HPV18型陽性の患者が来院したとき、あなたは何も説明しないまま見逃しているかもしれません。
HPV(ヒトパピローマウイルス)は現在170種類以上の遺伝子型が同定されており、そのうち子宮頸がんや頭頸部がんとの関係が強い「高リスク型」は13種類あります。国際がん研究機関(IARC)は、HPV16、18、31、33、35、39、45、51、52、56、58、59をGroup 1(発がん性あり)に分類しており、なかでもHPV16型と18型は「最も危険な2型」として広く知られています。
HPV18型は子宮頸がんのみならず、腟がん・肛門がん・外陰がんにも関与することが確認されています。そして近年、歯科医療の現場で特に注目されているのが、**口腔・中咽頭領域への感染**です。J-Stageに掲載された広島大学の論文(2017年)によると、口腔がんで検出される高リスク型HPVの中でHPV16と18が最多であり、他の高リスク型が検出される頻度はきわめて低いと報告されています。
つまり「HPV18型陽性」は歯科医療従事者にとっても他人事ではありません。
歯科に通院する一般成人を対象にした米国の大規模調査(Moffitt Cancer Centerら、JAMA 2023年)では、21州43施設の歯科医院を定期受診している18〜60歳の成人3,196人のうち、口腔内HPV陽性率は**6.6%**、ハイリスク型に限ると**2.0%**であったことが示されています。これは、歯科診察室において決して珍しくない頻度でHPV感染者が来院していることを意味します。
つまり6.6%ということですね。
| HPV型 | リスク分類 | 主な関連がん(頭頸部領域) |
|---|---|---|
| 16型 | 高リスク(Group 1) | 中咽頭がん、口腔がん、喉頭がん |
| 18型 | 高リスク(Group 1) | 口腔がん(歯肉がん・口底がん) |
| 31・33・45型 | 高リスク(Group 1) | 中咽頭がん(比較的少ない) |
口腔の衛生状態と感染リスクには強い関連性があることも明らかになっています。歯周炎・不適合義歯・口腔衛生状態の不良はいずれも口腔HPV感染の危険因子です。口腔ケアの質が低い患者のHPV感染罹患率は最大**56%高い**(米国癌学会調査)という報告もあります。歯科医療従事者として、患者の口腔環境を整えることは、虫歯や歯周病の予防だけでなく、HPV感染リスクの低減にも直結しているわけです。
以下は口腔HPV感染の主な危険因子です:
参考:口腔HPV感染と危険因子についての学術論文(広島大学・J-Stage掲載)
Human Papillomavirus(HPV)感染と口腔癌の関係について(口腔衛生会誌 2017年)
歯科医療従事者が患者からHPV陽性の告知を受けたとき、「どう対応すればよいか」が最初の壁になります。ここで多くの方が驚くのが、**HPVウイルスそのものを直接排除する治療薬は現時点で存在しない**という事実です。
これが基本です。
子宮頸がんに関する診療では、HPV陽性で細胞診に異常がない場合は特別な治療は行われず、定期的な経過観察が中心となります。HPVは多くの場合、感染後1〜2年以内に**免疫力によって自然に排除**されます。一般的にはCIN1(軽度異形成)の約70%が自然退縮すると報告されており、HPV感染があっても必ずしもがんに進行するわけではありません。
ただし、注意が必要なのはHPV16型と18型の「持続感染」の問題です。広島大学の論文によると、多くのHPV型は感染しても1年程度で消失しますが、HPV16型は**数年間にわたって持続感染**する可能性があります。HPV感染からがんへの進行は通常10〜20年(感染からがん化まで最長25年との報告もあり)のタイムラグがあります。
この「長い時間軸」こそが重要な視点です。
HPV18型陽性への対応として、現在の医療現場では主に以下のアプローチが取られています:
