免疫チェックポイント阻害薬を使うがん患者の10人に1人は、口腔に副作用が出てあなたに助けを求めてきます。
免疫チェックポイントとは、体の免疫システムに組み込まれた「ブレーキ機能」のことです。私たちの体内では毎日、がん細胞を含む異物に対してT細胞(キラーT細胞)が攻撃を仕掛けています。しかし免疫の力が強すぎると、正常な自分の細胞まで攻撃してしまう「自己免疫反応」が起きてしまう危険があります。
そのため体は、一定のタイミングでT細胞に「攻撃をやめなさい」という信号を送る仕組みを持っています。これが免疫チェックポイントです。具体的には、T細胞の表面にある受容体タンパク質(PD-1やCTLA-4)が、他の細胞上のリガンドと結合したとき、T細胞の働きに自動的にブレーキがかかります。
つまり、ブレーキそのものが問題なのではありません。
問題はがん細胞がこのブレーキを悪用していることです。がん細胞はPD-L1というタンパク質を自分の表面に大量に発現させ、T細胞のPD-1と結合することで「私は攻撃しないでください」という偽のシグナルを送り続けます。こうしてがん細胞はT細胞の攻撃から巧みに逃れていくのです。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、このブレーキを解除してT細胞を再び活性化させる薬です。
代表的な分子として**PD-1/PD-L1経路**と**CTLA-4経路**の2つが知られています。PD-1は主に末梢組織・腫瘍内でT細胞の活性を抑制します。一方のCTLA-4はリンパ節などでT細胞が活性化する初期段階にブレーキをかけます。作用のタイミングが異なるため、2つの経路を同時に阻害する「併用療法」も行われています。
| 分子名 | 主な発現場所 | 代表的な阻害薬 | 商品名の例 |
|---|---|---|---|
| PD-1 | T細胞表面 | 抗PD-1抗体 | オプジーボ、キイトルーダ |
| PD-L1 | がん細胞・抗原提示細胞 | 抗PD-L1抗体 | テセントリク、バベンチオ |
| CTLA-4 | T細胞表面(活性化初期) | 抗CTLA-4抗体 | ヤーボイ |
PD-1を発見した京都大学の本庶佑特別教授は、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。これが免疫チェックポイント阻害薬開発の礎になっています。
「ダムと水」でイメージするとわかりやすいです。T細胞の免疫力を「水」、免疫チェックポイントを「ダム(ゲート)」と考えてください。がん細胞はこのダムを人工的に閉めて、水(免疫力)が流れないようにしています。
免疫チェックポイント阻害薬は、そのダムのゲートを壊す「破壊ツール」です。ゲートが壊れれば水(T細胞)が一気に流れ込み、がん細胞を攻撃できるようになります。これが基本の仕組みです。
ただし、注意点があります。
ダムを壊しすぎると今度は洪水(過剰な免疫反応)が起きます。これが**免疫関連有害事象(irAE)**です。irAEは免疫チェックポイント阻害薬ならではの副作用で、全身のあらゆる臓器・組織に炎症が生じる可能性があります。皮膚障害、間質性肺炎、甲状腺機能障害、肝機能障害などが代表的で、副作用の種類が多岐にわたる点が特徴的です。
irAEは治療開始後すぐに起こるとは限りません。
投与終了後、数週間から数か月が経過してから症状が現れるケースも報告されています。つまり、「投与が終わったから大丈夫」とは言えないのが、通常の抗がん剤と大きく異なる点です。歯科従事者にとっても、口腔内の異変がirAEの最初のサインである可能性を念頭に置いておくことが必要です。
参考:免疫チェックポイント阻害薬によるirAEの概要と対策マニュアル(厚生労働省)
免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象対策マニュアル(厚生労働省)
歯科従事者に特に関係が深いのが、**口腔がん・頭頸部がんへの適応**です。2017年3月、オプジーボ(ニボルマブ)がプラチナ製剤治療後に再発または転移を有する頭頸部がんに対して保険承認されました。2019年にはキイトルーダ(ペムブロリズマブ)も頭頸部がんに承認が拡大しています。
口腔がんは頭頸部がんの一つです。
