顎下腺の構造と機能及び唾石症の診断と治療

顎下腺は口腔内の健康維持に重要な役割を果たす唾液腺の一つです。本記事では顎下腺の解剖学的特徴から唾石症の診断・治療法まで詳しく解説します。あなたの診療に役立つ顎下腺の知識を深めてみませんか?

顎下腺の解剖学的特徴と臨床的意義

顎下腺の基本情報
🔍
解剖学的位置

顎舌骨筋の下に位置し、顎骨と顎二腹筋の間の三角形状の窩に収まっています

📏
サイズと形状

楕円形で長さ2.5〜3.5cm、厚さ約1.5cmの大唾液腺

💧
主な機能

粘り気の強い唾液を産生し、消化や口腔内環境の維持に貢献

kindleアンリミ

顎下腺は大唾液腺の一つであり、口腔内の健康維持に重要な役割を果たしています。解剖学的には顎舌骨筋の下に位置し、顎骨と顎二腹筋の間の三角形状の窩に収まっています。外部からは浅頸筋膜で覆われており、比較的保護された位置にあります。

 

顎下腺の大きさは楕円形で長さ2.5〜3.5cm、厚さ約1.5cmとなっており、耳下腺に次ぐ大きさを持つ唾液腺です。顎下腺管(ワルトン管)は腺の後端から出て、約5〜6cmの長さを持ち、舌下腺の内側を通過して舌下小丘に開口します。

 

組織学的には、顎下腺は大部分が漿液性であり、一部が混合性という特徴を持ちます。漿液性の部分には介在および線条導管がよく発達しており、漿液細胞が豊富に存在します。混合性の部分では漿液細胞と粘液細胞が共存し、漿液細胞が終末部の一隅に押され、半月を形成する特徴があります。

 

顎下腺の解剖学的位置と周囲組織との関係

顎下腺の解剖学的位置を理解することは、臨床的に非常に重要です。顎下腺は顎舌骨筋の下方に位置し、顎二腹筋と顎骨の間の三角形の窩に収まっています。この位置関係を把握することで、顎下部の腫脹の鑑別診断や外科的アプローチの計画に役立ちます。

 

特に注意すべき点として、顎下腺管(ワルトン管)の走行があります。ワルトン管は顎下腺深部の前端から顎下腺外に出て、顎舌骨筋の後縁を上方に向かい、顎舌骨筋、舌骨舌筋とオトガイ舌筋の間を通ります。その後、舌下線の内側を前方へ向かい、大舌下線管とともに舌下小丘に開口します。

 

この走行経路上には重要な神経や血管が存在します。特にワルトン管後方の第2大臼歯レベルでは、後外方からワルトン管の下をくぐって、前内方(舌)へ並走する舌神経があります。外科的処置を行う際には、これらの解剖学的構造を十分に理解し、損傷を避ける必要があります。

 

顎下腺の生理学的機能と唾液分泌のメカニズム

顎下腺は口腔内における唾液分泌の約65〜70%を担っており、その機能は口腔内の健康維持に不可欠です。顎下腺から分泌される唾液は、粘り気が強く、主に食物の咀嚼や嚥下を助ける役割を果たしています。

 

顎下腺の唾液分泌は自律神経系によって制御されています。交感神経と副交感神経の二重支配を受けており、特に副交感神経の刺激により唾液分泌が促進されます。食事時には視覚や嗅覚、味覚などの刺激により反射的に唾液分泌が増加します。

 

顎下腺から分泌される唾液には、アミラーゼなどの消化酵素やムチンなどの糖タンパク質、リゾチームやラクトフェリンなどの抗菌物質が含まれています。これらの成分により、唾液は以下のような重要な機能を果たしています。

  • 食物の消化補助(特に炭水化物の初期消化)
  • 口腔内の自浄作用
  • 口腔内のpH調整(酸の中和)
  • 抗菌作用による口腔内細菌の制御
  • 歯の再石灰化の促進
  • 粘膜の保護と潤滑

顎下腺の機能障害は、口腔乾燥症ドライマウス)や唾液の質的変化をもたらし、う蝕や歯周病のリスク増加、嚥下困難、味覚障害など様々な口腔内の問題を引き起こす可能性があります。

