ポケット深度4mmでも掻爬術はダメ
ポケット掻爬術は、歯周外科治療の中でも比較的侵襲が少ない術式として位置づけられています。この手技は歯肉を切開せず、キュレット型スケーラーを用いて歯周ポケット内部の病的組織を除去することを目的としています。歯周病の進行によって形成された歯周ポケット内には、細菌性プラーク、歯石、ポケット上皮、炎症性肉芽組織が存在し、これらが慢性的な炎症の原因となっているのです。
基本的な術式の流れとしては、まず局所麻酔を施します。浸潤麻酔が一般的で、歯肉頬移行部や口蓋側から麻酔薬を注入することで、処置中の疼痛を完全にコントロールできます。麻酔が十分に効いた状態を確認したら、スケーリング・ルートプレーニング(SRP)を行い、歯根面に付着した歯石や汚染セメント質を徹底的に除去します。この段階での丁寧な処置が、術後の治癒結果を大きく左右するといえるでしょう。
次に、鋭匙型(キュレット型)スケーラーの刃部をポケット内壁に向けて挿入します。このとき重要なのは、器具の刃をポケット底部まで確実に到達させることです。そこから歯肉頂部に向かって、ポケット上皮と炎症性の肉芽組織を掻き出すように除去していきます。掻爬の方向は必ずポケット底部から歯冠側へと進めることが原則です。
歯肉外側から指で軽く圧迫しながら掻爬を行うと、ポケット内壁の組織を効率的に除去できます。この操作により、健康な結合組織が露出し、清潔になった歯根面に歯肉が再付着する環境が整うのです。処置後、歯肉と歯根面の適合が不十分な場合には、縫合を行うこともあります。また、必要に応じて歯周パック(サージカルパック)を約1週間装着し、創面の保護と止血を図ります。
歯周ポケット掻爬術の詳細な術式と治癒形態については、こちらの参考資料で図解付きで解説されています
ポケット掻爬術の適応症を正確に判断することは、治療の成否を分ける重要なポイントです。一般的には、歯周ポケットの深さが3~5mm程度の浅い骨縁上ポケットで、炎症による浮腫性の歯肉が認められる症例が適応となります。この範囲であれば、盲目的な操作であってもスケーラーが到達しやすく、感染組織を確実に除去できる可能性が高いのです。
特に初期治療段階での応用も考慮されます。中等度から高度に進行した歯周炎で、将来的にフラップ手術などのより侵襲的な外科処置が必要と予測される症例において、まず歯周ポケット掻爬術を行うことがあります。これにより炎症を軽減させ、浮腫性の歯肉を収縮させることで、後の外科処置をより効果的に行える環境を整えるわけです。
段階的なアプローチですね。
また、全身疾患を有する患者さんに対しても有用な選択肢となります。糖尿病、高血圧、心疾患などの合併症があり、フラップ手術のような侵襲の大きい処置が困難な場合でも、ポケット掻爬術であれば実施可能なケースが多いのです。高齢者や易感染性の患者さんにとって、身体的負担を最小限に抑えながら歯周治療を進められる点は大きなメリットといえます。
一方で、禁忌症についても明確に理解しておく必要があります。深く形態が複雑なポケットや骨縁下ポケットが存在する症例では、ポケット掻爬術は適応外です。これは盲目的操作では器具が到達せず、感染組織を取り残すリスクが高いためです。同様に、歯根の形態が複雑で湾曲が強い症例、あるいは根分岐部病変を伴う症例でも、SRPが困難であるためポケット掻爬術の適応とはなりません。
線維性に増殖した厚みのある歯肉も禁忌です。こうした症例では、歯肉切除術や歯肉整形術がより適切な選択となります。さらに、付着歯肉の幅が狭く、術後にさらに減少する可能性がある場合も避けるべきです。付着歯肉の喪失は、その後のプラークコントロールを困難にし、歯周病の再発リスクを高めてしまいます。
臨床での判断では、6mm以上の深いポケットは目視が困難になり、スケーラーも届きにくくなることが報告されています。この深さを超える症例では、フラップ手術への移行を検討することが原則です。
ポケット掻爬術を成功させるためには、適切な器具の選択と使用技術が不可欠です。この術式で中心的な役割を果たすのが、キュレット型スケーラーです。キュレット型スケーラーは、刃部底面や先端が半円形状になっており、歯肉を傷つけずにポケット底部まで挿入しやすい設計となっています。この形状により、盲目的な操作でも歯周組織への損傷を最小限に抑えながら、効率的に掻爬が行えるのです。
