濾紙ディスク法と歯科での味覚検査
濾紙ディスク法の基本情報
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検査の目的
患者の味覚感受性を定量的に評価し、味覚障害の診断や治療効果の判定に活用します
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検査対象
味覚障害を訴える患者、口腔内科処置後の味覚変化の評価、全身疾患に関連する味覚異常の評価
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所要時間
一般的に20〜40分程度で、電気味覚検査と併用することが多いです
濾紙ディスク法による味覚検査の基本原理と特徴
濾紙ディスク法は、味覚の感受性を客観的に評価するための検査方法として歯科医療現場で広く活用されています。この検査法は、直径6mmの円形濾紙に甘味(スクロース)、塩味(塩化ナトリウム)、酸味(酒石酸)、苦味(キニーネ)の四基本味の溶液を浸し、舌の特定部位に置いて味覚の閾値を測定するものです。
検査の特徴として、以下の点が挙げられます:
- 部位特異的な味覚評価が可能(舌の前方、後方など)
- 味質ごとの感受性の違いを定量的に評価できる
- 左右差の評価が可能で神経障害の診断に有用
- 電気味覚検査と併用することで、より詳細な味覚機能評価が可能
濾紙ディスク法の最大の利点は、日常生活で感じる実際の味質を用いて検査できることです。電気味覚検査が金属味という特殊な感覚を利用するのに対し、濾紙ディスク法は実際の食品に近い味覚刺激を用いるため、患者の自覚症状との相関が高いとされています。
検査結果は、各味質の認知閾値として数値化され、正常値と比較することで味覚障害の程度を客観的に評価できます。これにより、治療効果の判定や経過観察にも活用されています。
濾紙ディスク法の歯科臨床での実施手順と注意点
濾紙ディスク法を歯科臨床で実施する際の具体的な手順と注意点について解説します。
【準備するもの】
- テーストディスク(市販の味覚検査キット)または自家調製した味質液
- 直径6mmの円形濾紙
- ピンセット
- 蒸留水(口をゆすぐ用)
- 検査記録用紙
【検査手順】
- 患者に検査の目的と方法を説明し、同意を得る
- 検査前に口をゆすいでもらう
- 各味質の最も低濃度の溶液から開始
- 濾紙に味質液を浸し、舌の指定部位(通常は舌尖より2cmの左舌縁部)に置く
- 患者に「甘い」「塩辛い」「酸っぱい」「苦い」の中から味を識別してもらう
- 正答できなければ、順次濃度を上げて同様の手順を繰り返す
- 各味質について認知閾値を記録
【実施上の注意点】
- 検査は空腹時を避け、食後1時間以上経過してから行う
- 検査前の喫煙や強い香りの飲食は避ける
- 口内炎やう歯による痛みがないことを確認する
- 味質ごとに十分な間隔(30秒以上)をあける
- 各味質の検査の間は必ず水でうがいをしてもらう
- 検査環境は静かで、リラックスできる状態を確保する
検査の精度を高めるためには、患者の集中力が重要です。検査時間が長くなると疲労により判断力が低下するため、効率的に進めることも大切です。また、検査結果は年齢や性別によっても差があるため、適切な基準値と比較して評価する必要があります。
濾紙ディスク法と電気味覚検査の比較と併用メリット
歯科臨床における味覚検査には、濾紙ディスク法と電気味覚検査の2つの主要な方法があります。それぞれの特徴を理解し、適切に併用することで、より精度の高い診断が可能になります。
【濾紙ディスク法の特徴】
- 実際の味質(甘味、塩味、酸味、苦味)を用いた検査
- 味質ごとの感受性の違いを評価できる
- 検査時間がやや長い(20〜40分)
- 味質の識別能力も評価可能
- 検査試薬の調製や保存に手間がかかる
【電気味覚検査の特徴】
- 微弱な電流による金属味を利用した検査
- 検査時間が短い(約10分)
- 部位別の神経機能評価に優れている
- 味質の識別はできない
- 機器の操作が比較的簡便
【併用のメリット】
両検査を併用することで、以下のような総合的な評価が可能になります:
- 神経障害の部位特定:電気味覚検査で異常が見られる部位に対して、濾紙ディスク法で具体的にどの味質の感受性が低下しているかを確認できる
- 障害の性質の判別:末梢性か中枢性かの鑑別に役立つ(電気味覚検査で異常があり、濾紙ディスク法でも異常がある場合は末梢性の可能性が高い)
- 治療効果の多角的評価:治療前後で両検査を行うことで、より詳細な改善度の評価が可能
慶應義塾大学病院歯科・口腔外科では、この2つの検査を同日に実施することで、総合的な味覚機能評価を行っています。患者の訴えと検査結果を照らし合わせることで、より適切な治療方針の決定につながります。
濾紙ディスク法で使用する味質液の調製方法と保存
2022年12月に薬事承認されていた味覚検査用試薬(三和化学研究所のテーストディスク)の供給が停止したことを受け、厚生労働省は「濾紙ディスク法による味覚定量検査における試薬調製について」という事務連絡を発出しました。これにより、自家調製した味質液を用いた検査も臨時特例的に認められるようになりました。
【標準的な味質液の調製方法】
