抜歯を「我慢」させることで、MRONJが悪化した症例が近年急増しています。
MRONJは「Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw」の頭文字を取った略語で、日本語では**薬剤関連顎骨壊死**と呼ばれます。読み方は「ムロンジェイ」または「ムロンジ」です。2014年にAAOMS(米国口腔顎顔面外科学会)がBRONJ(ビスホスホネート関連顎骨壊死)という旧称を改め、より広い薬剤を対象とした現在の名称に改訂しました。
この疾患の本質は、特定の薬剤が骨代謝のサイクルを強力に抑制することにあります。正常な顎骨では、破骨細胞が古い骨を壊し(骨吸収)、骨芽細胞が新しい骨を作る(骨形成)サイクルが常に繰り返されています。ビスホスホネート(BP)やデノスマブといった骨吸収抑制薬(ARA:Antiresorptive Agent)は、このサイクルの「壊す側」を強力に抑制します。そのため外傷や細菌感染が加わると、傷んだ骨組織が修復されないまま壊死へと進行します。
顎骨は体の中でも特に代謝が活発な骨の一つです。食事、会話、呼吸など1日に何万回もの刺激が加わる上に、歯根周囲の口腔内細菌と常に接触しています。そのため他の骨と比べて圧倒的にMRONJが起きやすい解剖学的環境にあります。つまりMRONJとは、全身疾患の治療薬が引き起こす顎特有の重篤な副作用ということです。
診断基準は、下記の3項目を**すべて**満たした場合に確定します。
- **①** BPまたはデノスマブ(Dmab)製剤による治療歴がある
- **②** 8週間以上持続して、口腔・顎・顔面領域に骨露出を認める。または口腔内・口腔外から骨を触知できる瘻孔を8週間以上認める
- **③** 原則として、顎骨への放射線照射歴がない。また顎骨病変が原発性がんや顎骨へのがん転移でない
「8週間以上」という期間の条件が重要です。骨露出が確認されてもすぐにMRONJと診断するのではなく、治癒傾向がないことを確認してから診断を確定するという考え方です。
発症部位は下顎が圧倒的に多く、報告によると全体の47〜73%が下顎に発生しています。上顎は20〜22.5%、上下顎同時発症は4.5〜5.5%です。下顎隆起や口蓋隆起など、骨が粘膜に近い部位でも好発します。
日本口腔外科学会:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023(公式PDF)|診断基準・リスク因子・治療指針の一次資料
歯科従事者の間でMRONJの原因薬剤といえばBP製剤(ビスホスホネート)というイメージが定着しています。しかし現在では対象薬剤の範囲が大きく広がっており、その認識のアップデートが求められています。
主なMRONJ関連薬剤をまとめると次の通りです。
- **骨吸収抑制薬(ARA):** ビスホスホネート(BP)製剤・デノスマブ(プラリア®、ランマーク®)・抗スクレロスチン抗体製剤ロモソズマブ(イベニティ®)
- **血管新生阻害薬:** ベバシズマブ(アバスチン®)など
- **チロシンキナーゼ阻害薬・mTOR阻害薬:** スニチニブ(スーテント®)、エベロリムス(アフィニトール®)など
悪性腫瘍の治療に使われる高用量ARAのほうがリスクは高いのですが、骨粗鬆症治療の低用量ARAでも長期使用によってMRONJ発症リスクは確実に上昇します。日本のレセプトデータを基にした調査では、ARAを投与された骨粗鬆症患者のMRONJ発症率は**22.9/10万人年**と報告されています。患者数の多さを考えると、一般歯科においても決して他人事ではありません。
PP2023で整理されたリスク因子は、薬剤関連・局所・全身の3カテゴリに分類されます。局所因子の中では、「歯周病・根尖病変・インプラント周囲炎などの顎骨感染性疾患の存在」が特に重視されています。これが重要な視点の転換です。
全身因子として注目すべきは糖尿病・自己免疫疾患・人工透析中の患者・貧血(Hb<10g/dL)・喫煙・肥満などです。これらの全身疾患を抱える患者は、MRONJ発症リスクが複合的に高まります。複数のリスク因子が重なる患者への対応は、単独リスク患者よりも慎重に行う必要があります。