キュレット型スケーラーには、汎用型のユニバーサルキュレットと部位特異型のグレーシーキュレットがあります。ユニバーサルキュレットは両側に刃が付いており、様々な部位に使用できる利点があります。一方、グレーシーキュレットは片側のみに刃があり、特定の歯面や部位に特化した形状になっています。例えば、グレーシー#11-12は近心面、#13-14は遠心面というように、使用部位が明確に決められているのです。
臼歯部の隣接面や深いポケットには、シャンクが長く湾曲したグレーシーキュレットが到達性に優れています。前歯部では比較的ストレートなシャンクのものが使いやすいでしょう。器具選択では、ポケットの深さ、歯根の形態、アクセスの難易度を総合的に判断することが重要です。
刃の鋭利さも治療効果に直結します。鈍化した刃では歯石や汚染セメント質を効率的に除去できず、必要以上に力を加えることで歯根面を傷つけるリスクが高まります。定期的なシャープニングによって刃の切れ味を維持し、軽い力で確実に掻爬できる状態を保つことが求められます。シャープニングストーンやセラミックストーンを用いた研磨技術の習得は、歯科衛生士にとっても必須のスキルといえるでしょう。
超音波スケーラーも補助的に使用されることがあります。超音波振動によって歯石を破砕し、同時に冷却水で洗浄できる利点があります。ただし、ポケット掻爬術の主目的である肉芽組織の除去には、手用キュレットの方が触覚的フィードバックを得やすく、確実性が高いとされています。状況に応じて両者を使い分けることが理想的です。
器具の保管と滅菌管理も忘れてはなりません。適切な洗浄・消毒・滅菌プロセスを経て、常に清潔な状態で使用することが感染対策の基本です。
歯周外科治療で使用する器具の詳細と特性については、こちらで写真付きで確認できます
術後管理の適切さが、ポケット掻爬術の予後を大きく左右します。処置直後は、創面からの出血や滲出液が認められることが一般的です。このため、歯周パック(サージカルパック)を使用して創面を保護することが推奨されます。歯周パックは、二成分混合型の材料を練和し、歯肉辺縁部から歯頸部にかけて圧接するように装着します。装着期間は通常1週間程度で、その間は創面の安静が保たれ、止血効果と疼痛軽減効果が得られます。
歯周パック装着中の患者指導も重要です。硬い食物や刺激物(香辛料、熱すぎる飲食物)は可能な限り避けるよう指導します。装着部位は歯ブラシでこすらず、清潔な綿球やうがい薬で軽く清掃する程度にとどめます。パックが部分的に剥がれた場合でも、無理に自分で取らずに歯科医院に連絡するよう伝えることが大切です。
約1週間後にパックを除去し、創部の治癒状態を確認します。この時点で歯肉の炎症が軽減し、ポケット深度の減少が認められれば、治療は順調に進んでいると判断できます。ただし、多くの症例では真の新付着(セメント質の新生を伴う結合組織性付着)ではなく、長い上皮性付着による治癒形態となることが一般的です。これは生物学的には再付着ではなく修復であり、強固な付着ではないため、その後のメインテナンスが極めて重要となります。
術後の患者さんには、丁寧なブラッシング指導を行い、プラークコントロールの徹底を促します。PCR(プラーク・コントロール・レコード)を20%以下に維持することが、長期的な予後改善につながります。歯間ブラシやデンタルフロスの使用法も具体的に指導し、セルフケアの質を高めることが不可欠です。
術後の合併症としては、一時的な知覚過敏、歯肉の退縮、軽度の腫脹や疼痛などが報告されています。知覚過敏に対しては、知覚過敏抑制歯磨剤の使用や、フッ化物塗布などの対症療法が有効です。歯肉退縮は避けられない場合もありますが、これは炎症の消退によって浮腫性の歯肉が引き締まった結果であり、むしろ健康な状態への移行過程と捉えることができます。
定期的な再評価も欠かせません。術後1ヶ月、3ヶ月といった間隔で歯周精密検査を実施し、ポケット深度、プロービング時の出血(BOP)、アタッチメントレベルなどを記録します。改善が不十分な場合は、フラップ手術などのより侵襲的な処置への移行を検討する必要があります。
歯周外科治療には複数の術式があり、それぞれに明確な適応と特徴があります。ポケット掻爬術と最もよく比較されるのが、新付着術(ENAP)とフラップ手術(歯肉剥離掻爬術)です。これらの術式の違いを理解し、症例に応じて適切に選択することが、治療成功の鍵となります。
ポケット掻爬術と新付着術の最大の違いは、ポケット内壁の歯肉を除去する方法にあります。ポケット掻爬術ではスケーラーを用いて盲目的に掻爬しますが、新付着術ではメスを用いて内斜切開を加え、ポケット上皮を含む病的組織を一塊として切除します。新付着術の方がより確実に感染組織を除去できるため、治療効果は高いとされています。保険点数も新付着術は160点とポケット掻爬術の80点の2倍に設定されており、手技の難易度と効果の差が反映されています。
