全口腔法味覚検査は、患者さんが実際に感じている味覚を総合的に評価できる検査方法です。この検査は、甘味、塩味、酸味、苦味の4つの基本味について、段階的な濃度の味液を口に含ませることで味覚閾値を測定します。欧米では広く普及していますが、日本ではまだあまり一般的ではありません。しかし、患者さんの自覚症状と検査結果が一致しやすいという大きな利点があります。
全口腔法味覚検査は、味覚異常症例の味覚機能を評価することを主な目的としています。味覚障害には様々な種類があり、味が全体に弱く感じる「味覚減退」、全く味がしない「味覚消失」、逆に強く感じる「味覚過敏」、部分あるいは片側性の「味覚障害」、特定の味質だけが分からない「解離性味覚障害」などがあります。
全口腔法は、これらの味覚障害を客観的に評価するための検査法で、患者が口全体で感じる味覚を測定する利点があります。この検査は、顔面神経麻痺や舌咽神経障害の例でも有効で、味覚伝導路障害の診断にも役立ちます。
味覚機能検査のうち、全口腔検査として全口腔法味覚検査は、検知閾値(何か味を感じる最小濃度)と認知閾値(味の種類が分かる最小濃度)を測定する閾値検査と、認知閾値以上で味液の味覚の強さを評価する閾値上検査があります。日本では主に閾値検査を行っている施設が多いようです。
全口腔法味覚検査の実施手順は比較的シンプルです。検査では、甘味(蔗糖)、塩味(食塩)、酸味(酒石酸)、苦味(塩酸キニーネ)の4つの基本味について、段階的な濃度の味液を用意します。
検査の具体的な手順は以下の通りです:
味液の濃度は一般的に倍数希釈列を用いて作成します。例えば、甘味(蔗糖)であれば0.3%、1%、3%、10%、30%といった具合に段階的に濃度を上げていきます。塩味(食塩)、酸味(酒石酸)、苦味(塩酸キニーネ)についても同様に段階的な濃度の溶液を用意します。
検査結果は、各味質について検知閾値と認知閾値の濃度番号を記録します。一般的に濃度番号2が正常者の閾値の中央値、3が上限とされています。濃度番号4で認知した場合は軽度の味覚減退、5は中等度の味覚減退、5でも分からない場合が味覚脱失と判定されます。
味覚検査には全口腔法以外にも、ろ紙ディスク法や電気味覚検査法などがあります。それぞれの特徴を比較してみましょう。
【全口腔法味覚検査】
【ろ紙ディスク法】
【電気味覚検査法】
これらの検査法の比較表を見ると、全口腔法は患者の自覚症状を反映しやすく、スクリーニング検査として適していることがわかります。一方、電気味覚検査は定量性に優れていますが、味質の評価はできません。ろ紙ディスク法は支配神経別の検査が可能ですが、局所的な評価に限られます。
臨床現場では、これらの検査法を組み合わせて総合的に味覚機能を評価することが重要です。特に、全口腔法は患者の訴えと一致しやすいため、初期評価に適しています。
高齢者の味覚機能低下は、QOL(生活の質)に大きく影響する問題です。全口腔法味覚検査を用いた研究によると、高齢者には以下のような味覚機能の特徴があることがわかっています。
高齢者の味覚機能低下の特徴:
興味深いことに、研究では味覚異常感を訴える高齢者において、必ずしも味覚機能の低下はみられないことが示されています。アンケート調査の結果からは、高齢者にみられる味覚異常感に関連する因子として、口腔乾燥、口腔粘膜不良、義歯の不満足といった口腔内の問題が挙げられています。
一方、味覚機能検査の結果では、口腔乾燥や口腔粘膜不良の因子を有する被験者において、味覚閾値は高くはなく、逆にアンケート調査で味覚異常感とは関連が少なかった服薬や全身性疾患の因子を有する被験者において味覚閾値が高かったことが報告されています。
これらの知見から、味覚機能の低下を訴える高齢者においては、服薬や全身性疾患で影響される狭義の味覚機能だけでなく、口腔内の問題や不満が広義の味覚機能に及ぼす影響についても十分に検討する必要があることが示唆されています。
全口腔法の一種として、近年注目されているのがTaste strips法です。これは2003年にC.Muellerらによって開発された方法で、一定の味質溶液をしみこませた濾紙を舐めてもらうことで味質に対する閾値を測定する検査方法です。
Taste strips法の特徴:
この方法は、特に臨床研究や治療効果の評価に活用されています。例えば、術前化学療法を受ける食道がん患者の味覚変化の研究では、Taste strips法を用いて治療前と治療中の味覚変化を定量的に評価しています。
Taste strips法は、従来の全口腔法に比べて準備が簡単で、検査時間も短縮できるというメリットがあります。また、濾紙を使用するため、液体を口に含む必要がなく、嚥下機能に問題がある患者さんにも比較的安全に実施できます。
臨床応用としては、以下のような場面で活用されています:
Taste strips法は、全口腔法の利点を生かしつつ、より簡便に実施できる方法として、今後さらに普及していくことが期待されています。
歯科臨床において、全口腔法味覚検査は様々な場面で活用できます。特に味覚障害を訴える患者さんの診断や、治療効果の評価に有用です。
歯科臨床での活用シーン:
全口腔法味覚検査を歯科クリニックに導入する際のポイントは以下の通りです:
【準備するもの】
【検査環境の整備】
【検査の実施手順】
【結果の解釈と説明】
全口腔法味覚検査は、比較的簡便に実施できるため、一般歯科クリニックでも導入しやすい検査法です。特に高齢者や有病者の増加に伴い、味覚障害を訴える患者さんも増えていますので、このような検査を実施できることは、クリニックの差別化にもつながります。
また、検査結果に基づいて適切な対応(亜鉛製剤の処方提案、口腔ケア指導、義歯調整など)を行うことで、患者さんのQOL向上に貢献できます。
全口腔法味覚検査は、患者さんの自覚症状と検査結果が一致しやすいという大きな利点があります。これにより、患者さんも自分の状態を客観的に理解しやすくなり、治療へのモチベーション向上にもつながります。
歯科医療の質の向上と患者さん満足度の向上のために、全口腔法味覚検査の導入を検討してみてはいかがでしょうか。