細かく刻めば刻むほど安全と思っていると、誤嚥リスクが逆に上がって患者の肺炎を招きます。
歯科情報
刻み食は、食材を5mm〜1cm程度の大きさに細かく刻んで提供する介護食の一種です。咀嚼(そしゃく)力が低下した方や、口を大きく開けにくい方に対応するために考案されました。ポイントは「噛む力が落ちているが、飲み込む力(嚥下力)は保たれている方」を対象としていることです。
ここは大きな誤解が生まれやすい部分です。
歯科医療に従事していると、「とにかく細かく刻めば安全」と感じるケースがあるかもしれません。しかし、刻み食が適切なのは咀嚼機能のみが低下した患者さんに限られます。嚥下機能(飲み込む力)も同時に低下している患者さんに刻み食を提供することは、むしろ誤嚥リスクを上げる行為になりかねません。
作り方の基本的な手順は以下の通りです。
対象者の選定で重要なのが、嚥下スクリーニングを事前に実施することです。口腔機能低下症の診査や嚥下機能評価(反復唾液嚥下テストなど)を組み合わせることで、刻み食が適切かどうかを適切に判断できます。適応を誤ると、患者さんの誤嚥リスクを高めてしまう点を忘れないでください。
刻み食における誤嚥の主なメカニズムは、「口腔内で食塊が形成されにくいこと」にあります。健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)の解説によれば、刻まれた食事は口の中でパラパラしてしまい、咽頭に残りやすくなります。そして気道に食べ物が入ってしまうことが誤嚥の原因です。
誤嚥リスクが高いということですね。
誤嚥性肺炎は、入院をともなう肺炎患者の60%以上を占めると言われており、70歳以上では約80%が誤嚥性肺炎とされます(ファイザー株式会社ワクチン情報サイト参照)。刻み食の不適切な使用がこのリスクをさらに高めてしまう可能性は、歯科従事者として強く意識しなければならない事実です。
誤嚥リスクを下げるためには、「軟らかさ」と「とろみ」のセットが原則です。
具体的には次のような調整が有効です。まず食材は、舌と口蓋で軽く押すだけで潰れる程度(日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021のコード3相当)の軟らかさに加熱します。次に刻み終えた食材に、水溶き片栗粉や市販のとろみ剤で作った「とろみあん」を和えます。とろみあんを全体に絡めることで、スプーンでひとまとまりになり、口腔内と咽頭での残留を防ぎやすくなります。
水分が少なくぱさつく食材、たとえば揚げ物・魚の焼き物・ゆで卵などは、特に誤嚥を引き起こしやすい食品として知られています。こうした食品は、だし汁や調味液をまとわせてからとろみを加えるひと工夫が必要です。
参考情報として、日本摂食嚥下リハビリテーション学会が公開している「嚥下調整食分類2021」は、食形態の適切な選定において権威ある基準となっています。嚥下調整食コードと、対応する食形態の詳細が確認できます。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会「嚥下調整食分類2021」公式ページ(食形態の詳細基準を確認できます)
刻み食には、食中毒のリスクが通常食より高いという問題があります。これは、刻む作業によって食材の表面積が大幅に増えるためです。たとえば、1辺3cmの立方体の食材を5mm角に刻むと、表面積はおよそ6倍以上に拡大します。これほどの表面積拡大が起きると、食中毒細菌が付着・繁殖できる場所が一気に増えてしまいます。
これは見落としやすいリスクです。
嚥下食の基礎知識を発信する「嚥下食ドットコム」でも、調理済み食材を刻む過程で食中毒菌がまな板や包丁に付着し、食材全体に広がる危険性が明示されています。調理済みの食材を刻む場合は再加熱ができないため、細菌が増殖したまま提供してしまうリスクが特に高くなります。
衛生管理の具体的なポイントを整理します。
