電気味覚検査は味覚障害の診断において重要な役割を果たす検査法です。この検査では、舌に微弱な直流電流を流すことで生じる独特の金属味(スプーンをなめたときのような味)を感じる最小の電流値を測定します。
検査の具体的な手順としては、まず直径5mmほどのプローブ(陽極)を検査部位に押し当て、不関電極を被検者の頸部に装着します。刺激時間は0.5〜1秒程度で、刺激の間隔は3秒以上空けるのが一般的です。
検査を始める前に、10〜20dB程度の電流で電気味覚の感覚を体験してもらうことが重要です。その後、低電流から徐々に上昇させていく「上昇法」で閾値を測定していきます。この際、ピリッとした体性感覚と味覚を明確に区別するよう被検者に指示することがポイントです。
電気味覚計TR-06Aなどの専用機器を使用することで、被検者と電極の接触状態が変化しても定電流回路により正確な刺激電流を流すことができ、短時間で定量的な検査が可能になります。携帯型の機器もあり、病室などでも検査を実施できる利便性があります。
電気味覚検査では、味覚を支配する神経領域ごとに正常値の基準が異なります。主な神経領域別の正常閾値は以下の通りです:
これらの基準値は一般的な目安であり、年齢によって変動することに注意が必要です。特に60歳以上の高齢者では加齢の影響により、閾値が約10dB程度上昇することが知られています。
また、左右の電気味覚閾値の差が6dB以上ある場合は有意な差と評価されますが、高齢者では左右差の許容範囲がやや広くなる傾向があります。
電気味覚検査の正常値には様々な要因が影響を与えることが知られています。これらの要因を理解することは、検査結果の正確な解釈に不可欠です。
年齢による影響:
年齢は電気味覚閾値に大きく影響します。一般的に加齢とともに閾値は上昇する傾向があり、特に大錐体神経領域では年齢が高くなるほど閾値が高くなりやすいことが報告されています。60歳以上では約10dB程度の閾値上昇が見られることがあります。
性別による差異:
性別による閾値の差異については、女性のほうがわずかに感度が高い(閾値が低い)傾向があるという報告もありますが、統計的に有意な差ではないとする研究結果もあります。
味の好み:
薄味を好む人と濃い味を好む人では、電気味覚閾値に差が出ることがあります。日常的に濃い味付けを好む人は、相対的に閾値が高くなる傾向があります。
全身疾患の影響:
亜鉛欠乏、糖尿病、腎疾患、肝疾患などの全身疾患は味覚機能に影響を与え、電気味覚閾値を上昇させることがあります。
薬剤の影響:
抗生物質、抗がん剤、降圧剤など多くの薬剤が味覚に影響を与えることが知られており、これらを服用している患者では閾値が変動することがあります。
口腔内環境:
口腔乾燥症や口腔カンジダ症などの口腔内環境の変化も、電気味覚閾値に影響を与える要因となります。
健常者を対象とした研究でも、これらの要因によって閾値にばらつきが見られることが報告されています。そのため、電気味覚検査の結果を解釈する際には、単に閾値の絶対値だけでなく、左右差や経時的変化も重要な指標となります。
味覚障害の評価法には主に電気味覚検査と濾紙ディスク法の2種類があり、それぞれ特徴と適応が異なります。両検査法の比較と臨床的意義について理解することは、適切な診断と治療方針の決定に重要です。
電気味覚検査の特徴:
濾紙ディスク法の特徴:
臨床的には、これら2つの検査法は相補的な関係にあります。北郷らの研究によると、受容器型味覚障害患者の29%が電気味覚検査では正常値を示し、66%の症例で電気味覚検査値の経過が濾紙ディスクスコアの経過と並行しなかったことが報告されています。
このことから、受容器型味覚障害の診断や治癒過程の評価には濾紙ディスク法が適しており、一方で鼓索神経や舌咽神経などの味覚伝導路の障害評価には電気味覚検査が有用であると考えられています。
臨床現場では、患者の症状や疑われる障害のタイプに応じて、これらの検査法を適切に選択または併用することが重要です。また、検査結果の解釈には、患者の年齢や全身状態、服用薬剤なども考慮する必要があります。
電気味覚検査で得られた正常値データを臨床現場で活用する際には、いくつかの重要な応用法と注意点があります。これらを理解することで、より精度の高い診断と効果的な治療計画の立案が可能になります。
臨床応用:
電気味覚閾値の上昇度合いにより、味覚障害の重症度を定量的に評価できます。一般的に閾値が高いほど障害が重度であると判断されますが、受容器型の味覚障害では必ずしも相関しないことがあります。
神経領域別に検査を行うことで、障害が生じている神経経路を特定できます。例えば、鼓索神経領域のみに閾値上昇がある場合は、顔面神経の障害が疑われます。
治療前後で電気味覚閾値を測定することにより、治療効果を客観的に評価できます。閾値の改善は味覚機能の回復を示唆します。
初診時の電気味覚閾値と左右差は、味覚障害の予後予測に役立ちます。特に顔面神経麻痺に伴う味覚障害では、電気味覚検査の結果が回復の可能性を予測する指標となります。
注意点:
検査室の温度や湿度、周囲の騒音などの環境要因が結果に影響を与えることがあるため、可能な限り検査環境を統一することが重要です。
電極と舌の接触状態が不安定だと、正確な閾値測定ができません。適切な圧で安定して接触させる技術が必要です。
電気味覚の感覚を正確に報告できるよう、検査前に患者に十分な説明を行うことが重要です。特に体性感覚と味覚の区別を明確に理解してもらう必要があります。
健常者でも閾値にはばらつきがあるため、単一の測定値だけでなく、左右差や経時的変化も重視して評価します。
ペースメーカーや人工内耳を装着している患者には電気味覚検査を実施できないため、事前に確認が必要です。
高齢者では閾値が生理的に上昇するため、年齢を考慮した評価が必要です。60歳以上では約10dB程度の閾値上昇が正常範囲とされています。
電気味覚検査は、適切に実施・解釈されれば味覚障害の診断と治療に非常に有用なツールとなります。しかし、検査の限界も理解した上で、必要に応じて濾紙ディスク法などの他の検査法と併用することが望ましいでしょう。また、検査結果だけでなく、患者の自覚症状や口腔内所見、全身状態なども総合的に評価することが重要です。