多形腺腫と唾液腺腫瘍の特徴と治療法

唾液腺腫瘍の中で最も頻度の高い多形腺腫について、その臨床的特徴や病理組織学的所見、診断方法、治療法を詳しく解説します。歯科医療従事者として知っておくべき多形腺腫の知識を深めてみませんか?

多形腺腫の特徴と診断および治療法

多形腺腫の基本情報
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発生頻度

唾液腺腫瘍全体の60-65%を占める最も頻度の高い唾液腺腫瘍

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好発年齢・性別

30〜40歳代に好発し、女性にやや多い

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好発部位

耳下腺や口蓋(特に硬軟口蓋移行部)に多く発生

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多形腺腫(Pleomorphic Adenoma)は唾液腺に発生する良性腫瘍の中で最も頻度の高い腫瘍です。唾液腺腫瘍全体の約60-65%を占めており、歯科臨床において遭遇する可能性が高い疾患の一つです。この腫瘍は上皮性成分と間質成分が混在する特徴的な組織像を示すことから「多形性」という名称がつけられています。

 

多形腺腫は大唾液腺では耳下腺に最も多く発生し、小唾液腺では口蓋(特に硬口蓋と軟口蓋の移行部)に好発します。30〜40歳代に多く見られ、女性にやや多い傾向があります。臨床的には無痛性で緩慢な発育を特徴とし、表面は正常粘膜に覆われた境界明瞭な腫瘤として認められます。

 

多形腺腫の臨床的特徴と好発部位

多形腺腫は臨床的に以下のような特徴を持っています。

  • 無痛性、緩慢な発育を示す
  • 境界明瞭で弾性硬または硬の腫瘤として触知される
  • 表面は正常粘膜に覆われていることが多い
  • 大きさは様々で、長期間放置すると巨大化することもある

好発部位としては以下の順に多く見られます。

  1. 耳下腺(大唾液腺由来の多形腺腫の約80%)
  2. 口蓋(小唾液腺由来の多形腺腫の約50-60%)
  3. 顎下腺
  4. 上唇
  5. 頬粘膜
  6. 舌(非常にまれ)

口腔内では特に硬口蓋と軟口蓋の移行部に好発します。口蓋に発生した場合は半球状の腫瘤として認められ、X線検査では境界明瞭な圧迫吸収像を示すことがあります。一方、耳下腺に発生した場合は下顎枝後縁の変化が見られることがあります。

 

舌に発生する多形腺腫は極めてまれであり、文献によれば2019年までに報告されている症例は24例程度とされています。舌に発生した場合も他の部位と同様に無痛性で緩慢な発育を示し、被膜に包まれた可動性のある腫瘤として認められます。

 

多形腺腫の病理組織学的所見と診断

多形腺腫の病理組織学的特徴は、その名前が示す通り多形性に富んでいます。主な特徴

  1. 上皮性成分
    • 内腔側の導管上皮(腺上皮)細胞
    • その周囲の腫瘍性筋上皮細胞による2相性腺管構造
    • 腺管状、充実性、篩状や索状構造を呈する上皮様構造
  2. 間質成分
    • 粘液腫様組織
    • 軟骨様組織
    • これらは腫瘍性筋上皮細胞に由来する

多形腺腫は通常、線維性被膜に包まれていますが、小唾液腺由来の症例では被膜が不完全であったり、欠如していることもあります。この被膜の状態は治療方針や予後に影響を与える重要な要素です。

 

診断には以下の検査が有用です。

  • 臨床所見:無痛性、緩慢な発育を示す境界明瞭な腫瘤
  • 画像検査
    • X線CT:内部不均一な像
    • MRI:T1強調像で低信号、T2強調像で高信号を示すことが多い
    • 唾液腺造影:半月状の陰影欠損
  • 穿刺吸引細胞診(FNA):確定診断に有用だが、細胞成分が多彩なため診断が難しいこともある
  • 病理組織検査:最終的な確定診断には生検または摘出標本の病理組織検査が必要

鑑別診断としては、筋上皮腫、基底細胞腺腫、多形腺腫由来癌、基底細胞腺癌、腺様嚢胞癌などが挙げられます。特に悪性化の可能性を考慮し、慎重な診断が必要です。

 

多形腺腫の治療法と再発予防の重要性

多形腺腫の治療は基本的に外科的切除が第一選択となります。良性腫瘍ではありますが、不完全な切除を行うと再発のリスクが高まるため、被膜を含めた完全切除が推奨されています。

 

治療のポイント。

  1. 完全切除の重要性
    • 被膜を損傷せず、周囲健常組織を含めた一塊切除が望ましい
    • 被膜が破れると腫瘍細胞が播種し、再発の原因となる
  2. 部位別の注意点
    • 耳下腺の場合:顔面神経を温存しながらの切除が必要
    • 口蓋の場合:骨膜を含めた切除が推奨されることがある
    • 小唾液腺の場合:被膜が不完全なことが多いため、周囲組織を含めた切除が必要
  3. 術後管理
    • 口蓋に発生した場合は、術後に口蓋保護床を装着して創部を保護することが有効
    • 定期的な経過観察が必要(再発や悪性化の可能性があるため)

多形腺腫は良性腫瘍ですが、再発率が5-30%と比較的高いことが知られています。再発の主な原因は不完全切除や被膜損傷による腫瘍細胞の播種です。また、長期間経過すると約3-5%の症例で悪性化(多形腺腫由来癌)することがあるため、早期発見・早期治療が重要です。

 

