シェーグレン症候群と歯科治療の関連性と対応方法

シェーグレン症候群は口腔乾燥を主症状とする自己免疫疾患です。歯科医療従事者として知っておくべき症状や治療法、患者さんへの対応方法について解説します。あなたの診療所に通院している患者さんの中にも、気づかないうちにシェーグレン症候群を抱えている方がいるかもしれませんが、どのように見分け、サポートすればよいのでしょうか?

シェーグレン症候群と歯科

シェーグレン症候群の基本情報
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疾患の特徴

自己免疫疾患の一種で、唾液腺や涙腺などの外分泌腺が免疫細胞に攻撃される

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好発年齢と性差

50代前後の女性に多く、男女比は1:14と圧倒的に女性に多い

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主な症状

口腔乾燥(ドライマウス)、眼の乾燥(ドライアイ)、関節痛など

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シェーグレン症候群は、自己の免疫細胞が唾液腺や涙腺などの外分泌腺を攻撃してしまう自己免疫疾患です。1933年にスウェーデンの眼科医ヘンリック・シェーグレンによって初めて報告され、その名前に由来しています。この疾患は2015年に指定難病に認定されており、日本における推定患者数は約7万人とされていますが、実際にはより多くの潜在患者がいると考えられています。

 

この疾患の特徴は、唾液腺や涙腺の機能低下により、口腔乾燥(ドライマウス)や眼の乾燥(ドライアイ)といった症状が現れることです。特に歯科医療従事者にとって重要なのは、口腔乾燥による様々な口腔内トラブルへの対応です。

 

シェーグレン症候群の症状と診断方法

シェーグレン症候群の主な症状は以下のとおりです。

  1. 口腔内症状
    • 口の渇き(ドライマウス
    • 食べ物が飲み込みにくい
    • 会話時の不快感
    • むし歯の増加
    • 口内炎や舌炎の発症
  2. 眼の症状
    • 目の渇き(ドライアイ)
    • 異物感
    • かすみ目
    • 充血
  3. その他の症状
    • 鼻腔や喉の乾燥
    • 皮膚の乾燥
    • 非リウマチ性の関節炎
    • レイノー現象(寒冷刺激で指先が白くなる)
    • 疲労感

診断には複数の検査が用いられます。主な診断基準として、以下の4項目のうち2項目以上が陽性であれば、シェーグレン症候群と診断されます。

  1. 口唇腺生検(リップバイオプシー):下唇の粘膜から唾液腺組織を採取し、リンパ球の浸潤状態を確認します。4mm²の範囲にリンパ球が50個以上浸潤している場合を陽性とします。
  2. 唾液分泌量検査:ガムテストなどで唾液の分泌量を測定します。10分間で10ml以下の場合、唾液分泌減少症と診断されます。
  3. 血液検査:抗SS-A抗体、抗SS-B抗体、リウマトイド因子などの自己抗体を検査します。
  4. 眼科検査:シルマー試験(涙の分泌量を測定)や角膜染色検査などを行います。

シェーグレン症候群は単独で発症する「一次性(原発性)シェーグレン症候群」が約7割を占め、残りは関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど他の自己免疫疾患と合併する「二次性シェーグレン症候群」です。

 

シェーグレン症候群患者の口腔内特徴と歯科的問題点

シェーグレン症候群の患者さんの口腔内には、唾液分泌量の減少に伴う様々な特徴が見られます。
口腔内の特徴

  • 舌の乾燥とざらつき(進行すると舌乳頭が委縮し、舌表面が平坦になる)
  • 口腔粘膜の発赤や亀裂
  • 唾液の粘稠化
  • 口角炎や口内炎の発生頻度の増加

歯科的問題点

  1. う蝕(虫歯)リスクの増加

    唾液には抗菌作用や緩衝作用、再石灰化促進作用があります。唾液分泌量が減少すると、これらの作用が低下し、特に歯頸部や根面のう蝕リスクが高まります。

     

  2. 歯周病の悪化

    唾液の自浄作用が低下することで、プラークが蓄積しやすくなり、歯周病のリスクが増加します。

     

  3. 口腔カンジダ症のリスク増加

    唾液の抗菌作用が低下することで、カンジダ菌が増殖しやすくなります。

     