投与量と期間の関係では、高用量(静注ゾレドロン酸など)ではがん患者でのMRONJ発症率が1.4〜6.6%と報告されています。一方、低用量(骨粗鬆症への経口BP)では発症率は0.01〜0.1%と低い水準ですが、4年以上の長期投与ではリスクが2倍になることが示されています。
「4年」が一つの目安です。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル(MRONJ対応)|診断・予防・治療に関する医療関係者向け公式マニュアル
MRONJの病期は、AAOMSのステージ分類に基づいてステージ0〜3の4段階に分類されます。この分類は治療方針の選択に直結するため、臨床現場での実践的理解が欠かせません。
**ステージ0(潜在性・非骨露出型病変)** は、骨の露出は確認されないが、MRONJの可能性がある段階です。歯周病や根尖性歯周炎との鑑別が非常に困難です。症状としては、顎の鈍い骨痛・歯の動揺・副鼻腔の疼痛・口腔内外の腫脹などが挙げられます。ステージ0の50%は保存的治療で治癒しますが、残り50%は上位ステージへ進行するリスクがあります。ここで注意したいのは、日本の臨床現場では「歯原性感染症から進展したMRONJ」が多く、PP2023では「歯原性でないこと」という条件を外したことです。
**ステージ1** は、無症状で感染を伴わない骨露出・骨壊死、またはプローブで骨を触知できる瘻孔を認める段階です。疼痛がないため見逃しリスクが高い段階とも言えます。下顎隆起や義歯性潰瘍由来の骨露出もこのステージに分類されます。
**ステージ2** になると、感染・炎症を伴う骨露出が現れます。発赤・疼痛を伴い、排膿がある場合とない場合があります。患者から「歯茎が腫れて痛い」「膿が出る」という訴えが出てくるのがこの段階です。強い痛みで食事ができなくなることもあります。
**ステージ3** は最重症です。下顎では下縁・下顎枝に至る広範な骨露出・骨壊死が生じ、口腔外瘻孔の形成、病的骨折が起こりえます。上顎では上顎洞・鼻腔・頬骨への壊死の拡大や口鼻腔瘻も認められます。下歯槽神経の感覚麻痺が出ることもあります。重症です。
治療はステージに応じて段階的に選択されます。
| ステージ | 主な治療方針 |
|---|---|
| ステージ1 | 保存的治療(抗菌性洗口液・洗浄・局所抗菌薬注入)または外科的治療 |
| ステージ2 | 保存的治療と外科的治療どちらも適応。外科的治療のほうが治癒率は高く、全身状態が許せば外科的治療を優先 |
| ステージ3 | 外科的治療(壊死骨+周囲骨切除、区域切除など)が主体 |
PP2016まではMRONJは「難治性疾患」とされ、治癒をゴールとすることが難しいとされていました。しかしPP2023では「治癒」を目指せるようになってきたとされています。
三鷹歯科医院:歯科医のためのMRONJまとめ|PP2023に基づくステージ分類・治療の判断基準をわかりやすく解説
PP2023(顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023)は2016年版から約7年ぶりに改訂されたもので、臨床の常識を複数の点で塗り替えました。歯科従事者が最も影響を受ける変更点を整理します。
**変更点①:予防的休薬は「原則不要」に**
従来、ARA投与中の患者に抜歯を行う際は、発症リスク軽減のため事前に薬剤を休薬させるケースが少なくありませんでした。しかしPP2023では「抜歯前2〜3か月の低用量BPの休薬でMRONJ発症が有意に減少しなかった」というエビデンスを根拠に、「原則として抜歯にARAを予防的に休薬しないことを提案する」と明記されました。むしろ休薬による待機期間中に、既存の感染が悪化してMRONJに至るリスクの方が問題視されます。
骨粗鬆症治療の観点からも重要です。ARAを不必要に休薬すると、骨折リスクが上昇します。休薬の判断は歯科医単独ではなく、処方した医師と情報共有しながら行うのが原則です。