多形腺腫の悪性化と長期経過観察の必要性

多形腺腫は基本的に良性腫瘍ですが、長期間放置すると悪性化する可能性があります。多形腺腫由来癌(Carcinoma ex Pleomorphic Adenoma)は、既存の多形腺腫から発生する悪性腫瘍で、全唾液腺悪性腫瘍の約3.6-4.5%を占めるとされています。

 

悪性化のリスク因子。

  • 長期間(10年以上)の経過
  • 腫瘍の大きさ(4cm以上)
  • 高齢者(50歳以上)
  • 再発を繰り返している症例
  • 急速な増大傾向

悪性化の兆候としては、それまで緩慢だった発育速度の急激な増加、疼痛の出現、皮膚や周囲組織への浸潤、顔面神経麻痺(耳下腺の場合)などが挙げられます。

 

多形腺腫由来癌の治療は、通常の唾液腺悪性腫瘍と同様に、広範囲切除と必要に応じて頸部リンパ節郭清、術後放射線療法などが行われます。予後は浸潤の程度によって異なりますが、被膜外浸潤が3mm以下の場合は比較的良好とされています。

 

このような悪性化のリスクがあるため、多形腺腫と診断された患者は治療後も定期的な経過観察が必要です。一般的には術後5年間は6ヶ月ごと、その後は年1回程度の経過観察が推奨されています。

 

多形腺腫と歯科医療従事者の役割

歯科医療従事者は口腔内の異常を早期に発見できる立場にあり、多形腺腫の診断と管理において重要な役割を担っています。特に小唾液腺由来の多形腺腫は口腔内に発生することが多いため、日常の歯科診療の中で遭遇する可能性があります。

 

歯科医療従事者の役割。

  1. 早期発見
    • 定期検診時の口腔内検査で無症状の腫瘤を発見する
    • 患者の訴えに適切に対応し、詳細な口腔内診査を行う
  2. 適切な診断と紹介
    • 多形腺腫を疑う所見があれば、適切な画像検査を行う
    • 必要に応じて口腔外科や耳鼻咽喉科への紹介を行う
  3. 術後管理と経過観察
    • 口蓋に発生した多形腺腫の切除後には口蓋保護床の作製と調整
    • 定期的な経過観察による再発や悪性化の早期発見
  4. 患者教育
    • 口腔内の異常に気づいた場合の早期受診の重要性
    • 多形腺腫の再発や悪性化のリスクについての説明
    • 定期検診の重要性の啓発

歯科医療従事者が口腔内の無痛性腫瘤を発見した場合、多形腺腫を含む唾液腺腫瘍の可能性を考慮し、適切な対応を取ることが重要です。特に、緩慢な発育を示す境界明瞭な腫瘤で、硬口蓋と軟口蓋の移行部に位置する場合は多形腺腫を強く疑うべきです。

 

また、歯科医療従事者は多形腺腫の治療後のフォローアップにおいても重要な役割を果たします。定期的な口腔内検査を通じて再発や悪性化の兆候を早期に発見することができます。

 

多形腺腫は適切な治療を行えば予後は良好ですが、再発や悪性化のリスクがあるため、歯科医療従事者の継続的な関与が患者の長期的な健康管理に不可欠です。

 

多形腺腫の最新研究と分子生物学的知見

近年、多形腺腫の発生メカニズムや病態に関する分子生物学的研究が進展しています。これらの知見は診断や治療の新たなアプローチにつながる可能性があり、歯科医療従事者も最新の情報を把握しておくことが重要です。

 

多形腺腫の分子生物学的特徴。

  1. 遺伝子異常
    • PLAG1(8q12)やHMGA2(12q14-15)遺伝子の再構成が約70%の症例で認められる
    • これらの遺伝子異常は腫瘍の発生・進展に関与していると考えられている
    • FGFR1の過剰発現も一部の症例で報告されている
  2. 細胞分化マーカー
    • 上皮系マーカー(サイトケラチン、EMA)と筋上皮系マーカー(S-100蛋白、α-SMA、p63)の両方が陽性
    • これは多形腺腫の二相性(上皮性・間葉性)の特徴を反映している
  3. 幹細胞様特性
    • 多形腺腫の腫瘍性筋上皮細胞は幹細胞様の性質を持ち、様々な方向への分化能を有する
    • これが多彩な組織像を示す原因と考えられている

これらの分子生物学的知見は診断や予後予測に応用されつつあります。例えば、FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション)法によるPLAG1やHMGA2遺伝子再構成の検出は、診断困難な症例での補助診断として有用です。

 

また、多形腺腫の悪性化メカニズムに関する研究も進んでおり、p53遺伝子変異やHER-2/neu遺伝子増幅が悪性化と関連していることが報告されています。これらのバイオマーカーは悪性化リスクの評価や早期発見に役立つ可能性があります。

 

さらに、多形腺腫の治療においても分子標的療法の可能性が模索されています。特に再発例や切除困難例、悪性化症例に対する新たな治療オプションとして期待されています。

 

多形腺腫の分子生物学的特徴に関する詳細な情報はこちらの論文で確認できます
歯科医療従事者は、これらの最新知見を理解し、臨床現場での診断・治療・患者説明に活かすことが求められています。特に、再発リスクや悪性化リスクの評価において、従来の臨床的・病理組織学的所見に加えて、分子生物学的特徴を考慮することで、より精度の高い患者管理が可能になると期待されています。

 

多形腺腫は歯科臨床において比較的遭遇する機会の多い疾患であり、その特徴や最新の知見を理解することは、歯科医療従事者にとって重要な課題です。今後も研究の進展により、診断・治療法がさらに発展していくことが期待されます。