防湿不足で接着力が8割低下します
暫間固定用セメントは、歯周病や外傷によって動揺している歯を一時的に安定させるために使用される接着性材料です。動揺歯を隣接歯と連結固定することで、局所の安静を保ち、歯周組織の回復や咬合機能の維持を図ります。
この処置の最大の目的は、動揺による歯周組織へのさらなるダメージを防ぎながら、歯の保存を可能にすることです。抜歯を回避できる可能性がある場合に特に有効とされています。
暫間固定用セメントには主にPMMA系(ポリメチルメタクリレート系)レジンセメントと光重合型コンポジットレジン系材料が用いられます。代表的な製品としてサンメディカルのスーパーボンド(化学重合型)、ライトフィックス(光重合型)、トクヤマデンタルのエナマジックなどがあります。
これらの材料は単なる接着剤ではありません。動揺歯にかかる連続的な咬合力を吸収・緩和する柔軟性と粘靱性が求められる点で、通常の修復用レジンとは異なる特性が必要とされます。
臨床では歯周基本治療の一環として、または外傷歯の固定、歯周外科手術前後の固定、再植術・移植術後の固定など、幅広い場面で応用されています。固定期間は症例により異なりますが、一般的に1ヶ月以上の継続が推奨され、その後の経過観察を経て最終補綴へと移行します。
つまり適切な材料選択と確実な施術が治療成功の鍵となります。
暫間固定用セメントは重合方式により化学重合型と光重合型に大別され、それぞれ異なる臨床的特徴を持っています。
化学重合型の代表:スーパーボンド
スーパーボンドは30年以上の臨床実績を持つMMA系レジンセメントです。粉液混和型で、エナメル質・象牙質に対して高い接着性を発揮します。硬化体は柔軟性と粘靭性に優れ、複雑な歯の動きに追従できる特性があります。
硬化時間は室温25℃で約5分程度です。この待機時間により、動揺歯を保持する必要がある点が課題とされる場合もありますが、中長期間の固定や高い接着耐久性が求められる症例に適しています。
光重合型の代表:ライトフィックス
ライトフィックスは1ペーストタイプの光重合型材料です。シリンジから直接口腔内に塗布でき、光照射により即座に硬化するため、チェアタイムを大幅に短縮できます。
特筆すべきは、三井化学が開発したSTFモノマー(Strength/Toughness/Flexibility)を配合している点です。これにより光重合型でありながらスーパーボンドに近似した柔軟性と粘靱性を実現しています。3点曲げ試験では通常のフロアブルレジンが変位3mmで破断するのに対し、ライトフィックスは9mm程度まで破断しませんでした。
短期間の固定や小児外傷歯固定のようにスピードが求められる症例に特に有効です。
PMMA系セメント:エナマジック
トクヤマデンタルのエナマジックはPMMA系接着性レジンセメントで、筆積み性に優れシャープな硬化特性を持ちます。エナメル質、非貴金属、アクリルレジンに優れた接着性を発揮し、各種プライマー処理との併用が可能です。
動揺歯固定が簡単かつスピーディに行える点が評価されています。
材料選択の基準は明確です。確実性重視・中長期固定にはスーパーボンド、スピード重視・短期固定にはライトフィックスが推奨されます。また両者を併用することで、より幅広い臨床場面に対応可能となっています。
サンメディカル公式サイトでライトフィックスの製品詳細と臨床データが確認できます
暫間固定用セメントと通常の仮着材は、求められる物性と臨床目的が根本的に異なります。この違いを理解していないと、不適切な材料選択により固定の失敗や歯質へのダメージを引き起こす可能性があります。
保持力と除去性の相反する要求
通常の仮着材(酸化亜鉛ユージノールセメントやテンポラリーセメントなど)は、一定の保持力を持ちながらも容易に除去できる特性が求められます。仮歯や補綴物を暫間的に固定し、最終装着時にスムーズに撤去できることが重要だからです。
対して暫間固定用セメントは、動揺歯を確実に固定し続けるため、より高い接着強度と長期的な接着耐久性が必須です。
簡単に除去できてはいけません。