歯科衛生士や歯科医師が訪問診療の場で患者家族に刻み食の指導を行う際も、衛生管理の伝え方は重要です。「刻むだけでいい」という誤解を防ぎ、調理器具の消毒方法や保存温度についても一緒に案内することが、患者さんの健康を守る具体的な行動につながります。
嚥下食ドットコム「リスクが大きいきざみ食」(食形態と食品衛生の両面からリスクを解説)
刻み食には、誤嚥リスクや衛生面のほかに、もうひとつ見落とされがちな問題があります。それは「食欲低下」と「口腔内残留による虫歯・感染リスク」です。
食欲低下の問題から見ていきましょう。食材を細かく刻むと、料理本来の見た目が失われます。フライや魚の煮付けなどは、刻んだ時点で「何の料理か」が判別しにくくなり、食事に対する楽しみや期待感が著しく低下します。健康長寿ネットの解説でも、食べ物の外見が失われることが食欲低下を招くと明確に指摘されています。
食欲が落ちることで摂取量が減り、低栄養状態に移行するリスクがあります。厚生労働省の調査では、65歳以上の低栄養傾向(BMI≦20kg/m²)の割合は男性12.4%、女性20.7%に達しており、85歳以上では女性で約28%にのぼります。刻み食による食欲低下がこのリスクを加速させる可能性は無視できません。
低栄養が問題ということですね。
口腔ケアとの関係も重要なポイントです。刻み食の細かな食片は歯と歯の間・歯肉溝・義歯の隙間に入り込みやすく、通常食よりも口腔内残留が生じやすい特性があります。残留した食片は細菌の栄養源となり、う蝕(虫歯)や歯周病を促進します。また口腔内の細菌が誤嚥によって肺に達すると、誤嚥性肺炎の直接的な原因にもなります。
歯科従事者として、刻み食を提供している患者さんの口腔ケア指導は特に念入りに行うことが求められます。食後の口腔内の観察では、歯間・義歯の裏側・舌背など食片が残りやすい部位を重点的に確認してください。歯間ブラシや義歯ブラシの使用を患者・家族に指導し、毎食後の口腔清掃を習慣化させることが、誤嚥性肺炎予防の観点からも非常に効果的です。
訪問歯科において患者の食形態を確認する際には、「刻み食を使っているが、適切な口腔ケアができているか」という視点を持って介入することで、全身の健康管理にも大きく貢献できます。
健康長寿ネット「きざみ食による誤嚥の危険性」(公益財団法人長寿科学振興財団による食欲低下・誤嚥・口腔残留の詳細解説)
刻み食は万能ではありません。患者さんの口腔・嚥下機能の変化に合わせて、食形態の見直しが必要なタイミングがあります。むしろ、歯科従事者が刻み食を「出口のない食形態」ではなく「通過点」としてとらえることが、患者の生活の質(QOL)を守るうえで重要です。
刻み食から他の食形態への移行を検討すべきサインには次のものがあります。
移行先の食形態としてよく比較されるのが「ソフト食(やわらか食)」です。ソフト食は食材を刻まず、舌や歯茎で押しつぶせる程度の軟らかさに調整した食形態で、形状が残るため見た目の食欲もキープできます。日本摂食嚥下リハビリテーション学会の嚥下調整食分類ではコード3に相当し、刻み食よりも誤嚥リスクが低いとされています。
移行は急いで行う必要はありません。ただし「まだ刻み食で大丈夫だろう」という思い込みで判断を先送りにすると、誤嚥性肺炎の発症リスクが高まることを念頭においてください。患者・家族・管理栄養士・言語聴覚士・担当医と連携しながら、適切な食形態を選ぶチームアプローチが理想です。
歯科従事者は口腔機能の専門家として、食形態の判断に積極的に関与できる立場にあります。口腔機能低下症の診査結果や口腔乾燥の状態など、歯科から提供できる情報は、食形態変更の判断材料として非常に有用です。定期的な口腔機能評価を食形態の見直し機会として活用することで、患者さんの安全な経口摂取を長く支えることができます。
訪問歯科ネットワーク「食べやすい食事の工夫 "刻み"と"とろみ"」(歯科視点から見た食形態の工夫と嚥下への影響を解説)