**変更点②:抜歯=リスク因子から感染性疾患=リスク因子へ**
従来の認識では「抜歯がMRONJの引き金」と捉えられていました。この影響で、抜歯が必要な歯であっても抜歯を拒否される患者、いわゆる「抜歯難民」が多数生じました。その結果として、抜歯を避けたにもかかわらずMRONJを発症する患者が増加しました。
PP2023では「抜歯はMRONJを顕在化させるものであり、潜在していた根尖病変や歯周病の感染こそが発症のトリガー」という立場に転換しています。これが歯科現場での判断を大きく変える点です。
**変更点③:骨粗鬆症患者全例が歯科スクリーニングの対象**
PP2023では「原則として骨粗鬆症治療を開始する患者は全例が歯科スクリーニングの対象」と明記されました。実際に、ARA投与開始前に問題歯を抜歯しておくことがMRONJの一次予防として最も効果的です。
歯科側の具体的な対応としては、ARA投与開始前に骨縁下う蝕・重度歯周病・活動性の根尖病変を抱える歯を抜歯し、感染源を除去しておくことが求められます。口腔衛生状態を整えてから薬剤投与を開始することが、MRONJリスクを下げる最も確実な方法です。
予防が最大の治療です。
**投与中に抜歯が必要になった場合の注意点**
- 術前に十分な口腔清掃を行い、口腔内細菌数を減らす
- 予防抗菌薬は一般的な観血的歯科治療と同様の適正使用を遵守する(アモキシシリン250〜1000mg、術前1時間前から)
- 抜歯後は骨鋭縁を可能な限り削去し、粘膜骨膜弁での閉鎖を試みる
骨とは(一般社団法人骨粗鬆症学会関連サイト):PP2023改訂トピック解説|休薬の扱い・感染リスクの再評価について専門家が解説
MRONJの管理は、歯科医師単独で完結するものではありません。処方医師・薬剤師・歯科衛生士が連携して患者を支える体制こそが最大の予防策です。PP2023でも医歯薬連携の重要性が強調されており、各職種の役割が具体的に描かれています。
**医師・歯科医師の連携** の基本は、ARA投与開始前の情報共有です。処方医(整形外科・内科・腫瘍科など)はARA投与を予定する際、歯科受診をすすめます。歯科医師は口腔内を精査し、感染性疾患の除去・補綴物の調整・義歯の適合確認などを行います。投与開始後も3か月ごとの定期的な口腔管理が推奨されています。
**薬剤師の役割** も見逃せません。薬剤師は処方情報を把握しており、患者がARA系の薬剤を使用していることを歯科に伝えるブリッジ的な役割を担えます。PP2023では、薬剤師が医師・歯科医師・患者をつなぐ重要な役割を担うことが明示されました。
**歯科衛生士の日常臨床における予防の役割** も非常に大きいです。定期的な口腔衛生指導とプロフェッショナルケアを通じて、MRONJ発症の根本的なリスクである「感染源」を継続的に排除できる立場にあります。具体的には、プラーク・歯石の除去、セルフケア指導、早期の異常発見(粘膜の変化・骨露出の兆候)が求められます。
患者へのインフォームドコンセントも重要です。骨粗鬆症やがん治療中の患者は自分が飲んでいる薬とMRONJの関係を知らないことが多く、「歯科治療が怖い」という誤解から受診を避けがちです。「ARAを飲んでいるから歯科を受けていない」という患者を発見したら、それ自体がリスク状態です。受診を続けることが予防につながるという正確な情報を提供することが、歯科従事者全員の責務と言えます。
また、MRONJが疑われる症例や高リスク症例では、病院の歯科口腔外科・顎口腔外科への適切な紹介が不可欠です。特にステージ2以上が疑われる場合、または高用量ARAを使用しているがん患者への侵襲的処置は、専門医との連携のもとで行うことが求められます。一般開業医が抱え込まず、適切なタイミングで紹介する判断力もプロフェッショナリズムの一つです。
日常の定期検診の中で、薬剤服用歴の確認を必ず行うことが基本です。患者が「骨粗鬆症の薬を飲んでいる」という情報は、問診票だけでは見落とされるケースもあります。直接確認する習慣が、予防の第一歩になります。
日本骨粗鬆症学会:顎骨壊死を起こさない骨粗鬆症治療を医歯薬連携で(声明文PDF)|医師・歯科医師・薬剤師の具体的な連携指針を記載
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