ユージノール残留で次回のレジン充填が失敗します
酸化亜鉛ユージノール印象材は、酸化亜鉛粉末をオリーブ油などで練ったペーストとユージノールを含むペーストの2種類を混合することで化学反応により硬化する不可逆性印象材です。酸化亜鉛とユージノールがキレート結合を形成することで硬化反応が進行し、約5分程度で硬化が完了します。
この印象材の最大の特徴は、非弾性印象材に分類される点です。つまり硬化後は弾性を全く示さず、寸法変化がほとんど起こりません。寸法精度は極めて優れており、膨張や収縮が非常に少ないため、精密な印象採得に適しています。
一方で流動性が極めて高いという特性も持ち合わせています。この流動性の高さにより、粘膜面の微細な形態まで正確に再現できるため、全部床義歯の精密印象に広く使用されてきました。適度な稠度と流動性のバランスにより、歯槽粘膜や可動組織を無圧的に印象採得できるのです。
硬化時間は環境温度に影響を受けます。標準的な練和温度20〜25℃、湿度40〜60%の条件下では、練和終了からの操作時間は2〜3分、硬化時間は約5分とされています。温度が高いほど硬化が早まるため、季節や診療室の環境に応じた調整が必要です。
代表的な商品としては、ネオ製薬工業の「ネオダイン インプレッションペースト」が日本国内で広く使用されています。この製品は酸化亜鉛ユージノール系印象材の代名詞的存在であり、長年にわたり臨床実績を積み重ねてきました。
酸化亜鉛ユージノール印象の詳細な特性と適応症についてはOralStudioの歯科辞書に解説があります
酸化亜鉛ユージノール印象材の主な適応症は、顎堤に大きなアンダーカットがない無歯顎症例における精密印象です。特に全部床義歯製作時の粘膜面印象に最適とされています。無圧印象が求められる症例に適しており、粘膜に過度な圧力をかけずに精密な印象が得られます。
弾性がないため禁忌となる症例も明確です。大きなアンダーカットのある症例では、印象体を口腔内から撤去する際に破損や変形のリスクが高くなります。アンダーカットがある場合は、シリコーン系やアルジネート系などの弾性印象材を選択する必要があります。
部分床義歯の印象採得においても使用されることがあります。ただしこの場合は、残存歯にアンダーカットがないか、あるいはアンダーカット部分を別の印象材で対応できる場合に限定されます。模型改造印象法などの技法と組み合わせることで、部分床義歯症例にも応用可能です。
咬合採得にも使用されることがあります。酸化亜鉛ユージノール印象材は硬化後の変形が少なく、トリミング時にも破折しにくい特性を持つため、咬合記録材としても機能します。ただし、ワックスや咬合採得用の専用材料と比較すると、一般的ではありません。
患者の全身状態も考慮する必要があります。ユージノールに対してアレルギー反応を示す患者では使用を避けるべきです。発疹や皮膚炎の既往がある場合は、事前に確認し、必要に応じて非ユージノール系の代替材料を選択します。
印象材の練和は精度を左右する重要な工程です。2種類のペーストを練板上で均等量取り、スパチュラを使って約1分間、色むらがなくなるまで丁寧に練和します。練和比率は製品により異なりますが、標準的には等量混合が基本です。
練和時の環境条件に注意が必要です。室温が高すぎると硬化が早まり、低すぎると硬化が遅延します。理想的な練和環境は20〜25℃、湿度40〜60%です。夏季の高温時には冷却練板の使用や、冬季には室温管理により適切な硬化時間を確保します。
印象トレーへの盛付けは均一に行います。トレーと顎堤の距離、適合状態を事前に確認し、印象材の厚みが均一になるよう配慮します。流動性が高いため、トレーへの盛付け後すぐに口腔内に挿入することで、材料が流れ落ちるのを防ぎます。
口腔内への挿入後は、無圧的に保持することが原則です。強い圧力をかけると粘膜が過度に圧迫され、義歯装着時の適合不良や疼痛の原因となります。トレーを軽く保持し、患者にも力を入れないよう指示します。硬化時間の約5分間、安定した状態を維持することが重要です。
硬化の確認は表面の触診で行います。表面に指で触れて弾力がなく、硬化が完了したことを確認してから撤去します。硬化不十分な状態での撤去は変形の原因となるため、十分な硬化時間を確保することが基本です。
印象体の撤去は慎重に行います。弾性がないため、強引に引っ張ると破損します。トレーのハンドルを持ち、ゆっくりと一定方向に力を加えて撤去します。アンダーカットがある場合は、印象体が破損する可能性があるため、事前の症例評価が不可欠です。
印象採得後の石膏注入は可能な限り早く行うことが推奨されます。酸化亜鉛ユージノール印象材は寸法安定性に優れていますが、時間経過に伴う微細な収縮のリスクはゼロではありません。理想的には印象採得後30分以内、遅くとも1時間以内に石膏を注入します。
印象体の消毒処理も必要です。印象採得後は唾液や血液が付着しているため、適切な消毒剤による処理を行います。ただし長時間の浸漬は避け、指定された時間(通常30〜60分)を守ります。
