血液付着器具は水洗いでなく浸漬が先です
歯科医療における器具の消毒手順で最も重要なのは、消毒や滅菌を行う前の洗浄工程です。洗浄は消毒・滅菌の効果を最大限に発揮するための土台となる作業であり、この工程が不十分だと、その後にどれだけ高性能な滅菌器を使用しても効果は半減してしまいます。
特に歯科医療では血液や唾液、歯質の削片など、タンパク質を多く含む汚れが器具に付着します。これらの有機物が残留すると、その中に多くの微生物が残存し、感染リスクを高める原因となります。逆に十分な洗浄を行えば、微生物の数を大幅に減らすことができ、消毒に近い効果が期待できるのです。
つまり洗浄は単なる準備作業ではありません。
洗浄工程の質が、患者さんの安全を守る感染対策の成否を左右します。実際に、日本医療機器学会が2012年に示した「洗浄評価判定ガイドライン」では、一般的な鋼製小物に対する洗浄後の残留タンパク質について、ATP測定値が許容値200µg以下であることが求められています。この基準を満たすためには、適切な洗浄剤の選択と正しい手順の遵守が不可欠です。
また、洗浄の質を確保するためには、器具の材質や構造、汚染の程度に応じて洗浄方法を使い分ける必要があります。用手洗浄、浸漬洗浄、超音波洗浄、ウォッシャーディスインフェクターなど、複数の洗浄方法を組み合わせることで、より確実な洗浄効果が得られるのです。
器具の消毒手順において、最も危険な間違いは血液付着器具をいきなりお湯で洗うことです。血液に含まれるタンパク質は、40度以上の温度で凝固し始め、60度を超えると完全に固まってしまいます。これは卵を加熱するとゆで卵になるのと同じ原理です。
一度凝固したタンパク質は器具表面に強固に固着し、通常の洗浄では除去が困難になります。この状態で消毒や滅菌を行っても、固着したタンパク質の内部に潜む微生物には十分な効果が及ばず、感染リスクが残存することになるのです。
正しい手順はこうです。
血液が付着した器具は、まず冷水または常温の水で予備洗浄を行います。その後、タンパク質分解酵素を含む専用の洗浄剤を使用して浸漬洗浄を行うことで、血液汚れを効果的に除去できます。厚生労働省のガイドラインでも、血液汚れの除去には水での洗浄が推奨されており、お湯の使用は明確に避けるべき事項として示されています。
もう一つの重要な間違いは、洗浄剤の種類を適切に選択していないことです。例えば、アルカリ性洗浄剤を使用した後に、ヨード系の消毒剤が混入すると、タンパク質分解酵素が不活化してしまいます。院内でヨードを扱う場合は、ピンセットやミラーなどの器具を分けて管理する必要があります。
さらに、ウォッシャーディスインフェクターを使用する際も注意が必要です。器具にセメントや印象材、ワセリンなどの異物が付着している場合は、機械に入れる前に必ず除去しておかなければなりません。これらの物質は機械洗浄では除去できず、洗浄不良の原因となります。
器具の消毒において、温度と時間の管理は効果を左右する最も重要な要素です。我が国では、熱水消毒の基準として80℃で10分間の処理が標準的な条件として定められています。この条件は、芽胞を除くほとんどの微生物を死滅または不活化できる温度と時間として、厚生労働省の「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き」でも推奨されています。
ウォッシャーディスインフェクターを使用する場合、国際規格ISO15883では、観血処置で使用した器材を熱水消毒するにはAo値3000以上を達成することが求められています。Ao値とは、消毒効果を数値化したもので、温度と時間の組み合わせで決まります。例えば、90℃で5分間の処理がAo値3000に相当し、これは80℃で10分間よりも高い消毒効果を示します。
具体的な例を挙げましょう。
