シェーグレン症候群は、自己の免疫細胞が唾液腺や涙腺などの外分泌腺を攻撃してしまう自己免疫疾患です。1933年にスウェーデンの眼科医ヘンリック・シェーグレンによって初めて報告され、その名前に由来しています。この疾患は2015年に指定難病に認定されており、日本における推定患者数は約7万人とされていますが、実際にはより多くの潜在患者がいると考えられています。
この疾患の特徴は、唾液腺や涙腺の機能低下により、口腔乾燥(ドライマウス)や眼の乾燥(ドライアイ)といった症状が現れることです。特に歯科医療従事者にとって重要なのは、口腔乾燥による様々な口腔内トラブルへの対応です。
シェーグレン症候群の主な症状は以下のとおりです。
診断には複数の検査が用いられます。主な診断基準として、以下の4項目のうち2項目以上が陽性であれば、シェーグレン症候群と診断されます。
シェーグレン症候群は単独で発症する「一次性(原発性)シェーグレン症候群」が約7割を占め、残りは関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど他の自己免疫疾患と合併する「二次性シェーグレン症候群」です。
シェーグレン症候群の患者さんの口腔内には、唾液分泌量の減少に伴う様々な特徴が見られます。
口腔内の特徴
歯科的問題点
唾液には抗菌作用や緩衝作用、再石灰化促進作用があります。唾液分泌量が減少すると、これらの作用が低下し、特に歯頸部や根面のう蝕リスクが高まります。
唾液の自浄作用が低下することで、プラークが蓄積しやすくなり、歯周病のリスクが増加します。
唾液の抗菌作用が低下することで、カンジダ菌が増殖しやすくなります。
口腔乾燥により、義歯の維持力が低下したり、粘膜への刺激が増加したりします。シェーグレン症候群の患者さんは、唾液が少ないため口腔内が乾燥しやすく、わずかな刺激でも痛みを感じやすいという特徴があります。
唾液分泌量の減少により、味覚閾値が上昇し、味覚障害を引き起こすことがあります。
食物を飲み込む際に唾液の潤滑作用が不足するため、嚥下困難を訴える患者さんも少なくありません。
これらの問題は患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させるため、適切な対応が必要です。
シェーグレン症候群の患者さんに対する歯科治療では、以下の点に注意が必要です。
診療時の注意点
インプラント治療は従来、シェーグレン症候群の患者さんには禁忌とされてきましたが、最近の研究では、適切な術前評価と術後管理を行えば成功する可能性があることが示されています。ただし、唾液分泌量の減少による感染リスクの増加や骨結合の問題があるため、慎重な判断が必要です。
予防的アプローチ
シェーグレン症候群による口腔乾燥症状に対しては、以下のような対応策があります。
唾液分泌促進法
口腔保湿剤の使用
人工唾液の使用
メチルセルロースなどの粘稠な溶液に塩類と糖類を加えた人工唾液を使用することで、一時的に口腔内を湿潤させることができます。
生活習慣の指導
シェーグレン症候群は全身疾患であるため、医科と歯科の連携が非常に重要です。歯科医師が初期症状に気づき、適切な医科への紹介を行うことで、早期診断・治療につながる可能性があります。
歯科医師の役割
医科との連携方法
連携すべき診療科
シェーグレン症候群の患者さんの中には、口腔乾燥症状を「年齢のせい」と考え、放置している方も少なくありません。実際、発症から初診までに10〜15年のタイムラグがあるとされています。歯科医師が適切に症状を評価し、必要に応じて医科への紹介を行うことで、患者さんのQOL向上に大きく貢献できます。
従来、シェーグレン症候群はインプラント治療の禁忌症とされてきましたが、近年の研究では、適切な条件下でインプラント治療が可能であることが示されています。
インプラント治療のリスク要因
インプラント治療成功のための条件
実際の臨床例では、シェーグレン症候群患者に対するインプラント治療で、1年以上の良好な経過が報告されています。ただし、患者自身の口腔衛生管理への意識と協力が非常に重要であり、歯ブラシやフロスなどの補助的清掃用具の使用を徹底する必要があります。
インプラント治療の代替として、ブリッジによる補綴も選択肢の一つです。特に複数歯欠損の場合は、インプラントのリスクを考慮し、ブリッジを選択するケースもあります。
シェーグレン症候群患者へのインプラント治療は、リスクと利益を十分に検討した上で、患者との十分な相談のもとに決定すべきです。特に、唾液が少なく乾燥していて義歯の使用が困難な患者さんにとっては、QOL向上のための重要な選択肢となり得ます。
最新の生体モニタリング技術や、患者の持病に合わせた麻酔薬の選択など、個別化された治療アプローチが重要です。
シェーグレン症候群の患者さんに対するインプラント治療については、日本口腔インプラント学会のガイドラインも参考にしながら、慎重に判断することが推奨されています。
日本口腔インプラント学会のガイドライン(インプラント治療のリスク因子に関する情報)
シェーグレン症候群は完治が難しい疾患ですが、適切な口腔管理と医科歯科連携により、患者さんのQOLを大きく向上させることができます。歯科医療従事者として、この疾患に対する理解を深め、患者さんに最適な治療とケアを提供することが重要です。