すすぎ不十分な器具を患者に使うと大腸炎の危険がある
歯科医療現場では、オートクレーブなどの高圧蒸気滅菌ができない熱に弱い器具が数多く存在します。グルタラール製剤は、各種細菌、結核菌、真菌を殺菌し、従来の殺菌消毒剤では殺菌困難な細菌芽胞やB型肝炎ウイルス等の各種ウイルスにも有効な高水準消毒薬です。
この消毒薬の最大の特徴は、その広範な抗微生物スペクトルにあります。グラム陽性菌(黄色ブドウ球菌、MRSA、結核菌など)、グラム陰性菌(緑膿菌、大腸菌など)、細菌芽胞、真菌など、ほぼすべての病原性微生物に対して強力な殺菌効果を示すのです。
歯科用ミラー、アマルガム充填器、再使用可能な印象トレー、エンド用シリンジ、超音波スケーラーハンドピースなど、熱に弱い器具の消毒に使用されています。特別な滅菌装置を必要とせず、比較的安価に導入できるため、多くの歯科医院で採用されている消毒方法となっています。
つまり費用対効果が高いです。
日本国内では、実用濃度として2~3.5%のグルタラール溶液を使用する製剤が市販されています。代表的な製品としては、ステリハイド、ステリスコープ、サイデックスプラス28、デントハイドなどがあり、現在10社以上のメーカーから27種類ほどの製品が販売されています。
グルタラール製剤の最小有効濃度は1~1.5%とされているため、使用中に希釈されたり濃度が低下したりすると十分な消毒効果が得られなくなります。2%濃度製品の場合、使用開始後7~10日間で液の交換が必要になるのはこのためです。一方、3.5%製品の場合は28日間の連続使用が可能で、交換頻度を減らせるメリットがあります。
ただし実際の使用期限は、使用回数や保管温度によっても変動します。内視鏡自動洗浄機で使用する場合は、使用日数だけでなく使用回数にも左右されるため、製品ごとの使用基準を確認する必要があります。
使用前には必ず緩衝化剤を添加してアルカリ性にすることで、グルタラールの殺菌力が最大限に発揮されます。調製後の実用液は経時的に分解するため、調製日と交換予定日を容器に明記しておくことが重要です。
交換時期の管理が消毒効果に直結します。
WHO(世界保健機関)ではグルタラール製剤は30分以上浸漬すると定めていますが、日本の製薬会社のインフォメーションでは、より厳格な基準が統一されています。体液が付着した器具類は1時間以上、体液が付着しない器具類は30分以上の浸漬が必要とされているのです。
歯科医院では唾液などの体液付着を避けることができないため、基本的に1時間の浸漬を選択することになります。器具を浸漬したらタイマーを1時間にセットし、終了するまでは取り出さないというルールを徹底することが、確実な消毒効果を得るための鉄則です。
対象器具としては、レンズ装着の装置類、内視鏡類、麻酔装置類、人工呼吸装置類、外科手術用器具、産科・泌尿器科用器具、歯科用器具またはその補助的器具、注射筒、体温計、加熱滅菌できないゴム・プラスチック製器具などが含まれます。
どういうことでしょうか?
これらの器具は、高圧蒸気滅菌や乾熱滅菌などの物理的滅菌法を適用すると材質が劣化したり変形したりする可能性があるため、化学的消毒法であるグルタラール消毒が適しているのです。浸漬時には、細孔のある器具類は特に注意して液と十分に接触させる必要があります。
グルタラール製剤を取り扱う医療従事者を対象としたアンケート調査では、眼・鼻の刺激が86.6%、頭痛が6.3%、皮膚炎が8.0%の発生率で報告されています。実際に1施設で6名の患者に直腸結腸炎が生じた事例や、内視鏡に残存していたグルタラールによる腐蝕性咽喉頭炎が3例報告されるなど、深刻な健康被害が確認されているのです。
2005年2月、厚生労働省から「医療機関におけるグルタルアルデヒドによる労働者の健康障害防止について」という労働基準局長通知が発出されました。この通知では、作業室内のグルタラール濃度が0.05ppmを超える場合、換気などの有効な措置を講ずるよう努力規定が示されています。
換気対策としては、直接蒸気を排気できる局所強制換気システムの使用が最も効果的です。局所強制換気システムの導入が困難な場合でも、窓を開けておく、換気扇を作動させておくことなどにより、室内空気の十分な換気を行う必要があります。浸漬の際には必ず蓋付き容器を用い、浸漬中は蓋をすることでグルタラール蒸気の漏出を最小限に抑えられます。
保護具の着用も必須です。グルタラールの蒸気は眼や呼吸器等の粘膜を強く刺激するため、ゴーグル、マスク(防毒マスクが望ましい)、ゴム手袋、防水エプロンなどの保護具を必ず装着して作業します。濃度が高い場合は送気マスクや空気呼吸器の使用も検討すべきです。
健康を守るには換気と保護具が基本です。