世界保健機関(WFHSS)は、細菌や熱に弱いウイルスにはAo値600を、B型肝炎ウイルスなどの耐熱性病原体にはAo値3000を推奨しています。血液で汚染された手術器械の場合、Ao値3000以上の処理が必要とされ、これを満たすためには93℃で10分間の熱水処理が実施されます。
一方、オートクレーブによる滅菌では、121℃で15分間、または132℃で3分間といった条件が一般的です。クラスBオートクレーブの場合、滅菌前に真空と蒸気の注入を交互に繰り返すことで、チューブ状の内部や多孔性材料内部の残留空気を抜き、蒸気を細部の奥まで行き渡らせることができます。
この方式は、内腔器材の滅菌に特に有効です。
ただし、温度と時間だけでなく、洗浄温度の管理も重要です。ウォッシャーディスインフェクターでは、洗浄工程では60〜70℃、すすぎ工程では80〜90℃といった段階的な温度上昇が推奨されます。これは血液などのタンパク質が高温で凝固するのを防ぐためです。
器具の消毒手順において、洗浄剤の選択は洗浄効果を大きく左右します。歯科医療で推奨される洗浄剤は、主に弱アルカリ性のタンパク質分解酵素入り洗浄剤です。これはタンパク質を主成分とする血液や唾液の汚れを効果的に分解できるためです。
アルカリ性洗浄剤はタンパク質や脂質の除去に優れた効果を発揮しますが、金属器具やゴム、プラスチック製品に対して腐食性があるため、使用時間と濃度の管理が重要になります。一方、中性洗浄剤は器具への影響が少ないものの、洗浄力がアルカリ性に比べて劣ります。そのため、タンパク質分解酵素を添加することで洗浄効果を高めた製品が多く使用されています。
洗浄剤の特性を理解することが大切です。
弱アルカリ酵素系洗浄剤は、pH10.5前後の濃度を維持した状態での洗浄が推奨されており、200倍希釈(1リットルの水に対して5ml)で浸漬するだけで汚れが綺麗に落ちる製品もあります。この程度の濃度であれば、ステンレスはもちろん、銅、真鍮、アルミニウム製の器具にも安全に使用できます。
また、洗浄剤の使用には注意点もあります。消毒薬との併用では、タンパク質分解酵素入りの洗浄液にヨード系消毒剤が混入すると、酵素が不活化してしまいます。洗浄液の温度管理も重要で、酵素の活性は温度によって変化するため、メーカーが指定する温度範囲内で使用することが必要です。
洗浄液は定期的な交換が必須です。浸漬洗浄で使用する洗浄液は、汚染の程度によって交換頻度を調整しますが、一般的には1日1回以上の交換が推奨されます。ただし、エタノール消毒液は例外で、7日以内に交換すれば効果を維持できます。
超音波洗浄器を使用する場合も、洗浄液の選択は重要です。超音波による物理的な洗浄効果と、洗浄剤による化学的な分解効果を組み合わせることで、微細な器具の細部まで短時間で洗浄できます。新しい水や洗浄液を入れる際は、液体中の空気を除去するため、器材を入れずに作動させる必要があります。
歯科医療における器具の消毒手順を決定する上で、スポルディング分類は最も基本的な指針となります。この分類は、E.H.スポルディングが提唱した医療器具の感染リスクに基づく分類法で、器具を3つのカテゴリーに分けて適切な処理方法を選択する仕組みです。
クリティカル器具とは、無菌の組織や血管系に接触する器具を指します。注射針、メス刃、縫合針、抜歯鉗子、外科用バーなどがこれに該当し、滅菌処理が必須です。これらの器具が適切に滅菌されていない場合、患者さんに直接感染症を引き起こすリスクが極めて高くなります。
セミクリティカル器具は、粘膜や損傷のある皮膚に接触する器具です。歯科用ミラー、印象トレー、スケーラーチップ、タービンなどの歯を削る器具(ハンドピース)がこれに分類されます。耐熱性があれば滅菌が推奨され、滅菌できない器具に関しては高水準消毒または中水準消毒以上の処理が必要です。
ノンクリティカル器具とは、健常な皮膚にのみ接触する器具で、血圧計のカフ、聴診器、診療台などが該当します。これらは洗浄または低水準消毒で十分とされています。ただし、血液が付着した場合は、より高い水準の処理が求められます。
