間接法の組み合わせが世界的に標準です。尋常性天疱瘡では上皮細胞間(棘細胞間)にIgGが網目状に沈着し、類天疱瘡では基底膜部に線状沈着が見られます。この沈着パターンの違いを正確に読み取ることが、両疾患の鑑別に直結します。
**悪性リンパ腫**(口腔や顎骨に生じたもの)の確定診断・病型分類には、4種類以上の抗体を用いることが必要で、診療報酬上も「4種類以上の抗体使用加算(1,200点)」が設定されています。標準的に使われるのはCD20(B細胞)、CD3(T細胞)、CD79a(B細胞)、Ki-67(増殖能)などです。びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)ではCD20とCD79aが陽性となります。4種類以上が原則です。
**IgG4関連疾患(Mikulicz病・慢性硬化性唾液腺炎)**は、近年歯科口腔外科領域でも注目が高まっている疾患群です。顎下腺・耳下腺・舌下腺の腫脹を主訴に来院するケースがあり、診断確定にはIgG4免疫染色(IgG4/IgG陽性細胞比40%以上)が不可欠です。血清IgG4値が135mg/dL以上であることと合わせて診断します。
| 口腔病変 | 主な使用抗体マーカー | 目的 |
|---|---|---|
| 口腔扁平上皮癌 | CK(AE1/AE3)・Ki-67・p53・p16 | 診断確認・悪性度評価 |
| 天疱瘡・類天疱瘡 | IgG(蛍光抗体法) | 沈着パターンで鑑別 |
| 悪性リンパ腫 | CD20・CD3・CD79a・Ki-67(4種以上) | 病型分類 |
| IgG4関連唾液腺疾患 | IgG4・IgG | 確定診断(比率評価) |
| 血管腫・リンパ管腫 | CD31・D2-40・α-SMA | 腫瘍種別の鑑別 |
| 神経線維腫・メラノーマ | S-100・HMB-45 | 神経外胚葉系腫瘍の同定 |
参考:口腔病変の免疫染色・抗体使用基準に関する保険点数規定(令和6年度)
しろぼんねっと|N002 免疫染色(免疫抗体法)病理組織標本作製(令和6年改定)
IHCの工程において、染色がうまくいかない最大の原因は**固定条件と抗原賦活の失敗**です。歯科口腔外科での生検後にホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)標本を病理機関に提出するケースがほとんどですが、固定の仕方次第でIHCの精度は大きく変わります。
ホルマリン(ホルムアルデヒド)は組織内のタンパク質同士をアルデヒド架橋させることで形態を保持します。しかしこの架橋反応が抗原決定基(エピトープ)をマスキングしてしまい、抗体が抗原に結合しにくくなります。これが「染まらない」原因のひとつです。固定が問題です。
そのため、FFPE標本では免疫染色の前に「**抗原賦活(Heat-Induced Epitope Retrieval:HIER)**」という処理を行います。標本を加熱(マイクロウェーブや圧力鍋など)しながらクエン酸緩衝液やEDTA緩衝液に浸すことで、架橋を解除してエピトープを露出させます。賦活条件(pH・温度・時間)は抗体の種類によって異なるため、「この抗体はpH6のクエン酸バッファーで100℃20分」のように抗体ごとに設定が必要です。
過固定(ホルマリン濃度が高すぎる・固定時間が長すぎる)は架橋が強くなりすぎて抗原賦活でも回復できないことがあります。逆に固定不足だと組織の自己融解が進み、形態が崩れて診断そのものが困難になります。10%中性緩衝ホルマリンで6〜48時間以内の固定が推奨されています。これが条件です。
なお、凍結切片を使った場合はホルマリン固定の影響が少なく抗原が保たれやすいため、特に蛍光抗体法(天疱瘡・類天疱瘡の診断)では凍結切片が標準的に使われます。パラフィン包埋と凍結切片では染色手順が異なるため、依頼する病理機関への検体の提出方法も変わります。担当病理医への事前確認が必要です。
また、ブロッキング操作も見落とせません。内因性ビオチン(ABC法・LSAB法使用時)、内因性ペルオキシダーゼ(酵素抗体法使用時)、非特異的タンパク結合(正常血清によるブロッキング)の3つをそれぞれの手順で適切に除去・ブロックしなければ、偽陽性や背景染色が生じます。これは意外ですね。
参考:免疫染色の失敗原因と解決法を詳細解説したリソース
Thermo Fisher Scientific|はじめてのIHC まとめ(日本語)
IHCを外注検査に依頼した後に病理報告書が届いたとき、「陽性」「陰性」の結果だけを見ていませんか。染色結果を正しく解釈するには、**「何が陽性か」だけでなく「どこで陽性か(陽性局在)」**を確認することが重要です。これは使えそうです。
陽性局在とは、染色された細胞内の部位のことで、主に「核」「細胞質」「細胞膜」の3カ所があります。同じマーカーでも局在が異なると意味が変わることがあります。
また、「びまん性陽性」と「限局性陽性」の違いも重要です。p53のびまん性核陽性(陽性細胞が散在ではなくほぼ全体に広がっている状態)は悪性を強く示唆しますが、再生上皮などでも少数の散在性陽性が見られることがあります。散在性であれば問題ありません。
もうひとつ見落とされがちな点として、IHCの結果は「陽性コントロール」と「陰性コントロール」の信頼性を前提として成立します。コントロールが不適切であれば、陽性・陰性の結果そのものが信頼できない可能性があります。病理報告書を受け取った際、コントロールの評価も問題ないことを担当病理医に確認するか、報告書の備考欄を確認する習慣を持つと、より精度の高い臨床判断につながります。
歯科大学附属病院の放射線・病理診断科では、早期の口腔粘膜癌が疑われる場合に6種類以上の抗体を用いた免疫染色を実施しているケースもあり(日本大学歯科病院など)、免疫染色は早期がんの見逃しを防ぐための重要な補助ツールとして位置づけられています。結論は「陽性局在を読む」です。
参考:口腔病理専門医が免疫染色を活用する実際の流れと、歯科領域での位置づけ
日本病理学会|口腔病理専門医研修要綱(PDF)
十分な情報が収集できました。記事を作成します。