全部床義歯の手順と咬合採得による適合調整

全部床義歯の製作過程から調整まで、歯科医療従事者が知っておくべき手順を詳しく解説します。印象採得や咬合採得の重要性、患者さんの快適な義歯使用のためのポイントとは?

全部床義歯の手順と製作ステップ

全部床義歯の基本工程
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カウンセリングと検査

患者さんの口腔内状態や希望を確認し、治療計画を立案します

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印象採得と咬合採得

精密な型取りと正確な咬み合わせの記録が成功の鍵となります

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試適と完成・調整

試適で微調整を行い、完成後も定期的なメンテナンスが必要です

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全部床義歯の印象採得と型取りの重要性

全部床義歯製作において最も重要な工程の一つが印象採得(型取り)です。この工程の精度が義歯の適合性や快適さを大きく左右します。印象採得は通常、以下の手順で行われます。

 

まず、概形印象(がいけいいんしょう)を行います。これは既製トレーを使用して口腔内の大まかな形状を採取する工程です。この段階では、患者さんの顎堤の形状や口腔内の特徴を把握することが目的となります。

 

次に、個人トレーを製作します。概形印象で得られた模型をもとに、患者さん専用のトレーを作成することで、より精密な印象採得が可能になります。個人トレーは患者さんの口腔内に合わせて作られるため、既製トレーよりも適合性が高く、より正確な印象を得ることができます。

 

最終印象では、個人トレーを使用して精密な印象を採取します。この段階では、シリコン印象材などを使用して、口腔粘膜の微細な形状まで再現します。特に注意すべき点は、粘膜に変形を与えずに型取りを行うことです。口腔内の粘膜は柔らかいため、適切な圧力で印象を採取することが、完成した義歯の使用感を大きく左右します。

 

高品質な全部床義歯を製作するクリニックでは、4種類ものシリコン印象材を使用し、複数回にわたって精密に型を取ることもあります。このような丁寧な印象採得が、患者さん一人ひとりの口腔内にフィットする快適な義歯につながるのです。

 

全部床義歯の咬合採得と顎位の決定方法

咬合採得(こうごうさいとく)は、患者さんの咬み合わせを正確に記録する重要な工程です。この工程で顎の位置関係や咬合高径(咬み合わせの高さ)を決定します。

 

咬合採得では、まず印象採得により完成した石膏模型に、咬合床(こうごうしょう)と呼ばれる咬み合わせを記録するための装置を製作します。咬合床は通常、ピンク色のレジン(プラスチック)と柔らかいパラフィン(ロウ)でできており、患者さんに咬んでいただくことで、適切な咬み合わせの位置や高さを記録します。

 

咬合採得の際には、以下のポイントに注意する必要があります:

  1. 垂直的顎間関係の決定:適切な咬合高径(咬み合わせの高さ)を決定します。高すぎると義歯が不安定になり、低すぎると顔貌の変化や咀嚼障害を引き起こす可能性があります。

     

  2. 水平的顎間関係の決定:中心咬合位または中心位での顎の位置関係を記録します。これにより、義歯装着時の安定した咬み合わせが実現します。

     

  3. 前歯部の位置決め:発音や審美性を考慮して、前歯の位置や傾斜を決定します。特に「ふ」「ぶ」などの唇歯音の発音時に、下唇と上顎前歯が適切に接触するよう調整します。

     

咬合採得で記録した情報は、咬合器(こうごうき)と呼ばれる装置に転写されます。咬合器は患者さんの顎の動きを再現する装置で、歯科技工士はこの咬合器上で人工歯の排列や咬合面の形成を行います。

 

正確な咬合採得は、完成した義歯の機能性や快適性に直結するため、十分な時間をかけて慎重に行う必要があります。場合によっては、複数回にわたって咬合採得を行い、より精密な記録を得ることもあります。

 

全部床義歯の試適と患者フィードバックの活用法

試適(してき)は、完成前の義歯を患者さんに試していただき、形態や機能を確認・調整する重要な工程です。この段階では、歯科技工士によって作られた蝋義歯(ろういぎ)を患者さんの口腔内に装着し、様々な観点から評価します。

 

試適時のチェックポイントには以下のようなものがあります:

  1. 審美性の確認
    • 人工歯の色調や形態が患者さんの顔貌と調和しているか
    • 正面観、側面観での見た目のバランス
    • 笑った時の歯肉の露出度合い
  2. 機能性の確認
    • 咬合関係(上下の歯の噛み合わせ)
    • 発音時の問題(特に「し」「す」などの摩擦音)
    • 義歯の安定性と維持力
  3. 快適性の確認
    • 装着感や違和感
    • 粘膜への圧迫感
    • 舌や頬への干渉

試適の段階では、患者さんからのフィードバックが非常に重要です。患者さんが感じる違和感や不満点を丁寧に聞き取り、必要な修正を行うことで、最終的な義歯の満足度を高めることができます。

 

例えば、「前歯が長すぎる」「話しづらい」「見た目が気に入らない」といった患者さんの主観的な感想も、義歯の調整において貴重な情報となります。特に審美性に関しては、患者さん自身の好みや希望を尊重することが大切です。

 

試適の段階では義歯の土台がまだ柔らかいワックス状態であるため、比較的容易に修正が可能です。この時点で十分な調整を行うことで、完成後の大幅な修正を避けることができます。