 

顎下腺に関連する疾患の分類と特徴

顎下腺に関連する疾患は多岐にわたりますが、大きく分けると以下のように分類できます。

  1. 炎症性疾患
  2. 閉塞性疾患
    • 唾石症:唾液腺導管内に結石が形成される疾患
    • 粘液栓:粘稠な唾液による導管閉塞
  3. 腫瘍性疾患
  4. 発育異常
    • 先天性欠損
    • 過形成
  5. 嚢胞性疾患
    • 粘液嚢胞
    • ガマ腫(ラヌーラ):舌下腺由来の嚢胞だが、顎下型ガマ腫として顎下部に進展することがある

これらの疾患の中で、臨床的に最も頻度が高いのは唾石症です。唾石症は唾液腺導管内に結石を生じる疾患で、顎下腺に最も多く(約80%)発生します。その理由として、顎下腺の唾液がカルシウムやリン酸塩を多く含み粘稠度が高いこと、ワルトン管が長く複雑な走行をしていること、重力に逆らって唾液が上行することなどが挙げられます。

 

顎下腺唾石症の診断と画像検査の重要性

顎下腺唾石症の診断において、適切な画像検査は非常に重要です。唾石症の典型的な症状は、食事時に唾液腺が腫脹・疼痛(唾仙痛)を生じ、数分から数十分で症状が消退するというパターンを繰り返すことです。しかし、無症状のまま経過することもあり、画像検査による確定診断が必要となります。

 

顎下腺唾石症の画像診断には以下の検査法が用いられます。

  1. パノラマX線写真
    • スクリーニング検査として有用
    • 下顎角部周辺にX線不透過像として描出される
    • 小さな唾石や軟組織に埋もれた唾石は検出困難
  2. 咬合法X線写真
    • 口腔内X線撮影法の一つ
    • 口底部の唾石の検出に有用
  3. CT検査
    • 唾石の正確な位置、大きさ、数の同定に最も有用
    • 3D再構成により立体的な位置関係を把握可能
    • 唾液腺実質の状態も評価可能
  4. MRI検査
    • 軟組織の評価に優れる
    • 唾液腺の炎症や腫瘍との鑑別に有用
    • 唾石自体の描出はCTより劣る
  5. 唾液腺造影検査
    • 造影剤を用いて唾液腺管系を描出
    • 侵襲的な検査のため近年は減少傾向
  6. 超音波検査
    • 非侵襲的で繰り返し検査可能
    • リアルタイムでの評価が可能
    • 術者の技量に依存する面がある

画像検査では、唾石の位置(舌下小丘の近傍、腺管内、腺体内)および数の同定を行うことが重要です。特に治療方針の決定には、唾石が顎舌骨筋の前方にあるか後方にあるかの判断が重要となります。前方にある場合は口腔内からのアプローチが可能ですが、後方にある場合は顎下腺摘出を含めた口腔外からのアプローチが必要となることが多いためです。

 

顎下腺唾石症の内視鏡的治療と最新アプローチ

顎下腺唾石症の治療は、従来は外科的摘出が主流でしたが、近年では低侵襲な内視鏡的アプローチが注目されています。内視鏡を用いた唾石摘出術は、患者の負担軽減と唾液腺機能の温存を目的としています。

 

内視鏡的治療の適応は、主に唾液腺導管内の唾石で、特に直径5mm以下の小さな唾石に対して有効です。導管内視鏡(シアロエンドスコープ)を用いることで、直接的な視覚化のもとで唾石を摘出することが可能となります。

 

内視鏡的唾石摘出術の手順は以下の通りです。

  1. 局所麻酔下で舌下小丘からシアロエンドスコープを挿入
  2. 生理食塩水を灌流しながら導管内を観察
  3. 唾石を確認したら、バスケット鉗子や把持鉗子を用いて把持
  4. 唾石を導管開口部まで誘導して摘出
  5. 必要に応じて導管の拡張や切開を併用