スポルディング分類に基づく処理の原則があります。
歯科診療で特に問題となるのが、タービンやコントラといったハンドピースの処理です。これらはセミクリティカル器具に分類され、本来は滅菌が必要とされています。しかし、2019年の調査でも、ハンドピースを患者ごとに滅菌している歯科医院は約5割にとどまっており、対応しきれていない医院が多いのが現状です。
ハンドピースの内部には前の患者さんの唾液や血液が残っている可能性があり、アルコール消毒だけでは不十分です。専用のハンドピース滅菌器を使用し、132℃で15分間、または134℃で3分間以上の高圧蒸気滅菌を行う必要があります。ハンドピース1本の価格は約10万円、専用滅菌器は1台30〜60万円と高額ですが、患者さんの安全を守るためには必要不可欠な投資といえます。
また、器具の材質によっても処理方法の選択が変わります。金属製の器具は高温滅菌に耐えられますが、ゴムやプラスチック製品は熱に弱いため、低温滅菌法やグルタラール、フタラールなどの化学的消毒法を選択する必要があります。耐熱性のない器具・器材には、高水準消毒液であるフタラール消毒液を使用し、超音波洗浄後に適切な時間浸漬することで対応します。
ウォッシャーディスインフェクターは、歯科医療における器具の消毒手順を大きく変革した機器です。この装置は、洗浄、すすぎ、熱水消毒、乾燥という一連の工程を自動的に行うことで、作業者の負担を軽減しながら、一定の品質を保った処理を実現します。
ウォッシャーディスインフェクターの最大のメリットは、用手洗浄に比べて切創事故のリスクを大幅に減らせることです。鋭利な器具を手で洗う際、作業者が指を怪我して感染する危険性がありますが、機械洗浄ではこのリスクがほぼゼロになります。また、血液や体液といった感染性物質への曝露も最小限に抑えられ、医療従事者の安全を守る上で非常に効果的です。
洗浄効果の観点でも優れています。
専用アダプターを用いることで、内腔のある器具の洗浄も可能になります。歯科医療では、管状の器具や複雑な構造を持つ器具が多く使用されますが、これらは用手洗浄では内部まで十分に洗浄することが困難です。ウォッシャーディスインフェクターは、高圧の水流と洗浄剤の力で内腔の奥まで洗浄し、90℃以上の熱水によって確実な消毒効果を得ることができます。
機器を選択する際は、熱水消毒能力としてAo値3000以上を達成できるものを選ぶことが重要です。性能の高い機種では、ISO最高基準のAo値12000(93℃で10分間)を満たすものもあり、血液で汚染された器械に対しても十分な消毒効果を発揮します。
ただし、ウォッシャーディスインフェクターにも限界はあります。セメント、印象材、ワセリンなどの異物が付着している場合は、事前に除去しておく必要があります。また、内腔が細い器具類の内部は完全に乾燥できない場合があるため、清浄な圧縮空気を用いて内部の水分を完全に除去してから滅菌を行わなければなりません。
機器の日常管理も欠かせません。ウォッシャーディスインフェクターは定期的なメンテナンスと動作確認が必要で、温度管理や洗浄効果の確認を怠ると、適切な消毒効果が得られなくなります。ISO15883というスタンダードに基づき、洗浄、消毒、すすぎ、乾燥などの各工程について、温度管理や動作確認を記録し、保管することが求められます。
ウォッシャーディスインフェクターの導入は初期投資がかかりますが、長期的には人件費の削減と作業効率の向上により、コストメリットが得られます。パナソニックの自動ジェット式器具洗浄機のデータでは、トレイ1点あたりの洗浄時間が用手洗浄の約4分の1に短縮され、年間のランニングコストも大幅に削減できることが示されています。

【トレーナー監修】 プッシュアップバー 傾斜 腕立て バー 腕立て伏せ 筋トレ 補助 手首 負担軽減 胸筋 腕立 器具 高め 滑り止め 傾斜あり