フラップ手術は、歯肉を切開して歯根面を直視下に露出させる術式です。これにより、複雑な歯根形態や骨縁下ポケット、根分岐部病変にも対応できます。フラップ手術の保険点数は630点と高く設定されており、最も侵襲が大きい反面、確実性も最も高い術式といえます。6mm以上の深いポケットや、骨縁下ポケットが存在する症例では、フラップ手術が第一選択となります。
術式選択の基準として、骨欠損の形態が重要な判断材料となります。骨縁上ポケット(水平性骨吸収)であればポケット掻爬術や新付着術が適応となりますが、骨縁下ポケット(垂直性骨吸収)が存在する場合は、フラップ手術が必須です。これは、骨縁下ポケットでは直視下での徹底的なデブライドメントと、場合によっては骨整形や骨移植などの追加処置が必要となるためです。
患者さんの全身状態も選択基準に含まれます。高齢者や全身疾患を有する患者さんでは、侵襲の少ないポケット掻爬術から開始し、効果が不十分な場合にステップアップするアプローチが安全です。一方、若年で全身状態が良好な患者さんでは、より積極的にフラップ手術を選択することで、治療期間の短縮と確実な改善が期待できます。
プラークコントロールの状況も重要です。歯周外科治療を行う前提条件として、PCRが20%以下にコントロールされていることが必須とされています。この基準を満たしていない状態で外科処置を行っても、術後の再感染リスクが高く、期待した治療効果が得られません。まずは歯周基本治療によってプラークコントロールを確立し、その上で適切な外科術式を選択する流れが原則です。
日本歯周病学会が発行する「歯周治療のガイドライン2022」では、各術式の適応と選択基準がエビデンスベースで詳述されています
ポケット掻爬術を含む歯周外科手術は、保険診療において厳密な算定要件が定められています。算定にあたって最も重要なのは、歯周精密検査(P精検)の実施です。区分番号D002に掲げる「歯周精密検査」の結果に基づいて歯周外科手術が行われることが前提条件となっており、精検を実施せずに歯周外科手術を算定することは認められません。個別指導でも頻繁に指摘される事項ですので、必ず精検を実施し記録を残すことが必須です。
診療録への記載内容も詳細に規定されています。手術部位(歯式または歯番)、手術内容の要点(使用器具、掻爬範囲、除去した組織の状態など)、術後処置(縫合の有無、歯周パックの使用など)を明確に記載する必要があります。「#12遠心にポケット掻爬術施行、キュレットにて肉芽除去、歯周パック装着」といった具体的な記述が求められます。曖昧な記載や省略は、算定要件を満たしていないと判断される可能性があります。
算定回数についても注意が必要です。歯周外科手術は原則として1歯につき1回の算定となりますが、精密検査を再度実施し、病状の変化が認められる場合には、同一部位への2回目の算定も可能とされています。ただし、これは病状に応じた医学的必要性が明確な場合に限られ、漫然と繰り返すことは認められません。再度の精検結果と、前回手術後の経過、再手術の必要性を診療録に詳細に記載することが求められます。
歯周病安定期治療(SPT)開始後に歯周外科手術を実施した場合は、所定点数の50%で算定することになります。SPT中は病状が安定している前提であり、外科処置が必要となる状況は例外的と考えられるため、点数が減算されるわけです。この場合も、なぜSPT中に外科処置が必要となったのか、病状の変化を示す検査結果とともに記録する必要があります。
保険請求時のレセプト記載では、「歯周外科手術(歯周ポケット掻爬術)1歯 80点」といった形で記載します。複数歯に実施した場合は歯数分を算定できますが、同一手術日に複数の術式を組み合わせる場合(例えばポケット掻爬術と新付着術を異なる部位に実施)は、それぞれの部位と術式を明確に記載することが重要です。
算定要件を満たしていない例として、個別指導で指摘された事例には以下のようなものがあります:診療録への手術部位・手術内容の記載がない、歯周精密検査を実施していない、SPT算定中の外科手術を100%で算定している、などです。これらの指摘を受けると返戻や査定の対象となるため、日常的に正確な記録と適切な算定を心がけることが不可欠です。
歯周外科手術に関連する材料費(歯周パックなど)は所定点数に含まれており、別途算定することはできません。ただし、特定の薬剤や特殊な材料を使用した場合は、その妥当性を説明できる記録を残しておくことが望ましいでしょう。