この方法の利点は、皮膚切開や唾液腺摘出を行わずに唾石を除去できることで、術後の合併症リスクが低く、唾液腺機能を温存できる点にあります。特に複数回再発する症例や、高齢者など侵襲的な手術のリスクが高い患者に適しています。

 

最新のアプローチとしては、体外衝撃波結石破砕術(ESWL)と内視鏡的治療を組み合わせた方法も報告されています。大きな唾石をESWLで細かく砕いた後、内視鏡的に残存破片を除去するという方法です。これにより、より大きな唾石にも低侵襲な治療が可能となっています。

 

日本口腔外科学会の報告によると、内視鏡的唾石摘出術の成功率は約85〜90%と高く、再発率も従来の外科的摘出と比較して低いとされています。ただし、内視鏡的アプローチが困難な症例(腺体内深部の唾石、非常に大きな唾石、強い癒着がある場合など)では、従来の外科的摘出術が選択されることもあります。

 

内視鏡的治療の詳細については、日本口腔外科学会のガイドラインが参考になります。
日本口腔外科学会 診療ガイドライン
顎下腺唾石症の治療選択においては、唾石の位置・大きさ・数、患者の全身状態、施設の設備状況などを総合的に判断し、最適な方法を選択することが重要です。歯科医師として、これらの最新治療法についての知識を持ち、適切に患者に情報提供できることが求められています。

 

顎下腺疾患の予防と歯科医療における患者指導のポイント

顎下腺疾患、特に唾石症の予防と早期発見において、歯科医師の役割は非常に重要です。日常の歯科診療の中で、顎下腺疾患のリスク因子を持つ患者を識別し、適切な指導を行うことが求められます。

 

唾石症の予防のための患者指導ポイント

  1. 十分な水分摂取の推奨
    • 1日あたり1.5〜2リットルの水分摂取を推奨
    • 唾液の粘稠度を下げ、唾液の流れを促進する効果がある
    • 特に高齢者や多剤服用患者には積極的に指導
  2. 口腔内の清潔維持
    • 適切な口腔清掃指導
    • 定期的な歯科検診の重要性の説明
    • 細菌感染による唾液腺炎の予防
  3. 唾液腺マッサージの指導
    • 顎下腺部の軽いマッサージ方法の指導
    • 唾液の流れを促進し、唾液の停滞を防ぐ効果
    • 特に唾液分泌低下のある患者に有効
  4. 食生活の指導
    • バランスの取れた食事の重要性
    • 酸性食品の過剰摂取を避ける
    • 咀嚼を促す食品の摂取推奨(唾液分泌促進効果)
  5. 薬剤の影響についての説明
    • 抗コリン作用のある薬剤(抗うつ薬、抗ヒスタミン薬など)の副作用として唾液分泌低下があることの説明
    • 多剤服用患者への注意喚起

早期発見のためのスクリーニングポイント
歯科診療において、以下のような症状がある場合は顎下腺疾患を疑い、精査を検討すべきです。

  • 食事時の顎下部の腫脹や疼痛
  • 口腔内の乾燥感(特に食事中に増悪する場合)
  • 舌下小丘からの唾液分泌減少
  • 顎下部の無痛性腫脹
  • パノラマX線写真での偶発的な不透過像の発見

これらの症状を認めた場合は、詳細な問診と触診、必要に応じて画像検査を行い、早期診断・早期治療につなげることが重要です。

 

歯科医師の役割と多職種連携
顎下腺疾患の管理においては、歯科医師だけでなく、耳鼻咽喉科医や口腔外科医との連携が重要です。特に以下のような場合は専門医への紹介を検討すべきです。

  • 顎下部の腫脹が持続する場合
  • 画像検査で唾石が確認された場合
  • 唾液分泌低下が著明で原因不明の場合
  • 顎下腺の腫瘍性病変が疑われる場合

歯科医師は、口腔内の健康管理の専門家として、唾液腺疾患の予防と早期発見に重要な役割を果たしています。日常の診療の中で、患者の唾液腺の状態にも注意を払い、適切な指導と必要に応じた専門医紹介を行うことで、患者のQOL向上に貢献することができます。

 

予防と早期発見の重要性について詳しくは、日本口腔検査学会の資料が参考になります。
日本口腔検査学会