電気味覚検査は、味覚障害の診断において非常に重要な役割を果たしています。この検査は、直流電流の陽極で舌を刺激すると、鉄をなめたような金属味や酸味を感じるという現象を利用しています。1752年に発見されたこの現象は、Voltaが電池を発明するきっかけにもなったと言われています。
電気味覚検査の原理は、舌や口腔内に存在する「味蕾」という味覚を感じ取る器官に直接電気を与えることで、酸味や苦味、金属的な味を感じさせるというものです。この検査によって、味覚神経の機能を客観的に評価することができます。
日本で使用されている電気味覚計は、直径5mmのステンレススチール製の電極を陽極の刺激電極とし、8μAを0dBとして設定したデシベル(dB)表記を用いています。-6dB(4μA)から34dB(400μA)まで2dBステップで21段階の刺激が可能で、非常に細かい定量評価ができるのが特徴です。
電気味覚検査は、以下の3つの領域について左右対称に測定を行います:
測定手技としては、まず10〜20dB程度で電気味覚の味を経験させた後、低電流刺激から上昇法で閾値を検索します。刺激時間は1秒程度、刺激間隔は2〜3秒以上とし、3回のうち2回明らかな応答がある最小値を閾値とします。
正常閾値は鼓索神経では8dB以下、舌咽神経では14dB以下、大錐体神経では22dB以下であり、閾値の左右差6dB以上が有意の上昇とされています。
電気味覚検査の最大のメリットは、その優れた定量性にあります。同じように味覚神経別の定量検査として行われる濾紙ディスク法が、わずか5段階の刺激で検査するのに比べ、電気味覚検査は21段階もの細かい刺激レベルで評価できるため、より精密な検査が可能です。
電気味覚検査と濾紙ディスク法の比較:
検査法 | メリット | デメリット | 主な用途 |
---|---|---|---|
電気味覚検査 | ・21段階の細かい定量評価・操作が比較的簡便・左右差の評価に優れる | ・味質の評価ができない・金属味/酸味のみ評価 | 味覚伝導路障害の診断 |
濾紙ディスク法 | ・4つの基本味質を評価可能・解離性味覚障害の評価が可能 | ・5段階の粗い評価・操作が煩雑・後味が残りやすい | 味蕾の感受性評価 |
電気味覚検査は特に神経障害による味覚障害の評価に優れており、顔面神経麻痺や舌咽神経麻痺などの例で、主に味覚伝導路障害の診断に有効です。一方で、甘味や塩味などの味質に関する検査ができないという欠点があります。
そのため、実際の臨床では電気味覚検査と濾紙ディスク法を併用することによって、それぞれの欠点を補い、より正確な診断を行うことが推奨されています。
電気味覚検査は、様々な種類の味覚障害の診断に役立ちます。味覚障害には以下のような種類があります:
電気味覚検査は特に神経障害による味覚障害の評価に優れています。例えば、顔面神経麻痺の患者では鼓索神経領域の電気味覚閾値が上昇することが多く、この検査によって神経障害の程度を定量的に評価することができます。
また、電気味覚検査は治療効果の判定にも有用です。治療前後で電気味覚閾値を測定することで、治療の効果を客観的に評価することができます。特に亜鉛欠乏による味覚障害の治療効果判定には、電気味覚検査が広く用いられています。
臨床応用の一例として、全部床義歯(コンプリートデンチャー)装着者の咀嚼機能評価にも電気味覚検査が活用されています。高齢者の義歯治療において、味覚機能の評価は患者の満足度や生活の質に直結する重要な要素です。
近年、電気味覚検査は従来の生理学的アプローチから工学的アプローチへと発展しています。2010年、明治大学の中村裕美氏(現在は東京大学特任准教授)と宮下芳明教授による研究チームは、電気味覚を用いて飲食物の味を変化させる手法「飲食物 + 電気味覚」を発表しました。
この研究では、飲食物と電気味覚を同時に提示し、本来その飲食物を食べた際に感じられる味とは異なる味に変化させることを目的としています。例えば、ストローから飲料を飲んだ際に電気味覚を付加する装置を開発し、飲料の味を変化させることに成功しています。
この原理は飲料だけでなく、水分を含む野菜やゲル状の食品においても同様の結果が得られます。食物を導電体とする場合、陰極と陽極それぞれを1つの食品に差し込み、そのまま口に含んで電気味覚を付加することができます。
この研究は、翌年の国際会議「Augmented Humans 2011」にも「Augmented gustation using electricity」というタイトルで採択され、10年後の「Augmented Humans 2021」にて「Lasting Impact Award」を受賞しています。この賞は、10年間で引用数が多く、広くインパクトを与えた論文に授与されるもので、この論文が電気味覚の研究分野を切り開いたことを示しています。
このような技術の発展により、将来的には「味をデジタル化し、記録し、編集し、SNSへ投稿する」といった新しい可能性も開かれつつあります。歯科医療においても、これらの技術を応用した新しい診断・治療法の開発が期待されています。
歯科診療に電気味覚検査を取り入れる際の実践的なポイントをいくつか紹介します:
電気味覚検査を実施する際は、ペースメーカーを装着している患者には注意が必要です。また、検査結果は年齢や性別、嗜好(薄味か濃い味かの好み)などによっても影響を受けることがあるため、これらの要因も考慮して結果を解釈することが重要です。
健常者を対象とした研究では、年齢が高くなるほど特に大錐体神経領域で閾値が高くなる傾向が見られています。また、左右差を指標に入れることも重要であることが報告されています。
電気味覚検査は比較的簡便で、短時間(20〜40分程度)で実施できる検査であり、適切に実施することで味覚障害の診断や治療効果の判定に非常に有用なツールとなります。
電気味覚検査の結果から、味覚障害の原因を推測し、適切な治療アプローチを選択することができます。主な味覚障害の原因と、電気味覚検査結果の特徴、そして治療アプローチについて解説します。
1. 亜鉛欠乏症による味覚障害
2. 神経障害による味覚障害
3. 薬剤性味覚障害
4. 口腔乾燥による味覚障害
5. 心因性味覚障害
電気味覚検査と濾紙ディスク法を併用することで、より詳細な味覚障害の評価が可能になります。例えば、電気味覚検査で閾値上昇が見られても、濾紙ディスク法で特定の味質のみに異常がある場合は、解離性味覚障害の可能性が高くなります。
また、味覚障害の治療効果判定にも電気味覚検査は有用です。治療開始前と治療経過中に定期的に検査を行うことで、閾値の変化から治療効果を客観的に評価することができます。
なお、高齢者の場合は加齢による味覚機能の低下も考慮する必要があります。特に大錐体神経領域では年齢とともに閾値が上昇する傾向があるため、単純に閾値の高さだけでなく、左右差や経時的変化も含めて総合的に判断することが重要です。
味覚障害は患者のQOL(生活の質)に大きく影響するため、電気味覚検査による適切な診断と治療は、歯科医療において重要な役割を果たします。