応力緩和能力の重要性
暫間固定用セメントに特に求められるのが、柔軟性と粘靱性です。動揺歯には咀嚼時に連続的な応力が加わります。硬い材料では応力を吸収できず、接着界面での剥離や歯周組織へのさらなる負担を招きます。
ライトフィックスの試験データでは、繰り返し応力を30回与えても破断しなかったのに対し、通常のフロアブルレジンは1回で破断しました。
これが暫間固定専用材料の真価です。
接着メカニズムの違い
仮着材は主に機械的嵌合や摩擦力による保持が中心ですが、暫間固定用セメントはエナメル質・象牙質への化学的接着を重視します。スーパーボンドは4-METAによる化学的接着、ライトフィックスはSTFモノマーによる高い歯質浸透性により、3μm程度のレジンタグを形成し強固に接着します。
ユージノールの影響への配慮
通常の仮着材には酸化亜鉛ユージノールセメントが広く用いられますが、ユージノールは歯髄鎮静作用がある一方、レジン系材料の重合反応を阻害します。暫間固定用セメントを使用する前に、ユージノール含有材料を完全に除去しないと接着強度が著しく低下するリスクがあります。
したがって暫間固定にはユージノール非含有の専用材料を選択することが原則となります。
結論は簡潔です。仮着材は「一時的保持と容易な除去」、暫間固定用セメントは「確実な接着と応力緩和」という異なる使命を持っています。
暫間固定の保険算定には明確な区分と要件があり、正確な理解が査定回避と適正な診療報酬請求につながります。
簡単なものと困難なものの区分
暫間固定は「簡単なもの」と「困難なもの」の2つに分類されます。区分の基準は歯周外科手術を行った歯数と固定する歯数です。
歯周外科手術を行った歯が4歯未満の場合は「簡単なもの」、4歯以上の場合は「困難なもの」として算定します。また歯周外科手術を行わない場合でも、暫間固定が必要であれば「簡単なもの」として算定可能です。
エナメルボンド法使用時の点数
スーパーボンドなどのエナメルボンドシステムを用いた場合、通常より点数が若干低くなります。
📊 保険点数の比較
- 簡単なもの:通常230点 → エナメルボンド法200点
- 困難なもの:通常530点 → エナメルボンド法500点
- 乳幼児加算:いずれも100分の150
エナメルボンド法とは、歯面をリン酸エッチングしてレジン系接着材で固定する方法を指します。
術前固定の特別ルール
歯周外科手術の術前に暫間固定を行った場合は、固定する歯数にかかわらず「簡単なもの」200点を算定します。術前期間中において1顎につき1回のみ算定可能です。
術後に改めて暫間固定が必要になった場合は、手術を行った歯数により簡単なものまたは困難なものとして別途算定できます。
除去・修理の算定
暫間固定装置の除去は30点(乳幼児等45点)で1装置につき1回限り算定します。長期間使用する性質のものではないため、同一装置について複数回算定することはありません。
修理は70点(乳幼児等105点)で算定可能です。
レセプト記載と病名
診療録には固定方法、使用材料、固定した歯の部位と歯数を明確に記載します。病名としては「慢性歯周炎」「外傷性咬合」「歯の動揺」「歯の脱臼」などが一般的です。
外傷性脱臼、再植術、移植手術などに際して暫間固定を行う場合は、それぞれの処置に対応する病名が必要となります。
算定の原則は明確です。症例に応じた区分選択と正確な記録が不可欠です。
最新の診療報酬点数表で暫間固定の詳細な算定要件を確認できます
暫間固定の成否は接着前処理の精度に大きく左右されます。防湿不足や不適切なエッチング処理により接着強度が最大80%低下するというデータもあり、確実な前処理プロトコルの実践が治療成功の鍵となります。
防湿の徹底が最優先
唾液や血液の混入は接着の最大の敵です。歯面処理後の歯が再汚染されないよう、防湿を確実に行う必要があります。ラバーダム防湿が理想的ですが、困難な場合はロールワッテやバキュームを駆使し、接着面に舌が触れないよう注意します。