日本における頭頸部がんの年間罹患数は約2万7千例とされており、そのうち口腔がん(舌がん・歯肉がんなど)はかなりの割合を占めます。歯科口腔外科はこの領域の診療に直接関わるため、免疫チェックポイント阻害薬の知識は今後ますます重要になります。
口腔がんへの免疫チェックポイント阻害薬の効果については、がん細胞上の**PD-L1発現率**が予後予測の重要な指標になっています。PD-L1の発現が高いほどICIが効きやすいとされており、病理検査での確認が治療選択において意味を持ちます。
長崎大学の研究(2025年)では、口腔癌における免疫チェックポイント分子の発現を組織学的に解析し、複数のICI薬を組み合わせた将来的な治療法の構築へ向けた研究が進んでいます。この分野は急速に発展しており、歯科口腔外科・腫瘍内科・耳鼻咽喉科の多職種連携が欠かせない状況です。
参考:口腔がんにおける免疫療法の治療実績(がん全般の情報サイト)
口腔がんにおける免疫療法の治療実績とは?舌がん・歯肉がんや免疫チェックポイント阻害剤について
2025年9月に発表された大規模な実世界データ研究によると、ICI単独療法を受けた患者15,638例のうち、**1,564例(約10%)**が口腔顔面部の免疫関連有害事象(irAE)を発症しました。内訳として、口腔顔面神経障害が約57%、口腔粘膜障害が約34%、口腔乾燥症が約9%でした。
これは意外な高さです。
多くの歯科従事者はICI患者の副作用管理を腫瘍内科や内科の専門領域と思いがちです。しかし実際には、口腔内に副作用が出た患者が最初にアクセスするのが歯科医院である場合も少なくありません。口腔乾燥、口内炎様の粘膜炎、嚥下障害などは、一見すると「よくある口腔症状」に見えます。それがICIによるirAEだと気づかなければ、対応が遅れてがん治療継続に支障をきたす可能性があります。
県立広島病院の報告(第59回日本肺癌学会、2018年)では、ICI投与患者のうち口腔ケアなし群で食欲不振による予定外入院が19例中19例に複数回起きていたのに対し、口腔ケアあり群では食欲不振による入院が1例もなかったというデータが示されました。口腔ケアによって口腔内カンジダ症を早期に発見・治療できたことが要因とされています。
口腔ケアは治療継続の鍵です。
irAEとして出現する口腔粘膜炎は、一般的な抗がん剤による粘膜炎と病態が異なります。通常の化学療法では好中球減少を背景に粘膜炎が起きますが、ICI由来の口腔粘膜炎は免疫の過剰活性化が原因です。そのため通常の支持療法だけでは管理しきれないケースもあり、重症化した場合はステロイドや免疫抑制剤の使用が検討されることもあります。歯科従事者がこの違いを理解しておくことで、主治医への適切なアラートが可能になります。
参考:ICI単独療法と口腔顔面部irAEに関する研究報告(ケアネット・アカデミア)
免疫チェックポイント阻害薬単独療法、口腔顔面部の有害事象が10%に発生(CareNet Academia, 2025年)
歯科従事者の多くは「がん治療前に口腔内を整えておく」という概念は持っています。しかし**「治療中・治療後も継続的に関わること」**の重要性は、まだ十分に認識されていないかもしれません。
ICI治療は長期間にわたります。
標準的なICI治療では、有効性が確認されれば**一般的に2年間継続**することが検討されます。さらに投与終了後も数か月にわたってirAEが発現するリスクが残ります。つまり歯科従事者が関わるべき期間は「治療前の1回の口腔管理」にとどまらず、治療中から終了後まで続く長いスパンになります。
これは時間と労力が必要です。
具体的に歯科従事者が注意したい点を挙げると、以下のようなものがあります。
医科・歯科の連携が患者を守ります。
「口腔ケアはビスフォスフォネート系薬剤投与時だけ大事」という認識は古くなりつつあります。ICI治療が口腔がん・頭頸部がんを含む多くのがん種へ適応拡大している現在、歯科従事者がICI治療の基礎知識を身につけ、多職種連携の一員として機能することが患者のがん治療成績とQOL向上に直接つながっています。
ICIを使用するがん患者を診療する歯科医院では、患者の問診票に「免疫チェックポイント阻害薬の使用有無」を確認する項目を設けておくことが、対応の遅れを防ぐ最初の一手として効果的です。
参考:がん免疫療法と口腔粘膜炎に関する学術論文(京都府立医科大学リポジトリ)
がん免疫療法を受ける患者の口腔粘膜炎の発生状況と口腔関連QOL(京都府立医科大学、学術論文)
十分な情報を収集できました。記事を作成します。