口腔・中咽頭領域においては、がんが実際に発症した場合の治療は**手術・放射線治療・化学療法**が主となります。HPV関連中咽頭がんの予後はHPV陰性の中咽頭がんより有意に良好であり、HPV陽性患者の5年無病生存率は**80%以上**であるのに対し、HPV陰性患者では50%を下回る(MSD Manuals)という報告があります。
これは意外ですね。
HPV陽性中咽頭がんの予後が良い理由は、腫瘍の生物学的特性が良好で、患者層も比較的若く全身状態が良い傾向があるためとされています。近年の頭頸部がん治療では、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1阻害薬)の有効性も示されており、特にプラチナ製剤不応の転移・再発頭頸部がんへの適用が進んでいます(頭頸部癌診療ガイドライン2022年版)。
参考:国立がん研究センター 子宮頸がん検診の情報ページ
子宮頸がん検診について(がん情報サービス・国立がん研究センター)
参考:中咽頭がんの治療法(がん情報サービス)
中咽頭がんの治療(がん情報サービス・国立がん研究センター)
口腔・中咽頭領域でのHPV関連がんについて、歯科医療従事者が日常臨床で必ず把握しておくべきデータがあります。それは「HPV陽性率」と「部位別リスク」の差です。
中咽頭がんにおけるHPV DNA陽性率は**45.8%**(44か国・頭頸部がん疫学メタ解析)であるのに対し、口腔がんでは**24.2%**と、中咽頭がんの方が有意に高い陽性率を示します。この差は解剖学的構造に由来します。中咽頭の口蓋扁桃や舌根は表面がくぼんで陰窩を形成しており、HPVが侵入・停滞しやすい環境になっています。一方、角化重層扁平上皮で覆われた歯槽部歯肉や口蓋粘膜はHPVが到達しにくいとされています。
中咽頭がんが要注意です。
口腔がんの中では**歯肉がん・口底がん**でHPV DNA陽性率が高く、口蓋がんでは比較的陽性率が低い傾向があります。歯科の診察室では歯肉・口底の視診・触診が毎日行われているわけですから、この部位へのHPV関連病変を見落とさないことが重要です。
アジア地域では欧米と比較して、口腔がんに占めるHPV感染者の割合が高い傾向があることも報告されています。これは東南アジアで嚙みタバコ(ビンロウの実)を使用する習慣があり、口腔粘膜に傷が生じやすいためHPVが侵入しやすいと考えられています。日本においても、2002年に約10,959人だった口腔・咽頭がんの罹患推計値が2012年には**19,232人**と約1.75倍に増加しており(J-Stage掲載データ)、増加傾向が続いています。
以下に、HPV18型陽性が疑われる際に歯科医療従事者が注意すべき口腔粘膜病変のサインをまとめます:
HPV16型が高い陽性率を示す一方で、HPV18型は口腔がん・腟がん・肛門がんに関与しやすい型として報告されています。「HPV16型だけが怖い」という先入観は、臨床的な見逃しリスクにつながります。
HPV16とHPV18、両型の監視が原則です。
参考:口腔・咽頭がんとHPVの関係(横浜・中川駅前歯科のページは国立がん研究センター連携医院のデータを引用)
口腔・咽頭がんとHPV(国立がん研究センター連携歯科医院の解説)
HPV関連口腔咽頭がんの「治療」には、発症後の対応だけでなく「予防」という視点が欠かせません。そして予防において最も効果的とされているのが**HPVワクチン**です。ところが、歯科現場でのワクチン推奨には大きな課題があります。
これが問題です。
2025年10月に米国の歯科医師誌(J Am Dent Assoc)に掲載された研究では、HPV関連口腔咽頭がんを認識している歯科医師の多くが、HPVワクチン接種について患者と話し合うことに消極的であることが明らかになりました。また同年8月に発表された別の研究(J Cancer Educ誌)では、HPVと口腔がんについて患者に説明している歯科衛生士は**約26%**、HPVワクチン教育を提供している者は**16%**、ワクチン接種を推奨している者はわずか**15%**であったことが示されています。
教育・トレーニング不足が最大の障壁です。