防湿が不十分だと、どれほど優れた材料を使用しても本来の接着性能は発揮されません。これが臨床現場で最も見落とされやすいポイントです。
エッチング処理の標準プロトコル
ライトフィックスの場合、専用のエッチャントゲルをシリンジから直接エナメル質に塗布します。処理時間は約20秒間で、この間歯面を濡れた状態に維持します。
処理後は水洗を行い、エアブローで5~10秒間(弱圧~中圧)しっかり乾燥させます。この乾燥が不十分だと、エッチング面に水分が残留し接着阻害の原因となります。
スーパーボンドを使用する場合は、ティースプライマー(セルフエッチングプライマー)を塗布し約20秒間濡れた状態で放置後、エアーで十分に乾燥させます。
水洗が不要な点が臨床的メリットです。
プライマー処理の重要性
エナマジックなど一部のPMMA系セメントでは、各種プライマー処理を併用することでさらに高い接着性が得られます。被着体の種類(エナメル質、金属、アクリルレジン)に応じて適切なプライマーを選択します。
プライマーは歯質への濡れ性を高め、セメント成分の浸透を促進する役割があります。塗布後の放置時間と乾燥を指示通りに行うことが重要です。
歯面清掃の見落としに注意
接着前には必ずPMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning)やラバーカップによる歯面清掃を行います。プラークや歯石、着色が残っていると接着界面の形成が妨げられます。
清掃後は水洗・乾燥し、汚染のない清潔な歯面を確保してから前処理に移ります。
ユージノール残留の確認
前述の通り、ユージノール含有材料が残留しているとレジン系セメントの重合が阻害されます。仮封材や貼薬剤にユージノールが使用されていた場合、プロービングやスケーラーで完全に除去し、必要に応じて綿栓で遮断します。
接着前処理は決して省略できない工程です。
暫間固定装置の除去は、歯質を傷つけずに確実に撤去する技術が求められます。不適切な除去は歯面損傷やエナメル質の亀裂を引き起こすリスクがあります。
除去の適切なタイミング
暫間固定装置は長期間使用する性質のものではありません。歯周組織の回復状態や動揺度の改善を確認しながら、適切な時期に除去します。一般的に1ヶ月以上の固定期間後、経過観察を経て最終補綴へ移行する際に撤去します。
固定が外れたり痛みや違和感を感じたりした場合は、速やかに歯科医院を受診し状態を確認する必要があります。
スーパーボンドの除去手順
化学重合型のスーパーボンドは接着力が強固なため、除去には慎重な操作が必要です。
まずタービンやエンジンに装着したカーバイドバーやダイヤモンドポイントで、セメント層を少しずつ削除していきます。歯質との境界を見極めながら、エナメル質を削らないよう注意深く進めます。
セメントの大部分を除去したら、スケーラーやクリーニングバーで歯面に残った微小な残留物を丁寧に取り除きます。最後にポリッシングで歯面を滑沢に仕上げます。
ライトフィックスの除去方法
光重合型のライトフィックスも基本的な除去手順は同様ですが、硬化体の柔軟性により若干除去しやすい傾向があります。
カーバイドバーで切削する際、無理に力を加えず少量ずつ削除することがポイントです。セメント層が薄い場合は、スケーラーやクレーレドロイドでも剥離できる場合があります。
除去時の注意点
⚠️ 除去時に避けるべき行為
- 過度な切削圧によるエナメル質の損傷
- 歯肉縁下への無理な器具の挿入
- 残留セメントの放置
- 除去後の歯面処理の省略
除去後は歯面をよく観察し、セメントの残留がないか確認します。残留があると、その後の補綴処置や接着操作に悪影響を及ぼします。
診療録への記載
除去した事実を診療録に明確に記録します。装着されていた固定方法、除去の理由、除去時の口腔内所見(歯の動揺度、歯周組織の状態など)を記載し、保険請求の根拠とします。
前医で装着された装置を除去する場合も、同様に記録を残します。
除去は慎重かつ確実に行うべきです。
モリタのサイトでスーパーボンドの余剰セメント除去方法の動画が視聴できます