  4. 義歯不適合

    口腔乾燥により、義歯の維持力が低下したり、粘膜への刺激が増加したりします。シェーグレン症候群の患者さんは、唾液が少ないため口腔内が乾燥しやすく、わずかな刺激でも痛みを感じやすいという特徴があります。

     

  5. 味覚障害

    唾液分泌量の減少により、味覚閾値が上昇し、味覚障害を引き起こすことがあります。

     

  6. 嚥下障害

    食物を飲み込む際に唾液の潤滑作用が不足するため、嚥下困難を訴える患者さんも少なくありません。

     

これらの問題は患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させるため、適切な対応が必要です。

 

シェーグレン症候群の歯科治療における注意点と対応

シェーグレン症候群の患者さんに対する歯科治療では、以下の点に注意が必要です。
診療時の注意点

  1. 治療中の口腔乾燥対策
    • 治療中はこまめに水分補給を行う
    • 口腔内を湿らせるためのスプレーや保湿剤を用意する
    • バキュームの使用時間を短くする
  2. 粘膜への配慮
    • 口腔粘膜が乾燥して脆弱になっているため、器具の操作に注意する
    • 粘膜を傷つけないよう、丁寧な操作を心がける
  3. 治療時間の配慮
    • 長時間の開口は患者さんの負担になるため、治療時間を短くする
    • 必要に応じて休憩を取り入れる
  4. インプラント治療の検討

    インプラント治療は従来、シェーグレン症候群の患者さんには禁忌とされてきましたが、最近の研究では、適切な術前評価と術後管理を行えば成功する可能性があることが示されています。ただし、唾液分泌量の減少による感染リスクの増加や骨結合の問題があるため、慎重な判断が必要です。

     

予防的アプローチ

  1. プラークコントロール
  2. フッ化物の応用
    • 高濃度フッ化物配合歯磨剤の使用
    • 定期的なフッ化物塗布
    • 必要に応じてフッ化物トレーの作製
  3. 定期的なメインテナンス
    • 通常よりも短い間隔(2〜3ヶ月ごと)での定期検診
    • 専門的な口腔清掃
  4. 食事指導
    • 砂糖の摂取頻度を減らす
    • 酸性食品の過剰摂取を避ける
    • 十分な水分摂取の推奨

シェーグレン症候群患者の口腔乾燥症状への対応策

シェーグレン症候群による口腔乾燥症状に対しては、以下のような対応策があります。
唾液分泌促進法

  1. 非薬物療法
    • ガム咀嚼:キシリトールガムなどを噛むことで唾液腺を刺激
    • 酸味の利用:レモンや梅干しなどの酸味のある食品で唾液分泌を促進
    • マッサージ:唾液腺のマッサージによる刺激
  2. 薬物療法
    • 塩酸セビメリン(エボザック®):ムスカリン受容体を刺激し、唾液分泌を促進
    • 塩酸ピロカルピン(サラジェン®):唾液腺を刺激し、唾液分泌を増加

口腔保湿剤の使用

  1. スプレータイプ
    • 携帯しやすく、外出先でも使用可能
    • 効果は短時間だが、即効性がある
  2. ジェルタイプ
    • 粘膜への付着性が高く、効果が持続する
    • 就寝前の使用に適している
  3. 洗口液タイプ
    • うがいによる口腔内の清掃と保湿が同時に行える
    • 抗菌成分配合のものもある

人工唾液の使用
メチルセルロースなどの粘稠な溶液に塩類と糖類を加えた人工唾液を使用することで、一時的に口腔内を湿潤させることができます。

 

生活習慣の指導

  1. 水分摂取
    • こまめな水分補給の習慣化
    • 就寝時のベッドサイドに水を用意
  2. 室内環境
    • 加湿器の使用による室内湿度の調整
    • エアコンの風が直接当たらないよう注意
  3. 口呼吸の改善
    • 鼻呼吸を意識する
    • 必要に応じて耳鼻科受診を勧める
  4. アルコールやカフェインの摂取制限
    • 利尿作用により体内の水分が失われる
    • 口腔粘膜を刺激する可能性がある

シェーグレン症候群における医科歯科連携の重要性と実践方法

シェーグレン症候群は全身疾患であるため、医科と歯科の連携が非常に重要です。歯科医師が初期症状に気づき、適切な医科への紹介を行うことで、早期診断・治療につながる可能性があります。

 