グルタラール消毒後の最も重要な工程が、多量の滅菌水による十分なすすぎです。すすぎが不十分だと、器具に残留したグルタラールが患者の粘膜に接触し、重大な有害作用を引き起こすからです。実際に結腸ファイバースコープのすすぎが不十分であったために、6名の患者に出血性の直腸結腸炎が発生した事例が報告されています。
グルタラールには強いたん白凝固性があるため、皮膚や粘膜に付着すると白色化や硬化が生じます。眼に付着した場合、2%液でも角膜の白濁、虹彩および結膜に異常を認め、20%液では瞬時の水洗でも眼内への損傷の影響が極めて大きいとされています。角膜障害の事例では、化学性結膜炎を起こして回復までに3日間を要した報告もあります。
消化器系への影響も深刻です。麻酔用の気管内挿管チューブの洗浄が不十分だったケースでは、7名に偽膜性喉頭気管支炎が発生しました。誤飲事例では、3%グルタラール約200mLを飲用した患者が、腹痛、発熱を伴い、胃壁に浮腫状の肥厚と腹水を認めるという重篤な症状を呈しています。
すすぎの具体的な方法としては、浸漬後に取り出した器具類を流水下で丁寧に洗浄し、細孔のある器具類は内孔を特に注意して洗います。滅菌水が望ましいですが、使用目的により水道水を使用することもできます。すすぎ後は食器乾燥器などで十分に乾燥させてから、専用の密閉保管庫に保管するのが理想的です。
患者の安全にはすすぎの徹底が不可欠です。
グルタラールに代わる高水準消毒薬として、フタラールや過酢酸が注目されています。フタラールはグルタラールと比較して蒸発しにくいため、刺激臭が少ないという大きなメリットがあります。また緩衝化剤の添加が不要で、経時的な分解が生じないため、使用期限が96時間(約4日間)と長いのも特徴です。
グルタラールが10分間の浸漬で高水準消毒を達成し、6時間で化学的滅菌が可能なのに対し、フタラールも同様に10分間で高水準消毒を達成します。ただしフタラールはバチルス属(枯草菌など)の芽胞に抵抗性を示すという欠点があり、化学的殺菌・消毒までが可能ですが、グルタラールのような化学的滅菌は達成できません。
過酢酸は、グルタラールやフタラールより短時間で芽胞を殺滅できる点が優れています。0.3%過酢酸への10分間浸漬で高水準消毒が可能で、内視鏡自動洗浄機での使用に適しています。使用期限は25~30回もしくは7~9日間とされています。
意外ですね。
歯科医院でフタラールに切り替えた後、器具類や衣服のシミに悩まされてグルタラール製剤に戻したという報告もあります。フタラールは蛋白と結合しやすいため、器具や布類への着色が問題となる場合があるのです。
施設の状況や使用器具の特性を考慮して、グルタラール、フタラール、過酢酸の中から最適な消毒薬を選択することが重要です。コスト面では、フタラールのランニングコストはグルタラールの約2倍と高額になります。材質を傷めにくく比較的安価なグルタラールは、適切な換気と保護具着用を徹底すれば、依然として有力な選択肢です。
グルタラール消毒の作業は、予備洗浄から始まります。グルタラール製剤にはたん白凝固性があるため、器具に付着している体液等を除去するため、流水下でブラシなどを用いて丁寧に洗浄します。次に超音波洗浄器に洗浄剤を入れ、30分間超音波洗浄した後、水洗してタオルで水分を拭き取り乾燥させます。
被消毒物は液に完全に浸漬して行います。細孔のある器具類は特に注意して液と十分に接触させることが必要です。使用上の注意を守りながら、歯科医院の場合は体液付着を考慮して1時間の浸漬を行います。
浸漬中は必ず蓋付き容器を使用し、蓋を閉めておくことで蒸気の漏出を防ぎます。消毒庫には自動バキュームシステムを設置し、扉を開けると自動的に排気が作動して蒸発ガスや臭いが室内に流れ込まないように工夫している施設もあります。
消毒後のすすぎが最も重要な工程です。薬液の残留がないように流水下で丁寧に水洗し、その後食器乾燥器に移して40分間程度乾燥させます。滅菌されたピンセットで乾燥しやすいように並べ変え、専用の密閉保管庫に保管するのが理想的な流れです。
これは使えそうです。
使用済みグルタラール製剤の廃棄も重要な環境配慮が必要です。2%グルタラール製剤1リットルに対して水200リットルで希釈して廃棄することが推奨されていますが、大量の水で希釈する方法は現実的ではありません。亜硫酸水素ナトリウムで中和してから廃棄する方法が実用的です。
中和の目安は、2%グルタラール製剤1リットルに対して亜硫酸水素ナトリウム45グラム、3.5%グルタラール製剤1リットルに対して亜硫酸水素ナトリウム75グラムです。中和後、水道水の流水下で下水に廃棄することで、水質系の汚染を防ぐことができます。
グルタラールの毒性データ、副作用事例、中毒症状と処置法について専門的な情報が掲載されています。
実際の歯科医院でのグルタラール消毒庫の設置事例や作業フローの写真付き解説が参考になります。