咬合採得で3mm以上の誤差があると作り直しになります。
部分床義歯の製作は、複数の工程を正確に積み重ねていく精密な作業です。どの段階でも手を抜くと最終的な義歯の適合性や機能性に影響が出てしまいます。
保険診療であっても自費診療であっても、基本的な製作手順に違いはありません。使用する材料の質や義歯床の素材が異なるだけで、印象採得から調整までのプロセスは同じです。つまり、手順を省略すれば保険・自費を問わず不適合な義歯ができあがってしまいます。
臨床現場では、時間的・経済的制約から一部の工程を省略する医院も存在しますが、それは患者にとって大きな不利益となります。部分床義歯は残存歯と欠損部粘膜の両方で支持を得る構造のため、総義歯よりも設計や印象採得の難易度が高いのです。
本記事では、部分床義歯製作の各手順を詳しく解説し、各工程で注意すべきポイントや臨床で起こりやすいトラブルとその対処法を紹介します。適切な手順を理解することで、患者満足度の高い義歯を提供できるようになります。
口腔内診査では、残存歯の動揺度や歯周組織の状態、欠損部顎堤の形態を細かく観察します。支台歯として適切かどうかを判断するために、歯の動揺度は必ず記録しておきましょう。
動揺度が2度以上ある歯は原則としてクラスプを設置する鉤歯には選べません。無理に使用すると義歯装着後に歯の動揺が悪化し、最終的には抜歯に至る可能性があります。鉤歯の選定ミスは義歯の寿命だけでなく残存歯の予後にも直結するため、慎重な判断が求められます。
欠損部顎堤の吸収状態も重要な観察ポイントです。顎堤が著しく吸収している場合、義歯床の面積を広げて負担を分散させる設計が必要になります。逆に顎堤の形態が良好であれば、床の範囲を最小限にして患者の違和感を軽減できます。
設計段階では、クラスプの種類と位置、レストの配置、連結子の形態を決定します。レストは義歯の沈下を防ぐ重要な要素で、支台歯の咬合面または隣接面に設置します。レストシートの形成が不十分だと、義歯装着時に支台歯が圧迫され疼痛の原因になります。
つまり設計が全てです。
この段階で十分な時間をかけて検討することが、後の工程をスムーズに進めるカギとなります。
個人トレーは、患者一人ひとりの口腔形態に合わせて製作する専用の印象用トレーです。既製トレーと比較して、異物感が少なく印象材を均一に配置できるため、精密な印象が採得できます。
既製トレーでも印象採得は可能ですが、トレーと粘膜の間に生じる隙間が不均一になりやすく、印象精度が低下します。特に遊離端欠損や顎堤吸収が著しい症例では、個人トレーの使用が必須です。
個人トレーの製作には、まず既製トレーで概形印象を採得し、研究用模型を作製します。その模型上で患者の口腔形態に合わせてトレーを設計し、常温重合レジンで製作するのが一般的です。
トレー製作時にはスペーサーを設定し、最終印象時の印象材の厚みを確保します。スペーサーの厚さは通常1〜2mm程度で、これにより印象材が適度に粘膜を圧迫し、機能時の粘膜の変位を記録できます。
個人トレー製作を省略すると、印象精度が低下するだけでなく、完成した義歯の適合不良により装着後の調整回数が増えます。結果的に患者の通院負担が増加し、治療期間も延びてしまうのです。
印象材の選択も重要で、シリコーンゴム印象材は寸法安定性に優れており、精密印象に適しています。アルジネート印象材は吸水性があり時間経過で変形するため、すぐに石膏注入する必要があります。
印象採得時には、トレーを静かに圧接し、印象材が硬化するまで動かさないようにします。患者に協力を求め、口腔周囲筋をリラックスさせた状態で印象を採ることが、機能的な義歯床形態を記録するコツです。
咬合採得は、上下顎の位置関係を立体的に記録する重要な工程です。残存歯がある部分床義歯では、その残存歯の咬頭嵌合位を基準にすることが多いですが、残存歯が少ない症例では咬合床を用いた咬合採得が必要になります。
咬合床とは、義歯床の基礎となるレジン製の床部分にパラフィンワックスを付与したもので、これを用いて咬合高径や水平的顎位を決定します。咬合床の高さ設定が不適切だと、完成した義歯の咬合高径に誤差が生じ、顎関節症状や咀嚼障害の原因になります。
実は部分欠損症例の咬合採得は、残存歯の状態によって難易度が大きく変わります。残存歯が多く安定した咬頭嵌合位が得られる場合は比較的容易ですが、少数歯残存や遊離端欠損では咬合床の安定化が課題です。
咬合高径の決定には、顔面計測法や嚥下時の顎位、発音時の上下顎間距離などを参考にします。安静空隙(安静位と咬頭嵌合位の差)は通常2〜4mm程度で、この範囲を逸脱すると患者の違和感が強くなります。
咬合採得時の誤差は、最終的な義歯の咬合関係に直接影響します。たとえば咬合高径が3mm以上高すぎると、装着後に顎関節部の疼痛や筋肉の疲労感が生じやすくなります。逆に低すぎると口角の下垂や審美障害、咀嚼効率の低下を招きます。
咬合採得を正確に行うためには、患者をリラックスさせ、無理な顎位に誘導しないことが大切です。術者の手指で強引に下顎を誘導すると、筋肉の緊張により本来の顎位からずれた記録になってしまいます。
患者に自然に閉口してもらい、その位置で咬合採得するのが基本です。