歯科医師の役割

  1. 早期発見者としての役割
    • 口腔乾燥症状に気づき、シェーグレン症候群を疑う
    • 詳細な問診(目の乾燥、関節痛などの全身症状の有無)
    • 唾液分泌量検査の実施
  2. 診断への貢献
    • 口唇腺生検の実施(専門施設への紹介も含む)
    • 唾液腺シンチグラフィーなどの検査への協力
  3. 口腔マネジメント
    • 口腔乾燥に対する対症療法
    • う蝕歯周病予防の徹底
    • 定期的なメインテナンス

医科との連携方法

  1. 紹介状の作成
    • 口腔内所見の詳細な記載
    • 唾液分泌量検査の結果
    • 患者の訴えや症状の経過
  2. 情報共有
    • 患者の服用薬剤の確認(口腔乾燥を引き起こす薬剤の有無)
    • 全身状態の把握
    • 治療計画の共有
  3. 合同カンファレンス
    • 複雑なケースでは、医科と歯科の合同カンファレンスを開催
    • 治療方針の統一

連携すべき診療科

  • リウマチ内科・膠原病内科:シェーグレン症候群の診断と治療
  • 眼科:ドライアイの評価と治療
  • 耳鼻咽喉科:鼻腔・咽頭の乾燥症状の評価
  • 皮膚科:皮膚乾燥症状の評価

シェーグレン症候群の患者さんの中には、口腔乾燥症状を「年齢のせい」と考え、放置している方も少なくありません。実際、発症から初診までに10〜15年のタイムラグがあるとされています。歯科医師が適切に症状を評価し、必要に応じて医科への紹介を行うことで、患者さんのQOL向上に大きく貢献できます。

 

シェーグレン症候群患者のインプラント治療における最新知見

従来、シェーグレン症候群はインプラント治療の禁忌症とされてきましたが、近年の研究では、適切な条件下でインプラント治療が可能であることが示されています。

 

インプラント治療のリスク要因

  1. 唾液分泌量の減少
    • 唾液の抗菌作用低下による感染リスクの増加
    • 創傷治癒の遅延
  2. 骨質の問題
    • 自己免疫疾患による骨代謝への影響
    • オッセオインテグレーション(骨結合)の不確実性
  3. 口腔粘膜の脆弱性
    • 術後の創傷治癒の遅延
    • 粘膜炎のリスク増加

インプラント治療成功のための条件

  1. 症例の適切な選択
    • 疾患活動性の低い患者
    • 良好な口腔衛生状態を維持できる患者
    • 全身状態が安定している患者
  2. 術前の準備
    • 徹底した口腔衛生指導
    • 必要に応じた抗菌薬の予防投与
    • 口腔内環境の整備(う蝕・歯周病の治療)
  3. 手術手技の工夫
    • 低侵襲手術の選択
    • 完全閉鎖による一次治癒の促進
    • 十分な治癒期間の確保
  4. 術後管理の徹底
    • 短い間隔での定期検診(3ヶ月ごと)
    • プラークコントロールの徹底
    • 口腔乾燥対策の継続

実際の臨床例では、シェーグレン症候群患者に対するインプラント治療で、1年以上の良好な経過が報告されています。ただし、患者自身の口腔衛生管理への意識と協力が非常に重要であり、歯ブラシやフロスなどの補助的清掃用具の使用を徹底する必要があります。

 

インプラント治療の代替として、ブリッジによる補綴も選択肢の一つです。特に複数歯欠損の場合は、インプラントのリスクを考慮し、ブリッジを選択するケースもあります。

 

シェーグレン症候群患者へのインプラント治療は、リスクと利益を十分に検討した上で、患者との十分な相談のもとに決定すべきです。特に、唾液が少なく乾燥していて義歯の使用が困難な患者さんにとっては、QOL向上のための重要な選択肢となり得ます。

 

最新の生体モニタリング技術や、患者の持病に合わせた麻酔薬の選択など、個別化された治療アプローチが重要です。

 

シェーグレン症候群の患者さんに対するインプラント治療については、日本口腔インプラント学会のガイドラインも参考にしながら、慎重に判断することが推奨されています。

 

日本口腔インプラント学会のガイドライン(インプラント治療のリスク因子に関する情報)
シェーグレン症候群は完治が難しい疾患ですが、適切な口腔管理と医科歯科連携により、患者さんのQOLを大きく向上させることができます。歯科医療従事者として、この疾患に対する理解を深め、患者さんに最適な治療とケアを提供することが重要です。