 

場合によっては複数回の試適が必要になることもあります。特に難症例や審美的要求の高い患者さんでは、段階的に調整を行いながら、理想的な義歯を目指すことが重要です。

 

全部床義歯の完成後の調整とメンテナンス計画

全部床義歯が完成し患者さんに装着した後も、調整とメンテナンスは継続的に必要です。義歯装着直後は違和感や不快感を訴えることが多いため、計画的な調整が重要になります。

 

義歯装着後の調整スケジュールの例:

  • 装着当日:基本的な適合と咬合のチェック
  • 24〜48時間後:初期の痛み部位や圧痛点の調整
  • 1週間後:咀嚼機能と発音の確認、必要に応じた調整
  • 1ヶ月後:長期使用による変化の確認と調整
  • 3〜6ヶ月ごと:定期的なメンテナンスと調整

装着直後の調整では、特に以下の点に注意が必要です:

  1. 義歯床縁(ぎししょうえん)の調整:頬粘膜や舌との接触部分で痛みを生じやすい部位を丁寧に調整します。特に舌小帯や頬小帯の付着部位は要注意です。

     

  2. 咬合調整:中心咬合位での均等な接触と、側方運動時の干渉の除去が重要です。咬合紙を使用して咬合接触点を確認し、過剰な接触部位を調整します。

     

  3. 研磨面の調整:頬や舌が接触する義歯の外側面(研磨面)が適切な形態になっているか確認し、必要に応じて調整します。研磨面の形態は義歯の安定性に大きく影響します。

     

長期的なメンテナンスでは、以下のような対応が必要になります:

  1. 顎堤の吸収に対する対応:無歯顎の顎堤は時間とともに吸収するため、定期的なリライン(裏装)が必要になります。特に下顎は上顎に比べて吸収が早いことが多いです。

     

  2. 人工歯の咬耗への対応:長期使用により人工歯は摩耗するため、必要に応じて人工歯の交換や咬合面の修正を行います。

     

  3. 義歯の清掃状態の確認:義歯の清掃不良はカンジダ症などの口腔疾患の原因となるため、適切な清掃方法を指導し、プラークや着色の除去を定期的に行います。

     

患者さんには、義歯の取り扱い方法や清掃方法を丁寧に説明することも重要です。就寝時の義歯の取り外しや、適切な洗浄剤の使用方法などを指導することで、義歯の寿命を延ばし、口腔内の健康を維持することができます。

 

全部床義歯における筋形成と粘膜面適合の技術

全部床義歯の成功には、筋形成(きんけいせい)と粘膜面の適合性が非常に重要です。筋形成とは、口腔周囲の筋肉の動きに合わせて義歯の辺縁形態を調整する技術で、義歯の維持安定性を高める重要な工程です。

 

筋形成の目的は主に以下の3点です:

  1. 義歯の維持力の向上
  2. 咀嚼や発音時の義歯の安定性確保
  3. 周囲組織への過度な圧迫の防止

筋形成は通常、個人トレーを用いた最終印象時に行われます。口腔周囲の筋肉(頬筋、口輪筋、舌など)を意図的に動かしてもらいながら、義歯床縁の形態を決定していきます。

 

筋形成の具体的な手順:

  1. 上顎前庭部の筋形成:患者さんに口を「お」の形にしてもらったり、頬を膨らませたりしてもらいながら、頬粘膜と義歯床縁の関係を調整します。

     

  2. 下顎前庭部の筋形成:舌を左右に動かしたり、口底を挙上してもらったりしながら、舌側床縁の形態を調整します。特に舌小帯の動きに注意が必要です。

     

  3. 後縁部の筋形成:「あー」と発声してもらいながら、軟口蓋や咽頭部との関係を調整します。上顎後縁部は後方鼻孔閉鎖(こうほうびこうへいさ)のために重要です。

     

筋形成が適切に行われると、義歯の辺縁は口腔周囲の筋肉の動きに調和し、「動的印象」が得られます。これにより、静止時だけでなく、会話や咀嚼などの動的な状況でも義歯が安定します。

 

粘膜面の適合性に関しては、顎堤の形態や粘膜の性状に応じた対応が必要です。特に以下のような点に注意が必要です:

  1. 顎堤の吸収度合いに応じた印象圧の調整:吸収の進んだ顎堤では過度な圧力をかけないよう注意します。

     

  2. 粘膜の被圧変位性の違いへの対応:口蓋正中部のような硬い部分と頬側歯槽部のような柔らかい部分では、適切な圧力配分が必要です。

     

  3. 下顎舌側の顎舌骨筋線への対応:顎舌骨筋の付着部位は動きが大きいため、適切な形態付与が必要です。

     

近年では、筋形成による下顎総義歯の製作方法として、患者さん自身の筋力を活かした「筋形成法」が注目されています。この方法では、患者さんの口腔周囲筋の自然な動きを最大限に利用することで、より機能的な義歯を製作することが可能になります。

 

適切な筋形成と粘膜面の適合により、義歯の維持力が向上するだけでなく、患者さんの快適性も大幅に改善します。特に下顎総義歯は維持が難しいとされていますが、丁寧な筋形成により、その問題を大きく改善することができるのです。