長い上皮性付着は結合組織性付着に置換されます。
長い上皮性付着は、歯周治療後に形成される重要な治癒形態のひとつです。歯と歯肉の間に上皮細胞が長く伸びて付着している状態を指します。
スケーリング・ルートプレーニング(SRP)やウィドマン改良フラップ手術などの歯周治療を行った後、歯周ポケット内壁の上皮が根面に沿って根尖側に長く伸びていきます。
この状態が長い上皮性付着です。
健康な状態では上皮性付着は約1mm程度ですが、治療後には数ミリメートルにわたって形成されることがあります。
従来、長い上皮性付着は不安定で脆弱な治癒形態であると考えられてきました。しかし近年の研究により、適切なメンテナンスを継続することで長期的に安定することが明らかになっています。
歯周治療の目標は、歯周ポケットの減少と炎症のコントロールです。長い上皮性付着の獲得により、プロービング時に器具が入らなくなり、臨床的に歯周ポケットが浅くなったと評価できます。歯肉の位置が変わっていないのにプローブが入らなくなる現象は、付着の獲得が起こったことを意味しています。
つまり治癒の証です。
治療後の歯周組織の状態を評価する際、レントゲン写真で大きな変化が見られない場合でも、炎症が消退しプローブが入らなければ、長い上皮性付着による治癒が起こっていると判断できます。この治癒形態は、歯周病の進行を止め、口腔内の健康を維持するために十分に機能する付着様式なのです。
長い上皮性付着の接着メカニズムは、ヘミデスモゾームと呼ばれる細胞接着装置によって形成されています。上皮細胞が歯根表面に付着する際、細胞膜上のヘミデスモゾームを介して接着分子とリガンドが結合します。
ヘミデスモゾーム結合は、上皮性付着部におけるエナメル質と接合上皮の結合様式です。ともに外胚葉系組織であり、これにより生体の基本的ルールである外胚葉系組織の連続性が維持されています。接着分子であるインテグリンα6β4やラミニン-5などのタンパク質が、この結合に重要な役割を果たします。
実は上皮性付着には本物と偽物が存在します。本物の上皮性付着は、ヘミデスモゾーム結合による接着分子とリガンドの結合で、上皮細胞自身が付着している状態です。一方、偽物の上皮性付着は、歯肉の収縮によってポケットが浅くなったように見えるだけの状態を指します。
結合組織性付着と比較すると、上皮性付着の接着力は弱いとされています。
結合組織性付着は、セメント質と歯肉結合組織が歯肉線維(コラーゲン繊維)で強固に結合している構造です。これに対し、ヘミデスモゾーム結合による上皮性付着は、通常の細胞間結合よりも脆弱であることが知られています。そのため、従来は長い上皮性付着が不安定な治癒形態と考えられてきました。
しかし研究により、ヘミデスモゾーム結合は決して弱いだけの接着ではないことが分かってきました。接着上皮と移動のメカニズムに関する研究で、ヘミデスモゾームを介した上皮性付着が、適切な条件下では長期的に維持されることが示されています。上皮細胞は常に新陳代謝を繰り返しながら、ヘミデスモゾーム結合を更新し続けることで、安定した付着状態を保っているのです。
生物学的幅径の観点からも、上皮性付着は重要な役割を担っています。生物学的幅径とは、歯槽骨頂から歯肉溝底部までの歯肉の付着幅のことで、約2mmです。この内訳は、根尖側から結合組織性付着が約1mm、その歯冠側に上皮性付着が約1mm存在します。この約2mmの幅は、生体が維持しようとする恒常性のある構造であり、歯周組織の健康維持に必須の要素となっています。
ヘミデスモゾーム結合の詳細な構造と機能について解説されています(クインテッセンス出版)
近年の研究により、長い上皮性付着は時間の経過とともに結合組織性付着に置換される可能性があることが明らかになっています。これは歯周治療後の予後を考える上で、非常に重要な知見です。
東京歯科大学の下野正基教授らの研究グループは、動物実験において長い付着上皮が短小化し、上皮性付着が結合組織性付着に置換されることを実証しました。治療後の時間経過に伴って、上皮細胞の根尖側移動が停止し、代わりに歯根膜由来の細胞が根面に新生セメント質を形成していくプロセスが観察されています。
臨床症例でもその可能性が示されています。
ある重度歯周炎患者の22年間の経過観察では、歯周基本治療とメインテナンスの継続により、治療当初は長い上皮性付着と考えられていた部位で、経時的な変化が観察されました。歯周外科時にはまったく骨が存在しなかった頬側に、20年以上経過後のCT画像で骨の再生が確認されたのです。これは長い上皮性付着が結合組織性付着に変化し、さらに歯周組織の再生が起こったことを示唆する所見といえます。