過度な浸漬は寸法変化のリスクを高めます。
石膏の選択と混水比も精度に影響します。模型用石膏は適切な混水比で練和し、気泡が入らないよう注意深く注入します。印象体の細部から順に石膏を流し込み、大きな気泡の混入を防ぐことで、精密な作業用模型が完成します。
石膏注入時の印象体の保管状態にも配慮が必要です。乾燥を防ぐため、湿度を保った環境で保管します。
ただし水中への浸漬は避けるべきです。
乾燥も吸水も寸法変化の原因となるため、適度な湿度環境を維持します。
石膏の硬化時間を十分に確保してから印象体から分離します。一般的には40〜60分後が適切なタイミングです。硬化不十分な状態での分離は模型の破損や精度低下につながるため、焦らず十分な硬化を待ちます。
石膏注入時の注意点についてGCのポイントシートに詳しい解説があります
ユージノール成分はレジン系材料の重合を強力に阻害します。この重合阻害は、レジン系セメント、レジン充填材、レジンコア、さらには付加型シリコーン印象材にまで影響を及ぼすことが報告されています。臨床では重大なトラブルの原因となるため、十分な理解と対策が必須です。
仮封材として酸化亜鉛ユージノールセメント(ネオダインなど)を使用した後にレジン充填を行う場合、ユージノール成分の完全な除去が必要です。単なる清掃では不十分で、窩洞内面を薄く削除する、あるいは十分な洗浄と乾燥を繰り返す必要があります。ユージノールが残留していると、レジンが硬化不良を起こし、接着強度も著しく低下します。
根管治療後のファイバーポスト併用レジンコア築造時にも注意が必要です。ユージノール系シーラーを使用した場合、根管象牙質に浸透したユージノールがレジン系材料の重合を阻害することが実験的に証明されています。この場合、根管洗浄を十分に行い、必要に応じて非ユージノール系のシーラーの使用を検討します。
付加型シリコーン印象材との組み合わせにも問題があります。酸化亜鉛ユージノール印象材で粘膜面の印象を採得した後、同じトレーを使って付加型シリコーンで印象を採り直す場合、ユージノールが残留していると硬化阻害が発生します。トレーの洗浄では完全に除去できないため、別のトレーを使用するか、非ユージノール系の印象材に変更します。
代替材料の選択も有効な対策です。カチャックスなどの非ユージノール系仮封材は、酸化亜鉛を主成分としながらユージノールを含まないため、レジン系材料の重合阻害を起こしません。レジン充填やレジンコア築造を予定している症例では、最初から非ユージノール系材料を選択することでトラブルを回避できます。
治療計画の段階で材料の使用順序を考慮することも重要です。酸化亜鉛ユージノール系材料を使用する処置とレジン系材料を使用する処置を同日に行わない、あるいは十分な間隔を空けることで、残留ユージノールの影響を最小限に抑えられます。特に複数歯の治療を行う場合、材料の組み合わせを事前に計画することが失敗を防ぐ鍵となります。
ユージノールによる重合阻害と対策についてOneDの記事に詳しい解説があります
温度管理による硬化時間のコントロールは、見落とされがちながら重要なテクニックです。診療室の環境温度が変動する場合、印象材の硬化時間も変わります。夏季には冷蔵庫で材料を冷やしておく、冬季には練和前に室温に戻すなど、季節に応じた材料管理により、安定した操作時間を確保できます。
患者の口腔内温度も硬化に影響します。口腔内は体温により約37℃に保たれているため、練板上での硬化時間よりも実際には早く硬化します。この温度差を考慮し、練和後すぐに口腔内に挿入することで、材料が練板上で硬化してしまうリスクを回避できます。
トレーとの接着を向上させる工夫も精度向上につながります。専用の接着材(トレーアドヒーシブ)を使用することで、印象材がトレーから剥離するリスクを減らせます。
特に撤去時の破損防止に有効です。
接着材は薄く均一に塗布し、溶剤を十分に揮発させてから印象材を盛ります。
混和比率の微調整により、流動性をコントロールできます。標準的な等量混合から、わずかに基剤ペーストを多めにすることで流動性を高められます。逆に硬化が早すぎる場合は、触媒ペーストをやや減らすことで操作時間を延長できます。ただし極端な比率変更は物性に悪影響を与えるため、微調整にとどめます。
印象体の保管方法にも工夫の余地があります。すぐに石膏注入できない場合は、湿らせたガーゼで包み密閉容器に入れることで、乾燥と吸湿の両方を防ぎます。この方法により、数時間程度であれば寸法変化を最小限に抑えた保管が可能です。ただし長期保管は避け、可能な限り早期の石膏注入を心がけます。
印象採得のタイミングも成功の鍵です。食後すぐは唾液分泌が多く、印象材が唾液で汚染されやすくなります。食後1〜2時間経過した状態、あるいは食前のタイミングで印象採得を行うことで、唾液の影響を最小限に抑え、精度の高い印象が得られます。患者への事前説明により、適切なタイミングでの来院を促すことも臨床的配慮の一つです。