以下は、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が示す標準的な調製方法です(30ml作製の場合):
- 甘味液(スクロース溶液)
- S-5液(1M):スクロース 10.3g + 注射用水で30mlに
- S-4液(0.5M):スクロース 5.1g + 注射用水で30mlに
- S-3液(0.1M):スクロース 3g + 注射用水で30mlに
- S-2液(0.025M):スクロース 750mg + 注射用水で30mlに
- S-1液(0.003M):スクロース 90mg + 注射用水で30mlに
- 塩味液(塩化ナトリウム溶液)
- N-5液(1M):塩化ナトリウム 1.75g + 注射用水で30mlに
- N-4液(0.5M):塩化ナトリウム 875mg + 注射用水で30mlに
- N-3液(0.1M):塩化ナトリウム 175mg + 注射用水で30mlに
- N-2液(0.025M):塩化ナトリウム 44mg + 注射用水で30mlに
- N-1液(0.003M):塩化ナトリウム 5.3mg + 注射用水で30mlに
- 酸味液(酒石酸溶液)
- T-5液(0.08M):酒石酸 2.4g + 注射用水で30mlに
- T-4液(0.04M):酒石酸 1.2g + 注射用水で30mlに
- T-3液(0.02M):酒石酸 600mg + 注射用水で30mlに
- T-2液(0.002M):T-3液 3ml + 注射用水で30mlに
- T-1液(0.0002M):T-2液 3ml + 注射用水で30mlに
- 苦味液(キニーネ塩酸塩溶液)
- Q-5液(0.1M):キニーネ塩酸塩二水和物 1.2g + 塩酸36μL + 注射用水で30mlに
- Q-4液(0.0125M):Q-5液 3.75ml + 注射用水で30mlに
- Q-3液(0.0025M):Q-4液 6ml + 注射用水で30mlに
- Q-2液(0.00025M):Q-3液 3ml + 注射用水で30mlに
- Q-1液(0.000025M):Q-2液 3ml + 注射用水で30mlに
【調製上の注意点】
- 使用する原料は試薬特級を用いる
- 調製後は孔径0.2μmの親水性メンブランフィルターでろ過する
- 苦味液の調製時は温度管理に注意(30℃程度に加温)
- 塩酸の取り扱いには十分注意する
【保存方法と使用期限】
- 遮光した容器に入れて冷蔵保存(2〜8℃)
- 一般的な使用期限は調製後1ヶ月程度
- 濁りや変色が見られた場合は使用しない
- 1容器の実施回数の目安は10回(6領域検査の場合)
自家調製した味質液を用いる場合でも、D254「電気味覚検査(一連につき)」(300点)を算定可能ですが、これは「薬事承認を得た味覚検査用試薬が安定的に供給されるまでの時限的・特例的な取り扱い」とされています。
厚生労働省:濾紙ディスク法による味覚定量検査における試薬調製について(詳細な調製方法の公式ガイドライン)
濾紙ディスク法を活用した歯科医院での味覚障害診療の展開
歯科医院での味覚障害診療において、濾紙ディスク法は非常に有用なツールとなります。特に一般歯科診療所でも導入しやすく、患者に対する付加価値の高い医療サービスとして展開できる可能性があります。
【味覚障害診療の需要】
味覚障害は以下のような患者層に多く見られます:
- 高齢者(加齢による味覚低下)
- 薬物治療中の患者(薬剤性味覚障害)
- 全身疾患(糖尿病、腎疾患、肝疾患など)を持つ患者
- 口腔乾燥症の患者
- 亜鉛欠乏症の患者
- 歯科治療後(金属補綴物の装着など)の患者
【歯科医院での具体的な展開方法】
- 問診と初期評価
- 味覚障害の自覚症状の詳細な聴取
- 口腔内診査(口腔乾燥、舌炎、口内炎などの確認)
- 服用薬剤の確認(味覚障害を引き起こす可能性のある薬剤の特定)
- 検査の実施
- 濾紙ディスク法による味覚検査
- 電気味覚検査(可能であれば)
- 唾液分泌量検査(味覚障害と唾液分泌量は密接に関連)
- 必要に応じて血液検査(亜鉛値など)の依頼
- 診断と治療計画
- 検査結果に基づく障害の種類と程度の評価
- 原因に応じた治療計画の立案
- 必要に応じて他科(耳鼻科、内科など)への紹介
- 経過観察と再評価
- 定期的な濾紙ディスク法による再評価
- 治療効果の客観的評価
- 患者の自覚症状の変化の確認
【診療上の工夫】
- 検査結果を視覚的にグラフ化して患者に説明
- 味覚障害の改善に役立つ食事指導や生活習慣のアドバイス
- 亜鉛サプリメントの適切な使用法の指導
- 唾液分泌促進のための口腔体操の指導
味覚障害診療は、歯科医院の専門性を高め、患者満足度の向上にもつながります。特に高齢化社会において、QOL向上に直結するこの分野は、今後さらに需要が高まると予想されます。検査結果に基づく科学的なアプローチは、患者の信頼獲得にも効果的です。
若年女性を対象とした研究では、舌の部位によって味覚感受性に差があることが報告されており、特に舌尖部の茸状乳頭領域が最も感受性が高いことが示されています。このような知見も踏まえた検査の実施と結果解釈が重要です。
電気味覚検査とろ紙ディスク法を用いた若年女性の味覚感受性に関する研究(味覚感受性の部位差に関する詳細データ)