置換のメカニズムは次のように考えられています。まず、歯周治療により炎症が除去され、プラークフリーな環境が維持されることで、長い上皮性付着が安定します。その後、上皮の基底部では細胞の代謝回転が続き、徐々に上皮が短小化していきます。同時に、根面に接する歯根膜由来の細胞が活性化され、新生セメント質が形成され始めます。
新生セメント質には、歯根膜線維が埋入していきます。このコラーゲン繊維の封入により、結合組織性付着が確立されていくのです。この過程には数年から十数年という長い時間を要しますが、適切なメンテナンスと口腔衛生管理が継続されれば、歯周組織の再生が期待できます。
ただし、すべての症例で置換が起こるわけではありません。置換が起こるためには、炎症のコントロールが完全に行われていること、咬合性外傷などの機械的ストレスがないこと、患者の全身状態が良好であることなどの条件が必要です。また、置換の程度や速度には個人差があり、部位によっても異なります。
それでも期待できます。
長い上皮性付着から結合組織性付着への置換に関する病理学的考察(日本臨床歯周病学会誌)
スケーリング・ルートプレーニング(SRP)は、歯周病治療の基本となる非外科的処置です。SRP後の治癒形態として最も一般的に獲得されるのが、長い上皮性付着です。
SRPでは、歯周ポケット内の歯石やプラーク、汚染されたセメント質を専用器具で除去します。キュレットと呼ばれるハンドスケーラーや超音波スケーラーを使用し、根面を滑沢にします。この処置により、根面が清浄化され、歯肉が付着しやすい環境が整います。
治療後、歯周ポケットの内壁を構成していた炎症性の肉芽組織が除去され、健康な上皮細胞が根面に沿って根尖側に伸びていきます。この上皮細胞がヘミデスモゾームを介して根面に付着することで、長い上皮性付着が形成されるのです。
臨床的には4〜6週間で治癒します。
SRP後の再評価では、プロービングデプス(歯周ポケットの深さ)の減少が確認できます。治療前に6〜7mmあった歯周ポケットが、治療後には3〜4mmに改善することは珍しくありません。この減少は、歯肉の退縮と長い上皮性付着の獲得の両方によってもたらされます。
プロービング時の出血(BOP)も重要な評価指標です。SRP前には炎症により出血が認められていた部位でも、治療後には出血がなくなります。これは炎症が消退し、長い上皮性付着により歯周ポケットがシールされたことを示しています。出血がなくなることは、細菌の侵入を防ぐバリア機能が回復した証拠といえます。
歯肉の状態も変化します。治療前には発赤、腫脹していた歯肉が、治療後にはピンク色で引き締まった状態になります。歯肉の硬さも増し、プロービング時の抵抗感が感じられるようになります。これらの変化は、長い上皮性付着と周囲組織の健康回復を反映しています。
レントゲン写真では、SRP直後には大きな変化が見られないことがあります。歯槽骨の再生には時間がかかるため、骨レベルの改善は数ヶ月から数年かけて徐々に起こります。しかし、歯槽骨頂の硬線が明瞭になったり、歯根膜腔の拡大が消失したりする所見は、治療の成功を示す指標となります。
SRP後に長い上皮性付着が安定するためには、患者自身によるプラークコントロールが不可欠です。1日2〜3回の適切なブラッシングと、歯間ブラシやデンタルフロスの使用により、プラークの蓄積を防ぐ必要があります。セルフケアが不十分だと、再び炎症が起こり、獲得した付着が失われてしまいます。
歯周治療後の治癒形態には、長い上皮性付着と新付着という2つの異なる様式があります。この違いを理解することは、治療法の選択や予後予測に重要です。
新付着(new attachment)とは、歯周病によって露出した歯根面に治療的手段によって新生セメント質が形成され、そこに歯根膜線維が埋入することで生じる結合を指します。つまり、失われた歯周組織が本来の構造を取り戻す、真の意味での再生です。新付着では、歯根面に新しくセメント質が形成され、そこからコラーゲン繊維が歯槽骨に向かって伸び、歯根膜が再構築されます。
対照的に、長い上皮性付着は上皮細胞のみが根面に付着した状態で、歯根膜や歯槽骨の再生を伴いません。上皮が根面をカバーしているだけで、組織学的には元の構造とは異なります。ヘミデスモゾーム結合による接着のため、結合組織性の付着よりも物理的強度は劣ります。
治癒のスピードも異なります。
上皮細胞の成長速度は、歯根膜由来の細胞よりも速いことが知られています。そのため、通常の歯肉剥離掻爬術やSRPでは、根面に最初に到達するのは上皮細胞であり、結果として長い上皮性付着が形成されやすいのです。一方、新付着の形成には時間がかかり、特殊な治療法が必要となります。