この数字を見ると、「知っているけれど話せない」という歯科従事者の現状が浮かび上がります。しかし患者側から見ると、歯科医師からの説明の方が歯科衛生士からよりも受け入れられやすいという結果も同研究で示されており、歯科医師が積極的に情報提供することの価値は高いといえます。
日本で2020年に薬事承認され、2021年に販売開始された9価HPVワクチン「シルガード9」は、HPV6・11・16・18・31・33・45・52・58型の9型に対応しており、米国のデータでは子宮頸がんの約90%の予防が期待されています。厚生労働省の推計では、米国の接種率を基にHPV6・11・16・18型の口腔内感染を**17.0%**(男性6.9%)予防できると試算されています(厚生労働省HPVワクチン資料 2024年3月)。
なお、2025年9月時点では日本でも9価ワクチンが男性への適応拡大が進んでいます。HPV関連中咽頭がんは男性に多いことが知られており(国立がん研究センター調査でも60〜70歳代の男性にピークがある)、男性患者への適切なワクチン情報提供は今後の歯科臨床における重要課題の一つです。
以下は歯科従事者として患者に提供できるHPVワクチン関連情報のポイントです:
参考:厚生労働省 HPVワクチンについての資料
HPVワクチンについて(厚生労働省 2024年3月版)
参考:歯科衛生士のHPVワクチン推奨に関する最新研究(CareNet)
歯科衛生士のHPVワクチン推奨率は15%、患者の受け入れ懸念も(CareNet 2025年8月)
ここで多くの記事には書かれていない、**歯科医従事者だからこそ持てる独自視点**を掘り下げます。HPV関連の口腔・中咽頭がんにおいて、歯科医の定期診察は「偶然の早期発見」の機会として世界的に評価されています。
FDI(国際歯科連盟)のガイドラインでは「歯科医師は全ての患者における定期的歯科検診の一環として、口腔がんと中咽頭がんの徴候を調べるよう推奨する」と明記されています。6か月ごとの定期検診は、自覚症状がないままに進行するHPV関連がんの「番人」として歯科が機能できる、非常に重要な機会です。
早期発見が生死を分けます。
HPV関連の口腔・咽頭がんは、早期発見(ステージⅠ〜Ⅱ)であれば5年生存率が**80%以上**(HPV関連中咽頭がんでステージ1または2は5年生存率80%超、Medical Note 2022年)に達することが知られています。一方、発見が遅れた場合は機能障害を伴う大きな手術が避けられなくなるケースも多く、患者のQOL(生活の質)に直結します。
具体的に歯科定期検診時に実施できるスクリーニングの内容は以下の通りです:
問診に加えて、歯周ポケットの状態にも注意が必要です。歯周ポケットを通じて侵入したHPVが基底細胞に感染し、HPV陽性の歯肉がん発生に関係している可能性が研究論文で指摘されています(広島大学・口腔衛生会誌2017年)。歯周病の管理は口腔がんリスク低減とも連動しているわけです。
口腔ケアと歯周管理が予防の基本です。
また、歯科医師・歯科衛生士が行う専門的口腔清掃(PMTC)や口腔衛生指導は、義歯の清掃不良・歯肉損傷・口腔衛生状態の悪化を防ぐことで、HPV感染リスクを下げる具体的な介入になります。これは子宮頸がんや性感染症対策として婦人科や性病科が担ってきた役割とは異なる、「口腔からの予防」という歯科固有の価値です。
さらに近年、口腔がんスクリーニングの需要は高まっています。日本において2019年に口腔・咽頭がんと診断された数は**23,671例**(男性16,463例、女性7,208例)にのぼり(国立がん研究センター2022年調査)、歯科医院が積極的にスクリーニングに関与することへの社会的期待は大きいといえます。
以下に、歯科医が活用できる口腔がん早期発見ツール・参考資料をまとめます:
参考:国立がん研究センター HPV関連がんファクトシート
子宮頸がんとその他のHPV関連がんのファクトシート(国立がん研究センター 2025年版)
参考:FDI 口腔がん予防と患者管理ガイドライン(日本語版)
口腔がん — 予防と患者管理(FDI World Dental Federation 日本語版)
以上でリサーチは十分です。記事を作成します。