何度か開閉口を繰り返してもらい、再現性のある顎位であることを確認してから最終的な咬合記録を採ります。
ろう義歯試適は、完成前に人工歯の排列位置や咬合関係、審美性を確認する重要な工程です。この段階で問題点を発見し修正することで、完成後のやり直しを防げます。
ろう義歯とは、ワックスで製作した義歯床に人工歯を排列したもので、まだ最終的なレジンに置換される前の仮の状態です。この状態なら修正が容易なため、患者と一緒に細かく確認していきます。
試適時のチェック項目は多岐にわたりますが、まず審美性の確認が重要です。前歯部の位置や角度、色調が患者の顔貌に調和しているか、リップサポートは適切かを観察します。特に上顎前歯の位置は、患者の満足度に直結する要素です。
咬合関係の確認では、人工歯が適切な位置に排列されているか、咬合高径は正確かをチェックします。ろう義歯を装着した状態で咬合紙を用いて咬合接触を確認し、バランスのとれた咬合が得られているかを評価します。
発音のチェックも忘れてはいけません。患者にサ行やタ行を発音してもらい、前歯部の位置が発音に悪影響を与えていないか確認します。特に「サ」の発音時には上下前歯間に約1mm程度の隙間ができるのが正常です。
義歯床辺縁の形態も試適時に確認します。床縁が粘膜や小帯、筋の動きを妨げていないか、口腔周囲筋を動かしながらチェックします。床縁の過延長は装着後の疼痛や義歯の脱落につながるため、慎重に調整が必要です。
患者の主観的評価が最も重要です。
術者がどんなに良いと判断しても、患者が納得しなければ次の工程に進むべきではありません。患者の意見を十分に聞き、可能な範囲で修正を加えることで、装着後の満足度が高まります。
試適で確認した内容は記録に残し、技工所への指示書に明記します。修正箇所があれば具体的に伝え、再試適が必要かどうかも判断します。
義歯装着後の調整は、完成した義歯を患者の口腔内に適合させる最終段階です。どんなに精密に製作された義歯でも、装着直後から完璧に機能することはまずありません。
装着時には、まず義歯の着脱方法を患者に指導します。部分床義歯はクラスプの設計によって着脱方向が決まっているため、誤った方向に引っ張ると破損や鉤歯の損傷につながります。
次に、義歯を装着した状態で咬合紙を用いて咬合調整を行います。早期接触がある部位を削合し、均等な咬合接触が得られるようにします。咬合調整は義歯の安定性に直接影響するため、丁寧に行う必要があります。
義歯床粘膜面の調整では、適合試験材(ティッシュコンディショナーやフィットチェッカー)を用いて圧痛部位を確認します。粘膜を過度に圧迫している部位は削合し、適合を改善します。ただし、削りすぎると義歯の維持力が低下するため、少しずつ調整するのがコツです。
クラスプの調整も重要で、維持力が強すぎると着脱が困難になり、弱すぎると義歯が脱落します。クラスプ鉤腕の開き具合を調整し、適度な維持力を確保します。
装着直後のアポイントメントは、なるべく早めに設定します。多くの患者は装着後2〜3日で何らかの不具合を感じるため、1週間以内に1回目の調整を行うのが理想的です。
調整は1回では終わりません。
平均的に4〜6回の調整が必要とされており、患者の口腔内環境に義歯が馴染むまで継続的にフォローします。調整回数が多いからといって義歯の質が悪いわけではなく、むしろ丁寧に調整することが長期的な成功につながります。
義歯の清掃指導も装着時に必ず行います。義歯専用ブラシを用いた清掃方法、義歯洗浄剤の使用法、就寝時の取り扱いなどを具体的に説明します。不適切な清掃は義歯の劣化や口臭、残存歯のう蝕や歯周病のリスクを高めます。
長期管理では、定期的なメインテナンスが欠かせません。半年に一度は義歯の適合状態、クラスプの緩み、人工歯の咬耗、残存歯の状態を確認します。顎堤の経年的な変化により義歯の適合が悪化した場合は、リベースや新製を検討します。
独自のアプローチとして、義歯装着患者専用の「義歯管理手帳」を作成し、調整履歴や清掃状況、次回チェック項目を記録する方法があります。患者自身が義歯の状態を把握しやすくなり、セルフケアの意識向上にもつながります。
また、装着後1ヶ月時点での「義歯満足度アンケート」を実施し、患者の主観的評価を数値化します。疼痛、咀嚼能力、発音、審美性、装着感の5項目を10点満点で評価してもらい、スコアが低い項目については重点的に対応します。これにより患者の不満を早期に発見し、適切な対処ができます。
さらに、残存歯の予後管理も義歯治療の一環として重要です。鉤歯には義歯からの負担が集中するため、定期的な歯周検査とクリーニングを実施します。鉤歯を失うと義歯の再製作が必要になるため、予防的なアプローチが長期的なコスト削減にもつながります。
義歯装着患者には、栄養指導も有効です。義歯装着により咀嚼能率が低下すると、柔らかい食品に偏り栄養バランスが崩れがちです。管理栄養士と連携し、義歯でも食べやすく栄養価の高い食事を提案することで、患者のQOL向上に貢献できます。
最後に、患者教育の重要性を強調しておきます。義歯は「作って終わり」ではなく、患者自身の日常的なケアと定期的な専門家によるメインテナンスの両方が必要です。この理解を患者と共有することが、長期的な義歯治療の成功につながります。