新付着を獲得するための代表的な治療法が、歯周組織再生療法です。エムドゲインやリグロスといった歯周組織再生材料を使用する方法や、GTR法(組織再生誘導法)などがあります。これらの治療では、メンブレン(膜)や生体材料により上皮細胞の根尖側への成長を物理的に遮断し、歯根膜細胞が優先的に根面に到達できるようにします。
エムドゲインゲルは、歯の発生過程で重要な役割を果たすエナメルマトリックスタンパク質を主成分としています。このゲルを根面に塗布することで、歯根膜細胞の増殖と分化が促進され、新生セメント質の形成が誘導されます。リグロスは、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)を含む製剤で、細胞増殖を促進して歯周組織の再生を図ります。
臨床的な安定性については、かつては新付着の方が優れていると考えられていました。しかし長期的な研究により、適切なメンテナンスが行われれば、長い上皮性付着も十分に安定した治癒形態であることが示されています。20年以上の経過観察症例でも、長い上皮性付着が維持され、歯周組織が安定していることが報告されています。
費用面でも違いがあります。歯周組織再生療法は保険適用のものもありますが、リグロスで1歯あたり約1〜3万円、エムドゲインなど保険適用外の材料を使用する場合は1歯あたり15〜20万円程度かかります。一方、SRPによる治療は保険適用で、より低コストで行えます。
治療法を選択する際は、歯周ポケットの深さ、骨欠損の形態、患者の全身状態、経済的負担などを総合的に考慮します。垂直性骨欠損や根分岐部病変があり、歯周組織の再生が期待できる症例では、再生療法が選択されることがあります。一方、骨欠損が水平性で広範囲の場合や、全身疾患がある場合には、SRPによる治療が第一選択となります。
上皮性付着と新付着の違いについて詳しく解説されています(ニコニコ歯科)
長い上皮性付着を獲得した後の長期的な安定には、継続的なメンテナンスが絶対に欠かせません。メンテナンスの質と頻度が、歯周組織の予後を大きく左右します。
日本臨床歯周病学会の症例報告では、重度広汎型慢性歯周炎の患者が、歯周基本治療後にメインテナンスを22年間継続し、良好な経過を示した事例が紹介されています。初診時にはプロービングデプスが7〜11mmあり、全顎にわたって歯槽骨吸収が根尖近くまで進行していました。
SRPとウィドマン改良フラップ手術による治療後、長い上皮性付着が獲得されました。その後の22年間、3〜4ヶ月ごとの定期メンテナンスを継続した結果、一度も急性症状や付着の喪失を起こすことなく、歯周組織が安定した状態を維持できたのです。
さらに驚くべきことがあります。
長期経過観察の中で、いくつかの興味深い変化が観察されました。退縮していた歯肉にクリーピング(歯肉の這い上がり)が生じ、歯間空隙が狭まりました。また、付着歯肉がほとんど失われていた部位に、フェストゥーン様の変化が現れ、それが徐々に厚みを増して付着歯肉様に変化していきました。
最も注目すべきは、CT画像による評価です。治療から22年後にCT撮影を行ったところ、歯周外科時にはまったく骨が存在しなかった頬側に、ボリュームレンダリング像で骨の再生が確認されました。これは、長い上皮性付着が結合組織性付着に置換され、さらに歯周組織の再生が起こったことを示唆する所見です。
メンテナンスの具体的内容は、プロービング検査、プラークの確認と除去、歯石の除去、PMTC(専門的機械的歯面清掃)、ブラッシング指導などです。必要に応じてレントゲン撮影を行い、骨レベルの変化を確認します。
メンテナンス間隔は患者のリスクにより異なります。
一般的には3〜4ヶ月ごとが推奨されますが、リスクが高い患者では1〜2ヶ月ごと、安定している患者では6ヶ月ごとに調整することもあります。プラークコントロールが良好で、プロービング時の出血がなく、歯周ポケットが3mm以下に維持されている場合は、間隔を延ばすことができます。
患者自身のホームケアも重要です。歯科衛生士による専門的なケアだけでは不十分で、毎日のセルフケアが歯周組織の安定を支えています。適切なブラッシング方法、歯間ブラシやフロスの使用方法を習得し、実践することが求められます。
メンテナンスを中断すると、再び炎症が起こり、獲得した長い上皮性付着が失われるリスクが高まります。定期的な専門的ケアにより、初期の炎症の兆候を早期に発見し、対処することができます。これにより、歯周病の再発を防ぎ、長期的な歯の保存が可能になるのです。
長い上皮性付着による治癒は、決して不安定で不確かな治癒形態ではありません。適切な治療とその後の継続的なメンテナンスにより、長期的に安定し、場合によっては歯周組織の再生も期待できる、信頼できる治癒の形なのです。
長い上皮付着の長期経過観察に関する臨床報告(日本臨床歯周病学会誌)